好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)

かんだ

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3.働いてみよう!

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 メリルと結婚して二年が経った。男だが便宜上は皇太子妃として公務に携わってきた。最初の年は皇家のしきたりや皇太子妃の役割を覚えることに必死だったが、生来頭の出来と要領が良かった自分は慣れることが出来た。二年も過ぎれば教えてもらうことはもうない。心身共に余裕が出来た。出来てしまった。
 時間に余裕が出来れば考えることも増え、その結果、ミラヴェルは働きたい欲が湧き上がった。元々爵位を継がない自分は学園卒業後は働くつもりでいたのだ。メリルと出会い色々あって皇太子妃の公務だけを担っているが、男なら一度は自分の手で稼ぎたい。
 と言うことで、ミラヴェルはまず共に育った幼馴染、現在は専属護衛騎士のハイノに意見を伺うことにした。
「なあハイノ、俺働こうと思う」
「今すぐ諦めてください」
「ははは」
「いや冗談じゃなくて」
 冗談だと思って朗らかに笑えば、真剣な表情で返された。
 今は午後の公務を粗方終わらせたため、庭園でお茶を楽しんでいる。日差しは暖かく、頬に触れる風は柔らかい。外出するにはもってこいの季節だ。穏やかな気候は人をも穏やかにさせてくれる。だから、すげなく返してきたハイノにも穏やかに返せる。
「まあ聞いてよハイノ。週二くらいなら時間取れそうなんだよね。一度くらいは働いてみたいんだよ」
「ご公務があるでしょう。立派な仕事ですよ」
「そうだけど、ちょっと違う。これから先どうなるか分からないから、時間がある今経験しておきたいし」
 これから先、どうなるか分からない。
 メリルと別れるつもりはないので、メリルがこの先どんな存在になるかによってまた自分の立場は変わる。順当にいけば将来は皇帝となり、自分は正妃だ。今よりもっと忙しくなることは分かる。……まぁ、働きたい本当の理由は他にもあるのだが。
「だから働こうと思うんだけど」
「殿下が許されないでしょう」
 ハイノが呆れたような顔をする。その脳内にはきっとメリルの顔が浮かんでいることだろう。
「殿下は妃殿下を深く愛していらっしゃいますから。働くことで二人の時間が取れなくなることを許されるとは思えませんが?」
 ミラヴェルはそれに答えることなく、甘い匂いの立つ紅茶を飲む。
 確かにメリルは許さないかもしれない。自分の知らないところにいることさえ嫌がるし、自分が部屋に帰った時にミラヴェルがいなかったら拗ねるくらいだから。恋人になって五年、結婚して丸二年経つのに、メリルのミラヴェルに対する愛情も独占欲も変わらない。
 働きたいなんて言えば、笑顔で「却下」と言うだろう。簡単にその顔は浮かぶ。
「でも、メリルは俺の嫌なことはしないからな。本気で働きたいって言えば許してくれるよ」
「……そうかもしれませんが、正直、皇宮内で大人しくしてて欲しいんですけど」
 はっきり自分の意思を告げるハイノに、もう一人の専属護衛騎士のカルロが小さく窘める。元平民のハイノとは違い彼は生まれた時から貴族の一員であり、縦社会や貴族間の空気をよく分かっている。故に、皇太子妃に当たる自分への、ハイノの言動を看過出来ないのだ。
 ハイノは軽く肩を竦めて口を噤んだ。
「とりあえず、メリルに相談してみよ」
 ミラヴェルはその日の夜、早速メリルに話題を振った。夕食に舌鼓を打ち、仲良く風呂に入り、後は寝るだけの時分だ。いつもなら抱き合うところを「ちょっと待て」と突っぱねてベッド上で向かい合う。
 働きたい、と話すミラヴェルに、メリルは「なるほど」と腕を組んだ。感触は悪くなさそうだ。
「週に二回程度働きたいんだけど、良いよね?」
「なんで良いって思ったか分からないけど、ダメだよ」
「なんで?」
 メリルは行儀悪くあぐらをかき、太ももに頬杖をついた。その表情はどこか呆れているように見える。
