前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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16 理解する(雪久)おまけ

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一つの体に二つの心があるようだ。

椿が好きである自分と、赤橋新に興味がある自分がいた。まるで浮気しているかのような気分、裏切りと罪悪感が心を重くする。

そう明確に感じ始めたのは、赤橋新に好きな人がいると言われてからだと……思う。

最初は送られて来た無機質な文に、まぁ仕方ないかと液晶を閉じた。
しかし、時間が経つにつれて、よく分からない怒りに似た感情が湧いてきては、連絡が取れないことに焦りを感じた。
だからといって赤橋新に詰め寄るような事や、なにかを言いたわけじゃない。前にも言われたが、赤橋新が誰を好きになろうと俺には関係ないーーーはずなのに、もやもやとする自分がいた。

何故悶々としている自分がいるのだろうかを、考えて、考えて、あいつの事が気になるばかり。

相手には好きな人がいる分かった時には、考えてももう遅いと諦めた矢先に、夜の公園で赤橋新は一人ベンチで項垂れていた。
帰ってきた陽菜から聞いた時は意味が分からず。近くの公園に行ってみれば本当にベンチで寝ているし、寝てしまった原因が友人達と遊んでいた時に飲んだジュースだと言うから、ごちゃごちゃとしていた感情がさらに煮詰まり。
こいつの好きな相手は何をしているだろうかという怒りと、ここに閉じ込めてやろうかという良からぬ考えが過ぎる。

が残っていた俺の理性が、恋人でもないお前に関係ないと強く語りかけてきたので、赤橋新の鼻を摘むだけで済んだ。
そういう場には二度と行かないと約束もしたので、冷静になれた俺は彼を手から解放した。
 
これ以上詮索はせず、付かず、離れず。手が離せる距離間でいい。離れていっても、赤橋新の日常が平穏に続けば良いとその時は思っていた。





海北と共にそろそろ帰ろうと、教室を出た時に陽菜の友人である春名に話しかけられた。
それは陽菜が友人と遊びに行くというもの、口を出す話ではないのだがソワソワと手を動かす春名は落ち着かない様子だった。

「別に心配しなくても良いはずなんだけど、なんだが、こう、不安で」
「その友人とはどこに行くか聞いてないか」
「そこまで聞いてない。遅れるって慌てていた様子だったし。友人と話しているのか連絡つかなくて」

「絶対、事件に巻き込まれてる」と嘆く海北の横で、春名は悩ましそうに顎に手を当てる。
彼女が過保護のようになるのは仕方ない。妹は昔から、事故、事件、全て未遂で終わっているが昔から巻き込まれやすい体質だ。
昔からというか、前世からというべきか、強運がそうさているのか。
 
「やっぱり、無理にでもついて行ったほうが良かったかな」
「……そうだな。とりあえず、探しつつ家に帰る。もしかしたら先に帰っている可能性もあるから」
「うん、そうして。もし、見つけたら連絡するし、連絡して」

春名は鞄を持ち直し、すぐに去っていく。椅子から腰を上げ海北も「あー、探すか」と春名とは別の方向に走って行く。
一応、妹に電話をしてみたが呼び鈴が鳴るだけで一向に出る事はなく。
学校から出て探す目処も無いので、俺は自宅の方に向かいながら行方を探すことにした。
 
けれど、広い街で早々に見つかることもなく、自宅にどんどんと近づいている時だった。
人々が行き交う通りで、風で流れるような長く赤黒い髪が横を通り過ぎて行くのが見えて。いつのまにか手を伸ばし、その人の肩を掴んでいた。

「うおっ! びっくりした」と振り向いたのは知らない男。華奢な体型でもなければ、長くも赤黒い髪の毛でもなかった。

「すまない、人違いだ」
「えっ、あっ、そうなの」
 
妹が行方知らずの焦りもあって、どうやら見間違えてしまったようだ。
掴まれて衝撃で目をまんまるとさせる男、肩から手をどけて、頭を軽く下げる。
「どうした」と知人に呼ばれた男は「何もない」とすぐに返事をし、俺に軽く礼をしてから去っていく。
彼女の幻想を見ているようでは駄目だと、立ち止まって息をする。

焦る心を落ち着かせ、改めて顔を上げて街の景色を見渡すと、ふと……ある通りが気になった。
心に靄がかかるような不安と、ここだと誰かが耳元で囁いて背中を押してくる。

見えない何かに導かれる感覚は、気分が悪くなるほどにいつになっても慣れない。けれど、この道を拒めばもっと最悪が起きると、全く根拠も理由もないが、それでも俺はそう知っている。

俺は、心を無にして作られた道に足を踏み入れた。
灰色の靄がかかったような細い路地裏を歩けば歩くほど、足は重く、最初に見つけたのは画面が割れたスマホと、熊のキーホルダーがついたボストンバッグが転がっていた。

落ちたスマホとボンズバッグを急いで拾い、真っ直ぐと続く道を全力で駆け抜ける。
狭い道を走って見えてきたのは分かれ道と、男が二人。男達は何かを囲むように両脇に立っては壁を見ていた。
俺の足音に気がついた二人は睨みつけるようにこちらを向く。その二人がすこし体を捻らせた瞬間、体の隙間から見えた『もの』に頭が真っ白になり。

