世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子

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その日のうちに省吾と僕はパートナー契約について話し合い、内容を決めた。それに同意してくれる人のみという条件を付けたけど、どれだけ有効かは僕にもわからない。
後は連絡が来るのを待つだけだった。

ただ、一つ省吾に黙っていたことがある。
パートナーがSubにとって必ずしも助けになるものではないということ。そんなことを言えば、せっかく二人で決断したことが台無しになってしまう。

同ランクのDomとは対等でいれるため、彼らとマッチングできれば言うことはないけれど、そう甘くはない。
以前登録していた時も同ランク同士のマッチング優先と謳っていたのに、実際はそうじゃなかった。同ランクのDomと引き合わされるのは、きっと高ランクの心無いDomにたらいまわしにされた後のことだ。

僕のランクはB。高校生の時に受けたDという結果よりもランクが二つ上がっていた。最高位をSとして、AからFのランクがあって、Dは『普通』で、Bだと『高ランク』に入る。
こんなにランクが上がることがあるなんて、と疑問に思うけど、多分答えは出ない。
ただ、以前よりかは待遇が良くなっていて欲しいと、祈るような気持ちだった。それはSubとしての欲求を満たしたいからという理由だけではない。なによりも省吾に作り笑顔なんてさせたくなかったからだ。


「一希?」

時折襲ってくる不安感。昼にも感じていたけれど、真夜中に怒ったものは昼間の非ではない強さだった。胸にぽっかりと穴が開いたような空虚さに震えが止まらなくなる。

「どうした?」
「……不安で……省吾、お願い。ギュッてして」
「こっちおいで。そこじゃギュッてできないから」
「省吾……」

ベッドの上で縮こまっていた僕の手を引いて、ベンチソファーに座る。それから自分の膝をポンポンと叩いて僕を座るように促した。
いつもなら子供みたいな扱いをされるのは嫌なのに、その時は縋るような思いで省吾の言う通りに膝に腰を下ろした。横向きに座って、省吾の体に体重を預ける。すると、頭に手が伸びてきて、そっと首元に引き寄せられた。

「これで密着できるだろ」
「うん」

あたたかい。
省吾の鼓動がトクトクと聞こえて心地がいい。寂しさは拭えないけれど、優しさが心に沁みてきて涙が零れる。
まるで赤ちゃんをあやすように省吾の大きい手が背中をとんとんと優しく叩いた。

「このまま寝られたら、寝ていいから」

うん。
そう声に出したかったけど、出してしまえば嗚咽をもらして大泣きしてしまいそうで、ただ小さく頷いた。

目を瞑れば、精神的な疲れからかそのまま眠ってしまったけれど、省吾はずっと僕を抱えたまま朝まで起きていてくれていたようだった。申し訳なさでいっぱいだったけど、嬉しくてまた泣いてしまった。

「泣き虫な一希もかわいい」
「もう、そういうこと言わない!」
「おし、ちょっと元気出たな」
「……省吾……ありがと」

じゃあ行ってくるから、と省吾は一旦家に帰り、大学に向かった。
今日は行かない、と駄々をこねていたけど、今教授の心証を悪くするわけにもいかないから、行かないとヒモのままだよ、と意地悪を言ったのは間違ってなかったと思う。

ただ、省吾が去った途端夜に起きたものと同じ症状が起こり、先生に相談すると抑制剤を処方された。どれだけ僕の心が満たされていようと、Subの欲求は満たされない。
省吾もそれをわかっていて僕の傍にいてくれる。でもそれは同時に、省吾に対しUsualは何もできないのだと突きつけているかのようだった。省吾も器用な人間じゃない。昨日から時折浮かべる作ったような笑み。僕に心の内を悟られないように気丈に接してくれているのが痛いほどわかった。

僕にとって一番愛しい人。その人にそんな顔をさせたくなかった。
早くパートナーが見つかって欲しい。そう思うと同時にUsualの省吾は僕と別れた方が幸せなんじゃないかと考えてしまう。UsualとSubのカップルの離別や離婚が多い理由を僕は今、身に沁みて味わっていた。

