紺碧のミシマ ~ホームレスだったけど異世界へ行ってロボットになったので俺は自由に生きる~ Vol.3

田中

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第十章 南洋の密林の島に八つ首の大蛇は存在した

蛇になったビジネスマン

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 アメリカ人のビジネスマン、ロバート・アンダーソンは気が付けば真っ白い何も無い場所にいた。
 服は剥ぎ取られ何も着ていない、足元にはドライアイスで作り出したような白い靄がかかっており、その靄に隠れた素足からはフワフワと安定性を欠いた感触が伝わってくる。



 ここは何処だ? 確か自分は商談の為、プライベートジェットで日本に向かっていた筈だが……。

 ロバートはM&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))ビジネスによって巨万の富を得ていた。
 今回、日本へ向かったのも経営難に陥った中小企業を買収統合し本国の顧客に売り払う事が目的だった。
 それによりロバートには数億が転がり込む事になる予定だ。

「チッ、こんな所でぼんやりしている暇は無いというのに……」

『フフッ、こんな状況でも金儲けの事が気になるとは……』

 何処からか男とも女とも判別の付かない不思議な声が響いた。

「誰だッ!?」
『そうだな、神、または悪魔。どっちでも好きに呼んでくれたまえ』
「神、悪魔? ハッ、馬鹿馬鹿しい。私は忙しいんだ。身代金目的なら金額を言え、すぐに口座に振り込んでやる」

 この状況を営利目的の誘拐だと考えたロバートは吐き捨てる様に身代金での解決を口にした。
 そんなロバートの言葉に笑いを含んだ声が答える。

『君は本当に金が好きだなぁ』
「嫌いな奴なんているのか? それより早く私を解放しろ……そうか、私の存在が邪魔な者の差し金だな? 恐らくウッドマン辺りが依頼したんだろう? いくらで雇われた? 解放するならその倍の金額を払ってやる」

 ロバートの言葉を聞いた不思議な声はクツクツと笑い声を洩らした。

『残念だが君の推理は全くの的外れだ……端的に言おう。君は飛行機事故によって死んだ』
「飛行機事故? 死んだ? 何を言っている? 私はこうして生きているじゃないかッ!?」

 そう言って広げた両手はよくよく見ればほんのりと透けている。

「何だこれは……そうかVRだなッ!? 私に死んだと思わせて、足止めしている間に中本なかもと達と会う気だろうッ!? 違うかッ!?」

 ロバートは今回の取引相手、経営難に苦しむ企業の社長達の顔を思浮かべながら叫び、頭に付けられているであろうヘッドマウントディスプレイを取り外そうと自分の顔に手を伸ばす。
 しかしその手が顔の周囲にある筈のディスプレイに触れる事は無かった。

『いいかげん認めたまえ、自分が死んだという事実を』
「そんな私は本当に……」

 虚ろに視線を彷徨わせたロバートの脳裏に唐突に死の直前の記憶が蘇る。

 その時、ロバートはプライベートジェットの座席でタブレットを使いニュースサイトを覗きながら、コーヒーを飲んでいた。
 成田に到着したらその足で川崎へと向かう予定だ。

 何の問題も無い筈だった。だがロバートの乗った機体は突然激しく揺れた。
 天井からチューブに繋がれた酸素マスクが落ちて来る。揺れによってカップから零れたコーヒーがワイシャツを茶色く染めたが、その熱さを感じている暇もない。
 感じていたのは落下による浮遊感と座席に押し付けられる圧迫感だった。

 そしてその圧迫感が体を引きちぎる様な衝撃に変わり……。

「……本当に私は死んだのか?」
『ああ』
「なっ、なぁ? あんたさっき神だって言ったよなッ!? だったら私を蘇らせてくれッ!! もっ、もちろんタダとは言わない。欲しいだけ払おうッ!! 一億かッ!? 十億かッ!?」

 ロバートは整えられていた金髪を振り乱し、真っ白な空間を見廻しながら声を張り上げた。

『……君、徹底してるねぇ……じゃあ、百億もらおうか、今すぐに』
「百億だな、今すぐに用意……待ってくれ、ここにはセルラーも無いし……だが生き返ったらすぐにでも……」
『駄目だよ、今すぐ、現金で寄越すんだ』
「現金で……それは……」

 言葉に詰まったロバートの様子に声は楽し気にフフフと笑う。

『出来ないだろうねぇ……でもまぁ、それが死というものだよ。死んで持てる物は君自身、魂と呼ばれるモノだけ。それがルールさ』
「魂だけ……では私の財産は? 不動産や株、他にも有価証券も……」
『もう君の物じゃない。今頃は君の家族が財産分与で揉めている頃じゃないかな?』

