自分が『所有物』になったけど全て思惑通りなので無問題。

かんだ

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12.準備は一つ一つ丁寧に行うこと

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「兄様? 今日はどこか行くんですか?」
 俺の装いを眺めながら、エルメーテが不思議そうに軽く首を傾げる。いつもはシャツにズボンというラフな格好しかしないが、今日に限っては少しオシャレをしているからだろう。貴族令息が着用するまで華美ではないが、いつもの俺よりは華美。どこか特別な場所へ行くと思われても仕方ない装いだ。
 俺は端的に答えた。
「デートだ」
「……デート、デート?」
「そう、デート。じゃあ行ってくる」
「待って」
 出発しようとした俺を、エルメーテが引き止める。腕を掴む力が強く、それだけ動揺していることが察せられた。いつものポーカーフェイスも崩れ、表現し難い表情をしている。実年齢は若くはないのだからデートくらい珍しくもないだろうに。
「どうした?」
「その相手って、王弟殿下じゃないですよね?」
 何の冗談かと思ったが、エルメーテは真剣だった。むしろ不愉快を滲み出している。本気で俺のデート相手はルカだと思っていそうで呆れる。どうしてルカが出てくるのか分からない。
「何で王弟殿下が出るんだ。そんなわけないだろうが」
「……本当に?」
「本当だ。俺とあいつは同窓なだけだ。むしろあいつは俺を嫌っているだろ?」
 まあ、本当に嫌われているわけではないだろうが。何せキスは拒まないしなんだかんだと突っかかってくるし。
「正直、あの人には関わらないで欲しいです」
「何でだ?」
「……関わり合いがなければ、あの人も何かすることはないので。腹立たしいですけど、出来れば刺激しないようにして欲しいです」
 抽象的過ぎて分からないが、エルメーテが俺にお願いをすることは珍しい。可愛い弟のそれは聞いてあげたいが、現状頷くのは難しい。
「考えてみるよ。でもデートは全くあいつとは関係ないから気にするな」
 曖昧に答え、俺は公爵邸を後にした。
 
 
 青空が広がりデート日和だった。散策するにはもってこいだ。
「アリーチェ様」
「ごめんマリー、待たせた?」
「いえ! 早く来過ぎてしまっただけなので」
 着飾り過ぎず、簡素過ぎない装いにした理由は、デートの相手がマリーだからだ。
 昨日、マリーが口にした耳を疑うような願望は少しで良いから恋人になって欲しいというものだった。俺としては問題はなく、むしろちょうど良いとさえ思いその願いを承諾したのである。マリーは一日でも良いからと言っていたが、とりあえずは二週間程恋人になることにした。
 そして今日が初めてのデートである。
「マリー、行きたいところは決まった?」
「はい。人気のカフェに行きたくて。良いですか?」
「もちろん。俺甘いの好きなんだ」
 二人寄り添いながら、マリーが選んだカフェへ向かう。そこは女性陣が多く若者しかいない。俺の顔を見ても分からないだろう。出来れば俺を知っている者に、俺がデートをしているところを目撃してもらいたい。そして、話を広めてもらいたい。マリーとは二週間程しかいられない予定なので早めに行動に移さなければならないのだ。
 俺はカフェの後に観劇を提案した。劇場は貴族が多いため俺の目的は簡単に達成される。
「私、観劇なんて初めてです」
「俺もあまり行かないけどね。姪から人気の劇を聞いておいたから、楽しめると思うよ」
「姪がいるんですね。きっとすごく可愛いんでしょうね」
「すごく可愛いよ」
 何の実にもならない会話を楽しみながら公爵家の力を使って特別席に座る。ここに来るまでの間、多くの視線を受けた。若者からの視線は羨望で、三十代半ば以降からの視線は驚愕だ。
「マリーはどうして俺を恋人にしたかったんだ?」
 劇が始まるまでの時間は隣同士で座ったマリーとの親密さを演出することにした。顔を近付けて、耳元で話す。
「あ、えと、私、男の人にトラウマがあって、怖くて。だから結婚は絶対しないって決めてるんです。でも、アリーチェ様を見た瞬間、全部が吹き飛んで。こんなにも美しい人間がいるんだって。アリーチェ様のこと見ていたいって思ったんです」
 マリーは顔を赤らめながら答えた。そこに裏も媚びもない。
「貴族の方は多く見てきたんですけど、アリーチェ様ほど美しい方はいませんでした。顔の造形だけじゃなくて、雰囲気とか、所作とか、全部が美しくて。女神様がいたらこんな感じなのかなって思ったんです」
 初めて会ったオリヴィアもそうだが、たまに俺の見た目は女神と形容される。確かに整ってはいるが、女神に相応しい女性は他にいる。あまり同調出来ない評価だ。
 いつだったか、パトリスにそのことを話した時には「その人の内側が外見にも現れるからでしょうね」と言われた。
 ――人には必ず動きがあります。微動だにしない、なんてことはあり得ないでしょう? その動きにはその人の内面が現れます。アリーチェの場合、現実感が薄いんです。昔から人との関わりは少なかったと言っていましたよね? だから浮世離れしたところがあるのかな。動きがあっても、雰囲気が独特。『美しい人』は多くいますが、アリーチェの場合は『美しい』なんです。しかも今は、実年齢と見た目年齢にある齟齬が、より雰囲気を独特にさせている。
 要は俺に同じ人間の匂いを感じられないからこそ、人間ではない架空上の生き物に合うということらしい。
 未だにピンとこない。結局は人の感じ方によると完結するだけだった。きっとマリーも、オリヴィアと同じ感覚派なのだろう。
「もしも女神様が地上に降り立っているなら、きっとアリーチェ様だろうなって思うくらいなんですよ? だから、間近でアリーチェ様を見ていたくて」
「ある意味信仰心からくる恋人宣言だったのか」
「あはは、確かに」
「褒めてくれてありがとう」
 マリーの頬にキスをすれば、一瞬でその頬は真っ赤になった。瞬き多く俺を見上げ、「心臓が持ちません」と涙目で怒られてしまった。

