ガラス玉のように

イケのタコ

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15話

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話は朝ごはんを食べてから義宗さんはそう言って、部屋に呼ばれた。
当の本人がいる中で話せる事なのだろうかと思った。三船はそれを察する様に家から静かに出て行った。

「ちょっと、出かけてくる」

一人、重苦しい顔して靴を履く後ろ姿を俺は引き留めはしなかった。いや、引き止める言葉が無い。
去っていくの姿を何もせずただ見つめているのは、孤島に一人取り残されような、大きな穴が心に空いたみたいに苦しくなるのは何故なんだろう。

三船に伸ばしかけた指先をしまい、義宗さんの話を聞くために俺は呼ばれた部屋に向かう。
相変わらず広すぎて迷いそうになったがある部屋から緊張感のない『ネムイー』という欠伸が聞こえたので直ぐに分かった。
扉を開ければ案の定、義宗さんとアオがいた。アオはだるそうに窓の近くで寝転がり、その隣に義宗さんが正座して待っていた。

「おっチビじゃん」

ゴロリと転がるように俺を見つけたアオは呑気に日向ぼっこしている。
なんで居るんですかとツッコミたくなったが。
いい加減に出て行ってと義宗さんに咎められるが、退く気は無く床にべったりと寝そべり始めたから、義宗さんのため息が一層深くなった。

「べつにいいだろ、知ってる事だし」
「お前には空気を読むって言葉はないのか」
「そんなのとうの昔に置いてきた」

これ以上は話に埒が開かないともういいやと投げやる義宗さんは、目の前にある座布団に俺を手招きする。俺はそのまま膝を折りたたむように座る。
やはり、義宗さんと対面でしかも真面目な話となると妙な緊張感が背筋を凍てつかせ、手のひらに汗が滲む。

「そんなに緊張しないで、リラックス、リラックス」
「お前は面接来てんのか」
「アオ、やめなさい」

緊張をするものはする、仕方ない。横槍を入れてるアオを俺は目を細くして睨む。
睨まれてもアオは全然驚くとか、怖がる事なく『子犬に睨まれるみてぇ』と人を小馬鹿した薄ら笑いを浮かべた。
そして、顔の向きは俺のまま義宗さんは咎めるようにアオの頬をつねった。イテテと悲鳴を聞いて俺の口角は自然にあがるのだった。

「リッラクス出来た事だし、話しようか」
「はい、よろしくお願いします」
「そうだね。まず三船の過去、母親の話をしないといけない」
「母親ですか……」
「そう、三船剣城の母親である雪名は三船家次期当主、三船の父親にあたる人の愛人だった」

俺は固唾を飲み込んだ。

「当たり前だけど、本妻は愛人を認める事はなかったから二人は限りある時間を惜しむように過ごした。駄目だと分かっていてもね。
でも、秘密はそんなに長く続かなかった。本妻に二人の関係がバレたんだ。
雪名に詰め寄った本妻は次期当主に金輪際近づくことを禁止させ、その日を境に雪名は周りからも姿を消した。次期当主はそれを知らなかったらしいけど。
けれど、あと一つだけ誰にも言ってない雪名には秘密があった。お腹に子供がいること」
「そこで三船が出てくるですね」
「三船、その時は苗字が違うから剣城なのかな。雪名と剣城は誰も知らない町で小さなアパートで二人暮らし。明日のご飯を食べるのがせいっぱいな生活だったけど幸せな生活だったと思う……
剣城が生まれてから数年、三船家にある問題が浮かんできた。次期当主になかなか子供が生まれなかったんだ。焦って仕方ない事だと分かっていても、その当時の当主が焦っていたんだろうね。どこかから雪名の家を突止めて、剣城を攫ったんだ。三船の家の子供にするために。雪名は必死に抵抗したけど、一人で大勢太刀打ちをするなんて無理な話で」
「酷い……それだと雪名さん」
「子供の剣城。身内とも縁を切って独りぼっちだった雪名は、唯一の拠り所を無くした。過去に色々な事が積み重ねがあってから唯一を無くす事は相当な疲労だったと思う、だから彼女は」

その後を綴る唇は押し込まれ理不尽な目にあった彼女の最後の手段だったと。

「最悪なことに最初に見つけたのが剣城だった。三船の家から無理矢理抜け出したその日に限って見てしまったんだ」

母親を思いながら駆けつけた矢先に、悲惨な光景を目にした子供の心は言わずとも理解できる。
聞いているだけでズキズキと心が痛む。
義宗さんもその当時を思ってか微動に指先が震えていた。

「三船は父親を恨んでないですか」
「覚えたら恨んでるだろうね。先のショックで倒れて母親がいたことは覚えているけど、何故いなくなったとか重要な事は記憶が上手いこと消えて上塗りされていたんだ」

医者には自分を防御するために忘れたことで無理矢理思い出させることは、余計な混乱を招くから駄目だと言われたらしい。
話してはいない、過去を全てを忘れているというなら三船は朝どうして混迷していたのだろうか。

「朝のあれは思うに剣城は母親の事を思い出しかけてる。多分きっかけは、例の暴力事件だと僕は思ってる。あの子がなにせ殴るほど激情したからね」
「あはっ」

枯れた笑いが喉奥から出てくる緊張。失言をした相手を何を言ったのが気になるところだが、俺はそれなりの失言をしたのではと、殴られなくて良かった。
ずっと閉じ込めていたものがちょっとずつ思い出していく、暗くて奥底を抉るような記憶に頭をおかしくさせるには充分である。

「長々と話したけど、できる限り剣城の事を見守ってほしい。余計な事というかもしれないけど」
「っ俺なんかで良いんですか」
「なんかじゃないよ、君だからこの話をしんたんだよ。わがまま言うとこの先もずっと言いたいところだけど、スズ君が進みたいほう選ばないとね。だからこれは強制じゃなくて、僕の勝手なお願いだから」

義宗さんは落ち込まないで行きたいままにと言われた。長く辛い話だった。三船の人に言えない傷を知ってしまった。
俺は何かできるだろうか、期待されているような人間じゃないと分かっているけど、あの辛い顔少しでも俺は晴らす事ができたなら。

「湿った話はこれでおしまい。さて、僕は家の掃除でもしようかな。三船はいなし、あっスズ君も気兼ねなく外に出ても良いからね」

両手を合わせて義宗さんは立ち上がる。

「掃除するからアオ、お前は出ていけ」
「はぁ!?なんでだよ。掃除するのにここにいていいだろ。俺は汚物か何かか」

「寝転ぶゴミでしょ」と俺は躊躇無く口から飛び出た。

「いい度胸だな、このガキっ」

後に理不尽な四の字固めを食らったのだった。






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