【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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13、月蝕 

月蝕祭

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 陰陽二元論を根本教理とし、さらに天動説を採用している〈禁苑〉の教えにおいて、月蝕は、一旦姿を隠した陰の精たる月が、再び力を得る重要な日であり、月神殿において月精の再生を祈る祭祀を行う。

 八月のこの夜、月の精の子孫たるアデライード王女は、その〈聖婚〉の婚約者である帝国皇子恭親王と月蝕祭に参列し、太陰宮の導きと保護を受け、女王家の再生を印象づける役割を負う。

 月蝕の時刻が近づくと、参列者たちは神殿中庭の決められた席についた。満月と周囲に焚かれた篝火かがりびを映す、広い長方形の泉を取り囲み、巨大な列柱がならぶ回廊が取り巻く。

 神官たちは所定の位置につき、賓客は北側のひさしの下に作られた観覧席に座る。全ての列席者が揃った後で、後見人のユリウスにエスコートされたアデライードと、恭親王が主賓席に導かれる。泉の周りに配置された篝火に照らされ、群を抜いて美しい三人の若者に、他の列席者は皆な溜息を漏らす。

 大神官長ルキニウスが泉の前に立ち、月蝕祭の祝詞のりとを重々しく唱えると、篝火が消され、月明かりだけになる。神官たちの祈りの声が響く中、月が次第に欠けはじめ、辺りは暗くなっていく。

 恭親王もユリウスも、本当ならば月蝕祭のような夜の祭祀の出席は遠慮したいところだ。しかし、折しも公聴会で月神殿を訪れている〈聖婚〉の二人が、敢えて欠席するのは外聞がよくない。イフリート公爵がいかな世俗主義者とはいえ、さすがに祭祀中の月神殿を襲撃して神域をけがすような非常識は行うまいと、聖職者たちは考えている。しかしながら、イフリート公爵はどうやら、そんな〈禁苑〉の常識が全く当てはまらない人物らしい。周囲の闇が深みを増していくなかで、恭親王は警戒を強める。

 儀式の直前、暗部のカイトよりエイダとギュスターブの会話内容を報告された恭親王は、それを裏付けるようにギュスターブの欠席を知り、どこかで必ず襲撃があると覚悟した。それで、帯剣したままでなければ出席しないと言い張り、また武器をびた護衛を多数、神殿のあちこちにひそませることを認めさせた。極めて物々しい警戒の中での、月蝕祭となった。




 暗がりの中で、恭親王はいつでも抜けるよう、そっと剣の位置を確かめ、左隣にいるアデライードの所在を確認する。
 神官たちの祈りの声が響き、恭親王の首筋がチリチリと警戒を発する。全神経を集中して周囲を探る。――背後から、何か来る。

「ユリウス、来たぞ……!」

 恭親王は小声でユリウスにささやくと、左手でアデライードを抱き寄せ、右手で剣を抜いて振り向きざまに横に薙ぎ払う。キーン! と剣と剣の打ち合う音がして、青い火花が散る。

「曲者だっ!」

 ユリウスもさすがに反応して、苦手な剣を抜こうとしているが、狭いし暗いしでわたわたしている。その姿を見て、恭親王は思いっきり舌打ちした。

「もういい、何も期待しないから、とにかく死ぬな」
「わかってるよ!剣は苦手なんだって!」

 恭親王は左手に抱いていたアデライードをユリウスに託すと、左手に剣を持ち変えて本気でうちかかる。メイローズが短剣を抜いてアデライードを背に庇い、騒ぎを聞きつけた侍従官のトルフィンとゾラも、警戒していた柱の陰から抜刀して駆けつける。

 しかし、他の客たちが悲鳴を上げ、逃げ惑って入り乱れ始めると、剣を振るうことができない。暗殺者にしてみれば、手当たり次第殺してしまっても別に構わないのだろうが、こちらは暗闇で味方を傷つけるわけにはいかない。
 恭親王はユリウスに声をかける。

「ユリウス、いけるか?」
「こんな暗い中では無理だ!」

 ユリウスが悲鳴を上げる。恭親王が指をくわえて甲高い指笛を鳴らす。

「こっちだ!ユリウスを守れ。」

 数人の暗部らしい黒ずくめの男が現れ、ユリウスを取り囲んで守った。

「姫をこちらへ!」

 恭親王の声に、ユリウスがアデライードの腕を掴んで、恭親王の方に押しやる。ぶつかってきた小柄な人物の甘い香りと柔らかい身体に、これがアデライードだと確信する。

「姫か?」

 暗闇の中で腕の中の人物が頷いた気配を感じる。恭親王は彼女の腕を右手で掴むと、

「分散する! この狭い場所を抜けるぞ!」

と言うが早いか、客たちのひしめく観覧席を蹴立てて回廊の方に走り始めた。

「あっちだ!追え!」

 暗殺者たちもそれに続く。恭親王はアデライードの手を引いて走りながら、背後から迫ってきた暗殺者を振り向きざまに一閃して切り捨て、そのままアデライードを庇って、暗殺者が振り下ろした剣を薙ぎ払う。恭親王の右手側をさすがの判断で付いてきたゾラが並走し、アデライードを庇いながら瞬く間に二人を切り伏せる。

 それらの行動を全て走りながらこなしているのだが、恭親王やゾラの走るスピードに、アデライードがついてこられるはずがない。早くも息があがり、足がもつれている。恭親王は右手でアデライードの細腰を抱くと、ふわりと片腕で抱えて風のように走った。アデライードはなすすべもなく恭親王にしがみつく。恭親王の黒い肩衣が回廊にひるがえり、そのまま回廊を走り続けると見せて、ついっと回廊の横手、巨大な柱の陰の暗がりに身を潜める。

 ゾラはちらりと一瞬だけ恭親王に視線を走らせるも、そのまま回廊を曲がって走り続けていく。柱の陰に身を潜めた恭親王とアデライードの横を暗殺者たちが走り抜け、それを護衛たちと僧兵たちがドタドタと足音を立てながら追っていった。
 
 足音が遠ざかると、恭親王はアデライードの腰を抱いたままふうっと息をつく。

「ここでやり過ごそう。姫を守るのが先決だからな」
「……このまま賊を追います」

 どこからか聞こえてきたひそやかな声に、恭親王が答える。

「そうしてくれ。姫だけなら私一人で十分だ」
「では……」

 ふっと気配が途絶え、暗部の男はそのまま消えた。

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