ガラス玉のように

イケのタコ

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足音がする

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「ここって……鼠とかいますか。天井からそれなりに音がして」

今日俺、スズは思い切って義宗さんに訊いてみた。
最近、夜中になると部屋の天井からトタトタと歩く音がする。ただの鼠の足音ならばすぐに報告出来たのが、どうも鼠のような小型ではなく、言ってしまえば子供が走り回る音がするのだ。

「天井に動物? まぁ、この家は古いからね。どこから入ってきているのかもしれないね」
 
台所に立つ義宗さんは「そうだ」と何かを思いついたのか通りかかったアオを呼び止めた。

「アオ、少し天井を見てくるかな? 動物がいると、後々大変だから」
「えーーー、俺がですか。言った本人が見ればいいでしょ」
「そう言わずに、お願い。子供一人に頼る事できないよ」
「へいへい、分かりました」

やりたくないというのを前面に出しながらも、アオは玄関に向かう。

「俺も手伝います」

天井に登るための梯子は外の倉庫にあるという事なので、言った本人なのでアオに着いていく。

「あの……、今日義宗さんって怒ってますか」

外に出てコソッとアオに尋ねてみた。
 
「……よく、分かったな」
「なんとなく、いつもより雰囲気が穏やかというか一段と落ち着きがあって逆に恐いです」
「俺もそう思う。そういう日はあまり触れないことだな」

だから、アオは素直に義宗さんの頼み事を受けたのか。いつもなら文句一つは言ってどこかに行くというのに。

「義宗って怒ってるの」
「うわっ!」

突然の声に驚いて振り返ると、三船が後ろに立っていた。アオも少々驚いたらしく背中を揺らしては、三船を睨む。

「お前、もう少しまともに話しかけられない訳」
「普通に話しかけただけだけど。それより、義宗って不機嫌なの」
「不機嫌とかじゃないけど……、今日はあまり話しかけるなって話だ」
「そう、で何をやっているんだ」
「お前なぁ。絶対同級生から嫌われてるだろ」
「?」

喧嘩になる気配がする。
三船は首を傾げアオの言葉を追究しようとしたが、咄嗟に間に入り天井を見ることを説明した。

「へー、天井に動物が。一緒に行ってもいい?」

という事で、三人で天井を見る事となった。スズが借りている部屋に天井の板を外して梯子をかけてみる事となった。

「梯子、持っていてやるからスズ行ってこい」
「俺が先でなんですかっ」
「最初に言ったのはお前だ。責任持って周りを見渡してこい」
「そうですけど」

アオに背中を押された。三船からは「俺が行こうか」と心配されたが、ある意味関係ない三船を巻き込む訳にもいかず。意を決して、梯子に足をかけた。
天井から顔を出せば、辺りは身を縮めなくてはいけないほど狭く、真っ暗で、埃が舞っていた。

「暗いし、埃臭い」
「当たり前だ。ほら、懐中電灯」

アオから懐中電灯を受け取り屋根裏を照らしてみると、柱や組み木が見えるだけで、特に何も置いていなかった。動物の気配もない。

「どうだ?」
「特に何もないですね。蜘蛛の巣はありますけど、糞とか落ちてないです」
「巣は作ってないのか」
「ちょっと、まって」

辺りを照らし続けていると、一瞬だけ黒い影が通りすぎていく。

「いま、動物の影みたいのが通り過ぎて」

影を追いかけるように懐中電灯を動かせば、再び影が光に当たる。でも、動くのが早すぎて形ははっきりとせず。

「何か、分かったか?」
「全く分からなくて、影が追えてないです」

どこに行ったんだと探し回っていると、また黒い影は光の間を走っていく。
そして、気がついたーーー、影を照らすたびにどんどん近づいている事に。
こちらを狙うような動きに気づいた途端に、額からじんわりと冷えた汗が一つ流れた。

「おい、大丈夫か。一旦、降りてこい」

アオに下から覗かれては「降りてこい」と再度言われるが、体がまるで凍りつくように上手く動かせず。屋根裏を照らす懐中電灯を持つ指先は自然と震えた。
ーーー足が動かない。

「そっちじゃないよ」
「ぎゃあ!!」

俺はひっくり返った。梯子は大きく揺れ、手を伸ばしてどうにか天井の板にしがみつこうとしたが滑り。体は後ろ向きに倒れていく。

「暴れるな! おい、三船っ」
「分かってる」

アオの焦った声が聞こえてきたと思えば、落ちていく体はすぐに支えられた。

「あり、ありがとうございます」
「どういたしまして」

落ちてきた俺の体を上手い具合に三船に支えられて、横抱きにされる。
自身が動揺して梯子から落ちた事もあり三船の目が見られなくて目線を外す。

「怪我はない」
「はい、ありません。すいませんが、恥ずかしいので下ろしてください」
「そう? 軽いけど」
「そういう話じゃない、いいから下せ」

何故か、なかなか下そうとしない三船。今度は腕の中で暴れたが、絶妙に力を入れられて体が動かせない。
妙に息とか、心臓の音が鮮明に聞こえてきて、耳から赤くなっていくのを感じる。

