【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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7、婚約

危険探知

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 まだ手をとられたまま、並んで立つと男はアデライードより頭一つ以上背が高い。俯いた顔の、額の辺りに強い視線を感じ、そっとアデライードが上目遣いに見上げると、アデライードを射竦めていた黒い瞳が突然ふっと眇められて、予想外に優し気な表情になった。

(シウリン――と同じ、黒い瞳――)

 視れば、自分の銀の〈王気〉はもう、すっかり心を許して男の金の〈王気〉と楽し気に戯れており、アデライードはこれが周囲にどう視えるのかと、思わず視線を泳がせた。その表情を男はどう思ったのか、恭親王はアデライードの手を握ったまま、その長身を少し折るようにして、アデライードの耳元に唇を近づけてきた。
 熱い息が耳にかかり、アデライードがびくりと身体を震わせる。

「姫君、あなたには今日、総督別邸にお移りいただくことになっているが……そのことは聞いているか?」

 低い、それでいてどこか甘い声がアデライードの耳朶を打ち、アデライードは睫毛を震わせて恭親王を見上げ、慌ててこくこくと頷いた。

「……やはり、その声は本当に出ないのか……?」

 切れ長の目が心配するような色を湛えてアデライードをじっと見つめる。その黒い瞳に射竦められたようになり、ただ為すすべもなく見つめ返していると、背後からエイダの甲高い声が聞こえた。

「姫様、お疲れさまでございます! 一度控室にお戻りを――」

 いつの間にか近くに寄っていたエイダがアデライードを控室に連れ去ろうとするのを、恭親王はアデライードの手をぐっと握り、そのまま自分の胸に抱き込むようにした。そしてアデライードとエイダの間に自分を割り込ませ、アデライードをエイダから庇うような体勢になった。

「何だお前は。下がれ近寄るな」

 低い、威圧するような声で、恭親王がエイダを威嚇すると、エイダが甲高い声で言った。

「わ、わたくしは姫様のお側付きのし、修道女で……」
「お前が?」

 視線に軽蔑を乗せて上から下までエイダを眺めまわしながら恭親王が言うと、エイダがわなわなと震えながら周囲に救けを求めて目を泳がせる。
 その様子を見ていたエラ院長が恭親王に近づいて会釈した。

「総督閣下、その者はエイダと申しまして、アデライードの側仕えをもう十年もしておりますの。彼女のおかげで、幾度、アデライードの命が救われたか。どうか、ご婚姻の後も、姫君のお側に置いてやってくださいませ」

 穏やかに言う院長に、恭親王は心底嫌そうに言った。

「断る。私は邸内に鼠を飼う趣味はないのでね」

 その鼠、という言葉のニュアンスに、恭親王の背後に控えていたゾラとメイローズがびくりと反応し、じっと値踏みするようにエイダを見る。

「ついでに、不細工な女が身近にいるのは我慢がならない。それ以上近づくな」
 
 そう言いながら殊更にアデライードを抱き寄せるのだから、傍からは恭親王が哀れな修道女に暴言を吐いているようにしか見えない。

「……では、姫、行くぞ」
「!!!」

 恭親王がアデライードの手を掴んだまま、祭壇にくるりと背を向けて歩き始め、引っ張られたアデライードがバランスを崩して恭親王の腕に抱きとめられる。恭親王はそのままアデライードの腰を抱き込むようにして歩き出すのを、メイローズが慌てて引き留める。

「わが主よ、この後は簡単な午餐会でおときが出ますので、少しお待ちください」
「さっきも言っただろう。毒殺の危険があるのに、メシなんか食えるか」

 露骨に舌打ちする恭親王に、メイローズが宥めるように言う。

「遊牧民の略奪婚ではないのですから、ある程度の儀式はこなしていただかないと困ります」
「さっきから、私の危険探知がビシビシ警告を発している。こんなところには一秒たりともいたくはないのだが」