 自分は人生を掛け築いて来た物を失ったらしい……その認識は彼の心に大きな不安を生んだ。
 莫大な資産が彼の自信と地位を担保していた、それを失えば自分はまた無力で見向きされない存在になってしまう……。

「……私は……私は一体どうなるんだ?」
『君には別の次元の別の星に行って、小さな蛇として生まれ変わってもらう』
「別の次元? それに蛇だって? じょ、冗談だろう?」

 狼狽するロバートの姿に声は再度、クツクツと笑う。

『心配はいらない。僕は君のハングリーさを買っている。きっと強い体を手に入れて世界を引っ掻きまわしてくれるってねぇ……その為に一つギフトを送っておこう。進化という名のギフトを』
「進化……それを使えばいつか人間になれるのかッ!?」
『人間? いいや、人間なんかよりずっと強い存在になれるよ。特に君の様に他者を自分の糧としか考えない者ならねぇ……』

 その声を最後に不思議な声は沈黙し、ロバートの意識は闇に包まれた。

 次に目覚めた時には、ロバートは薄暗い地面に開いた穴の中で数匹の蛇と共にいた。

 脳裏に進化する為の手順が浮かぶ、命を喰らい進化先を選択せよ。手順はそう示していた。
 彼の目には恐らく兄弟だろう同じ大きさの蛇と、母親だと思われる自分の五倍近い大きさの蛇の姿が映っていた。
 そして彼自身の体も兄弟たちと同じ緑の鱗に覆われている。

"畜生ッ、本当に蛇の体になってやがるッ!? 神か悪魔か知らんがこのクソ野郎めッ!!"

 その後、暫く心の中で、FuckやShitといったスラングを含んだ、声に対する罵声を吐き続けたロバートだったが、やがて気持ちを切り替える。

"……いいだろう、お前の言葉通り強さを求めてやるさッ!!"

 それから二年程かけてロバートは蛇系の魔物でも上位のヒドラクイーン(強さを求めたロバートにとっては、もはや性別さえもどうでもいい事だった)まで進化していた。
 最初の一年は苦労の連続だった。彼が生まれ変わったのは不思議な声が言っていたように、毒こそ持つものの大きさで言えばニ十センチにも満たない小型の蛇の魔物だったからだ。

 最初に小さな獲物から始め進化し力を得て、共に生まれた兄弟を食らい、自分を生んだ親も文字通りその毒牙にかけた。
 ロバートはかつて人だった頃も他人の事情に全く頓着しない人間だった。
 彼が仕掛けたM&Aによって多くの失業者が生まれても利益さえ上がればそれで良かった。
 だから血縁だろうが何だろうが(特に意識が人間のままの彼にとって、蛇の姿をした兄弟は家族や仲間という意識は無かった)喰らい血肉にして自分の肉体を強化する為の餌という認識だった。

 そしてヒドラクイーンとなった今、蜥蜴人の様な小さな獲物は本来必要の無い餌だった。
 現在の彼の目的は龍穴に溢れる大地の力のみ。それを取り込めば最上位の魔物、エキドナへの進化の道が開かれる。
 その邪魔をされない様に子供を生み、周囲の力の吹き溜まり、蜥蜴人達が守っている小龍穴へと送ったのだが……。

 自分と子供であるヒドラ達は魔力によって繋がりがある。その一つ、北に差し向けた二体の内一体との繋がりが突然途切れた。
 場所は北東の小龍穴に送ったヒドラ。蜥蜴人に襲われた事で奴らの実力は把握している。それに度重なる襲撃を撃退した事で奴らが大きく戦力を減らした事も分かっている。

 つまり、ヒドラを倒したのは蜥蜴人とは考えられないという事だ。

 進化しながら旅を続け、大陸からフェンデアに渡ってきたロバートはこの世界には人間が存在し、様々種族が国を作り暮らしている事も知っていた。
 子供との繋がりを通じて北側の蜥蜴人が、映画で見た事があるドワーフと呼ばれる髯だるまと交易している事も知っている。

 あのドワーフ共が協力を? 何か強力な武器をトカゲ共に渡したか? それとも別の……。
 まぁいい、もうすぐ、一年かかったが進化への力は溜まる。そうなればこの島にいる必要もなくなる……ついでだ。力試しに北の何かも潰しておくか……。

「ジャッ、ジャッ、ジャッ」

 得た力を使う場面を想像し、元人間だった魔物は愉快そうにその巨体を震わせ笑った。
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