【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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14、陰陽の龍種

別邸の夕食

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「あの後、ギュスターブ卿の身柄を確保しようと僧兵が宿舎に向かいましたが……」
「逃げられたか」
「はあ。申し訳ありません」
「よく吠える駄犬のクセに、逃げ足だけは早いと見えるな」
 
 恭親王は苦笑しながら、それでもアデライードの腰は離さずにゆっくりと歩く。メイローズの先導に従いついていくと、夕食は食堂ではなく、中庭に面したテラスに用意されていた。池の周囲には篝火かがりびが焚かれ、幻想的な雰囲気だ。

 すでにユリウスは席につき、多少青い顔で水を飲みながら待っていた。

「アデライード! 勝手に部屋を抜け出したりしてはだめだろう! 心配したんだぞ」

 ユリウスが異母妹を咎め、恭親王に胡散臭げな視線を送る。

「君が連れ出したのか?」
「偶然会っただけだ」
 
 二人が席に着くと、アンジェリカがそれぞれ希望の飲み物を注ぐ。喉の渇きを覚えていた恭親王が、冷えた白葡萄酒を一口飲むと、ユリウスが聞いてきた。

「怪我はどう?」
「もう治ったよ。魔力で自己治癒をかけたから。……おぬしこそどうだ」
「うそだろ! 僕はまだ痛いよ! そんな治癒魔法が使えるなら、僕にもかけてくれよ」
「生憎、魔力を外に放出できないから、自分自身しか癒すことができないんだ。聖地の温泉は傷に効くぞ。この屋敷にも引いてあるし……あまりひどいようなら、神殿から治癒魔法の使える神官を呼ぶが」

 メイローズとアンジェリカが料理を運んできた。鴨肉のローストに、塩漬け肉と豆の入った赤茄子のシチュー、サフランを効かせた魚介の炊き込み飯、サラダ。

「アデライード、鴨肉だよ! 子供のころ好きだっただろう?」

 ユリウスはまるで幼い子供の面倒をみるように、こまごまとアデライードの世話を焼きたがる。

「ユリウス……子供じゃないんだから」

 見かねて恭親王が咎めると、ユリウスがきっとなって言った。

「六歳からずっと離れて暮らしてきた異母妹なんだぞ! 本当ならレイノークス伯領に連れて帰って、家族水入らずで過ごしたいところなのに! あと四か月で嫁に行くなんて! しかも、こんなエロ皇子の所に!」
「ソリスティアはレイノークス伯領の隣だ。イフリート公爵の件がもう少し落ち着いて安全が確保できたら、里帰りすればいい。……あと四か月か、楽しみだな」

 殊更に爽やかな笑みをユリウスに向けてやると、ますますユリウスが悔しそうに顔を歪める。

「結婚式にはユリウスの家族も来るのだろう? おぬしの妻と……あと他に兄弟は?」
「妻は三人。イリスとエウロペとマリア。兄弟は弟のテオドールと、マルクス、すでに嫁いだ妹が四人いる」
「おぬし、自分は三人も女房がいるくせに、人をエロ皇子呼ばわりしていたのか」

 鮮魚のカルパッチョを箸で口に運びながら、恭親王が呆れたように言った。

「妻が三人とか、普通だろう。東では正妻は一人だけらしいけど、側室の一人や二人君だって」
「側室は今はいない。この話が来た時点で実家さとへ返した」

 すっぱりと言い切る恭親王を、ユリウスは虚を衝かれたように見つめる。

「ええっ?! そうなの?」
「そう。だからアデライード一人だけだ」

 ユリウスは灰青色の瞳をぱちぱちと瞬きしてから、ああそう言えば、と思い出した。ここのところ獣人としかヤってないから品行方正だという、意味不明な論理を。

「君の方の親戚も来るのだろう?」
「来るわけないだろう。二つの王家は基本、接触禁止だ。皆、陽の〈王気〉持ちなんだから、アデライードを一目見たら目の色を変えるに決まっている。血みどろの争いになるぞ」

 目の前で大人しく料理を口に運んでいるアデライードを見て、恭親王はつくづく思う。もしこの女が他の男のものになると言われたら、その瞬間に発狂する自信がある。出会わなければ諦める同種の雌。目の当たりにすれば雄の本能として奪わずにはおれまい。帝都を発つときに見送りにきたグインは、「俺が代わってやる」と言ったが、アデライードを見れば本気でなり代わろうとするに違いない。自分がグインの立場でも、そうする。

