【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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6、沈黙の理由

総督別邸

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 ソリスティアを出航して、聖地の〈港〉まで普通の乗り合い船だと三刻(およそ六時間)以上かかるが、総督専用の高速艇はほぼ半分の時間で到着する。別邸は聖地の港から少し運河を遡ったところに作られており、そのまま敷地内の船着き場に接岸できる。総督府は聖地―ソリスティア間の海上交通と治安維持を一手に担っており、別邸はその聖地側の出先機関を兼ねている。

 別邸では警備責任者のゾラ、昨日先発して別邸に入ったアンジェリカとリリア、そして警備の副責任者となったバランシュ、アデライード姫の衣裳その他の納入業者であるセルフィーノが出迎えた。

 警備隊の指揮ということで、一人しかいない侍従武官のゾラを責任者に据えたが、危惧した通り完全なる人選ミスであった。

 ゾラは八公爵十二侯爵という二十家しかない貴種の中の、侯爵家の出なのだが、父親が帝都の騎士団長をしていて、幼少から平民出の騎士と馴れ合って育ったせいか、言葉遣いがものすごく悪い。それを隠すために無口を装っている。黙っていればいかにも精悍で涼やかな騎士然としているが、その外見のくせに女癖が滅茶苦茶悪いのである。普段は同僚のトルフィンが上手く手綱を引いているのだが、放し飼いにしたら早速やらかしたらしい。

 遅れて到着したバランシュに全部押し付けて早速神殿娼婦を買いに行き、帰ってくればリリアに粉をかける。堅物のバランシュが怒り心頭で危うく決闘沙汰になりかかったところを、姫君の衣裳や食料品を納入に来たセルフィーノが運よく居合わせて仲裁したと聞き、恭親王とトルフィンは頭を抱えた。

「とにかく、ゾーイさん、ゾーイさんが来れば、あの馬鹿を叱り飛ばしてくれます。早くゾーイさんを呼んでください」

 トルフィンが筆頭侍従武官の復帰を強硬に要求するが、恭親王とて招集状は送ったものの、遠く離れた帝都から、そう簡単に来られるわけではない。

「今は人手が足りないんだ。しばらく堪えろ」
「だからもっと人を雇ってください、って前から言ってたじゃないですか!」
「まさかソリスティア総督になるなんて思っていないんだから、しょうがないだろ」

 見るからに険悪な雰囲気を醸し出しているゾラとバランシュの二人から、それぞれに不満を言い募られて、トルフィンが半泣きである。恭親王も溜息をついた。

「わかった、今日の婚約式にはゾラを連れていく。トルフィンは別邸に残って、姫を迎える準備を整えてくれ。別邸の警備はバランシュが責任者だ。護衛に近衛を二十騎連れていく」

 恭親王は鷹のエールライヒを別邸の庭に放して留守番を命じ、別邸まで迎えにきたメイローズと馬車に同乗し、ゾラを隊長に二十騎の護衛を従えて月神殿に向かった。
 本当は恭親王も馬に乗りたかったが、帰り道はアデライード姫を同道する予定である。二十騎の護衛とは我ながらものものしいが、どうも聖地に入って以来、首筋がチリチリする。〈王気〉が何か嫌な気を感知して警戒しているのだ。

(仕掛けて来るならおそらく帰りだろう。あるいは月神殿の中か――)

 聖地の、それも神殿で大立ち回りなどは罰当たりにも程があるが、どうやらイフリート公爵というのはそういう信仰心とは無縁の人物であるらしい。

(そう言えば、前の時は転移門ゲートを使ったから〈港〉は初めてなのだな……)

 〈港〉一帯は、神殿娼婦を要する小神殿と広場を中心に放射状に六本の通りが広がり、路の両側はびっしりと土産物屋や宿屋、レストランなどが並んでいる。港から真北に向かう大通りがメインルートで、太陰宮の境域を貫いて太陽宮の境域に至るため、〈街道〉と呼ばれる。市街を抜けると街道の両側はプラタナスが植えられ、その周囲には畑地や牧草地が広がり、いくつかの森を抜ける形で道が作られていた。一刻ほど走ると東西に走る道と交差する。北に直進すれば太陽宮に、左折して西に向かえば太陰宮の中心地である月神殿に至るのだ。

(十年前、アデライード姫はここを直進したのだ。そして、さらにこの主要ルートすら外れて、森の中に迷い込む……)

 御者が敵方だったとはいえ、修道院から迎えにエイダがいながら違う道を走り続けたということは、つまり、エイダもまた実行犯の一人ということだ。

(それにも関わらず、いまだに仕えているというのは、大胆というか面の皮が厚いというか……)

