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珈琲きの子

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何が起きたのかよくわからなかった。周りで悲鳴が上がって、それから目の前が真っ黒になって……何度か知らない声に名前を呼ばれて、朦朧としながらも返事をした気がする。

『一希』

それから省吾の声。
全身が鉛で繋がれたように重かった。でもその声を聞くだけで、心の中に光が灯り、軽くなっていくような気がしていた。

目を覚ました時、省吾は僕の手を握ったまま突っ伏した状態で寝ていた。声を掛けようとして口を噤む。
自分が寝ている場所が一瞬理解できなかったから。
起き上がって確認すれば、そこは無機質な部屋だった。

「ここ、病院?」

思った以上に声が掠れていて、思わず口に手を当てる。
その腕には針が刺され、吊るされた薬の入った袋まで管が伸びていた。

最後のはっきりとした記憶は芳光さんがコマンドを発した瞬間。

「SubDrop……」

以前の非じゃない。意識を完全に失い病院に搬送されるほどの激しいもの。どう考えても抑制剤の服用を増やした反動だった。
でも、あの場にいた人達が助けてくれたに違いなかった。外傷もなく、体の怠さ以外は症状がない。

その時、省吾がちょっと唸って身を捩った。じっと様子を見ていると、瞼がゆっくりと開くのが見える。

「ん、一希……?」
「省吾……」

僕が起きているのに気付いたのか、がばっと起き上がる。僕の顔を見つめて、眉尻を下げ泣きそうな顔をした。そんな情けない顔したらかっこいい顔が台無し。

「一希、ごめん」
「……なんで省吾が謝るの? 僕こそ心配させたみたいで、」
「俺……」

省吾の自信がなさそうな顔なんて見たことがなくて、僕はすぐに察した。省吾が僕のダイナミクスを知ってしまったということを。
大きい手が僕の手を包み込む。手を握り返せば、省吾は少し唇を震わせた。

「全然気づかなかった」
「……ごめんね、隠してたこと。僕のUsualとして生きたいっていうわがままで……」
「でも、もう無理、なんだろ」

どこまで話を聞いたんだろう。僕がDomのコマンド中毒だと聞いてしまったかもしれない。

「パートナー、ならどうにかできるって」
「……どういう……?」
「だから……ちゃんとパートナーを作って欲しい」
「え……」

だって、それは。
そう言いかけたけど、省吾の思い詰めた表情に黙るしかなかった。迷いも不安もある中で僕のことを想って言ってくれている。

「先生が一希のランク? っていうのを調べてくれてさ、それに合う人を紹介してくれるって」

ダイナミクスについて知識のない省吾に対して、先生が僕に勧めるよう持ち掛けたのならひどい話だと思う。僕は疑心暗鬼に陥って、先生まで敵なのではないかと考えてしまう。
でもこの状況を作ったのは間違いなく僕。省吾に話していれば、もっと考える時間があったかもしれない。それに他人から聞かされ、ショックを受けることもなかった。

「……僕は抑制剤で抑えられるうちは薬でどうにかしたいと思ってる。これからもその気持ちは変わらないから」
「そうくるよな、一希だったら」
「省吾は……省吾は本当はどう思ってるの?」

パートナーなんか作らないで欲しい。
僕は省吾にそう言って欲しいとどこかで思っていた。

「はっきり言ってどうしようもない。一希がまた倒れるようなことになれば俺は耐えられない。でも、パートナーとか……俺にはわからないから」

自嘲するように薄く笑う省吾の気持ちが胸に刺さるようだった。
Usualは蚊帳の外。
きっと話を聞いただけでそれを理解してしまったのだ。
そんな省吾に答えを求めるなんて、本当に僕はどうかしている。

省吾は僕が欲しい言葉をわかっているはず。だけど、僕のことを一番に考えてくれる省吾が、抑制剤を使い続けろなんて言えるはずがないのに。

「ごめんね……卑怯なこと訊いてごめんね……っ」

どうしようもない。省吾の言う通りだった。
僕が泣くべきじゃないのに、抑えきれずに涙が頬を伝う。

「一希……」

省吾が椅子から立ち上がって、ベッドへ腰かける。そのまま両手を広げて、僕を胸に抱き寄せた。
省吾の体温が久しぶりのように感じる。僕が唯一心地いいと思える場所。そのあたたかさに、力んでいた体からすっと力が抜けていく気がした。

「一希、愛してる」
「……省吾……?」

前髪に吐息がかかったと思えば、こめかみにそっとキスが降って来る。柔らかく押し付けられたそれはじっと離れず、じわじわと伝わる熱が心を溶かしてくれる。

「俺は……一希がSubだろうが何かのモンスターだろうが好きだって気持ちは変わらないから。だから一希は安心して自分の体のことを考えればいい。それに一希だって俺のこと一番に想ってくれるんだろ?」
「当たり前……!!」
「じゃあ、何も心配いらないよな」

覗き込んでくる眼差しが優しくて、余計に涙が溢れそうだった。
省吾がそう思ってくれるのなら、僕は省吾を愛し続けるだけ。きっと省吾なら僕の気持ちを信じてくれるはずだから。

「……うん」
「ちょっとちょっと、その間はなに?」
「だって、流石にモンスターはないかと思って」
「なんで? 一希がどんな姿でも愛せる自信あるし」
「じゃあ、スライムとかでも?」
「うん。全然平気」
「ゾンビは?」
「平気だって」
「食べられちゃうかもしれないよ?」
「一希に食べられるなら本望です」
「えー……それでいいんだ」
「そー、それでいいんです」

おでこをこつんと引っ付けて見つめ合うと、同時に「ぷっ」と噴き出した。
表情もいつも通りに戻っている。その顔を見れただけで僕は浮かれて、自然と頬が緩む。そのまま省吾に抱きついた。

「省吾、好き」

当然のように腕が背中に回され、キュッと僕と力強く抱きしめた。省吾の「なんでこんなかわいいかな」と怒ったような呟きに頬が熱くなる。照れを隠すように僕は省吾の肩に顔を埋めた。


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