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23.裏の締めくくり
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「……そんなに早くですか」
「元々部門長が僕を種馬にさせる計画を立てていることは把握していたからね。ミラが働きたいって言ってきたから、それを相手の計画に組み込ませようと思って許可した」
結果、読み通り部門長はミラヴェルを攫うことに成功した。ミラヴェルの行動範囲は宮殿内のみであり、至るところに警備用の魔具が設置されている上、時間があれば常に自分がそばにいる。そんな状況でミラヴェルを攫うことはほぼ不可能と言える。
相手にダラダラと緻密に計画を立てさせるよりも、自分の思惑通りに準備も中途半端なタイミングで計画を始めさせた方が良い。
「ミラを計画に組み込ませるには、ミラをここから出すのが一番手っ取り早い。だけど、僕がミラを外に一人で出させることを提案するのはあり得ないからね。ミラから言ってくれたからちょうど良かった」
「待ってください。ミラ……妃殿下が攫われると知っていたんですか。むしろ、そうなるように仕組んだってことですか?」
少し声に怒気が篭っていた。
「まぁ、そうだね」
外に出した理由は他にもあるが、ハイノには不必要な答えだろう。
「……信じられない。分かっていて妃殿下を危険な目に遭わせたなんて」
「ミラだって承知済みだよ。ミラにはミラの理由があっただろうけど、元々遠回しに脅迫されていたらしいし。外に出れば自分が狙われることは確実に分かっていたよ」
それでもミラヴェルは「働きたい」と言い、「メリルのこと信じてる」と自分に委ねた。あの時点でミラヴェルは自分が危険な目に遭う可能性と、自分がそれを利用する可能性を見出していただろう。
ミラヴェルの美しい見た目に騙されがちだが、本人は歴とした男。自分が危険な目に遭うくらいは気にしない。
「脅迫、ですか?」
ハイノは初聞きなのか、大きく目を見開いて固まった。脅迫されていたことはやはりハイノにも伝えていなかったと察する。
「それは部門長ですか?」
「その手下、いやお仲間? 同じ熱狂的な女神様信者。偶然専属メイドが聞いたらしい」
「……申し訳ございません。専属護衛にも関わらず、把握出来ておりませんでした」
「気にしなくていい。専属と言っても四六時中そばにいさせているわけでもないんだし」
「脅されていたのに殿下にも自分にも話さなかったのは、妃殿下の好奇心でしょうか?」
「多少はあったかもね」
メリルはミラヴェルの髪を撫でながら即答する。ミラヴェルは好奇心が強く、一度刺激されたそれを満たすためなら多少危険な目に遭っても問わないタイプだ。死ななければいい、くらいの気持ちを持っている節もある。メリルとしては危険な目に遭わせたくないし、擦り傷ひとつして欲しくないため、好奇心が刺激されるようなことからは遠ざけていたい。だが、そんなことは出来ないと分かっているので、ならば自分の手のひらの上で完結するよう仕組んだ方がマシだ。と言う考えの下、今回の計画を立てたのである。
「後継問題をどう解決するか気になったんじゃない? これからも問題になるだろうこの件を、僕がどう収めて黙らせるつもりなのか。僕が解決出来ないならどうしようもないって我慢するつもりだったんだろうね。ミラは僕を誰よりも信じているから」
そのメリルが解決出来ないなら、自分には何も出来ない。諦めて我慢して流れに身を任せるしかない。そう思っていたことだろう。
「そもそも制約魔法を結んでいるなら、どんなに問題に上がっても意味ないじゃないですか。解決するもなにも」
「まあ制約魔法結んでいないけど」
「……は?」
ハイノのぽかんとした間の抜けた顔をした。メリルの言葉を否定するように「え、え?」と続ける。
「だって、陛下に、結んでるって。魔法使い様は、陛下には、誠実でいないといけないって」
「そうだよ。魔法使いは皇位を継承した陛下には誠実でなければならない」
だが、制約魔法を結んだという話は真実ではない。メリル自身は結婚した当初、結ぼうとミラヴェルに懇願したが、「やだ」ときっぱりすっぱり断られたのだ。故に、自分たちは結んでいない。
ならば何故皇帝に対し嘘を言えたのか。
――陛下には誠実でなければならないって、陛下に対して? それとも自分にとって? 自分にとって誠実でも陛下にとって違う場合は? もし誠実だって信じていたそれが本当は違う場合は?