 そこまで考えて、恭親王は気づいた。つまりエイダは贋物ニセモノなのだ。
 どこで入れ替わったかは知らないが、本物のエイダ修道女は、おそらくもう、この世にはおるまい。だが「エイダ」を捕らえて拷問ごうもんにかけても、何も喋りはしないだろう。迂闊うかつに太陰宮の修道女を拷問にかければ、こちらが批判されてしまう。

 (とりあえず「エイダ」は追い払うとしても、別人に成り済ましてまたやってくる可能性が高い。別邸への人の出入りは厳重に制限せねばならんな……)

 馬車の中で長すぎる脚を組んで、懐手にした例の指輪の箱を握りしめながら、恭親王が物思いに耽っていると、メイローズが遠慮がちに話しかけてきた。

「実は本日の婚約式なのですが、レイノークス辺境伯は出席されません」
「後見人不在で婚約式など可能なのか?」

 メイローズが紺碧の瞳を少し伏せ、気づかわしそうに言った。

「結婚の同意書への署名はすでに頂戴しておりますので、そこは問題ないと思うのですが、やはり、あまり外聞はよろしくありませんよね」
「辺境伯がものすごく遠方にいるならともかく、目と鼻の先だからな。不自然だろう」
 
 恭親王が眉を顰めると、メイローズも同意した。

「ギュスターブ卿より、レイノークス辺境伯をアデライード姫の後見人から更迭こうてつし、義父である自分が後見人になるとの申請が出されたのですよ。当然、却下されましたが、日付を考えると夏至大祭の直後にはあちら側に情報が流れていたと思われます。情報の入手も、その伝達も異常に早いのです。今回も、婚約式のことがおおやけになれば、これを機会に姫君を太陰宮から出すと予測されてしまうかもしれません。それを防ぐためにも、レイノークス伯の方には、この件は事後承諾の形を取ることにいたしました」

 メイローズの話に、恭親王がぎょっとした。

「ちょっと待て。では、婚約式後に姫君を別邸に連れていくことを、レイノークス伯は承知していないのか」
「はい。姫君にも先ほど、お知らせしたばかりですので……」

 後見人の同意なしに、婚約者とはいえ未婚の王女を別邸に連れ込むことになる。

「それはまずいだろう……」

 〈聖婚〉の名のもとに〈狂王〉が王女わが物にしたなどと噂を立てられては、王女にとっても傷になる。レイノークス辺境伯と後で揉めるようなことは避けたい。

「レイノークス伯の同意は最低限取るべきではないのか」
「そうなのですが、もし辺境伯に事前に諮りましたら、必ず姫君には付添人を付けると言うでしょう」
「そんな者が必要なのか」

 未婚の令嬢が婚約者宅に滞在する場合でも、付添人は必須だ。おそらくはレイノークス伯に近しい貴族夫人あたりを付けると言い張るだろうが、そうなると今日、明日と言う訳にはいかず、秘密保持の点から見ても芳しくないことになる。

「おそらく、侍女も、衣裳も……ということになりましょう。レイノークス辺境伯の威信もかかってまいりますからね。我々としては、抜き打ち的に姫君を別邸に移したいのですよ。安全のためにね」

 恭親王は眉間に深い縦皺を刻んだ。安全のことを考えたら、今すぐにでも別邸ではなく、対岸のソリスティアにでも移すべきだが、流石にそれはまずい。別邸でも、太陰宮の修道院に比べれば、はるかに安全なはずだ。しかし、後見人であるレイノークス辺境伯の目の前でならともかく、辺境伯も出席しないだまし討ちのような婚約式の後、姫君を別邸に連れ去るというのは、見様によっては人さらいである。

「メイローズお前、最初から私に悪評の全てを擦り付けて、姫の安全を確保するつもりだったのだな」

 黒曜石の瞳でぎろりとねめつけてやると、メイローズはちょっとだけ肩を竦めた。

「どれほどの悪評が広まろうとも、わが主の本当のお優しさを私は承知しておりますので」
「ったく、この狸が。これで姫君が刺客の手にかかろうものなら、絶対に私が殺したことにされるな。なにせ〈処女殺し〉だし」
「姫君は龍種でございますから、わが主の精に負けたりはいたしませんよ。安心して存分に中にお出しください。……ただし、婚礼が済んでからですが」
「悪評だけ背負い込んで、手は出すなとか、お前鬼だろう」
「何事も忍耐が肝心でございますよ」

 澄まして付け加えるメイローズを睨みつけて、揺れる馬車の中、恭親王はぎりぎりと奥歯を噛みしめた。

 もし、アデライード姫が〈メルーシナ〉だったら、間違いなくあの甘い〈王気〉に直撃される。
 我慢できる自信など、これっぽっちもなかった。
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