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小話
二年目のいい夫婦の日
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ベルネはソファーに座り、チクチクと編み物をしている。去年母さんに習っていた編み物ももうお手のもの。
本人は何もできない落ちこぼれだと思い込んでいるようだが、家事に関しては何でもこなす。手は遅いが丁寧で、母さんも「ベルネ君は我慢強い子ね」とひたすらに褒めている。
家族から受けたひどい扱いにもめげずに、というよりもそれが普通だと思いながら生きていたのだから、こっちの世界では一切そんな思いはさせたくないと思っていた。
もちろん、この家でその心配は全くなく、ベルネを連れて帰るという判断は間違ってなかった。
姉貴が来ているのか、離れの方から聞こえるハルナとヒロのキャーキャーと楽しそうに叫ぶ声に耳を傾けつつ、ベルネに近づいた。
「根詰めてやるなよ」
集中していたのか、俺の声にピクリと肩を揺らす。
「隼人様、おかえりなさい。お茶飲まれますか?」
「いい、自分でする。それより、やりすぎると肩凝るぞ」
「もう少しで終わりそうなので、一気にしてしまおうと思って」
「ふーん」
去年は教えてもらったお礼だと母さんにマフラーをプレゼントしていた。それと同じデザインのものを親父にも。「俺のは?」と聞きそうになったがもう春近くなっていたこともあって、何も言わずにいたのを覚えている。
今年は自分のために作るのだと宣言して作り始め、本棚から編み物の本を漁ってきては色々と試行錯誤をしているようだった。
俺がベルネの分も茶を入れていると、親父が帰ってきてわざわざキッチンまで入ってきた。
「ベルネ君の編んだマフラーはあったかいなぁ? どうだ父さんも似合ってるだろ?」
今朝、冬に向けて出してきた『かのマフラー』をニヤニヤと俺に見せつけてくる。
クッソ、むかつく。
「似合ってねぇ。早くどっか行け」
「ふっふっふ、嫉妬とは醜いな、隼人」
キッチンの出口を塞ぐ親父を無視して押しのけ、茶を運ぶ。
俺が視界に入れば、ベルネは編み物を置いて俺の座るスペースを開けるように横にずれた。
「僕にも淹れて下さったんですか?」
お盆の上の湯のみに目を落として言う。
「一人分も二人分も一緒だろ」
「ふふ、ありがとうございます」
ベルネはたったこれだけのことで心底嬉しそうな笑みを零す。
こちらに来てから徐々に垢抜け、いもっぽさも薄れて来ている今、はっきり言って心配になるぐらい愛らしい。
母と買い物に行ったと楽しそうに話す度に、誘拐されでもしたらとヒヤヒヤしてしまう。外国の血が混じったような顔立ちをしていて、色素も全体的に薄く、かなり危うい。
息を吹きかけて冷ましている横顔を見ながら、どうしたものかと思う。魔王の玉座まで付いてきたのだから、それなりの強さというものはあるとは思うが、なにせこちらには結界石やらポーションはない。
「どうかしましたか?」
「別に」
人を疑うことを知らないような無垢な眼差しを向けられながら、防犯グッズを持たせるか、と俺は思い至った。
†
朝は冷える。
一限目がある日は特に朝が早いため、親父と玄関で会うことになる。
その時にも、その濃紺のマフラーをこれ見よがしに見せられ、ベルネに対して、「俺のは?」って言いそうになった。
これじゃ親父の言うように、俺が嫉妬してるみたいだろ! とぐっと抑え込む。
「隼人様、いってらっしゃい」
手を振るベルネに見送られつつ駅に向かう。大学までは電車で一時間強。下宿してた時よりは遠いが、部屋にベルネを一人残すよりは断然マシだ。
講義室に入れば、元サークルのメンバーが懲りずに俺の周りに集まってきては、ハルナとヒロやベルネの話をなんやかんやと聞いてくる。
周りのやつらも、俺が子持ちになったとその会話から情報を得たのか、ヤリチンがついに孕ませたか、といった感じで俺を見ていた。
数週間いなかったのも、そのことで色々あったんだろうと色々察してはくれたようだ。それが俺を揶揄する内容でも特に気にならなかった。異世界で勇者をやってた、なんていう事実がバレるよりかはすべてがマシなことだ。
「今日、いい夫婦の日だってよー」
「なんかすんのかー?」
肘で突かれつつ、そんな日だったなと去年紅葉狩りに行ったことを思い出す。
今年は暖かいせいか葉が色づき始めるのも遅い。授業も昼までで終わるため、どこか飯でも食べに行くかと、ベルネにメッセージを送っておく。この一年でスマホを使えるようになったのはちょっとした成長だ。
「おい、聞いてんのか―」
「うっせ。俺はまだ授業あんの」
「え、おまえ、次の取ってんの?」
「ゼミ希望は必須って話だろ」
「マジかよ、隼人がハタちゃんのゼミ? あそこ、毎週討論会やってるんだろ?