まだ中等部だった頃、好奇心に満ちた瞳でそう聞いてきたミラヴェル。魔法使いにとって当たり前だったそれに、初めて『どうなんだろう』と疑問を持った時だった。常識を壊されるような衝撃だった。そして、生まれて初めて他者に対して強く感情を持った時だった。
結果は、『自分が信じる誠実を陛下に示す』が正しいと分かった。
皇帝に誠実でなければならないのは、魔力がそうさせるからだ。魔力は魔法使い自身に流れる。厳密に言えば、血が源、思考が構築式。魔法使い自身にとっての誠実さしか見せられないのは当たり前だった。だから、自分自身がそれを真実だと信じ切っていれば、思考による構築式は誠実だと認める。
メリルはミラヴェルと魔力を伴う制約魔法を結んではいないだけで誓いは立てている。ミラヴェル以外を愛することはないし、ミラヴェル以外を抱くこともない。それは制約魔法と同等だと、自分は勝手に認めている。だから皇帝に対して答えられたのだ。
「嘘ってわけでもないけどね」
「……魔法使い様のことは何も知らないということにします。詳しくなったところでメリットなんてありませんし」
「それが正解だね。ハイノはミラの安全だけを考えてくれたらいい」
「はい。今回も全て予定通りだったのなら、まぁ、良かったです」
「うん。面白かったよね。始めから破綻している計画に命を賭けてさ」
ハイノはメリルに合わせて小さく笑ったが、その目は『性格悪い』と物語っている。きっとミラヴェルなら「可愛いな」と真顔で目に焼きつけるかのように見つめてくれるのに。
絶望する姿を見たくてこの結果になるよう仕組んだが、まあまあ満足する形となっただろう。
「知りたいことは終わりでいい? そろそろミラをベッドに寝かせたい」
「あぁ、はい。そうですね。最後に一つ、あの女の処遇は魔塔主にお願いしました」
「あぁ、ちょうど良いね。あいつは魔法馬鹿だから。きっと色々な形で試してくれるだろ」
ミラヴェルの前では「冗談」としたあの女への処遇。メリルはハイノにだけは冗談を言わないと伝えてある。あえて冗談と伝えた意図は、冗談ではないと伝えるためだ。獣や男にあの女を犯させることにどうも思わないが、ミラヴェルは心を痛めるから。
「以上です。おやすみなさいませ」
綺麗な一礼を背に寝室へと戻り、メリルはミラヴェルを腕に囲って眠りについた。
計画は予定通り進んだ。ただあと二つ、結果をまだ出してはいない。
どうなるか楽しみだなと思い浮かべながら、メリルはミラヴェルへとキスを落とした。
「元々部門長が僕を種馬にさせる計画を立てていることは把握していたからね。ミラが働きたいって言ってきたから、それを相手の計画に組み込ませようと思って許可した」
結果、読み通り部門長はミラヴェルを攫うことに成功した。ミラヴェルの行動範囲は宮殿内のみであり、至るところに警備用の魔具が設置されている上、時間があれば常に自分がそばにいる。そんな状況でミラヴェルを攫うことはほぼ不可能と言える。
相手にダラダラと緻密に計画を立てさせるよりも、自分の思惑通りに準備も中途半端なタイミングで計画を始めさせた方が良い。
「ミラを計画に組み込ませるには、ミラをここから出すのが一番手っ取り早い。だけど、僕がミラを外に一人で出させることを提案するのはあり得ないからね。ミラから言ってくれたからちょうど良かった」
「待ってください。ミラ……妃殿下が攫われると知っていたんですか。むしろ、そうなるように仕組んだってことですか?」
少し声に怒気が篭っていた。
「まぁ、そうだね」
外に出した理由は他にもあるが、ハイノには不必要な答えだろう。
「……信じられない。分かっていて妃殿下を危険な目に遭わせたなんて」
「ミラだって承知済みだよ。ミラにはミラの理由があっただろうけど、元々遠回しに脅迫されていたらしいし。外に出れば自分が狙われることは確実に分かっていたよ」
それでもミラヴェルは「働きたい」と言い、「メリルのこと信じてる」と自分に委ねた。あの時点でミラヴェルは自分が危険な目に遭う可能性と、自分がそれを利用する可能性を見出していただろう。
ミラヴェルの美しい見た目に騙されがちだが、本人は歴とした男。自分が危険な目に遭うくらいは気にしない。
「脅迫、ですか?」
ハイノは初聞きなのか、大きく目を見開いて固まった。脅迫されていたことはやはりハイノにも伝えていなかったと察する。
「それは部門長ですか?」
「その手下、いやお仲間? 同じ熱狂的な女神様信者。偶然専属メイドが聞いたらしい」
「……申し訳ございません。専属護衛にも関わらず、把握出来ておりませんでした」
「気にしなくていい。専属と言っても四六時中そばにいさせているわけでもないんだし」
