好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)

かんだ

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6.身分を隠すのは楽しい

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「じゃあ今日の授業はここまで。分からないことがある人は聞きに来てね」
「はーい!」
「ベル先生ありがとうございました!!」
「みんな今日も元気だね~」
 授業の終わりを告げると、生徒たちが元気に挨拶をして帰って行く。
 ミラヴェルが学校で働くようになって早くも三週間目に突入した。初めてのことに最初は慣れなかったが、三回目からは一人でも授業を回せるようになった。九回目にもなれば生徒たちも充分慣れて、「ベル先生」「ベル先生」と慕ってくれている。
 バタバタと駆けていく姿を見送っていれば、「ベル先生~」と名前を呼ばれる。振り返れば少し低い位置に頭があり、大きな瞳が瞬きもなくこちらを見上げていた。
 この学校でボランティアをしてくれているエマだ。
「エマ先生、どうしたんですか?」
「少しお時間ありますか? お話ししたいなって思いまして」
 窺うように問われる。
 エマは話すことが好きらしく、よく他の生徒や先生にも話し掛けていた。初日からずっと視線を感じていたが、どうやら自分とも話をしたかったらしい。
 断る理由もなく、二人は風が通る木陰に腰を下ろした。
「汚くないですか? 私のハンカチ使います?」
「大丈夫ですよ。乾いているから大して汚れないし」
「ベル先生って、見かけに寄らず男らしいですよね」
「え、そう?」
 エマがどこか驚いたような、感心したような、そんな複雑な顔をする。
 男らしさを見せた覚えはないが、一体自分の何を見てそう思ったのか。ミラヴェルが首を傾げれば、エマは「だって」と続けた。
「ベル先生はすごくお美しいでしょう? 初めて見た時は正直驚き過ぎて頭が真っ白になりましたよ。なのに、この前は見事な動きで虫を追い払っていましたし、汚れなんて気にせずこうして地べたに座りますし。子どもにもらったからって花の蜜も吸うし」
「そんな大したことじゃないと思いますけど」
「貴婦人でも貴族令息でもしませんよ。なので驚きました」
「はは。ガッカリしましたか?」
「まさか! すごく興味が沸きました。見た目通りじゃない行動が面白くて。だから色々お話ししたいなって思っていたんです」
 興味を持ってくれるのは嬉しいが、大したエピソードは持っていない。あまり期待されても困るなぁと思いつつ、「どんな話?」と促す。
「もちろん、恋バナです!」
「……恋バナ、ですか」
 恋バナ、恋の話、今までしたことがないジャンルの話題だ。ミラヴェルの場合、恋バナをするとなるとこの国の皇太子の話になる。誰も進んで聞こうとはしないため、恋バナを経験したことがなかった。
 エマのキラキラした瞳を瞬き多く見返す。
「そうです。恋バナです。ベル先生は恋人はいますか?」
「結婚してるよ」
 その答えに、エマは満面の笑みで「なんと!」と反応する。
「女神様のようにお美しいベル先生を射止めた方がいるとは。どのような相手ですか? 女性? 男性?」
 メリルからは、学校での言動について口止めや制限はされていない。むしろ「嘘や隠し事は苦手なんだから、自分らしくいな」と言われている。
 ミラヴェルは素直に話すことにした。
「男だよ。俺よりもすごく綺麗で可愛い人」
「ベル先生より?」
「うん。本人はカッコいいって言われたいみたいだけど、俺からしたらすごく可愛い」
 エマが惚けたように「わぁ、信じられない」と口を開ける。
「いつ頃知り合ったんですか?」
「十三歳くらいかな。特に接点はなかったんだけど、話す機会が出来て、気付いたら仲良くなってた」
 正確に答えるなら、二人の出会いは皇立学園の中等部だ。一年生の時に同じクラスになったが、皇族と田舎貴族出身の二人に接点はなく、ミラヴェル自身関わるつもりはなかった。なのに、話す機会が出来て、気付けば近くにいるようになって、気付けば特別になっていた。
「気が合ったんですね。羨ましいです。お相手のどんなところに惹かれたんですか?」
「んー、面白いところ」
「面白いところですか?」
 意外だと言いたそうな顔だ。
「そう、面白いところ。優しいしすごい頼りになるし良いところばっかだけど、いつも俺のこと笑わせてくれるんだよね。そこが大好き」
 ミラヴェルは自分の声が弾んでいることに気付いた。普段、メリルの話を誰かにすることはないし、たまに幼馴染のハイノに話しても「そうですか」と投げやりな反応を返されるだけだった。
 だから、世に言う惚気話をしたのは初めて。
 令嬢間ではよく恋バナが盛り上がると聞いたことがあるが、なるほどこれは楽しい。身分がバレていない今なら好きなだけ好きな人の話が出来るし、相手も望んでくれるなら気にする必要もない。二人のことは二人だけが知っていれば良いと思う一方、相手の良いところや好きなところを多くの人に知ってもらいたい、自慢したいという気持ちもある。
 例えばメリルと喧嘩した日には、メリルは普段は着ない可愛い服を着て可愛い顔で「ごめんね」と全力の媚びを売りながら許しを請うてくること、誕生日には必ず自らケーキを作って食べさせてくれること、体調を崩した時はなるべくそばにいてくれることなど、話してみたいことはたくさんあるのだ。
 ミラヴェルは気分良く話を続けた。
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