甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー

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一章 私の居場所

1 祈り

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鳴宮桃は、学校からの帰り道、いつものように夕焼け空を見上げていた。
十月の風は少し冷たくて、制服のブレザーの袖口をぎゅっと握ると、手の中の温もりで心まで少しだけ安心する気がした。

桃には帰りを急ぐ理由がない。
いや、正確には「帰る場所」があっても、そこに待っていてくれる人はいなかった。
叔父の家に引き取られてから七年。叔父も叔母も悪い人ではない。だが、桃はいつもどこか「家族の外」に立たされている気がしていた。

「桃、掃除お願いね」
「夕飯、作っといてくれる?」

言われるのが嫌ではなかった。家事は嫌いじゃないし、料理も得意だ。
けれど、それをしても「ありがとう」と笑顔を返してくれる相手はいなかった。感謝されたいわけではない。けれど、ただそこに「居る」ことを誰かに認めてもらいたい――そんな気持ちは、ずっと胸の奥で息をひそめていた。

桃は、人通りの少ない坂道を、ひたすらに下っていた。時刻は夕方五時過ぎ。通学路は、他の生徒が部活や友達との寄り道で賑わう時間帯だが、桃はいつも一人だった。セミロングの髪が、背中と胸のラインをなぞる。

「……はぁ」

小さく息を吐き出す。十七歳にしては小柄な桃の体は、黒い制服に包まれていた。ぱっちりとした二重の大きな目、鼻筋の通った整った顔立ちは、周りから「美少女」と言われることもあったが、本人は無関心だった。特に、もちもちとした頬と小さな口元から「リスみたい」とよく言われるその外見が、妙にむず痒かった。
唯一、彼女にとって大きなコンプレックスだったのは、小柄な身体に不釣り合いな胸の大きさだった。制服の上からでも目立つそれを、桃はいつも無意識に腕で隠すようにして歩いていた。周りの目を引く要素は、今の桃にはただの疎外感を深める原因でしかなかったからだ。

――ああ、また今日も、ひとりだな。

「……ちょっとだけ」
急に寄り道がしたくなった。どうしても、家に帰る気になれなかった。

今日もいつも通り、真っ直ぐ家に帰って夕食の支度をすれば、居心地の悪い「居場所」は確保できる。分かっているのに、桃の足は、いつもの角を曲がらず、細い脇道へと逸れた。

気づけば、彼女の足は学校から家とは逆の道へと向かっていた。
行き先は、あの小さな神社。

小さい頃、両親と一緒に手を合わせに行った場所。
母が笑いながら「桃、お願いごとしてごらん」と背を押し、父が「心から願ったら神様はきっと聞いてくれるよ」と優しく言っていた光景が脳裏に浮かぶ。

十歳のときに両親を事故で失ってから、一度も訪れていなかった。
思い出すのが辛すぎて、行けなかったのだ。

けれど、今日はなぜか足が勝手にそこを目指していた。

神社は、山のふもとの小道を少し登ったところにあった。
鳥居をくぐると、冷たい空気が肌を撫でる。境内は小さくて、子どもの頃には広大に感じられた石段も、今ではあっという間に上りきってしまった。

「……懐かしい」

拝殿の前に立ち、桃は小銭入れから百円玉を取り出す。
手のひらに乗せた硬貨は冷たくて、その冷たさが逆に心を落ち着けてくれた。

賽銭箱に硬貨を落とし、鈴を鳴らす。
手を合わせ、目を閉じる。

何を願うかなんて、決めていなかった。
ただ胸に渦巻く孤独感が、どうにかしたいと叫んでいた。

――誰かを、全力で愛してみたい。

ふいに、その言葉が心からあふれ出た。
誰かに愛されたいのではない。
自分が誰かを、惜しみなく愛してみたい。
自分の存在を、その人に注ぎ込みたい。

気づけば桃はそう願っていた。

その刹那、あたりが白く、強烈に、発光した。
木々の間から差し込む夕日ではない。拝殿の奥から、大地から、そして桃自身の身体から、全てが溢れ出すような強い光。

「え……?」

桃は思わず目を閉じた。視界が真っ白になり、全身を内側から強い熱が貫く。地面に足がついている感覚が失われ、ふわふわと浮遊するような奇妙な感覚。

「あ、ぁ……」

その熱と光が引いた後、桃は恐る恐る目を開けた。
夕焼けの空は消えていた。代わりにあったのは、高く生い茂った木々が生み出す、深緑色の森の天井。



やがて、すべてが静まり返る。
耳に届いたのは、鳥の鳴き声。
鼻先をくすぐるのは、湿った土と緑の匂い。

桃は恐る恐る目を開けた。

「……森?」

そこには、見たこともない深い森が広がっていた。
高くそびえる木々は太く、枝葉が絡み合い、空の色さえ遮っている。
足元には背丈の高い草が生い茂り、遠くで獣の遠吠えがこだまする。

「ここ……どこ?」

神社はもうない。
石段も、鳥居も、境内も。
あるのは見知らぬ大自然だけ。

心臓が早鐘のように打ち、全身から冷たい汗が噴き出す。

「……どうして…」





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はじまりました!!獣人オンリーの世界をかいてみたくて作りました。これからよろしくお願いします。


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