「えっ」

前方に立つ男を殴っていた。
急に殴ったせいで下から非常に間抜けな声が聞こえるが、それは一旦無視をして、背中側から殴りかかってくるもう一人の拳を避けてみぞおちに肘を当てる。
一人は頬に手を当て尻餅をつき、もう一人は腹を抱えて横に倒れた。

「くそっガキっ」
「まだ、やるか。俺は構わないが、死んでも文句言うなよ」

頬に手を当てていた男はまだ牙を剥き出してので、胸ぐらを掴み上に持ち上げると小さな悲鳴が漏れる。

「ちょっ! こっちが捕まるっ」

声が出ないくらいにもう一発殴ってやろうかと思ったが、腰に腕を回されては怯える男から引き剥がされた。

「……でも」
「でも、じゃない! 暴力は絶対ダメ、やめて」

腰に引っ付く腕。話している内に、俺の手から解放された男は尻餅をついたまま後ろに下り、歯を振るわせ青い顔しては、悲鳴を上げ逃げていく。それを見た、腹を抱えていた男も飛び起き上がり足をバタバタとさせて逃げた。

慌ただしい中、その場に残されたのは二人。細い息を吐き、肩を撫で下ろすと、やっと俺は赤橋新の腕から解放される。

「あっ、焦った。本当に殺すのかと思った」
「……」
「そこで黙らないでよ、恐いな」

汚れた制服、口端は切れ、赤く腫れた頬、痛ましい跡が残っていて、頬に触れようと手を伸ばしたが顔を逸らされた。

「触ると汚れるから……あっ」

喋っている内に赤橋新から鼻から鮮血が垂れる。

「あー、鼻の奥を切ったみたい。別に大丈夫だから」

手の甲で鼻血を拭っては、固くぎごちない笑顔を見せてくる。
それが限界だった。どんよりと重く胸を締め付けられ、気持ちが抑えられず赤橋新の背中に手を回し抱きついていた。

「血がつくから」
「……良かった。よかった」
「……」

壁を背にして座り込んでいるのを見た時は最悪を考えた。だから、目の前の者が暖かく息をしていることが良かったと。

「……えっと、その、ああ言う人達は基本的に見せしめと脅しだけだから……その」
「……分かってる」

離し欲しそうに眉を下げる赤橋新、それでも腕の中から解放したくなかった。いつの間にか消えていくんじゃ無いかと、不安で心配で。
いつだって手を離せるなんて、見え透いた嘘もいいところだ。

「……雪久、俺」
「なに」
「まだ俺……、アンタのこと好きなんだ」
「うん」

息を飲む音が聞こえる。
 
「だから……、アンタと離れたい。好きな事が辛いんだ」
「ああ、分かってる」

時間をかけて迷った俺が悪い。赤橋新、ずっと前から覚悟していたのに。

「分かっているから、やり直そう。全部最初から、出会いから」

目の前の人物が誰だろうと知ったことでは無い。もう前世とかじゃなくて、今ここにいる赤橋新が俺は好きだ。

「赤橋の事が好きなんだ」
「っ……」

抱きしめていた手を離し、無気力に揺れる赤橋の手を指先で触るとビクッと反応する。
そのまま、手を包むと温度が高くなっていくのが分かる。
ーーーこのまま。

「なっなんか、鳴ってるから」

制服のポケットから伝わってくる震度と音。赤橋は手を解き、顔を背けたまま俺の肩を押しては距離を取る。
一瞬、なんの音だと思ったが、妹を探していたことを忘れていた。
如何せん、兄としては失格で、だから電話に出た途端に、今まで何をしていたのかと春名に怒られた。
散々怒られた後に、妹は無事だと聞かされ一安心し。
今は自宅に一緒にいると説明され、やはり陽菜はトラブルに巻き込まれていたようで、その話を追々聞いていくうちに、何故赤橋が怪我をしたのかが判明する。
よく出来た話の流れに頭を抱え、妹も人に巻き込まれやすいが、この男も相当のようだ。

「俺はこれで」
と逃げて行こうとする英雄の首根っこを捕まえて、引き寄せる。

「荷物も返してないんだ。病院か、俺の家か、どっちがいいんだ」

出来るだけ事を穏便に進めたい赤橋。
一応相手に答えを確かめるが、赤橋に選択の余地はない。

「家でお願いします……」

赤橋は口端を引き攣らせた。










おまけ


「どうしよう。報復されたら、今度は怪我で済むかな」

後ろをノロノロとついてくる赤橋は腫れた頬を触れる。
確かに、逃げていった男達が懲りずに仲間を連れて報復しに来ても何もおかしくはない。
しかし、男達に繋がりがあるように、俺にだって繋がりがある。
父親の手を借りるのは、プライド的に嫌だが。こういう時こそ使わない手はない。

「その時、どうにかする」
「どうにかって」
「このご時世、金で解決できない事はほぼないからな」
「あっ、そうですか」

目を細めてはなんとも言えない表情で赤橋は返事をするのだった。

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