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六竅
7、独りの夜
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婚礼の派手な銅鑼や太鼓の音を遠くに聞きながら、レイナは真新しい自室で刺繍をしていた。
愛する人が妻を迎える日に、冷静でいられるはずはなかった。豪華な華燭の典を経て、正室としてこの新しい邸に迎え入れられる人に、レイナは羨ましさを覚える。レイナとて、幼い日には真っ赤な花嫁衣裳を纏い、赤い花嫁籠に揺られて嫁ぐ日を夢見ていた。辺境のこととて絢爛さは及ぶべくもあるまいが、自分を愛した父は出来る限りの思いでレイナの輿入れを準備したであろうと思うと、親王の側夫人という煌びやかな身の上とはいえ、所詮、日陰の身であることに違いはない。
順親王の強い意向と姉を溺愛するユルゲンの懇願により、秀女としての入宮を決意した時に、レイナは人並みの幸福を手放す決意をしたはずだったのに。
ざわめく心は集中を欠き、レイナは幾度も、針で指を傷つけ、気づけば茫然と殿下が訪れるはずの扉を見つめている。
(馬鹿ね――今夜はいらっしゃるはずがないのに――)
「レイナ様、もうお休みになられましては――」
新たに抱えられた侍女のセラがレイナに言う。
「そうね、そうするわ。あなたももう、下がっていいわ。後は一人で大丈夫」
侍女を下がらせ、一人で夜着に着替え、髪を梳く。この邸に越した最初の夜である昨夜、恭親王と二人で過ごした寝台に、一人で横たわると、妙にガランと広い気がしてレイナは眼が冴えてしまっていた。
レイナの姉、ルーナは十二貴嬪家の一つ、ソルバン侯爵の次男ユルゲンの側室として、ユルゲンの愛を独占していた。ユルゲンから蔑ろにされた正室、ヤスミンはソルバン家を出て、この年末に離婚が成立した。貴種以上の母の所生でなければ、十二貴嬪家の跡取りとは認められない。この先、ルーナが何人の男児を生もうと、それはユルゲンの跡取りとはなれない。ユルゲンは次男であるとはいえ、いずれ貴種から改めて正室を娶らねばならないが、側室に狂って正室を追い出したユルゲンは、帝都の社交界では評判が悪かった。その悪評は当然、当の側室であるルーナにも向いている。ルーナとやり取りする手紙からは、針の筵に座っているようなルーナの辛い心情が透けて見え、レイナとしても哀しかった。
(それでも――姉さまは愛されているから――)
奇しくも姉と同様に側室という立場になってしまったレイナは、そう、思う。
どんな辛い立場に立たされようとも、どれほどの非難を浴びようとも、夫が自分を心の底から愛してくれるならば、耐えられるだろう。
しかし、レイナの夫――名目的にはそうなるのだが、恭親王はレイナが「旦那様」と呼ぶことを、拒否した。あくまで彼は皇子として、秀女の延長としてレイナの人生に責任を持つに過ぎない、つまり「夫」ではなくて「主」なのだ――はレイナを愛さない。できる限りレイナを守り、保護すると約束したが、それは愛ゆえではない。ただの保護者であり、庇護者だ。身体の関係はレイナが望んだことではあるが、彼にとってはレイナを保護する正当性を得るための、便宜でしかない。
恭親王に抱かれ、その側室として扱われるようになって、レイナは優し気な外見と仕草の裏の、彼の冷酷さを知る。周囲からは寵愛されているように見えるだけに、真実を知るレイナの心は切り刻まれるように辛かった。
彼は絶対に、レイナに心を動かさない。
だがもし、彼が正室や、他の女に愛を覚えたら――?
自分は彼の、見かけの優しさすら失うのではないか。
(馬鹿ね。これ以上、何を望むというの――?)
レイナはその夜も、一人寝台の上で涙を流し、枕を濡らすのであった。
愛する人が妻を迎える日に、冷静でいられるはずはなかった。豪華な華燭の典を経て、正室としてこの新しい邸に迎え入れられる人に、レイナは羨ましさを覚える。レイナとて、幼い日には真っ赤な花嫁衣裳を纏い、赤い花嫁籠に揺られて嫁ぐ日を夢見ていた。辺境のこととて絢爛さは及ぶべくもあるまいが、自分を愛した父は出来る限りの思いでレイナの輿入れを準備したであろうと思うと、親王の側夫人という煌びやかな身の上とはいえ、所詮、日陰の身であることに違いはない。
順親王の強い意向と姉を溺愛するユルゲンの懇願により、秀女としての入宮を決意した時に、レイナは人並みの幸福を手放す決意をしたはずだったのに。
ざわめく心は集中を欠き、レイナは幾度も、針で指を傷つけ、気づけば茫然と殿下が訪れるはずの扉を見つめている。
(馬鹿ね――今夜はいらっしゃるはずがないのに――)
「レイナ様、もうお休みになられましては――」
新たに抱えられた侍女のセラがレイナに言う。
「そうね、そうするわ。あなたももう、下がっていいわ。後は一人で大丈夫」
侍女を下がらせ、一人で夜着に着替え、髪を梳く。この邸に越した最初の夜である昨夜、恭親王と二人で過ごした寝台に、一人で横たわると、妙にガランと広い気がしてレイナは眼が冴えてしまっていた。
レイナの姉、ルーナは十二貴嬪家の一つ、ソルバン侯爵の次男ユルゲンの側室として、ユルゲンの愛を独占していた。ユルゲンから蔑ろにされた正室、ヤスミンはソルバン家を出て、この年末に離婚が成立した。貴種以上の母の所生でなければ、十二貴嬪家の跡取りとは認められない。この先、ルーナが何人の男児を生もうと、それはユルゲンの跡取りとはなれない。ユルゲンは次男であるとはいえ、いずれ貴種から改めて正室を娶らねばならないが、側室に狂って正室を追い出したユルゲンは、帝都の社交界では評判が悪かった。その悪評は当然、当の側室であるルーナにも向いている。ルーナとやり取りする手紙からは、針の筵に座っているようなルーナの辛い心情が透けて見え、レイナとしても哀しかった。
(それでも――姉さまは愛されているから――)
奇しくも姉と同様に側室という立場になってしまったレイナは、そう、思う。
どんな辛い立場に立たされようとも、どれほどの非難を浴びようとも、夫が自分を心の底から愛してくれるならば、耐えられるだろう。
しかし、レイナの夫――名目的にはそうなるのだが、恭親王はレイナが「旦那様」と呼ぶことを、拒否した。あくまで彼は皇子として、秀女の延長としてレイナの人生に責任を持つに過ぎない、つまり「夫」ではなくて「主」なのだ――はレイナを愛さない。できる限りレイナを守り、保護すると約束したが、それは愛ゆえではない。ただの保護者であり、庇護者だ。身体の関係はレイナが望んだことではあるが、彼にとってはレイナを保護する正当性を得るための、便宜でしかない。
恭親王に抱かれ、その側室として扱われるようになって、レイナは優し気な外見と仕草の裏の、彼の冷酷さを知る。周囲からは寵愛されているように見えるだけに、真実を知るレイナの心は切り刻まれるように辛かった。
彼は絶対に、レイナに心を動かさない。
だがもし、彼が正室や、他の女に愛を覚えたら――?
自分は彼の、見かけの優しさすら失うのではないか。
(馬鹿ね。これ以上、何を望むというの――?)
レイナはその夜も、一人寝台の上で涙を流し、枕を濡らすのであった。
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