「そりゃあそうでしょ。ミラは事実上皇太子妃なんだから」
「法律で決まってるわけじゃないじゃん。皇室規律書読んだけど何も書いてなかったよ」
 この日のために皇室が関係する法律や規律を読んできた。皇族たるものこうであれ、という内容はあっても働いてはいけないという明確な決まりはなかった。
「そもそもメリルだって商会を立ち上げて稼いでいるじゃん」
「それを言われると何も言えなくなっちゃうね」
「じゃあ良い?」
「え~~」
 いつもは笑顔を浮かべているのに、今は大袈裟に嫌な顔をして見せている。人格者だの女神様の生まれ変わりだのと言われ憧憬や忠誠を一身に受けているとは思えない態度である。きっと実の親でさえ見たことがないそれだ。
「嫌なの?」
 ミラヴェルも同じようにあぐらをかく。
「嫌だよ。僕は君のことが本当に好きだからね。まず自分のテリトリー内にいないことが嫌だし」
「公務は皇宮内で完結してるもんね」
「うん。お金が欲しいなら僕があげるよ」
「嫌だよ。お金が欲しいわけじゃないし」
「じゃあ何? 好奇心?」
 ここで嘘を吐いても仕方がない。ミラヴェルは「そうだね」と頷いた。
「ミラには好きなことして欲しい気持ちはあるけどさ~」
「させてよ。初任給でプレゼント買ってやる」
「かっこい~」
 メリルは仰向けに寝転び、可愛い子を装うような上目遣いをしてきた。二十歳を過ぎた男がする表情ではないのに、顔が整っているから変に似合う。皆は自分の顔が天使のようだと褒めてくるが、ミラヴェルとしてはメリルの顔の方が見応えがあり飽きない。
 ミラヴェルは構いたくなってその体に飛び乗った。あまり肉が乗っていない頬を包み、「メリル・ケーニッヒ、可愛い顔をするな」と見下ろす。
「はは、ミラヴェルのフルネーム呼び興奮する」
「興奮するな。で? 働いて良い?」
「良いよ」
「良いの?」
 思った答えと違い、反射的に聞き返してしまった。最終的には是とさせる気満々だったが、こんなにも早く了承されるとは思っていなかったのだ。
 メリルは自分の片腕を枕にして、楽しそうに笑う。
「僕はミラには甘いから。その代わり、僕が選んだところにしなさい」
「まあ、良いけど」
 そのくらいは受け入れた方が良いだろう。ミラヴェルは頷いた。
「ありがとうメリル。公務はちゃんとやるから」
「ほどほどにね。楽しんできな。周りは僕が何とかしておくから安心して」
「うん。メリルのこと信じてるから」
 にんまりと口角を上げるメリルは、急に腹筋を使って起き上がった。間近に迫った笑顔に思わず体が引けた。
「逃げるなよミラ、寂しいだろ」
「何か顔が嫌で」
「僕のこのどこが嫌なんだよ。皆褒め称えるのに。いや、ミラには敵わないか」
 メリルの手のひらが後頭部と腰に回される。力が籠っているわけではないのに、逃げ場を絶たれたと思った。
「奇跡みたいな顔面してるもんね、ミラは。何年経っても目が覚める」
「俺の顔は良いよ。もう寝よ」
「ぐっちゃぐちゃなセックスしてからね」
「……ゔ」
 女神様の生まれ変わりと呼ばれる顔で下品な言い回しをするメリルに呆れながら、ミラヴェルは素直にキスを受け入れる。最初は触れるだけ、でもすぐに口内に舌が入り込む。
「一回だけ、に、して」
「なんで?」
「朝、起きれなくなる」
「大丈夫だよ。起こしてあげるから」
 そこはゆっくり寝かせるためにフォローしてくれるわけではないのか。体を重ねたからと翌日の公務をサボるつもりは更々なかったが、その原因を作る本人から大したフォローをされないと少しムッとする。
「言っとくけど、本当に、受ける側は大変なんだからな」
「うん。ありがとう。なるべく優しくするから」
「そう言って、優しく終われたことないじゃん」
「ふは」
 顔中にキスをしてくるメリルは絶対に止まらないだろう。ミラヴェルの体を後ろへと倒し、下半身へと顔を埋めた。
 温かく湿った口内に中心が襲われて、ミラヴェルは目を瞑って与えられる快感に身を任せることにした。
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