「では、親戚はだれも出席しないの? なんか、新婦側の親族としては複雑だけど」
「流血の披露宴にしたくなければ、招ばない方がいい。ついでに言えば、母方の親族は娘を私の妻にしようと必死に運動していたから、これも招ばない方が身のためだ」

 うかつに呼ぶと、その娘を側室として無理矢理置いていく恐れがある。

「大げさだな……。男兄弟は無理でも、姉妹の誰かが駆けつけるとか、ないわけ?」
「姉妹……二十人以上いるらしいが、一人も会ったことがないな。だいたい、女が外交の場に出るなんてことは、あり得ない」

 どうやら、新年の結婚式は、極めて歪な出席者の構成になりそうであった。

「妻や妹たちが、アデライードに会いたがっているのだが」

 ユリウスの言葉に、恭親王は一瞬、眉を顰め、首を振る。

「気持はわかるが、しばらく遠慮してくれ。おぬしにも、イフリート公の異常さがわかっただろう。レイノークス伯領の方も警戒は怠るなよ。何を仕掛けて来るか、想像もつかない」

 ユリウスもその答えは予想していたようで、襲撃で怪我をした腕の包帯を撫でながら、しぶしぶ頷いた。
 襲撃はやり過ごしたものの、考えなければならないことがたくさんあった。だが、アデライードの前ではあまりしたい話ではない。
 食事が終わり、食後のお茶とデザートが出たが、甘い物をそれほど好まない恭親王は、お茶だけを飲んでいた。相変わらずアデライードは食事集中型で、一心不乱に柑橘のゼリーを口に運んでいる。この一月で、少しふっくらしただろうか、と恭親王はその白い頬のラインを眺める。

 太陰宮に比べれば、この別邸の警備体制は万全ではある。
 だが、海を隔てての所詮は仮住まいである。それにもともとここは総督のための、聖地の別荘みたいなものだ。敵の攻撃を想定して作られているわけではない。
 その意味でも、やはり総督府の堅固な要塞に連れて帰りたいが――。

「あと四か月か――」

 思わず、恭親王が呟くと、ユリウスも言った。

「あと四か月だよ。あと四か月で、僕のアデライードが、この獣の餌食に……」
「ユリウス、次の襲撃が起こったら、おぬしのことは放っておくことにする。勝手に自力更生してくれ」
「なっ、ちょっと、それはないでしょ! 大事な義兄なんだから、救けてよ!」
「いい加減、私も疲れた。戦場に慣れているとは言っても、あそこまでの危険に晒されたことは滅多にないんだぞ。責任なんか取れるか」

 お茶を飲みながら投げやりに言う恭親王に、ユリウスも眉を顰める。

「イフリートの〈黒影〉が何人いるか知らないけど、いくら何でもあれで打ち止めだと思うんだけどな」
「そう願いたいな」

 お茶のカップを皿に置いて、恭親王は後ろに控える侍女二人を見た。

「我々は明日、午前中にソリスティアに帰る。今朝の襲撃で、警備の者にも負傷者が出ているが、交代要員はすぐに用意しよう。基本、この別邸の中は安全だ。だが――」

 実際には死者も三人出ていたが、恭親王は女たちの心情を考えて、そのことは言わなかった。

「くれぐれも、油断はするな。お前たちの外出までは禁止しないが、一人ではなく、必ず護衛を連れて行くように。内部のこと、別邸に仕えていることなど、外で話さないように。それから、外から持ち込むものに関しては、十分に注意しろ」
 
 アンジェリカとリリアが顔を見合わせ、こくりと頷く。

「イフリートの〈黒影〉は、いわゆる諜報活動のプロだ。他の人物に成りすまして近づいてくる。外で出会った人間には、絶対に心を許すなよ? ちょっとの油断が、命取りになる」
「わかりました。危険手当のためにも、精一杯頑張ります!」

 ぐっと拳を握りしめて、アンジェリカが宣言するのを、メイローズが背後で頭痛を堪えるように、そっとこめかみを指で押さえた。
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