「将来必要なんだよ」
「おまえ、結婚してからつまらない男になったなー!」
「うっせーよ」
冷やかしてくる奴らを余所に、次の授業の講義室に移動した。
就職先には困らないため、勉強はなあなあやってきたが、流石にベルネに格好悪いところは見せられない。俺の意地のようなものだった。
授業が終盤に差し掛かった所で、ふと外に目を向ければ、門の前に何か人が集まっているような気配がある。
集中力が切れたためしばらく眺めていると、ちらと見慣れた髪色が見えた。そして足元に見える見慣れた靴。
「あんのバカ」
俺は講義室を飛び出して階段を駆け下りた。一直線に門に向かう。どう考えてもナンパされているベルネが見えて舌打ちした。ベルネに声を掛けているのはソウイウので有名な三人で、周りはベルネにご愁傷様というように視線を向けるだけだ。
ベルネに触れようとした男の肩に手を置いて引き離すと三人の視線が俺に向く。
「なんだぁ?」
「おまえらこそ、俺の連れになんか用か?」
「隼人様!」
ベルネのおどおどとした表情が一気にパッと明るくなる。その安心しきった顔に不覚にも萌える。
「彼氏さんですかぁー? ちょっと彼女貸してよ」
「…………ベルネ、帰るぞ」
「はい!」
手を出せば俺の腕にギュっとしがみ付いてくるベルネ。その頭を撫でた後に指で額をつついた。
「なんで一人で来た」
「それは——」
「おい、無視すんじゃねぇよ」
肩を掴まれる寸前で体をずらし、バランスを崩した男にしがみ付かれそうになったところをさらに避けた。
「てめっ」
一人は勝手に倒れた男を起こし、一人は俺に向かってくる。
俺は一歩、そいつらの方向に足を踏み出した。途端に男の動きが止まる。
こちらに戻ってきて、なくなったはずの魔力があるんじゃないかと感じる時がたまにある。それはただの思い込みで、単に体に染みついたものなのかもしれない。
「なんか用?」
「……っ、」
魔力を乗せる感覚で言葉を吐き出せば、何かを感じ取ったのか、後ずさりしながら三人は去って行った。
「……隼人様? 魔力、あるんですか?」
ベルネも感じ取ったのか、目をパチクリさせている。
「いや、ないと思う」
「そうですよね! すごくびっくりしちゃいました!」
ベルネの睡眠を邪魔しないよう、野宿の際にエンカウント避けでやってた魔力威圧の成果だろうな。
「それよりも、なんで一人で来た」
「隼人様は心配性すぎます! こちらでは性別を偽ってるとはいえ、中身は男ですからね。僕だってやるときはやります。それに、ちゃんと一人でここまで来れましたし!」
じゃあさっきのは何なんだと言いたくなるが、こっちにも慣れてきて、色々出歩きたいという気持ちも無碍にできない。
「…………わかった。でも来るなら俺に連絡しろ。大学が安全とは限らないんだからな」
「そうですね……すみません。ちょっと驚かせたくて」
「驚かす?」
「はい」
ベルネはごそごそ鞄から毛糸の塊を取り出した。
すると、俺の頭まで手を伸ばし、それをすっぽりと俺の頭に嵌めてずり下ろした。
ネックウォーマ。首に巻きつくもこもことしたものに手で触れながら、まさかと思う。
「作ったのか?」
「はい!」
ヤバい。素直に嬉しい。
ネックウォーマで丁度隠れているからいいものの、口元が緩みまくりだった。
「でもこの色、違うやつだろ」
「見てて下さいね」
そういうともう一つ鞄から取り出し、頭からかぶるようにして自分の首にも付けた。先日編んでいた色のものだった。
「ふふふ、お揃いです」
「…………自分のために作るって言ってたのはなんだったんだ」
「自分のためです。だって、隼人様とお揃いですから」
頬を赤らめて、心底嬉しそうにベルネは微笑んだ。
あー。
俺はぐっと奥歯を食い締めた。
家に飛んで帰って、ベッドに押し倒して、突っ込んで、イかせまくるところまで想像した。
「……そうだな、お揃いだな」
「はい!」
俺はベルネの指に指を絡め、ギュっと握った。同じように握り返してくるベルネは世界一可愛かった。
END
本人は何もできない落ちこぼれだと思い込んでいるようだが、家事に関しては何でもこなす。手は遅いが丁寧で、母さんも「ベルネ君は我慢強い子ね」とひたすらに褒めている。
