次期当主に激重執着される俺

柴原 狂

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第1章

第7話 ジークの限界

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『ジーク、どこだ……! ジークっ!』


 聴き慣れた声が鼓膜を揺らす。
 ゆっくりと目を開けば、必死の形相で俺の名を叫ぶ──兄貴の姿が目に入った。漸く会えた喜びから、俺の表情は和らいでいく。


(今すぐ飛び出して、兄貴に抱き着いて……今までの事、ちゃんと謝ろう)


 そう思い、俺は歩を前に出そうとした――筈だった。
 走り出そうとする脳とは裏腹に、身体がピクリとも動かない。まるで誰かに押さえつけられているような不快な感覚に、俺は忽ち顔を歪める。このままだと、兄貴は俺に気が付かないまま、夜の中を走って行ってしまう。

「待って……兄貴! 俺はココにいる!」そう叫びたいのに、声が震えなかった。俺の視界は、ただ兄貴の後姿を見つめたまま、何も出来ずに黒く染まって……


「ロン! 今すぐ拭くものを持って来い、ジークが魘されている」
「かしこまりました、すぐお持ちします」


 頬に触れる優しい掌とは裏腹に、鋭い声が耳に入った。ぼんやりと目を開くと、紅の瞳と目が合った。


「目が覚めたか、ジーク。随分魘されていたようだが、悪い夢でも見ていたのか?」
「……え?」


 暖かな日差しが部屋に差し込む。やっと兄貴に会えたと思ったのに……まさか『夢』を見ていたなんて。徐に身体を起こしてみれば、肌に張り付く不快感から、汗だくである事に気が付いた。


「失礼します。グレア様、拭くものお持ちしました」


 呆然とする俺を他所に、入り口から一人の人物がやって来た。グレアの部下ロンは、高級そうな真っ白いタオルを片手に「目が覚めたのですね」と俺に微笑む。目が覚めたばかりで頭の働かない俺を他所に、グレアはロンからタオルを受け取ると、再び俺に視線を向けた。


「ジーク、脱げ」
「……え?」
「汗を拭いてやる。脱げ」
「いや……それくらい自分で」
「脱げ」


 有無を言わせぬ紅の瞳に、俺は思わず目を見張る。何時まで経っても、あの視線にだけは逆らえない──俺は無意識に眉を顰めると、言われるがままに服を脱いだ。


「ロン、お前は朝食の準備をしておけ」
「かしこまりました。グレア様」


 俺の身体を優しく引き寄せ、グレアは部下に指示を出す。主人の命を聞いてすぐ、ロンは部屋を後にしてしまった。


「……」


 さりげなく視線を横に向けると──俺の身体を凝視する、紅の瞳が視界に入った。恥ずかしがる素振りもなく、黙って俺の身体を見つめるグレアに、俺は思わず眉を顰める。


「おい、じろじろ見んなよ」
「なぜだ? そう恥ずかしがらずとも、何れぜんぶ見るというのに──」
「ばッ……もう喋んな! 拭くならさっさと拭けよ!」


 また嫌な汗をかきそうだ。
 俺は怒声と共に恥を忍んで手を広げると、早く拭くようグレアに促す。コイツの冗談は本当に笑えない。『琥珀色の目を持っている』というバカげた理由で、何時まで俺を閉じ込めるつもりなのだろう。グレアが俺の目に飽きてくれたら、ソレ以上に嬉しい話はないが……この様子だと、まだまだ時間がかかりそうだ。


(だからこそ──少しでも早く、自分の力で逃げないと)


 幸いなことに、グレアや王宮の人間は、俺の住む家を知らない。一度家に辿り着けば最後、そう簡単に見つかることはないだろう。

 そう思考する俺を他所に──グレアは吟味するような不快な視線を俺に向け、頬から下にかけて身体の汗を拭きとっていく。


「最近はしっかり食事も摂れているようだな。前より肉付きが良くなっている」


 グレアはそう言うと──タオルを持つ手とは反対の手で、俺の腰に手を添えた。その抱き心地から、身体状態を確認しているのだろう。指先で軽く肌に触れ、心なしか嬉しそうに微笑むグレアの姿に、少しだけ良心がチクリと痛む。

