ガラス玉のように

イケのタコ

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16話 雨が降る

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窓ガラスに水滴が落ちていく。小さな水滴は窓に長細く跡をつける。

「雨降ってきた」

今朝は晴れ晴れだった空は重くのしかかるような灰色の雲に覆われて、暗転としていた。薄灰色に見える肌はもっと雨が降ることを予告しているようだ。
 
三船、大丈夫かなと、馬鹿みたいに玄関で丸くなって待つ。

出ていく際、傘など一つも持っていなかった。雨が酷くなる前に戻って来られればいいのだけど。
この家に帰ってくると分かっている、けれど、俯いた暗い顔が脳裏にこびりついていて離れない。一分一秒と時間が過ぎていくのが長く感じ、不安が波のように押し寄せてくるのは、きっと過去を知ったからだ。
三船にかける言葉もない、大丈夫なんて安い慰めなど三船はいらないと知っている。
 
俺はどうすればいいのかな。

考えるより先に俺は二本傘を持って玄関を飛び出していた。

「おい、コラまて」

後ろから呼び止めるのはアオだった。

「止めたって俺は行くと思います。なにも役に立たないって分かってます」

知っている、分かっているのに、手と足が勝手に動き出す。小さい頃助けてくれたヒーローのようにはなれない。ダサくてもいいから、どんな形でもいいから三船の元に俺は行きたい。

「違う。そういう話をしてねぇ。お前はあいつの居場所しってるのか」
「……知らないです」
「だろうな」

すると、アオは俺に向かってきらりと光る何かを投げた。慌てて受け取れば、それは車の鍵だった。

「先に車行ってろ」
「えっでも」
「当てなく歩き続けたかったら、別に良いけどな」
「……ありがとうございます」


緊張な面持ちのまま俺は言われた通り鍵を持って大人しく助手席待っていた。コンクリートの大きな倉庫は、寂しくも今自分が乗っている車が一台置いてあるだけ。昔はここには沢山の車があったのだろうなと思わせるような、今は無きタイヤの跡を見つける。

「ほら、これ」

運転席の扉が開いたと思えば、黒いのジャケットが投げ入れられた。シャカシャカと音が鳴るナイロンのジャケットを広げてみれば自分のサイズより2回り程大きかった。
アオの私物だろうか。

「薄着で行って風邪引かれてもな。アイツに俺が怒られるし」

アオは不満そうに口を尖がらせ車のエンジンを回し始めた。
言われて気がついた。自分の服装を見れば、たった長袖一枚にズボンという、雨が降る外に出て行く格好では無い。薄着のままでは本当に風邪を引くので、有無言わずに俺はジャケットを羽織る。

「ありがとうございます」
「不満そうに言うな」

居場所なんか知らないくせに突然家を出て止められて、心配されて、子供扱いされていると思うと自分が恥ずかしくなってくる。

「アオ……さんに子ども扱いされるのは、不満です」
「子供だろばーか」
 
頭を軽く小突かれ、アオはむかつく顔をするのだった。



走る車。いつものセンター街を抜けて、人気も建物も数えるほどになってきた。それに比例して増えていく木々、山の方にどんどんと近くなってきている。

「今からどこに行くんですか」
「墓」
「はかっ?」

体を起こし前のめりなって聞き返す。

「墓ははか、先々代から受け継ぐ死者を弔う儀式」
「いや、俺が訊きたいことわかってますよね」
「ジョーク。今から向かうところはな、三船剣城の母親の墓だ」
「そっそうですか」
「毎年この時期になると彼奴は墓参りするんだ。決まってだ。する理由は何となくと言ってたが……」
「母親の命日」
「キモいな、先に言うなよ。まぁ、そういことだ」

居場所を知っていると確信して言えるわけだ。
母親の命日、けれど三船には記憶はない。それでも微かな何かを感じ取っていたのかもしれない。
毎年、どんな気持ちで墓の前に立っていたのだろか。継ぎはぎだらけの記憶で晴れることのない暗い靄のように毎年墓参りをするのは、苦しい、それとも悲しい、想像するだけで胸の奥がズキっと痛む。

「義宗も義宗だ。選べって言っておいて、選ぶ間すら与えねぇ」

アオは不満そうに眉を顰めると、苛立ちを隠すことなくコツコツと指先でハンドルを叩く。

「選ぶ……俺なりに選んできたつもりなので義宗さん関係ないです。なんなら、俺が先に飛び出したんだから」
「ほんとか?全部彼奴が仕組んだ事だったりしてな」
「絶対ないです。俺は自分でここまで来ました。義宗さんがどうであれ」

ふっ、と鼻で笑うアオは呆れたように肩をすくめた。

「もう、お前は分かってて言ってるだろう」
「いいえ、分かりません。いつだって確証なんて無いんですから」
「そうかよ。愛想つかすなり、逃げたくなったら逃げろよ」
「じぁ、アオは逃げなかったんですね」
「……さぁな、分からん」

 






 
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