紺碧のミシマ ~ホームレスだったけど異世界へ行ってロボットになったので俺は自由に生きる~ Vol.3

田中

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第十章 南洋の密林の島に八つ首の大蛇は存在した

魔女と使用人

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 健太郎けんたろうは黒板片手に屋敷を出て、庭に移設されたレベッカの家のリビングへと足を踏み入れた。
 既に身の回りの品は屋敷の方に移されており、少し前まで暮らしていた筈の家には生活感がなくなっていた。

「コホー……」

 人がいなくなっただけで、雰囲気って随分と変わるもんだなぁ……。

 今はグリゼルダが書庫で調べ物をする以外はほぼこの家は使われていない。

"何か用かい?"
「コッ、コホーッ!?」

 なっ、何で婆ちゃんはいつも後ろから話しかけるのさッ!?

"ヒッヒッヒッ、あんた、何度やっても驚くねぇ"
「コッ、コホーッ!?」

 さっ、さてはわざとだなッ!?

 健太郎が手にした黒板にそう記すと、レベッカは嬉しそうにニヤッと笑みを浮かべた。

"あたしの相手は今じゃあんたぐらいしかいないからねぇ……それで何が聞きたい?"

 そう言ってリビングに残されたソファーに腰を下ろしたレベッカに少しムッとしつつも、健太郎は彼女の向かいに座り、ベヒモスの事を伝え、彼から依頼である龍脈の事を尋ねる。

"ベヒモスねぇ……懐かしいねぇ……あれから五十年近くか……龍脈は星を流れるエネルギーの流れ、人間でいえば気みたいなものだってのは知ってるかい?"
「コホー……」

 俺のいた世界でもそんな考え方があったから、何となくは知っているけど……。

"あんたの世界にも……もしかしたら龍脈の事は転生者が持ち込んだ概念なのかもしれないねぇ……ともかくだ。龍脈ってのは文字通り、血管みたいに星中にエネルギーを流してる。それで所々にそのエネルギーが滞留して溜まっちまう場所があんのさ。龍穴なんて呼ばれてたりするけど……"
「コホー?」

 その龍穴に溜まるエネルギーをベヒモスは吸い出してた?

"ああ、詳しくは教えちゃくれなかったけど、溜まったものを吸い出さないと爆発するって言ってたねぇ……"
「コホー……?」

 ベヒモスは俺が同じ匂いだって言ってたんだけど……?

"同じ匂いか……確かにあんたからは何ていうか、神聖な物を感じるよ。ベヒモスに仕事を命じた相手、それについちゃあ不明だけど、あたしはこの星自身、もしくはそれを司る存在なんじゃないかって睨んでる。あんたもベヒモスと同じ様にそんな存在によってこの世界に呼ばれたのかもねぇ……"

 星を司る存在……この星の神様って事か……呼ばれた……ブルーシートの家で死んだ俺の魂をこの星の神様が? 何で?

 困惑する健太郎にレベッカはいつも浮かべている笑みでは無く、優しい微笑みを浮かべて声を掛ける。

"そいつが何を考えあんたをこの世界に呼んだのかは分からない。ただあたしは思うんだ。トラスがそうだったように、あんたも自分が思う様に生きればいいって……トラスは、寅三郎とらさぶろうははた迷惑な奴だったけど、あいつの行動で沢山の救われた人がいたことも事実だ。あんたも自由にやりたい事、やらずにはいられない事をして結果、色んな人を助けてる……きっとあんたを呼び込んだ奴はそれを望んでいたのさ"

「コホー……?」

 俺が自由に生きる事がこの星の神様が望む事……?

"全部、あたしの推測だから全然違うかもだけどねぇ……それより、あんた、あのべっぴんな執事に鼻の下伸ばしてたろッ? 自由にしろとは言ったけど、ミラルダを泣かすような事したらあたしゃ許さないからねぇ……"



 レベッカは突然モードを変え、先程迄の優しい雰囲気から一変、ドロドロとした闇のオーラの様な物をその身に纏う。
 その様はおとぎ話に登場する悪の魔女、そのものだ。

「コッ、コホーッ!? コッ、コホーッ!!」

 みっ、見てたのッ!? グッ、グラス君は多分、男だし、そっ、そんな事にはならないよッ!!

