前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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18 海後

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遠征から帰ってきた旦那様。玄関まで迎えにいくと『いいのがあった』徐に手を上げては何かを渡された。
手の中に置かれたものを見てみれば、二枚貝の貝殻が二つ。
これはなんですかと訊けば、砂浜があったので取ってきたとだけで、それ以上話さなかった。
旦那様なりの海に行ってきたという報告だったのだろうと。手の中の小さな貝殻をハンカチに包み、鼻歌を歌いながら大切に棚に仕舞った事を、海を見ていたら思い出した。
 
「俺は女の子を口説いてくる」
 
……海を見て思い出に浸っているというのに、腕を組み仁王立ちで謎の宣言をする薮内。

「宣言されても……」
「夏だぜ、海だし、高校生なんだ、恋人が欲しいだろ」
「何を言っているか良く分からないけど、可愛いからって、さっきの女の子二人はやめておけよ」
「それは、分かってる。だいたい、ああいう可愛い人達にはボディガードついてるから口説くどころじゃない。殺される」
「正解」
「だろ。じゃあ、行ってくる。何かあれば連絡して」

首にぶら下げていた防水ケースを見せては、薮内は人が多い方に浜辺に走っていく。
俺は人が多い所に行っても雪久達と出会うだけ、目指すは人が少ない端の岩肌。
打ち付ける波に気をつけながら、持って来た浮き輪を置いて、海に足先をつける。足先の次は、足全体、次は腰と、徐々に水に慣れさせて体を沈めていく。
波が緩やかになったところで顔をつけて一気に潜れば、透き通る青い世界にのまれた。
息をするだけで、コポコポと泡が列をなして水面に上がっていく。それを掴もうと手を伸ばすが、隙間から泡は簡単に逃げた。
掴めそうで掴めない泡は、波に揺られてどこかに行ってしまう。この行為に特に意味はないけれど、悲しくなるのは何故だろうか。
それでも、潮の匂いや、差し込む光、水の冷たさや重さが俺は海にいるんだと、ここに来て良かったと実感する。

薮内のように言うと、やはり夏の海最高である。

海の中にいつまででいたいが、そろそろ息が切れるので岩に置いた浮き輪を目印に戻る。
比較的に波が緩やかなところの岩を掴み、腕に力を入れて体を岸に上げるのだが、その前に脇を抱えるように掴まれては軽々と体が海から引き上げられた。

「えっ、だれ……」

体をゆらゆらとさせながら見上げると、白いまつ毛に切れ長の瞳と視線が合う。

「雪久……」
「アイスいるか」

腕を離し、ラッシュガードを着た雪久が差し出してきたのは袋に入った棒付きアイス。
目の前には棒付きの氷菓子が2本、だから最初の第一声は「なんで」だった。
何故、雪久が氷菓子を持ってここに来たのか。
時間は遡り、雪久を含め四人で軽くビーチバレーをしていた時だった。
回ってきたボールが高く良い位置にきたらしく、点が取れると思った雪久は砂浜を飛びボールを下に打ちつけた訳だが。
しかし、アタックしたビーチボールは砂浜に落ちる事なく、偶然通りかかった人の頭に直撃したらしい。
当然、四人は急いでその人のところに走ったのだか、そのボールをぶつけた人物が……

「薮内だったか。金髪頭の、ピアスつけた……こう、ワイワイした人」

抽象的な説明ではあったが、友人の薮内だと理解した。
ビーチボールを当てられた薮内は見た四人はさっきの人となった訳である。
怪我は額が少し赤くなる程度で、本人も平気だというので話はここで終わるのだが、海北が出て来て迷惑かけたから氷菓子を奢る話になったらしい。
ボールをぶつけたのは雪久。話は海北が一体何をして迷惑かけたのか。そうなってくると俺の話が出てくる訳で……雪久は俺の居場所を訊いたわけだ。

「あっちの岩場に一人でいるだろうって言われて来た」

や、薮内~~!!
いらないことを言うなと心の中で叫んだ。

「で、これが海北からの迷惑料。俺が行くと喧嘩なるからだと」

棒付き氷菓子を一本、雪久は俺に手渡した。
海北の通り、もう一度顔を合わせればお互いに手が出るのが目に見えているので懸命な判断である。
むかつくが、こういう気遣いが雪久の友人であると再確認する。