 そう言いながら恭親王は空いている方の手をうなじにやる。それを見て、アデライードも首筋がチリチリするのに気づく。自分たちに敵意をもつ人物が近くにいる――というより、つまりエイダの敵意だ。

「婚約が成立したことを、きちんと内外に宣言するための儀式なのですよ。これで帰ってしまったら意味がありませんよ」

 メイローズの説得に溜息をつき、恭親王は渋々というふうにアデライードの腰を抱いて午餐会の会場へ歩き出す。腰に回された大きな手から恭親王の〈気〉が流れ込んでくる。このまま腰を触れられていたら、〈王気〉に酔って腰が砕けてしまうかもしれないと戸惑い、思わず振り向いてエイダを見た。暴言を吐かれたエイダが、びくびくしながら二人の後ろを心配そうについてきている。

 広間を通り抜ける間に、大神官長のルキニウスや陰陽宮の管長ゼノン、太陽宮の大僧正ウルら、並み居る聖職者が婚約の調ったことに祝いの口上を述べるのを適当にあしらいながら、恭親王は大股でずんずん歩いていく。四十くらいの女神官が、少し頬を赤らめて二人に祝いを述べた。

「金と銀の〈王気〉が睦まじげに戯れ合う様を初めて見ました。本当に素晴らしい……!」

 いつもは無表情のルーラ認証官が、乙女のように目を潤ませ、頬を上気させている。ルーラはメイローズと同様な、〈王気〉マニアなのである。
 アデライードはこの女神官にも〈王気〉の戯れ合いが視えているのかと思うと、恥ずかしくて顔が赤くなる。恭親王の方は〈王気〉が視えないので、熱っぽい瞳を潤ませて自分たちを見つめてくるルーラが不審者にしか見えない。

(この中年女、気味が悪いな。敵意は感じないが、年甲斐もなくウルウルして、なんだ?)

 女神官らしいおばさんは視線が怪しいし、背後から付いてくる「エイダ」からはビンビン敵意を感じるし、やはり中年女は鬼門だと、恭親王はさらに足を速める。腕に抱え込んだアデライードの細腰から、じんわりと甘い〈王気〉が伝わってきて、彼の下半身がまずいことにならないうちにこの場を抜けたかった。いや、違う。一刻も早くアデライードを抱え上げて連れ去り、二人っきりになりたいのだ。
 
 しかし、そんな恭親王の事情など全く斟酌されず、長い廊下の先の、食器が準備された食堂に連れていかれ、一番上座の二人並んだ席に案内される。チリチリと首筋を刺す警戒のしるしはさらに激しくなる。

(何を狙っている? 敵意がダダ漏れだな。……厄介な)

 無意識に首筋を撫でながら、周囲に気を配る。振り向いて、ゾラに向かって頷いて見せる。気を抜くな、という意味だ。無言で精悍な眉を片方だけ上げたところをみると、了解したらしい。戦闘に関しては信頼できる部下だ。

 恭親王がアデライードのために椅子を引いてやると、アデライードは少し顔を蒼ざめさせ、おずおずと腰を下ろした。緊張しているのか、両手でぐっと白い長衣を握りしめている。時々うなじあたりに手をやるのを見ると、アデライードの〈王気〉も、危険を感知しているのかもしれない。

 修道院に引きこもっていたアデライードはいかにも世慣れぬ風で、それがまた綻び始めた花のようで初々しい。さすが動作は流れるように美しいが、どこか不安げな様子で、触れれば壊れてしまいそうで、しかし捕まえておかなければどこかに飛んでいってしまいそうなほど、儚げであった。聖職者ばかりとはいえ、このような人目にさらされる機会は初めてなのだろう。

 恭親王も自分で椅子を引いて腰かけると、テーブルの下で長い脚を組み、アデライードの方に身体を傾け、耳元に口を近づけてアデライードにだけ聞こえるように小声で言った。

「乾杯だけして、適当なところで席を立つ。一切、何にも、口をつけるな。水も駄目だ」
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