2 / 20
一章 私の居場所
1 祈り
しおりを挟む
鳴宮桃は、学校からの帰り道、いつものように夕焼け空を見上げていた。
十月の風は少し冷たくて、制服のブレザーの袖口をぎゅっと握ると、手の中の温もりで心まで少しだけ安心する気がした。
桃には帰りを急ぐ理由がない。
いや、正確には「帰る場所」があっても、そこに待っていてくれる人はいなかった。
叔父の家に引き取られてから七年。叔父も叔母も悪い人ではない。だが、桃はいつもどこか「家族の外」に立たされている気がしていた。
「桃、掃除お願いね」
「夕飯、作っといてくれる?」
言われるのが嫌ではなかった。家事は嫌いじゃないし、料理も得意だ。
けれど、それをしても「ありがとう」と笑顔を返してくれる相手はいなかった。感謝されたいわけではない。けれど、ただそこに「居る」ことを誰かに認めてもらいたい――そんな気持ちは、ずっと胸の奥で息をひそめていた。
桃は、人通りの少ない坂道を、ひたすらに下っていた。時刻は夕方五時過ぎ。通学路は、他の生徒が部活や友達との寄り道で賑わう時間帯だが、桃はいつも一人だった。セミロングの髪が、背中と胸のラインをなぞる。
「……はぁ」
小さく息を吐き出す。十七歳にしては小柄な桃の体は、黒い制服に包まれていた。ぱっちりとした二重の大きな目、鼻筋の通った整った顔立ちは、周りから「美少女」と言われることもあったが、本人は無関心だった。特に、もちもちとした頬と小さな口元から「リスみたい」とよく言われるその外見が、妙にむず痒かった。
唯一、彼女にとって大きなコンプレックスだったのは、小柄な身体に不釣り合いな胸の大きさだった。制服の上からでも目立つそれを、桃はいつも無意識に腕で隠すようにして歩いていた。周りの目を引く要素は、今の桃にはただの疎外感を深める原因でしかなかったからだ。
――ああ、また今日も、ひとりだな。
「……ちょっとだけ」
急に寄り道がしたくなった。どうしても、家に帰る気になれなかった。
今日もいつも通り、真っ直ぐ家に帰って夕食の支度をすれば、居心地の悪い「居場所」は確保できる。分かっているのに、桃の足は、いつもの角を曲がらず、細い脇道へと逸れた。
気づけば、彼女の足は学校から家とは逆の道へと向かっていた。
行き先は、あの小さな神社。
小さい頃、両親と一緒に手を合わせに行った場所。
母が笑いながら「桃、お願いごとしてごらん」と背を押し、父が「心から願ったら神様はきっと聞いてくれるよ」と優しく言っていた光景が脳裏に浮かぶ。
十歳のときに両親を事故で失ってから、一度も訪れていなかった。
思い出すのが辛すぎて、行けなかったのだ。
けれど、今日はなぜか足が勝手にそこを目指していた。
神社は、山のふもとの小道を少し登ったところにあった。
鳥居をくぐると、冷たい空気が肌を撫でる。境内は小さくて、子どもの頃には広大に感じられた石段も、今ではあっという間に上りきってしまった。
「……懐かしい」
拝殿の前に立ち、桃は小銭入れから百円玉を取り出す。
手のひらに乗せた硬貨は冷たくて、その冷たさが逆に心を落ち着けてくれた。
賽銭箱に硬貨を落とし、鈴を鳴らす。
手を合わせ、目を閉じる。
何を願うかなんて、決めていなかった。
ただ胸に渦巻く孤独感が、どうにかしたいと叫んでいた。
――誰かを、全力で愛してみたい。
ふいに、その言葉が心からあふれ出た。
誰かに愛されたいのではない。
自分が誰かを、惜しみなく愛してみたい。
自分の存在を、その人に注ぎ込みたい。
気づけば桃はそう願っていた。
その刹那、あたりが白く、強烈に、発光した。
木々の間から差し込む夕日ではない。拝殿の奥から、大地から、そして桃自身の身体から、全てが溢れ出すような強い光。
「え……?」
桃は思わず目を閉じた。視界が真っ白になり、全身を内側から強い熱が貫く。地面に足がついている感覚が失われ、ふわふわと浮遊するような奇妙な感覚。
「あ、ぁ……」
その熱と光が引いた後、桃は恐る恐る目を開けた。
夕焼けの空は消えていた。代わりにあったのは、高く生い茂った木々が生み出す、深緑色の森の天井。
◆
やがて、すべてが静まり返る。
耳に届いたのは、鳥の鳴き声。
鼻先をくすぐるのは、湿った土と緑の匂い。
桃は恐る恐る目を開けた。
「……森?」
そこには、見たこともない深い森が広がっていた。
高くそびえる木々は太く、枝葉が絡み合い、空の色さえ遮っている。
足元には背丈の高い草が生い茂り、遠くで獣の遠吠えがこだまする。
「ここ……どこ?」
神社はもうない。
石段も、鳥居も、境内も。
あるのは見知らぬ大自然だけ。
心臓が早鐘のように打ち、全身から冷たい汗が噴き出す。
「……どうして…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はじまりました!!獣人オンリーの世界をかいてみたくて作りました。これからよろしくお願いします。
お気に入り、感想、いいね、よろしくおねがいします🥹