 
 俺とマリーのお付き合いも俺の噂も順調に進んだ。
 日が少ないため毎日のように会い、プレゼントを贈った。
 エルメーテとエレノアからは、俺に恋人が出来たことがあちこちで話題に上がっていると聞いた。
 十日経つ頃には多くの家から招待状や求婚書が届くようになった。恐らく、今まで色恋や政略結婚に興味を示さなかった俺がデートをしていることで、俺とどうこうなれるかもしれないと勘違いした結果だろう。同年代であれば俺が公爵家の実権を握っていることは分かっているし、見た目は少年と青年の間の未発達ではあるが美しさを保っている。自分の娘とくっ付けたいと思っても不思議ではない。
 俺は全ての手紙を放り投げる。当たり前だが他家と交流する気はない。社交界のことはエルメーテとエレノアに一任している。
「叔父様?」
「ソフィア? どうかしたか?」
 出掛ける準備をしていれば、ソフィアがノックもなしに部屋へと顔を出す。
 貴族以前のマナーの無さに笑いが溢れた。
 だが、ソフィアはその笑顔を歓迎と取ったらしい。笑顔で近付いてきた。
「今日も、デートですか?」
「いや? 今日はデートじゃないよ。彼女は神殿の奉仕活動に出るらしいからね」
「叔父様、結婚しちゃ、嫌です」
 ソフィアは俺の服の裾を掴むと、子どものように唇を尖らせた。
「どうして?」
「せっかく家族になったのに、ここからいなくなっちゃったら寂しいです」
「大丈夫だよ。本当は、彼女とはそういう関係じゃないから」
「え?」
 俺は視線と肩を落とし、小さく息を吐く。
「彼女に怪我をさせてしまったんだ。その責任を取るのに、恋人になれと言われてね。彼女が飽きるまでの関係だから、結婚することはないよ」
 ソフィアが信じられないと言いたげに目を大きく見開く。だが、すぐに眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにした。
「最低な人ですね。神官のくせに、人を物か何かだと思っているのかしら。叔父様がそんな目に遭うなんて我慢出来ません。お義父様か殿下に言って懲らしめてやりましょう」
「ありがとう。でも大丈夫。元々は俺が悪いんだしな」
「でも」
「心配かけたくないから、エルメーテや他の人たちに言っちゃダメだぞ? 彼女が飽きさえすれば、また一緒に街へ出掛けたりお茶を楽しんだりしよう」
「……分かりました」
 ソフィアへはこのくらいで良いだろう。俺はそろそろ次の段階へ進むため、ソフィアを置いて街へ出る。
 今日の行き先は皇都にある宝石商だ。皇室御用達のそこは完全に一見様お断り。紹介状があったとしても入店を断られることもあるような店だ。
 入り口前には常に警備兵が立っており、ここに見合わない客は貴族相手でも門前払いされる。それが許されているのだ。
「アリーチェ・リシャールだ。オーナーを連れて来てくれ」
「……リシャール様、ですか?」
 警備兵は一瞬驚いたが、すぐにもう一人へと指示を出す。
「アリーチェ?」
 出て来たのはオーナー。眼鏡の奥の瞳がスッと細まる。そこに特に驚きはない。
「そろそろ来るかと思ったが、本当に来たな」
「はは、それなら話が早い」
「宝石を見に来たんだよな?」
 オーナーは同窓の一人だ。当時からパトリス同様仲良くしている。公私がはっきりしているから入れてもらえないかと思ったが、どうやら相手はしてもらえるらしい。
「そうだ。とびきり良いやつを頼みたくて」
「一応聞くが、用途は?」
「婚約指輪」
 俺はわざと店に入る前に今日の目的を口にした。
「愛おしい人に贈りたいんだ」
 騒つく周囲の反応を背に、俺はオーナーと共に店内へと入った。
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