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六竅
11、伏兵
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皇后がユリアに対し、香水の使用を控えるように意見したことで、ユリアもようやく、(かなり渋々ながら)香水を諦めた。それを受け、メイローズ他の周囲の者があれこれと宥めすかし、恭親王にユリアの部屋へ赴くように、何かと働きかけていく。
夜は悪友の誘いだ、火遊びだと言って、何のかんのと邸を空け、邸にいる数少ない夜も、必ずレイナの部屋で休む恭親王だが、メイローズやシャオトーズはユリアの乳母や侍女と相談の上、昼食や午後のお茶を、庭やユリアの部屋で一緒に摂るように画策した。
ユリアの側としては、夜の訪れがないのは不満だが、どう見ても険悪な二人の間で、夫婦の営みなどを強要すれば、むしろユリアが傷つけられる恐れがある。
「千里の道も一歩から、と申します。殿下は偽悪的に振る舞っておられますが、むしろ女性や下々の者には優しい方なのですよ。少しずつ交流して、お互いの誤解を解いていくのが一番の近道です」
恭親王の閨を側室のレイナが独占している現状に、ユリアの侍女たちが不満を抱くのは当然ではあるが、ああ見えて男女のことに潔癖な部分もある主に、無理強いが一番よくないと知っているメイローズは、根気強くユリアの周囲を説得した。
初めはユリアとの昼食やお茶に難色を示していた恭親王だが、一緒に過ごしさえすれば夜の訪問を強要されないと気づいてからは、仏頂面ではあるが文句を言わずに同席するようになった。
池の畔。芝生の上に木の卓を出し、藤榻を並べ、池の周りに咲き誇る桜花を見ながらの昼食。
食事の嗜好も二人は大きく隔たっており、卓に乗り切れないほど並べたとりどりの皿から、小鳥が啄むようにちょっとづつ摘まむユリアに対し、山盛りの銀シャリに漬物があれば満足の恭親王は、一箸二箸で下げられる料理に眉を顰める。
「不経済ではないか?」
恭親王の言葉に、ユリアは意味がわからない、という顔をした。
「親王府の財政はそんなに厳しいのですの?……残したものは、厨房の者や給仕の者が食べますのに」
「最初から残す前提なのが不経済だというのだ。厨房や下仕えの者の賄いは、初めからそのために用意すればよい。食べ残しを分配するのでは不公平が出るし、日によって量も異なる。いろいろな料理を少しずつ食べたいのであれば、最初から各種の料理を一人前づつ取り分けて配膳すれば、箸をつけた食べ残しは出なくなる」
なおも理解できないで眉を顰めているユリアに、恭親王が説明する。
「例えば、一つの大きな皿に、これらの料理を一人前ずつ……例えば十種並べ、それを貴女の分、もう一皿を私の分とすれば、十枚の皿が二枚で済むわけだ。五、六人で会食するのであれば、このように皿を並べても楽しいが、二人で食べるのに皿ばかり並んでも無駄だ。遠くの皿は手が届かないしな」
「……でも、何だか貧乏臭くありませんこと?」
「それは工夫次第だろう。テキトーな皿に味が移るのも気にせずに、ごちゃごちゃに載せれば残飯めいて見えるだろうし、仕切りや小皿を使って綺麗に盛りつければ、食べ過ぎも防げるし、食が進んでいないのも丸わかりだから、健康管理にも役立つと思うがな」
野菜や豆腐のおかずを数口食べただけで、他は漬物で銀シャリを掻き込みながら恭親王が言う。
「それは、鴛鴦宮では実行なさっていらしたの?」
「提案はしたが、私の死んだ正傅はちょうど貴女みたいなタイプの人間だったんだ。『親王の食卓の格式に見合いません』と却下されたよ。『格式で飯が食えるか、クソくらえだ!』と言ったら、『食事中に何てことを言うのですか』と別の理由で叱られて終わりだったな」
「まあ!」
麗しい外見に似合わない下品な言葉遣いに、ユリアや侍女たちは手巾で口元を覆ってオホホと笑う。
「でも、案外とよろしいかもしれませんわね。わたくしも美容のために野菜や海藻などを食べようとは思っても、どうしても、好きなものばかり食べ過ぎてしまいますもの」
「ほう、貴女は少なくともデュクトよりは、頭が柔らかいらしいな」
ユリアの言葉に、意外そうに恭親王が目を丸くする。
これは、予想よりも早く雪解けが来るのではないか――と、メイローズ以下が思った時。
思わぬ伏兵が、彼らの苦労を水の泡にした。
ひらりと碧空からエールライヒが舞い降りて、二人の卓にほど近い、大きな奇岩の上に止まる。その尖った鈎爪の先には、野ネズミが握られてちゅうちゅう蠢いていた。
「キャー―――!」
絹を引き裂くような悲鳴を上げてユリアが失神し、藤榻から崩れ落ちる。(比較的)和やかだった昼食の場は、滅茶苦茶になってしまった。
その後、すっかりエールライヒを毛嫌いするようになったユリアは、
「あの鳥、何とかしてくださいまし!」
とエールライヒの処分を要求し、恭親王はその要求自体に激怒する。
「あれは、私が北族に囚われていた時、私と辺境の砦の連絡をしてくれた命の恩人だ。失礼な物言いは許さない」
「所詮、畜生ではありませんの!」
「黙れ! それ以上侮辱したら許さんぞ!」