「下す、下さないの話はいいから、何がいたんだ」

横に傾いていた梯子を天井に再びかけ直すアオは、呆れた目でこちらを見ていた。

「えっと、その黒い影がというか。子供のような声がして」
「はぁ? 子供が屋根裏にいるとか嘘だろ。次は俺が見てくるから懐中電灯貸せ」

スズの手から懐中電灯を奪い、今度はアオが天井裏を見に行く。もちろんアオが登る梯子は、俺と三船が支えた。
天井裏に顔を出したアオは俺と同じように辺りを懐中電灯で探る。

「特に何も、ないけどな」
「そうなんだけど……こう、黒い影が」
「黒い影って、獣気配すらないっうおっ」
「大丈夫ですか!」

次はアオが同じように驚きの声を上げた。先ほどとの違いは、驚いても梯子を揺らす事なくアオは一段、一段、踏み外す事なく、ゆっくりと降りてきた。
そして、

「猫だ」「黒い色の猫ちゃん……」

アオの顔を見た同時に俺と三船は呟いた。そう、アオの顔にホコリまみれの黒猫が張り付いていたからだ。
アオはモゴモゴと何か言って、猫の後ろ首を持って引き剥がした。

「くそっ、猫」

引き剥がされた猫は、するりと手の中から身軽に抜けると、飛び跳ね部屋から颯爽に出て行く。

「口の中に毛がぺっ、おえ」

唾を吐き、どうにか猫の毛と埃を口から出そうとするアオの頬には沢山の引っ掻き傷があった。

「洗面所に行った方がいいんじゃないですか」
「そうする。あとは片してくれ」

俺が促すと埃を頭に被ったアオは、洗面所へ向かった。

「猫だったね」
「そうだね、黒い猫だね」

三船と見合わせてお互いになんだったかを確認して、天井に響く謎の足音は解決した。
原因は本当に黒猫だったようで、その日から音は止んだ。







 




「酷い目にあった。くそ、だから嫌だったんだ」

洗面所から戻ってきたアオは不機嫌に頭を掻いた。

「なにはともあれ、義宗さんに猫だったことを言わないと」

天井裏のどこからか侵入していることも伝えないといけない。他の動物が入ってきてしまう、そう考えて居間の扉を開けると義宗さんが二人いた。
正確には、着物を着るいつもの義宗さんと身軽な洋服を着た義宗さんっぽい人がいた。

「あっ、天井裏どうだった。って傷だらけだね」

義宗さんが笑顔でこちらに向かって手を振る。義宗さんっぽい人はこちらに目線だけ寄越して手に持っていた茶を啜る。

「どうもこうもねぇ。屋根裏に猫が入り込んで大変だったんだからな」
「お前、そのまま居間に入るな。汚れる」
「はぁ、なんか言ったか義継?」


茶を啜っていた義宗さんっぽい人は誰なのか、アオが答えてくれた。
前に義宗さんには義継という名の弟がいるとアオから聞いていた。そして、顔が似ているとも。

「もう一度言おうか。その汚い格好で居間を跨ぐな」
「俺、頑張ってきたんですけど。お褒めの言葉はないんですか」
「それとこれは話が違うと思うが。とにかく汚いから入るな。茶に埃が入る」

躊躇ない言い方が三船みたい。やはり遠い親戚だとしても親族なのだと、頷ける。
そして「義継、言い過ぎ」と義宗さんに諌められていたが、アオの気は収まらず。義継さんの横に行ってはわざと音を立てて居座った。それを見た義継さんの嫌悪感に満ちた顔が、二人がどんな関係であるかを物語っていた。

「せっかく帰ってきたんだから、喧嘩しないで2人共」
「喧嘩してません」「喧嘩してねぇ」

同時に言う2人に、義宗さんもため息を吐く。

「ごめんね。三船とスズ君に変なところを見せて。義継の紹介は後でするよ」

苦笑いながら義宗さんはこちらに振り向き頭を下げては、「あっ、そうだ」と嬉しそうに手を叩く。

「買ってきたお菓子があるから、それを食べない?」
「食べる」

即答する三船。
 
「うん、じゃあ取ってくるから……三船とスズ君も一緒に行こうか。あの2人は置いておいて大丈夫だから」

まだ、子供のようにいがみ合う義継とアオ。ここに置いて行かれるのは困るので、俺と三船は頷いた。

「へー、黒猫が犯人だったんだね。それは、それは。侵入経路を見ておかないと」

玄関に沢山置いてあるというお菓子を取りに行く途中で、天井から響いていた音の正体を義宗さんに話した。
やはり話していると、いつもよりだいぶ落ち着いた雰囲気の義宗さん。弟の義継さんが帰ってきてから、腰が落ち着いたのか、緊張しているのかは分からないが今日は何だか微妙に雰囲気が違う。

「いや……別人?」
「どうした、スズ?」

俺が突然立ち止まったから先行していた三船が立ち止まって振り向いた。

「何でもない。変な独り言」
「そうか」

三船は再びゆっくりと前を歩き出した。
自分でも何を言ってるのか。あそこにいたのは、顔が似た全くの別人である義宗と義継という兄弟だ。
ここにいるのはどう見ても義宗さんだというのに、俺の方が気を張っているようだ。

さっきので疲れたのかな。

ーーーふと、目の前を見ると義宗さんが顔だけこちらに向けて、人差し指を唇に当てていた。

 

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