家族から受けたひどい扱いにもめげずに、というよりもそれが普通だと思いながら生きていたのだから、こっちの世界では一切そんな思いはさせたくないと思っていた。
もちろん、この家でその心配は全くなく、ベルネを連れて帰るという判断は間違ってなかった。
姉貴が来ているのか、離れの方から聞こえるハルナとヒロのキャーキャーと楽しそうに叫ぶ声に耳を傾けつつ、ベルネに近づいた。
「根詰めてやるなよ」
集中していたのか、俺の声にピクリと肩を揺らす。
「隼人様、おかえりなさい。お茶飲まれますか?」
「いい、自分でする。それより、やりすぎると肩凝るぞ」
「もう少しで終わりそうなので、一気にしてしまおうと思って」
「ふーん」
去年は教えてもらったお礼だと母さんにマフラーをプレゼントしていた。それと同じデザインのものを親父にも。「俺のは?」と聞きそうになったがもう春近くなっていたこともあって、何も言わずにいたのを覚えている。
今年は自分のために作るのだと宣言して作り始め、本棚から編み物の本を漁ってきては色々と試行錯誤をしているようだった。
俺がベルネの分も茶を入れていると、親父が帰ってきてわざわざキッチンまで入ってきた。
「ベルネ君の編んだマフラーはあったかいなぁ? どうだ父さんも似合ってるだろ?」
今朝、冬に向けて出してきた『かのマフラー』をニヤニヤと俺に見せつけてくる。
クッソ、むかつく。
「似合ってねぇ。早くどっか行け」
「ふっふっふ、嫉妬とは醜いな、隼人」
キッチンの出口を塞ぐ親父を無視して押しのけ、茶を運ぶ。
俺が視界に入れば、ベルネは編み物を置いて俺の座るスペースを開けるように横にずれた。
「僕にも淹れて下さったんですか?」
お盆の上の湯のみに目を落として言う。
「一人分も二人分も一緒だろ」
「ふふ、ありがとうございます」
ベルネはたったこれだけのことで心底嬉しそうな笑みを零す。
こちらに来てから徐々に垢抜け、いもっぽさも薄れて来ている今、はっきり言って心配になるぐらい愛らしい。
母と買い物に行ったと楽しそうに話す度に、誘拐されでもしたらとヒヤヒヤしてしまう。外国の血が混じったような顔立ちをしていて、色素も全体的に薄く、かなり危うい。
息を吹きかけて冷ましている横顔を見ながら、どうしたものかと思う。魔王の玉座まで付いてきたのだから、それなりの強さというものはあるとは思うが、なにせこちらには結界石やらポーションはない。
「どうかしましたか?」
「別に」
人を疑うことを知らないような無垢な眼差しを向けられながら、防犯グッズを持たせるか、と俺は思い至った。
†
朝は冷える。
一限目がある日は特に朝が早いため、親父と玄関で会うことになる。
その時にも、その濃紺のマフラーをこれ見よがしに見せられ、ベルネに対して、「俺のは?」って言いそうになった。
これじゃ親父の言うように、俺が嫉妬してるみたいだろ! とぐっと抑え込む。
「隼人様、いってらっしゃい」
手を振るベルネに見送られつつ駅に向かう。大学までは電車で一時間強。下宿してた時よりは遠いが、部屋にベルネを一人残すよりは断然マシだ。
講義室に入れば、元サークルのメンバーが懲りずに俺の周りに集まってきては、ハルナとヒロやベルネの話をなんやかんやと聞いてくる。
周りのやつらも、俺が子持ちになったとその会話から情報を得たのか、ヤリチンがついに孕ませたか、といった感じで俺を見ていた。
数週間いなかったのも、そのことで色々あったんだろうと色々察してはくれたようだ。それが俺を揶揄する内容でも特に気にならなかった。異世界で勇者をやってた、なんていう事実がバレるよりかはすべてがマシなことだ。
「今日、いい夫婦の日だってよー」
「なんかすんのかー?」
肘で突かれつつ、そんな日だったなと去年紅葉狩りに行ったことを思い出す。
今年は暖かいせいか葉が色づき始めるのも遅い。授業も昼までで終わるため、どこか飯でも食べに行くかと、ベルネにメッセージを送っておく。この一年でスマホを使えるようになったのはちょっとした成長だ。
「おい、聞いてんのか―」
「うっせ。俺はまだ授業あんの」
「え、おまえ、次の取ってんの?」
「ゼミ希望は必須って話だろ」
「マジかよ、隼人がハタちゃんのゼミ? あそこ、毎週討論会やってるんだろ?
