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1 前世は悪女様
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俺には、私には前世の記憶がある。
ある富豪の娘で、若くして嫁いだ。もちろん嫁になった家は格式ある貴族の、同じ年代の男だった。
まだまだ普段着が着物という古き昔だったから、恋愛結婚など夢の夢。初めて顔を合わしたのだって結婚する前。
どんな人なのか、何が好きなのか、全てが分からないのに私はこの人と生涯を共にするのだと会った途端に、覚悟を決めた。
……が、相手の方は全く覚悟なんかしてないし、何故名も知らない女と結婚しなくてはいけないと思っていたようだ。
もう、その時点でお互いに齟齬が生じ、そのまま結婚して、上手くいくはずもなく、顔を合わせるたびにギクシャクし、話したいことも話せず、気持ちは一方通行。
喧嘩することもない、無味無臭の結婚生活が数年経った頃に、仕事から帰ってきた旦那様がどこか満足そうに頬を赤らめ、でも不安そうにソワソワと帰ってきた。
「何があったの」と訊けば、相変わらず素っ気ない態度で「何もない」と言われた。
初めて見る顔。一度も私に見せたこともない惚けた顔は何を示しているのか、分かっていたのに俺は、私は、その次の日に隠れて旦那様について行った。
ついて行った先に見たものは案の定、女だった。
また見た事がない口角が緩んだ顔で婿であるはずの男は、団子店の先で彼女と話していた。
ーーー美男、美女の二人をお似合いだと
思ったのが皮切りに嫉妬がメラメラと奥底から燃え上がり、どこの馬の骨か分からないアバズレ女がーーーとなった。もちろん、彼女は旦那様に手を出していない、何もしていないし、何も悪くない。
けど、その時は女に旦那様が取られるという焦り、日々の不満が吹き出してしまったのだ。
団子屋を営む、ただの看板娘。町でも素直で可愛いと評判の娘に、俺は何を思ったのかあの日を境に嫌がらせの限りを尽くした。
俺は彼女の前には出向かず、店を荒らすよう仕向けたり、彼女の身内を脅したりなど、いろんな手で邪魔をする。あんな女は旦那様に似合わないと言いつつ全て自分本位。
私は悪くないと何度も心に言い続けた。
そして嫌がらせをする度に、旦那様や周りが彼女を助け。無性に愛される彼女、それが余計に胸の内を掻き回し、戻れない深みにはまっていき、嫌がらせの内容はエスカレートしていった。
最後にはタチの悪い者に依頼してしまい、彼女の命が危ぶまれる事件が起きてしまう。
やってしまったと嘆いた時には、遅かった。ついに私が数々の嫌がらせを命令していた事が周りに、そして旦那様にバレたのだった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
それが何よりも悲しかった。怒ってくれもしない旦那様を見て、ああ、本当に私はこの人にとって必要ない人間だったのだと。
敢え無く、自身の家の者に捕まり、知らない地下に幽閉された。取るに足らない嫉妬一つで、人生が破壊したその日。
『生き恥だ』と親には泣かれ、周りからは鬼女と罵られ、行き場が薄暗い地下しかなくなった私は……このまま恥を晒し続けるならば……
哀れな女らしく、自ら幕を閉じたというのがオチだ。
覚悟は武士だが、一つでも良いところがあるなら同情の余地があったのだが、全くの余地がない女というか、俺。
この事が頭を過ぎるたびに、壁に頭を打ち付けたくなる黒歴史に深く刻まれた。
反省し心を改め。二度と同じ事を繰り返してたまるものかと、それに答えるように前世では女だった俺は、現代で男になっていた。
加えて、前世とは違い、平凡な家庭に生まれ、平凡な男子高校生活を送っている。
嫉妬に狂うこともなく。幸も不幸もあるけれど淡々とした日常が謳歌できる生活。
ーーーこれが幸せか、日々を感謝しながら晴れた空を見る。
「どこ行くだよ!」
声を振り切って向こうから突き進んでくる男を見て、俺は「へっ」と間抜けな声が喉奥から抜けた。そして、急いでビルの隙間に隠れた。
男はちょうど目の前で止まっては何かを探すように辺りを見渡す。
どうやら、こちらには気づいていないようだ。
「どうしたんだよ。急に走って、何か見つけたのか」
男が振り切った声の主、友人もその場に駆けつけてきた。
「……つばき……椿がいた気がしたんだ」
「はぁ? またかよ。もう、探すのにやめた方がいいって、あんな女」
「……それでも」
諦めない男に友人は頭を捻った。
「見つけたいのは分かるが。そもそも見つけたとして、前世の記憶を持っているか、どうか」
「分かっている、それでも……俺は」
「雪久(ゆきひさ)」
しんみりとする二人。
いや、俺の人生に関わってくるなと言葉にはしていけない、なぜなら居場所がバレるから。