省吾と一緒に過ごすためには、良いパートナーに巡り合う必要がある。それがどれぐらいの確率なのか僕には見当もつかなかった。

昼には会社の事務のお姉様方が来てくれて、災難だったわねと僕を励ましてくれた。ダイナミクスについて何も言われなかったけど、聞きたくてうずうずしているのは感じていた。

「部長も来たがってたんだけど、流石にねー」
「渡里君に嫌われたくないって大泣きしてたわ」
「嫌われる? 僕にですか?」
「だって、ほらあいつと同じだと思われたらって。守ってあげられなかったって」
「部長……」

部長にはSubの奥さんがいる。マッチングじゃなくて告白したらSubだったらしくて、それから恋愛を経て結婚したらしい。初めて聞いた話だった。
あの後お姉様方に根掘り葉掘り聞かれてヘロヘロになっている部長を想像して、心の内でご愁傷様ですと手を合わせた。
Domはあんな人間ばかりじゃない。その日から部長は僕にそれを示してくれる存在になった。

「心配しないで。あいつは会社の上部がちゃんと適正な処分を下したから。いつでも戻ってきて良いんだからね」
「戻っていいんですか? 僕……」
「あったりまえじゃない! あいつとは一生顔合わすことはないから安心して。それに何かあれば私たちが力になるから!」

力こぶを作る仕草をして「むん」と鼻息荒くするお姉様方についつい笑いが零れてしまった。

「その調子その調子。元気で来てくれるの、待ってるからね」

そんな言葉を貰って嬉しくないはずがない。涙もろくなった僕はまた泣いてしまったけど、それは温かい涙だった。

きっと僕の運が悪かっただけなんだ。君山という男に出会ったのも、芳光という男に出会ったのも。
パートナーに対して少し希望が持てた気がした。それにパートナーとClaimを交わしてしまえば、君山の粘着からも逃れられる。


「渡里さん、届いたよ」

そう言って先生が病室まで書類を持ってきてくれる。

「早いですね」
「抑制剤から早く抜け出した方がいいから。ちゃんと目を通しておいてね」
「はい」

用事は済んだと先生はさっさと出て行ってしまった。
残された封筒から書類を取り出して目を通す。そこに記載されていたのは同ランクの男性の情報だった。
まるで天の助けのようだった。

できるだけ早く会った方がいいと言われ、すぐに連絡を取る。話はとんとん拍子で進み、その人と僕と省吾の三人でこの病室で落ち合うことになった。
その時があと一時間と迫ってきていた。僕がそわそわしていると、省吾がくすりと笑う。

「緊張してる?」

省吾がノートパソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、僕を窺うように見た。

「うん、ちょっと」

久しぶりのことだし、今回は仲介役の人もいない。実はマッチングの斡旋会社からではなく病院からの紹介で、即Domと二人きりになるような状況は作らないということだった。それに先方から省吾も一緒にと言ってくれたのだ。

もしかしたら、会社が色々と取り計らってくれたのかもしれない。
ずっと恐ろしいと思っていたけれど、Subを守ろうとしてくれる人達もいるということを知り、目の前が開けたような気がした。

「僕、ずっとSubであることが怖かったんだ。いつGlareを使われるかわからないし、それに抗えないことが本当に辛かった。それにどこかでDomは皆Subを痛めつけたいと思ってるんだって思ってたから」

僕のような目に合わなければ、そんなことを知らないで幸せに生きていられるのかもしれない。Domに庇護されて、Domを信頼して。そんな普通の人生を歩いているのかもしれない。

「一希……そのことで――」

省吾の言葉を遮るように病室の戸がノックされた。二人で入り口を振り返ってから、顔を見合わせる。

「まだ一時間あるけど」
「会社の人とか?」

心の準備ができていないとわたわたしているうちに、返事を待たず戸が開いてしまう。

「あ、待ってく――」

まだ室内着から着替えていなくて慌てて止めるけど、戸口に立っている人物を見て息が止まった。

「一希?」

茫然と固まる僕を見て、省吾が心配そうな声を発する。でも省吾を振り返ることはできなかった。

「やあ、一希君」

テノールのゆったりとした声。
それを聞いた瞬間からもう抑制剤は意味をなさなかった。


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