 怯えた健太郎は蝋石を持つ手を小刻みに震わせながら、黒板に弁明の言葉を書き綴る。

 手を握られた一瞬、彼? の美しさにドキッとした事は認めるが、健太郎はそっちの趣味は持っていない。
 それに仮に彼が彼女であったとしても、ミラルダ以外とはそうなりたいとは思わない。

 あれは、経験が不足しているがゆえの気の迷い、モテない男が優しくされると一瞬で恋に落ちる的なアレだよ。

 ワタワタと慌てた様子の健太郎にレベッカは苦笑を浮かべた。

"ともかく、半獣人だった所為でミラルダはそっち方面にはとんと縁がなかったんだ。裏切るような事はしないでやっておくれ"
「……コホーッ」

 ……分かってる、俺が彼女を裏切る事は絶対にないさ。

 黒板に書かれた言葉を見て、レベッカは頼んだよと静かに頷いた。


■◇■◇■◇■


 屋敷の中、使用人達の自室で屋敷で働くメイド達が、部屋着に着替え噂話に花を咲かせている。

「あの人達って王様から認めらた名誉騎士になるんでしょう?」
「らしいわね。でも残念。殿方がモンスターのゴーレムと獣人じゃ私達が見染められるなんて無さそう」
「分からないわよ。ゴーレムの方は無理でも獣人は南部で人族の女を攫ってたみたいだし、チャンスはあるかも」
「えー、あの黒豹、ガラが悪くていくら玉の輿に乗れても私はごめんだわ」
「それよりゴーレムよ、あのゴーレム、触られると呪われるって噂よ。リゼル様が丸坊主になったのも、あのゴーレムに絡んだからだって」
「なにそれ、こわーいッ」

 アドルフは健太郎達との約束を守り、獣人や半獣人、人族以外への偏見や差別を禁ずると触れを出してはいた。
 しかし、上から言われた程度で瞬時にそれがなくなる訳もなく、彼女達も表面上は礼儀正しく健太郎達に接していたが、上司の目の届かない場所では本音を吐き出していた。

 現在もクルベストでは獣人や半獣人は少ない。
 未知なる者への偏見は深く接しないと払拭されないものかもしれない。

 コンコン、そのメイド達の部屋のドアがノックされる。

「はい……これはグラス様、何かお仕事でしょうか?」

 グラスは後ろ手にドアを閉め、部屋にいたメイド達に順繰りに視線を送る。

「……一応、釘を刺して置こうと思ってね。今回、この屋敷の主になったミラルダ様、ミシマ様、ギャガン様、グリゼルダ様、パム様、そしてそのご家族の皆様に妙な色目を使ったり、変な噂を立てたりしないように」
「えっ……あの私達そんな事は……」

「君達が噂好きな事も、これまで屋敷を訪れた貴族の方たちとそういう関係になった事も知っている……私自身、誘われた事もあるからね……だがあの方たちは……何というか、とても純粋だ。ミラルダ様とミシマ様は特に……伯爵様は彼らが英雄トラスの後を継ぐ者だと考えている。それが君達が原因で分裂したり、この国を出る事になったら……」
「なったら……?」

 メイドの一人はそう言ってゴクリと喉を鳴らす。
 部屋にいたメイド全員がグラスの言葉に注目した。

 そんな彼女達にグラスは右手の親指を立て、その指を首の前で真横に移動させた。

「最悪、極刑もあり得る……」
「極刑……死刑って……事ですか?」
「ああ、君達もトラスの英雄譚は知っているだろう?」

 メイド達は顔を見合わせ頷きを返した。
 トラスの出身地であるフィッシュバーン領で英雄トラスを知らない者はいない。
 レベッカがパーティーメンバーだと知らなかったミラルダも、銅像になっているトラスが英雄だという事ぐらいは知っていた。

「トラスのパーティーは国の枠を超え活躍し、ラーグという王国自体の他国からの評価を押し上げた。現在でもその事は変わらない。そんな英雄になるかも知れない者たちが、誹謗中傷やスキャンダルで国から逃げ出せば……原因を作った者は当然、糾弾されるだろうね……先程、極刑と言ったが……もしかしたら、それさえ生ぬるい状況になるかもしれないよ……」

「……」

「とにかく、彼らが心地よく過ごせる様に勤めて欲しい……大丈夫、話した限り、癖はあってもとても良い方たちだから。いいね?」

 そう言うとグラスはメイドの手を取り、優しく微笑みかけた。
 どうも、相手の手を握るのはグラスの癖の様だ。微笑みかけられたメイドは青ざめていた顔を上気させコクコクと頷いている。

「皆もよろしく頼むよ。それじゃあ、邪魔したね。おやすみ」
「「「「「「あっ、お休みなさいませ!!」」」」」」

 メイド達に頷きを返し、グラスは部屋を後にした。
 廊下を歩き、夜の帳の降りた窓から見える庭に目をやる。

 その庭にはレベッカと話を終えた健太郎の姿があった。



「英雄か……私もこんな体で無ければ……」

 小さく呟き、目を伏せ自身の胸に手を当てると、グラスは静かに首を振り自室へと足を向けた。
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