そう、俺の前で話しているのは旦那様とそのご友人。彼らも同じように前世の記憶があるようだ。
で、そうなってくると黒歴史に出てくる彼らと顔を合わせたくない。なので、前世で会ったであろう人物はこうやって避けている。
だが、元旦那様の……この男だけは何故か人生の隙間、隙間に現れる。
最初の出会いは、幼稚園だったか。歌が好きだった俺は、好きならと親に音楽教室に連れられた。
いずれは歌手になんて浮かれて音楽教室の扉を開けると、愕然とした。遠くからでも分かるツーンとしたあの表情。すぐに旦那様だと分かり、入学をやめた。
前世の記憶があるくらいだし、こういう事もあるよねとその時は軽く流した。
時は過ぎ去り、小学生になった頃。前世で海に行った事がなかったから、泳ぎをしたいと親に強請り、スイミングスクールに行けば、案の定、彼奴が先に泳いでいた。
流石に2回目から薄々気づき始めていたが、そうだと言わんばかりに友人と映画を見に行った時に、隣に彼奴が座り始めた。
嘘だろと驚く共に、理解した。運命には勝てないと。
じゃあ、その運命とやら受け入れたら、最後に待っているのは惨めな人生なのではと。
絶対に嫌だ! 分かって、生き地獄に進むとか死んでも嫌だ
その時の友人には申し訳ないが体調不良だと言って映画館を抜けた。それから、俺は細心の注意を払った。
前世に会った人間には会わないし、特に旦那様だけは決して出逢ってはいけないと心に決めた。
「もう、いなさそうだし。行こうぜ」
「……ああ」
ガクリッと肩を落とす雪久はあからさまに落ち込み、友人に連れて行かれる。
遠くなっていく二つの背中、俺の方は安堵で胸を撫で下ろした。
あの二人はまた友人になっているとは……どうも、前世に会った人間は自然と引き寄せられるようで、特に関係が近かった者は強く引き寄せられるようだ。
どんなに引き寄せられても、抗ってやる。俺は、この生活が好きなんだ。会いたいと願う旦那様には悪いが、この自由を手放す気はない。
そもそも、会って何を話したいのだか。こっちは恨み言か、謝罪しかないのに、最悪の空気になるのが目に見えているだろう。
「早く、結婚とかしてくれないか」
自分も高校生、相手も高校生、この現代で結婚は残念ながらまだ早い。大人になっても家庭に入れば、出逢いたいとか自然と思えなくなるだろう。
いや、前世に旦那様が想いを寄せていた彼女とでもいいから、恋人を作って欲しい。
もし、会ったとしてももう興味がないと去っていく筈だ。そうすれば逃げ惑う生活から解放され、お互いの人生にいなかった人物となるだろうーーー、そこまで我慢だと、ビルの隙間から俺は抜け出すのだった。
ある富豪の娘で、若くして嫁いだ。もちろん嫁になった家は格式ある貴族の、同じ年代の男だった。
まだまだ普段着が着物という古き昔だったから、恋愛結婚など夢の夢。初めて顔を合わしたのだって結婚する前。
どんな人なのか、何が好きなのか、全てが分からないのに私はこの人と生涯を共にするのだと会った途端に、覚悟を決めた。
……が、相手の方は全く覚悟なんかしてないし、何故名も知らない女と結婚しなくてはいけないと思っていたようだ。
もう、その時点でお互いに齟齬が生じ、そのまま結婚して、上手くいくはずもなく、顔を合わせるたびにギクシャクし、話したいことも話せず、気持ちは一方通行。
喧嘩することもない、無味無臭の結婚生活が数年経った頃に、仕事から帰ってきた旦那様がどこか満足そうに頬を赤らめ、でも不安そうにソワソワと帰ってきた。
「何があったの」と訊けば、相変わらず素っ気ない態度で「何もない」と言われた。
初めて見る顔。一度も私に見せたこともない惚けた顔は何を示しているのか、分かっていたのに俺は、私は、その次の日に隠れて旦那様について行った。
ついて行った先に見たものは案の定、女だった。
また見た事がない口角が緩んだ顔で婿であるはずの男は、団子店の先で彼女と話していた。
ーーー美男、美女の二人をお似合いだと
思ったのが皮切りに嫉妬がメラメラと奥底から燃え上がり、どこの馬の骨か分からないアバズレ女がーーーとなった。もちろん、彼女は旦那様に手を出していない、何もしていないし、何も悪くない。
けど、その時は女に旦那様が取られるという焦り、日々の不満が吹き出してしまったのだ。
団子屋を営む、ただの看板娘。町でも素直で可愛いと評判の娘に、俺は何を思ったのかあの日を境に嫌がらせの限りを尽くした。
俺は彼女の前には出向かず、店を荒らすよう仕向けたり、彼女の身内を脅したりなど、いろんな手で邪魔をする。あんな女は旦那様に似合わないと言いつつ全て自分本位。
私は悪くないと何度も心に言い続けた。
そして嫌がらせをする度に、旦那様や周りが彼女を助け。無性に愛される彼女、それが余計に胸の内を掻き回し、戻れない深みにはまっていき、嫌がらせの内容はエスカレートしていった。