「脅されていたのに殿下にも自分にも話さなかったのは、妃殿下の好奇心でしょうか?」
「多少はあったかもね」
メリルはミラヴェルの髪を撫でながら即答する。ミラヴェルは好奇心が強く、一度刺激されたそれを満たすためなら多少危険な目に遭っても問わないタイプだ。死ななければいい、くらいの気持ちを持っている節もある。メリルとしては危険な目に遭わせたくないし、擦り傷ひとつして欲しくないため、好奇心が刺激されるようなことからは遠ざけていたい。だが、そんなことは出来ないと分かっているので、ならば自分の手のひらの上で完結するよう仕組んだ方がマシだ。と言う考えの下、今回の計画を立てたのである。
「後継問題をどう解決するか気になったんじゃない? これからも問題になるだろうこの件を、僕がどう収めて黙らせるつもりなのか。僕が解決出来ないならどうしようもないって我慢するつもりだったんだろうね。ミラは僕を誰よりも信じているから」
そのメリルが解決出来ないなら、自分には何も出来ない。諦めて我慢して流れに身を任せるしかない。そう思っていたことだろう。
「そもそも制約魔法を結んでいるなら、どんなに問題に上がっても意味ないじゃないですか。解決するもなにも」
「まあ制約魔法結んでいないけど」
「……は?」
ハイノのぽかんとした間の抜けた顔をした。メリルの言葉を否定するように「え、え?」と続ける。
「だって、陛下に、結んでるって。魔法使い様は、陛下には、誠実でいないといけないって」
「そうだよ。魔法使いは皇位を継承した陛下には誠実でなければならない」
だが、制約魔法を結んだという話は真実ではない。メリル自身は結婚した当初、結ぼうとミラヴェルに懇願したが、「やだ」ときっぱりすっぱり断られたのだ。故に、自分たちは結んでいない。
ならば何故皇帝に対し嘘を言えたのか。
――陛下には誠実でなければならないって、陛下に対して? それとも自分にとって? 自分にとって誠実でも陛下にとって違う場合は? もし誠実だって信じていたそれが本当は違う場合は?
まだ中等部だった頃、好奇心に満ちた瞳でそう聞いてきたミラヴェル。魔法使いにとって当たり前だったそれに、初めて『どうなんだろう』と疑問を持った時だった。常識を壊されるような衝撃だった。そして、生まれて初めて他者に対して強く感情を持った時だった。
結果は、『自分が信じる誠実を陛下に示す』が正しいと分かった。
皇帝に誠実でなければならないのは、魔力がそうさせるからだ。魔力は魔法使い自身に流れる。厳密に言えば、血が源、思考が構築式。魔法使い自身にとっての誠実さしか見せられないのは当たり前だった。だから、自分自身がそれを真実だと信じ切っていれば、思考による構築式は誠実だと認める。
メリルはミラヴェルと魔力を伴う制約魔法を結んではいないだけで誓いは立てている。ミラヴェル以外を愛することはないし、ミラヴェル以外を抱くこともない。それは制約魔法と同等だと、自分は勝手に認めている。だから皇帝に対して答えられたのだ。
「嘘ってわけでもないけどね」
「……魔法使い様のことは何も知らないということにします。詳しくなったところでメリットなんてありませんし」
「それが正解だね。ハイノはミラの安全だけを考えてくれたらいい」
「はい。今回も全て予定通りだったのなら、まぁ、良かったです」
「うん。面白かったよね。始めから破綻している計画に命を賭けてさ」
ハイノはメリルに合わせて小さく笑ったが、その目は『性格悪い』と物語っている。きっとミラヴェルなら「可愛いな」と真顔で目に焼きつけるかのように見つめてくれるのに。
絶望する姿を見たくてこの結果になるよう仕組んだが、まあまあ満足する形となっただろう。
「知りたいことは終わりでいい? そろそろミラをベッドに寝かせたい」
「あぁ、はい。そうですね。最後に一つ、あの女の処遇は魔塔主にお願いしました」
「あぁ、ちょうど良いね。あいつは魔法馬鹿だから。きっと色々な形で試してくれるだろ」
ミラヴェルの前では「冗談」としたあの女への処遇。メリルはハイノにだけは冗談を言わないと伝えてある。あえて冗談と伝えた意図は、冗談ではないと伝えるためだ。獣や男にあの女を犯させることにどうも思わないが、ミラヴェルは心を痛めるから。
「以上です。おやすみなさいませ」
綺麗な一礼を背に寝室へと戻り、メリルはミラヴェルを腕に囲って眠りについた。
計画は予定通り進んだ。ただあと二つ、結果をまだ出してはいない。
どうなるか楽しみだなと思い浮かべながら、メリルはミラヴェルへとキスを落とした。
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