二人の間には次から次へと諍いの種が芽を出し、蔓延り、すぐさま拗れた。
初めから、ともに暮らすのが無理な二人――そういうものがこの世にあるとしたら、間違いなくこの二人だろうと、側近たちも半ば諦め始めた。
夜は悪友の誘いだ、火遊びだと言って、何のかんのと邸を空け、邸にいる数少ない夜も、必ずレイナの部屋で休む恭親王だが、メイローズやシャオトーズはユリアの乳母や侍女と相談の上、昼食や午後のお茶を、庭やユリアの部屋で一緒に摂るように画策した。
ユリアの側としては、夜の訪れがないのは不満だが、どう見ても険悪な二人の間で、夫婦の営みなどを強要すれば、むしろユリアが傷つけられる恐れがある。
「千里の道も一歩から、と申します。殿下は偽悪的に振る舞っておられますが、むしろ女性や下々の者には優しい方なのですよ。少しずつ交流して、お互いの誤解を解いていくのが一番の近道です」
恭親王の閨を側室のレイナが独占している現状に、ユリアの侍女たちが不満を抱くのは当然ではあるが、ああ見えて男女のことに潔癖な部分もある主に、無理強いが一番よくないと知っているメイローズは、根気強くユリアの周囲を説得した。
初めはユリアとの昼食やお茶に難色を示していた恭親王だが、一緒に過ごしさえすれば夜の訪問を強要されないと気づいてからは、仏頂面ではあるが文句を言わずに同席するようになった。
池の畔。芝生の上に木の卓を出し、藤榻を並べ、池の周りに咲き誇る桜花を見ながらの昼食。
食事の嗜好も二人は大きく隔たっており、卓に乗り切れないほど並べたとりどりの皿から、小鳥が啄むようにちょっとづつ摘まむユリアに対し、山盛りの銀シャリに漬物があれば満足の恭親王は、一箸二箸で下げられる料理に眉を顰める。
「不経済ではないか?」
恭親王の言葉に、ユリアは意味がわからない、という顔をした。
「親王府の財政はそんなに厳しいのですの?……残したものは、厨房の者や給仕の者が食べますのに」
「最初から残す前提なのが不経済だというのだ。厨房や下仕えの者の賄いは、初めからそのために用意すればよい。食べ残しを分配するのでは不公平が出るし、日によって量も異なる。いろいろな料理を少しずつ食べたいのであれば、最初から各種の料理を一人前づつ取り分けて配膳すれば、箸をつけた食べ残しは出なくなる」
なおも理解できないで眉を顰めているユリアに、恭親王が説明する。
「例えば、一つの大きな皿に、これらの料理を一人前ずつ……例えば十種並べ、それを貴女の分、もう一皿を私の分とすれば、十枚の皿が二枚で済むわけだ。五、六人で会食するのであれば、このように皿を並べても楽しいが、二人で食べるのに皿ばかり並んでも無駄だ。遠くの皿は手が届かないしな」
「……でも、何だか貧乏臭くありませんこと?」
「それは工夫次第だろう。テキトーな皿に味が移るのも気にせずに、ごちゃごちゃに載せれば残飯めいて見えるだろうし、仕切りや小皿を使って綺麗に盛りつければ、食べ過ぎも防げるし、食が進んでいないのも丸わかりだから、健康管理にも役立つと思うがな」
野菜や豆腐のおかずを数口食べただけで、他は漬物で銀シャリを掻き込みながら恭親王が言う。
「それは、鴛鴦宮では実行なさっていらしたの?」
「提案はしたが、私の死んだ正傅はちょうど貴女みたいなタイプの人間だったんだ。『親王の食卓の格式に見合いません』と却下されたよ。『格式で飯が食えるか、クソくらえだ!』と言ったら、『食事中に何てことを言うのですか』と別の理由で叱られて終わりだったな」
「まあ!」
麗しい外見に似合わない下品な言葉遣いに、ユリアや侍女たちは手巾で口元を覆ってオホホと笑う。
「でも、案外とよろしいかもしれませんわね。わたくしも美容のために野菜や海藻などを食べようとは思っても、どうしても、好きなものばかり食べ過ぎてしまいますもの」
「ほう、貴女は少なくともデュクトよりは、頭が柔らかいらしいな」
ユリアの言葉に、意外そうに恭親王が目を丸くする。
これは、予想よりも早く雪解けが来るのではないか――と、メイローズ以下が思った時。
思わぬ伏兵が、彼らの苦労を水の泡にした。
ひらりと碧空からエールライヒが舞い降りて、二人の卓にほど近い、大きな奇岩の上に止まる。その尖った鈎爪の先には、野ネズミが握られてちゅうちゅう蠢いていた。
「キャー―――!」
絹を引き裂くような悲鳴を上げてユリアが失神し、藤榻から崩れ落ちる。(比較的)和やかだった昼食の場は、滅茶苦茶になってしまった。
その後、すっかりエールライヒを毛嫌いするようになったユリアは、
「あの鳥、何とかしてくださいまし!」
とエールライヒの処分を要求し、恭親王はその要求自体に激怒する。
「あれは、私が北族に囚われていた時、私と辺境の砦の連絡をしてくれた命の恩人だ。失礼な物言いは許さない」
「所詮、畜生ではありませんの!」
「黙れ! それ以上侮辱したら許さんぞ!」
二人の間には次から次へと諍いの種が芽を出し、蔓延り、すぐさま拗れた。
初めから、ともに暮らすのが無理な二人――そういうものがこの世にあるとしたら、間違いなくこの二人だろうと、側近たちも半ば諦め始めた。
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