最後にはタチの悪い者に依頼してしまい、彼女の命が危ぶまれる事件が起きてしまう。
やってしまったと嘆いた時には、遅かった。ついに私が数々の嫌がらせを命令していた事が周りに、そして旦那様にバレたのだった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
それが何よりも悲しかった。怒ってくれもしない旦那様を見て、ああ、本当に私はこの人にとって必要ない人間だったのだと。
敢え無く、自身の家の者に捕まり、知らない地下に幽閉された。取るに足らない嫉妬一つで、人生が破壊したその日。
『生き恥だ』と親には泣かれ、周りからは鬼女と罵られ、行き場が薄暗い地下しかなくなった私は……このまま恥を晒し続けるならば……
哀れな女らしく、自ら幕を閉じたというのがオチだ。
覚悟は武士だが、一つでも良いところがあるなら同情の余地があったのだが、全くの余地がない女というか、俺。
この事が頭を過ぎるたびに、壁に頭を打ち付けたくなる黒歴史に深く刻まれた。
反省し心を改め。二度と同じ事を繰り返してたまるものかと、それに答えるように前世では女だった俺は、現代で男になっていた。
加えて、前世とは違い、平凡な家庭に生まれ、平凡な男子高校生活を送っている。
嫉妬に狂うこともなく。幸も不幸もあるけれど淡々とした日常が謳歌できる生活。
ーーーこれが幸せか、日々を感謝しながら晴れた空を見る。
「どこ行くだよ!」
声を振り切って向こうから突き進んでくる男を見て、俺は「へっ」と間抜けな声が喉奥から抜けた。そして、急いでビルの隙間に隠れた。
男はちょうど目の前で止まっては何かを探すように辺りを見渡す。
どうやら、こちらには気づいていないようだ。
「どうしたんだよ。急に走って、何か見つけたのか」
男が振り切った声の主、友人もその場に駆けつけてきた。
「……つばき……椿がいた気がしたんだ」
「はぁ? またかよ。もう、探すのにやめた方がいいって、あんな女」
「……それでも」
諦めない男に友人は頭を捻った。
「見つけたいのは分かるが。そもそも見つけたとして、前世の記憶を持っているか、どうか」
「分かっている、それでも……俺は」
「雪久(ゆきひさ)」
しんみりとする二人。
いや、俺の人生に関わってくるなと言葉にはしていけない、なぜなら居場所がバレるから。
そう、俺の前で話しているのは旦那様とそのご友人。彼らも同じように前世の記憶があるようだ。
で、そうなってくると黒歴史に出てくる彼らと顔を合わせたくない。なので、前世で会ったであろう人物はこうやって避けている。
だが、元旦那様の……この男だけは何故か人生の隙間、隙間に現れる。
最初の出会いは、幼稚園だったか。歌が好きだった俺は、好きならと親に音楽教室に連れられた。
いずれは歌手になんて浮かれて音楽教室の扉を開けると、愕然とした。遠くからでも分かるツーンとしたあの表情。すぐに旦那様だと分かり、入学をやめた。
前世の記憶があるくらいだし、こういう事もあるよねとその時は軽く流した。
時は過ぎ去り、小学生になった頃。前世で海に行った事がなかったから、泳ぎをしたいと親に強請り、スイミングスクールに行けば、案の定、彼奴が先に泳いでいた。
流石に2回目から薄々気づき始めていたが、そうだと言わんばかりに友人と映画を見に行った時に、隣に彼奴が座り始めた。
嘘だろと驚く共に、理解した。運命には勝てないと。
じゃあ、その運命とやら受け入れたら、最後に待っているのは惨めな人生なのではと。
絶対に嫌だ! 分かって、生き地獄に進むとか死んでも嫌だ
その時の友人には申し訳ないが体調不良だと言って映画館を抜けた。それから、俺は細心の注意を払った。
前世に会った人間には会わないし、特に旦那様だけは決して出逢ってはいけないと心に決めた。
「もう、いなさそうだし。行こうぜ」
「……ああ」
ガクリッと肩を落とす雪久はあからさまに落ち込み、友人に連れて行かれる。
遠くなっていく二つの背中、俺の方は安堵で胸を撫で下ろした。
あの二人はまた友人になっているとは……どうも、前世に会った人間は自然と引き寄せられるようで、特に関係が近かった者は強く引き寄せられるようだ。
どんなに引き寄せられても、抗ってやる。俺は、この生活が好きなんだ。会いたいと願う旦那様には悪いが、この自由を手放す気はない。
そもそも、会って何を話したいのだか。こっちは恨み言か、謝罪しかないのに、最悪の空気になるのが目に見えているだろう。
「早く、結婚とかしてくれないか」
自分も高校生、相手も高校生、この現代で結婚は残念ながらまだ早い。大人になっても家庭に入れば、出逢いたいとか自然と思えなくなるだろう。
いや、前世に旦那様が想いを寄せていた彼女とでもいいから、恋人を作って欲しい。
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