 たしかにグレアは、突然俺を王宮に閉じ込めるような『悪い男』だ。でも……いくら琥珀の瞳が珍しいからと言え、ここまで優しくしてくれるのは何故だろう。


(もしかしたら、グレアは本当は……)


 すると突然──何の前触れもなく、グレアは俺を抱きしめてきた。「なんだよ急に! はなせ!」と怒声を上げようと、体格差が明確なため俺に抵抗の術はない。服を脱いでいるせいで普段よりはっきり伝わるグレアの体温に、どうも心が落ち着かない。混乱と動揺で言葉に詰まる俺を他所に、グレアは俺を見下ろすと、心底嬉しそうに呟いた。


「そろそろだな」


 瞬間、嫌な感覚が背筋に走った。一見すると何を言っているか全くわからない、グレアの言葉。しかし俺には、推理する必要もないくらい、明確にソレを読み取れてしまった。

 今まで『笑えない冗談』だと思っていた事柄は──どうやら全て、本心だったらしい。この男は、本当に俺を抱くつもりだ。そう理解した瞬間、身の毛がよだつような不快感を覚えた。黒く濁った紅の瞳は、ただ静かに俺を見ていた。獲物を逃がさないよう見張るような鋭い視線に、俺は『本能』で危険を悟る。


(もう、これ以上、たべちゃだめだ……)


 グレアにとって『抱いても壊れない身体』のラインまで、俺には後、どれくらいの猶予があるのか。食事を摂っていないのに、胃がむかむかする。それと同時に、今朝の『夢』を思い出した。兄貴に会いたい、ここから逃げたい、不安だ──俺は咄嗟にグレアから離れると、我慢できずに嗚咽した。


「何をしているジーク。戻ってこい」


 俺の行動が気に入らなかったのだろう。紅の瞳を細め、グレアが俺の名を呼ぶ。しかし、不安に包まれた俺の身体は、既に限界を超えていた。


「失礼します。朝食をお持ちしまs──」
「も、もうこんな所に居たくない! 俺をココから出してくれ……兄貴に会いたい!」


 部屋にやって来たロンの言葉をも掻き消すように、声を張り上げる。今の俺は、見るに堪えないほど情けない顔をしているだろう。それでも、ここから出たいと強く思う気持ちが、俺から冷静さを奪った。


「落ち着いてくださ……」
「さわるな!」


 ロンの腕に掴まれるより先に、俺は必死に腕を振り払う。すると──その拍子で、制御できない俺の手は、食事の皿をひっくり返してしまった。


「……あっ、」


 地面に食事が零れ落ちる。俺の為にわざわざ用意してくれた食事が、全て台無しになってしまった。俺は忽ち正気を取り戻すと、瞬きも忘れて動きを止める。

 地面に落ちたトマトスープが、寂し気に俺を見上げていた。


「……」


 視線を上げれば、紅の瞳と目が合った。グレアは徐ろに歩を進めると、無表情で俺に近づいてくる。男が怒っているのは、目を合わせずとも分かった。


「ご……ごめん、ごめんなさい。いやだ、グレアっ」


 俺の言葉を聞く気はないのだろう。グレアは黙って俺の手を掴むと、無言でベッドに投げ込んだ。俺の身体は、尻もちをついた状態でベッドに沈む。


「ごめん、なさいっ……俺、あんなことするつもりじゃ……」
「ロン、悪いが食事は下げてくれ。それから──しばらく二人きりにしろ」
「はい……かしこまりました」


 ロンは小さく頷くと、食事を下げると共に部屋から去っていった。


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