ガラス玉のように

イケのタコ

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8話 4番目の同居人

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昔の話、幼い頃の話だ。俺は車に轢かれそうになった事がある。
その当時、ボール遊びに夢中だった僕は思わず道路の方にボールを投げてしまった。
転がったボールを取りに行かないと、頭の中はそれだけ、いつのまにか白線を超えていたことを知る由もなかった。
よかったとボールを拾えば、クラクションの音。なんだろうと振り返れば、車が目の前まで来ていた。
揺れる視界、強い力に引き寄せられる体、幼い僕は恐怖のあまりギュッと目を瞑る。

『大丈夫か?』

低く優しく。その声に導かれるように、目を開ければ、車ではなく暖かい腕の中で抱えられていた。
車が突然目の前からなくなった。僕は何故そうなったのか、呆然と訳も分からず真っ直ぐ男の目を見ていた。

『でもボールは……ごめんな』

男はすまなそうに道路にある押し潰れたボールだった物を見る。
すると、男の知人だろうか慌てて駆け寄ってきては、男の頭を小突いた。

『バカっ、後先考えずに飛び出して、二人で死ぬ気か」
『いっ、タッ、いいんじゃん助かった訳だし。それに直ぐに動かないと危なかったし、その時考えたって仕方ないだろ』

そうだろと男は笑うともう一人の知人は呆れていた。
考えたって仕方がない、どんなに怒られようと無鉄砲な男のお陰で僕は救われたのだった。

誰かを助けられる。無鉄砲だけど真っ直ぐな彼のような人間になりたいと思った。



真っ直ぐで悩まない、そんな人間になりたい……今は無理。

「なんか付いてる」
「いやなにも……」
「そう」

俺を見ていた三船の目線は食べている茶碗に向く。今、三船と俺、そして義宗さんで居間で朝食を食べていた。
今日も義宗 さんのご飯は美味しい、それを無心で食べ続ける三船。

何もない無いわけないだろ

と、心中では机をドンドンと叩いて『おかしいだろ』と叫んでやりたい。
今朝は、よく分からないキスをされてから俺の頭の中は晴れない霧覆われ彷徨い続けている。
というのに、あれから平然と飯を食べて、目が合っても、話しても『なに?』威圧的な態度はどういう事だろうか。
俺が好きなのと思ったが微塵もさっきから感じない、俺の方がおかしいのかと想い出し余計に頭が空回りする。
それとも三船家ではキス、1つや2つ当たり前なのか。
誰か説明してくれと頭を抱え出す前に

「三船、またスズ君に何かしたでしょ」

二人の間で微妙な空気が流れているのが感じ取られたのか義宗さんが三船に聞く。

「……別に何もしてない」
「何もって。何もないなら、スズ君が困惑してる理由に説明がつかない。また」
「それはしてない。あるなら、ただキッ」

向かいに座る三船の口を目掛けて、食いかけの卵焼きを突っ込んだ。

「たっ卵焼き!好きって言ってたよな、あげるよ」
「……」
「これからもなっな仲良くやっていこうよ」

この人、マジで危ない。

俺は彼から箸を引く。何すると言いたいのか眉を八の字にして不満そうに咀嚼した。

「スズ君、大丈夫?」
「全然大丈夫です。なんなら今目の前でスクワットできますよハハッ。さぁ、朝ご飯食べましょ!」

空笑う俺。
義宗さんに更に心配されたが、例の件を問い詰められるより全然良い。

「また、和食かよ」

大人の低い声と共に、横から伸びてきた手。長い指先は大事に取っていた子持ちのシシャモの尻尾を持ち上げた。
俺の目に義宗さんと三船が映っている。じゃあ、後ろにいるのは誰。

「もっと肉とかない訳」

俺は勢い良く後ろに振り返れば、人のシシャモを食べる男がいた。
20代後半か。一番特徴なのは癖のある黒髪。そして真っ黒な服装はまるで野良猫だ。

「アオ、いつのまに帰ってきて」
「さっき。よしむね、腹減ったからなんか無い」
「ある訳ないだろ。帰ってくるなら連絡しろ」

義宗さんに咎められながらも腹減ったと呑気に呟く男。そうか、もう一人の同居人この人が『アオ』か。
すると、立っているアオが今俺に気がついたのか。

「あれ?てか、もう一人増えてるじゃん」
「前も言ったけど、洋子の息子のスズ君を預かるって言っただろ」
「嘘だろ、あの女の子供かよ。最悪」

不味そうに舌を出すアオ、どうやら母と知り合いらしい。

「アオ、やめて」
「はい、はい、分かってる。とりあえず末永くよろしくな坊主」

アオは手を突き出した。嫌そうだけど、挨拶して良いのだろうかと悩みながら俺は手を握る。

「えっと、鈴音彰 って言います。よろしくお願います」
「よろしく彰。あと、赤でも青でもいいから適当に呼べ」
「あっ、はい……?」

それだと本当の名前は何と疑問を投げつける前に、手を離して俺から離れて行く。

「色々聞きたいだろうが腹減ったから、また今度な」

癖っ毛の黒髪はキッチンの方へと姿を消して行く。

「スズ君、ほんとに気にしないで。彼奴の名前、藤崎青 って言うから。だから、ジョークみたいなものだから」

義宗さんがすかさず補足してくれた。
謎の人物が入ってきた事によって、思っていた事全てが吹き飛んだ。

「アオさんって何ですか」
「弟……?みたいな。いや、家族なのかな。何だろう分かんない」
「とりあえず、居候ですね」
「そうだね。たまに家に来る野良猫みたいな感じかな」
「なんか、そんな感じします」

説明が一切ないが野良猫という意見は一致しているようだ。

「ごめん、二人でご飯してて、気になるから水場行ってくるね」

茶碗に箸を置いた義宗さんは、立ち上がってアオの所に向かう。
また、二人にされた俺と三船。意識がまたあっち側に戻されそうになる。
そういえば、同居に帰ってきたのに三船が静かな事に気がついた。
きっと久しぶりの帰宅。お互いに挨拶一つぐらいはあっていいと思うけれど、俺が知らないだけでもう会っていたのか。

「アオさんっていつもあのかんじ」
「おれ、彼奴嫌いだから」
「え~っと喧嘩中とか」
「喧嘩?会話する事ないのにする訳ないだろ」
「そうですか」

えっ、こわ。
確かに、思い返すとあからさまに三船は目を合わさなかったし、アオさんも見えているのに一切話しかける素振りを見せなかった。
誰が見てもあの時の仲の悪さは明らかだった。これで二人が同じ屋根に住んでると思うと、背筋が凍る。

殺し合いとかならないよなと頭に最悪が余儀る。

「嫌いだからといっても殴りはしないから安心してよ。彼奴殴ったら義宗悲しむし」

そう言って三船は、自分のシシャモを俺の皿の上に置く。
しかも、さっき取られた子持ちのシシャモだ。

「えっいいの。もらって」
「やる。さっき、取られて悲しい顔してたし」
「ありがとう、大事に食べる」

うん、三船はいい人かもしれない。
全てを忘れて、シシャモを頬張るのだった。

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