「将来必要なんだよ」
「おまえ、結婚してからつまらない男になったなー!」
「うっせーよ」
冷やかしてくる奴らを余所に、次の授業の講義室に移動した。
就職先には困らないため、勉強はなあなあやってきたが、流石にベルネに格好悪いところは見せられない。俺の意地のようなものだった。
授業が終盤に差し掛かった所で、ふと外に目を向ければ、門の前に何か人が集まっているような気配がある。
集中力が切れたためしばらく眺めていると、ちらと見慣れた髪色が見えた。そして足元に見える見慣れた靴。
「あんのバカ」
俺は講義室を飛び出して階段を駆け下りた。一直線に門に向かう。どう考えてもナンパされているベルネが見えて舌打ちした。ベルネに声を掛けているのはソウイウので有名な三人で、周りはベルネにご愁傷様というように視線を向けるだけだ。
ベルネに触れようとした男の肩に手を置いて引き離すと三人の視線が俺に向く。
「なんだぁ?」
「おまえらこそ、俺の連れになんか用か?」
「隼人様!」
ベルネのおどおどとした表情が一気にパッと明るくなる。その安心しきった顔に不覚にも萌える。
「彼氏さんですかぁー? ちょっと彼女貸してよ」
「…………ベルネ、帰るぞ」
「はい!」
手を出せば俺の腕にギュっとしがみ付いてくるベルネ。その頭を撫でた後に指で額をつついた。
「なんで一人で来た」
「それは——」
「おい、無視すんじゃねぇよ」
肩を掴まれる寸前で体をずらし、バランスを崩した男にしがみ付かれそうになったところをさらに避けた。
「てめっ」
一人は勝手に倒れた男を起こし、一人は俺に向かってくる。
俺は一歩、そいつらの方向に足を踏み出した。途端に男の動きが止まる。
こちらに戻ってきて、なくなったはずの魔力があるんじゃないかと感じる時がたまにある。それはただの思い込みで、単に体に染みついたものなのかもしれない。
「なんか用?」
「……っ、」
魔力を乗せる感覚で言葉を吐き出せば、何かを感じ取ったのか、後ずさりしながら三人は去って行った。
「……隼人様? 魔力、あるんですか?」
ベルネも感じ取ったのか、目をパチクリさせている。
「いや、ないと思う」
「そうですよね! すごくびっくりしちゃいました!」
ベルネの睡眠を邪魔しないよう、野宿の際にエンカウント避けでやってた魔力威圧の成果だろうな。
「それよりも、なんで一人で来た」
「隼人様は心配性すぎます! こちらでは性別を偽ってるとはいえ、中身は男ですからね。僕だってやるときはやります。それに、ちゃんと一人でここまで来れましたし!」
じゃあさっきのは何なんだと言いたくなるが、こっちにも慣れてきて、色々出歩きたいという気持ちも無碍にできない。
「…………わかった。でも来るなら俺に連絡しろ。大学が安全とは限らないんだからな」
「そうですね……すみません。ちょっと驚かせたくて」
「驚かす?」
「はい」
ベルネはごそごそ鞄から毛糸の塊を取り出した。
すると、俺の頭まで手を伸ばし、それをすっぽりと俺の頭に嵌めてずり下ろした。
ネックウォーマ。首に巻きつくもこもことしたものに手で触れながら、まさかと思う。
「作ったのか?」
「はい!」
ヤバい。素直に嬉しい。
ネックウォーマで丁度隠れているからいいものの、口元が緩みまくりだった。
「でもこの色、違うやつだろ」
「見てて下さいね」
そういうともう一つ鞄から取り出し、頭からかぶるようにして自分の首にも付けた。先日編んでいた色のものだった。
「ふふふ、お揃いです」
「…………自分のために作るって言ってたのはなんだったんだ」
「自分のためです。だって、隼人様とお揃いですから」
頬を赤らめて、心底嬉しそうにベルネは微笑んだ。
あー。
俺はぐっと奥歯を食い締めた。
家に飛んで帰って、ベッドに押し倒して、突っ込んで、イかせまくるところまで想像した。
「……そうだな、お揃いだな」
「はい!」
俺はベルネの指に指を絡め、ギュっと握った。同じように握り返してくるベルネは世界一可愛かった。
END
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