そして、雪久は残ったもう一本の氷菓子の封を開けて齧り始めた。
さっきもこの人かき氷食べていなかったかと、まだ食べる雪久に少し恐ろしさを感じつつ、俺も氷菓子の封を開ける。
岩肌で影になっている所を座り、泳いだ疲れを癒すために、氷菓子を食べながら海を眺め休憩することにした。
雪久が来た時はがっかりというか、緊張するから嫌だったが、二人で青い地平線を眺めながら氷菓子を食べるのは悪くない。
ギラギラと輝く太陽、風と波。雲がゆっくりと流れていく落ち着いた時間の中、最初に話しかけて来たのは雪久だった。

「この前は、妹を助けてくれてありがとうな」
「いや……助けたというか、別に改めて礼を言われるほど何もしてないと思う」
「十分だ。赤橋がいなかったら、妹は今ここにいない」

随分と大袈裟な事を言う。それでも、雪久に礼を言われると、体を浮き上がり心が満たされていく。
くそっ、俺簡単すぎないかとコロコロと変わる感情に頭を抱えたくなる。

「……昔」
「はい? なんですか」
「昔、好きな人がいたんだ」

うん、知っている。昔だと切り出す雪久、それは前世の話だとすぐに理解した。
好きだと言われたが、好きだった人の話を切り出したと言うことは心の区切りをつけたいのだろう。いわゆる元カノの話は好きな相手に不届きすぎるが、雪久はそういう人間である。

「その人は、海に行きたいと言っていたんだ。町から離れたことが無かったらしく、夢だったんだと」
「へー、その人は海に行ったんですか」
「……仕事とか色々あって、彼女と行く機会がなかった。そんな中、丁度俺だけが海に行く機会があったんだ。彼女に、貝殻からは海の音がするという話を聞いていたから、海の音だけでも届けてやろうと貝殻を拾って持って帰った」

うん?

「思い出として待って帰ったのは良かったんだが、その貝殻は二枚貝だったんだ。海の音が聞こえてくるのは言われているのは巻き貝の方で、二つに割れる貝の方じゃ無かった。考えれば分かることなんだが」
「それって……」
「そうだな、彼女は呆れていたと思う。言っていたのにこっちじゃないないと……、それでも……最後まで大切に保管してくれていた。会話していたつもりが、彼女と会話ができていなかったんだと、その時また気付かされた」

雪久の話をまとめると、貝殻の豆知識を交えつつ、お互いに確認し合う事は大事だという話である。
が、話の途中から全く内容が入って来ない。あの時の二枚貝は、俺の話を聞いてわざわざ取りに行ったということだ。

この人、嘘だろ。

だって、あの雑談なんて聞いてないと思っていたから。顔を今すぐにでも水の中に埋めたいほど暑い。こっちを見るなよと願いながら氷菓子を齧る。

「……どうしようもない話だけど。これからは赤橋とは向き合っていきたいし、急に迫ることもしたくない。ゆっくりでいいから、少しずつで良いから、俺のことを好きになって、違う、信じて欲しい。赤橋の事、もっと知りたいから」
「へっ……はい」

歯が浮くような事をさらりと言ってしまう目の前の男が憎い。嫌だ、って言えなくなるだろ。
駄目だ。この空間に長くいるともえて死ぬ、俺は大きく口を開けて氷菓子を棒だけにしてから、勢いよく立ち上がる。
砂浜の方を指しては、俺は溢れてくる感情を吹き飛ばすかのように口を動かした。

「話はわっ、分かったから、あっち、とっ、とりあえず砂場に行こう」
「別にいいが。どうした、突然」
「何って、巻き貝取りに行きましょう。だって、その人とは取りに行ってない訳で……海の音が聞いてみたいじゃないですか」

喋りがメチャクチャだって。だって理由なんてどうでも良い。頭をボッーとさせる、この暑さから早く解放されたいのだから。

「そうだな。行くか」

雪久も氷菓子を食べ切り立ち上がる。

「大きいやつ、見つけた方が勝ちですから」
「勝負するき……」

暑さに負けないように元気よく雪久の方を振り向いた。
しかし、雪久の言葉は途切れ。その場に呆然と立ち尽くし、手の中から棒はスルリと抜け落ちていく。
カラカラと跳ねる木の棒。

「ゆきひさ?」

どうしたのだろうか。
すると、雪久の片方の瞳から涙がこぼれ落ち。
まるで勝手溢れてきたと言わんばかりに、いつもの無の表情から変わらず、ただ真っ直ぐと俺を見つめてくる。
周りなんて人の声で騒がしくてうるさい程なのに、打ち付ける波の音がやけに大きく聞こえる。
時間にすれば、数分。けれど俺にとっては数時間に待った後に、雪久はたった一言を呟いた。

「椿」

初めて見る、その涙に嘘はなかった。

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