十月の風は少し冷たくて、制服のブレザーの袖口をぎゅっと握ると、手の中の温もりで心まで少しだけ安心する気がした。
桃には帰りを急ぐ理由がない。
いや、正確には「帰る場所」があっても、そこに待っていてくれる人はいなかった。
叔父の家に引き取られてから七年。叔父も叔母も悪い人ではない。だが、桃はいつもどこか「家族の外」に立たされている気がしていた。
「桃、掃除お願いね」
「夕飯、作っといてくれる?」
言われるのが嫌ではなかった。家事は嫌いじゃないし、料理も得意だ。
けれど、それをしても「ありがとう」と笑顔を返してくれる相手はいなかった。感謝されたいわけではない。けれど、ただそこに「居る」ことを誰かに認めてもらいたい――そんな気持ちは、ずっと胸の奥で息をひそめていた。
桃は、人通りの少ない坂道を、ひたすらに下っていた。時刻は夕方五時過ぎ。通学路は、他の生徒が部活や友達との寄り道で賑わう時間帯だが、桃はいつも一人だった。セミロングの髪が、背中と胸のラインをなぞる。
「……はぁ」
小さく息を吐き出す。十七歳にしては小柄な桃の体は、黒い制服に包まれていた。ぱっちりとした二重の大きな目、鼻筋の通った整った顔立ちは、周りから「美少女」と言われることもあったが、本人は無関心だった。特に、もちもちとした頬と小さな口元から「リスみたい」とよく言われるその外見が、妙にむず痒かった。
唯一、彼女にとって大きなコンプレックスだったのは、小柄な身体に不釣り合いな胸の大きさだった。制服の上からでも目立つそれを、桃はいつも無意識に腕で隠すようにして歩いていた。周りの目を引く要素は、今の桃にはただの疎外感を深める原因でしかなかったからだ。
――ああ、また今日も、ひとりだな。
「……ちょっとだけ」
急に寄り道がしたくなった。どうしても、家に帰る気になれなかった。
今日もいつも通り、真っ直ぐ家に帰って夕食の支度をすれば、居心地の悪い「居場所」は確保できる。分かっているのに、桃の足は、いつもの角を曲がらず、細い脇道へと逸れた。
気づけば、彼女の足は学校から家とは逆の道へと向かっていた。
行き先は、あの小さな神社。
小さい頃、両親と一緒に手を合わせに行った場所。
母が笑いながら「桃、お願いごとしてごらん」と背を押し、父が「心から願ったら神様はきっと聞いてくれるよ」と優しく言っていた光景が脳裏に浮かぶ。
十歳のときに両親を事故で失ってから、一度も訪れていなかった。
思い出すのが辛すぎて、行けなかったのだ。
けれど、今日はなぜか足が勝手にそこを目指していた。
神社は、山のふもとの小道を少し登ったところにあった。
鳥居をくぐると、冷たい空気が肌を撫でる。境内は小さくて、子どもの頃には広大に感じられた石段も、今ではあっという間に上りきってしまった。
「……懐かしい」
拝殿の前に立ち、桃は小銭入れから百円玉を取り出す。
手のひらに乗せた硬貨は冷たくて、その冷たさが逆に心を落ち着けてくれた。
賽銭箱に硬貨を落とし、鈴を鳴らす。
手を合わせ、目を閉じる。
何を願うかなんて、決めていなかった。
ただ胸に渦巻く孤独感が、どうにかしたいと叫んでいた。
――誰かを、全力で愛してみたい。
ふいに、その言葉が心からあふれ出た。
誰かに愛されたいのではない。
自分が誰かを、惜しみなく愛してみたい。
自分の存在を、その人に注ぎ込みたい。
気づけば桃はそう願っていた。
その刹那、あたりが白く、強烈に、発光した。
木々の間から差し込む夕日ではない。拝殿の奥から、大地から、そして桃自身の身体から、全てが溢れ出すような強い光。
「え……?」
桃は思わず目を閉じた。視界が真っ白になり、全身を内側から強い熱が貫く。地面に足がついている感覚が失われ、ふわふわと浮遊するような奇妙な感覚。
「あ、ぁ……」
その熱と光が引いた後、桃は恐る恐る目を開けた。
夕焼けの空は消えていた。代わりにあったのは、高く生い茂った木々が生み出す、深緑色の森の天井。
◆
やがて、すべてが静まり返る。
耳に届いたのは、鳥の鳴き声。
鼻先をくすぐるのは、湿った土と緑の匂い。
桃は恐る恐る目を開けた。
「……森?」
そこには、見たこともない深い森が広がっていた。
高くそびえる木々は太く、枝葉が絡み合い、空の色さえ遮っている。
足元には背丈の高い草が生い茂り、遠くで獣の遠吠えがこだまする。
「ここ……どこ?」
神社はもうない。
石段も、鳥居も、境内も。
あるのは見知らぬ大自然だけ。
心臓が早鐘のように打ち、全身から冷たい汗が噴き出す。
「……どうして…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はじまりました!!獣人オンリーの世界をかいてみたくて作りました。これからよろしくお願いします。
お気に入り、感想、いいね、よろしくおねがいします🥹
205
あなたにおすすめの小説
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる