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第二章
第20話 取り合い
しおりを挟む「オル……?」
曲がり角でぶつかってしまった人物が、突然俺の名を口にする。鼻を掠めるタバコの匂いは、彼が大人の男性であることを俺の脳内に印象付けさせた。
「え、あっ、はい。えっとその、すみませんでした。周りをちゃんと見てなくて……」
目前の人物を見上げてみる。俺がぶつかったのは、黒いマスクを付けた男性だった。黒髪マッシュで……耳にはたくさんのピアスが付いている。
謝る俺の声が聞こえていないのか──その男は、今もなお無言で、ジーッと俺を見下ろすだけである。
あ、これ絶対やばい人だ。どうしよう、俺やらかした。
いつまで経っても何も発さない目前の人物を前に、俺は恐怖のあまり涙目になる。
殴られたりしないよな、怒鳴られたらどうしよう……なんて、湧き上がる不安が意図せず身体を震わせた。
すると目前の男は、ようやく我に返ったように口を開くのだった。
「オル? あの……配信者のオル?」
「えっ、あ、はい、配信やってます」
まさかリスナーさんか? 想像していた人物と違うとでも言いたいのだろうか。
目前の男性は、俺がオルである、という事実を知ってもなお、目を見開いて呆然と立っている。
何だこの緊張する空気は……もう怒るなら怒ってくれ! と俺は内心気が気じゃない。
俺はぎゅっと拳を握りしめると、肩に力を入れ、予測できない男性の言葉を待っていた。
しかし、次の瞬間。
俺の視界に、ばッと手が伸びてきた。
それからすぐにタバコの匂いが鼻を掠めて、俺の視界は暗くなる。互いの肌と肌が交わり、柔らかな感触を覚えた。
「……ッ!?」
そう──俺は突然、黒髪マッシュの男性の腕の中に、閉じ込められてしまったのだ。
男性はノーキと同じくらいの身長なので、彼の身体に俺はすっぽりとハマってしまう。
なんなんだこの状況!? なんで知らない人に抱きしめられてんだ!?
頭は爆発寸前状態だった。だが今はとにかく、この男性の腕から逃れる必要がある。
その場を離れるべく、必死に抵抗しようとする俺とは裏腹に、男はギッチリ俺を抱きしめて離さない。そのせいで身動きが取れず、俺はされるがままにされる……と思っていた。
瞬間。咄嗟に後ろから伸びてきた腕が、俺を優しく引き寄せる。タバコの匂いが消え失せて、華やかな洗剤の匂いに早変わりする。その人物は俺を優しく抱きしめると、不機嫌そうに前を睨む。
「……! ノーキ!」
そう。この意味のわからない状況から俺を脱してくれたのは、ノーキだった。彼は即座に俺を抱き寄せ、腰に手を回して、低い声で言うのだった。
「すみません、オルに何か用ですか?」
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