前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

文字の大きさ
5 / 36
1

5 繋がり

しおりを挟む
『ぜんぶ、お前のせいだろ』
『ちっ、違う。こんな事になるなんて思って無くて……私、あの、その』

全部、私が始めた事。俺が全ての責任。だけど、口から出てくるのは言い逃ればかり。自身の言葉が一つ、一つが信じられない。
一向に反省しようとしない俺に、怒りを溜めていた海北は痺れを切らし掴み掛かろうとしてきた。

『もういい、そんな事をしても意味がない』

そう言って、私の前に立ち海北の腕を止めたのは旦那様。

『この女を庇う気か? コイツが何をしたかを分かってるだろ』
『……分かっている。済んだことに、もう無駄だと言っている』
『……くそっ』

暴言を吐き捨てた海北は掴みかかることを諦め、旦那様は海北の腕を離す。
でも、旦那様はいつもより落ち着きがあり、刺々しい声は、決して私を庇っている訳ではないと。
罰だというのに重苦しい空気に耐えられず、大事な着物は握り締め、くしゃくしゃにした。

『椿』
『はっ、はい』

穴が開くくらい床を見ていたら、旦那様が顔を上げろと言ってきた。
顔を上げれば、切り捨てられると知っていても命令に従うしか道はない。

『ーーー顔は見たくない』
『はい……』

謝罪も不要。冷たい真っ黒な瞳が二度と屋敷を跨ぐなと言っている。
 
その時に、私は捨てられた。
分かっていた結末、泣いては駄目だ。泣きたいのは彼女の方だから。
二人に深々と頭を下げてから、使用人達に連れられ私は静かに部屋から出て行く。

『潮時だったから、良かったじゃない』『いつまででも、役立たずを屋敷に置いてもねぇ』
屋敷の廊下を歩くたび聞こえてくるのは私の嫌味。ここを去ることは誰もが喜んだ。

私は間違えた。私はいらない存在、役にも立たない。一生の恥となるなら……

銀色を手にした椿は、最後は紅く染まる。そして、前世の記憶という名の悪夢はいつもここで終わる。


「おえっ、気持ちわる」

口に手を当て俺はベッドから飛び起きた。階段を駆け下り洗面所に向かう。そして、洗面台に酸っぱくて渋い唾液を吐き出すのだった。

「アイツに会ったからか?」

排水口に流れていく唾。
前世の夢は生々しくて気持ち悪い。重苦しい灰色の世界に、無機質な冷たさや、痛みや生温かさが夢を通して肌に伝わってきて、まるでその場にいるような感覚になる。
というのに、あの体験は何度も見せつけられるのは、少々気が滅入る。
首をさすりながら、最近悪夢を観ることは減ったと思っていたのに、雪久と逢った途端にこれだ。

やはり、俺にとってアイツは敵だな。

会うだけで疲労すると言うのに、離れていても存在を消さないから困ったものだ。

「やっぱり新しい恋だな。あの時はあの人しか居なかっただけで、さぁ」

鏡に言ってみたけど頑なに頷こうとしない。

「頑固なところはお似合いだな」

説得するより行動してみせた方が早いなと、蛇口を回して一心するに顔を洗う。






恋を見つけるにも、やはり出会いがなくてはいけない。
石の上に三年いても、俺の場合は辛いだけで無意味。多少無茶をしても、運命の軸を変えないと永遠に俺は彼奴に囚われる。
 
「ずっと、こういうのは嫌いだと思ってた」

歌と笑い声の騒がしい中、まさか来るとは思わなかったと隣に座る高校の友人は言う。
そう、ここはカラオケボックスの一室であり、合わせて数十人の男女が歌って踊って、お祭り騒ぎできる広い場。
はっきり言おうーーー、嫌いだ。庭先で涼みながら茶を飲むタイプなので、騒がしい音楽に耳がおかしくなりそうだ。

「いや、嫌いなんだけど……出会いがないかって」
「えっ、珍しぃ。なに、赤橋もとうとう恋人が恋しくなった?」
「そんな感じ」

友人とコソコソと話す。周りの音が大きいから自然とそうなった。

「じゃあ、あの子とかどう? 話しやすくていいと思うけど」

友人が指したのは液晶テレビの前で歌い踊っている女の子。

「その子は隣の男を狙っているから無理だな」
「えっ、まじか。本当だ」

騒いで歌ってように見える彼女は、隣で同じく盛り上げている彼に目線を常に送っている。騒ぎに紛れて、体に触れているのが特に分かりやすい。

「思っていたけど、赤橋ってこういうの目敏いのに、彼女いないよな」
「そう?」
「気遣いできるのに勿体無いよな。あっ、もしかして男が好きとか」

ニヤニヤと口端を上げる友人の肩を、強めに殴っておいた。「冗談に決まってるだろ」と友人は笑い飛ばす。

「おっ、つぎ俺だ。行ってくるな」

俺は軽く手を振り、友人は液晶テレビの方に小走りで向かう。

ーーー女が好きなのか、男が好きなのか。

友人に指摘されたが、本音を言うと、どっちが好きなのか未だに分からない。
前世が女性だったという記憶があるせいか、女性に対して対抗心がある。
だからいって、いざ、男と付き合うことを想像すると今の俺が嫌悪する。
 
でも、女の子は普通に可愛いし付き合いたいと思えるし、男は……彼奴に好意が寄せているからいけるのかもしれない。

どっちも付き合えるようなで、どっちもダメなような。自身のことなのによく分からない。

そんな事を悩んでいるうちにカラオケはお開きとなっていた。
夕暮れ時。カラオケ店の前では男女の集まりは各々行動し、一緒に帰る者もいれば、何人かでその場で喋る者もいる。

その中で、俺は当然一人で帰る。

ここまで何をしにきたのかを問いたくなるけど、集まりに参加するという事が出来たのを褒めよう。

「あの、いいかな」

帰ろうとした俺を呼び止めたのは、集まりにいた女の子の一人。

「あのさ、君ってさ」

手を合わせ、体は揺れ、どこか恥ずかしそうな女の子。これは、まさかっ。

「この前、君と会っていた人の連絡先、教えてくれないかな。むっ、無茶を言っているのは分かっているけど、どうしても知りたくて」

思惑は案の定、外れるのだった

「えっと、この前の男の子って誰」
「ほら、真っ黒な髪なのに、綺麗なストレートで、鼻は真っ直ぐとおってて、こう全体的なイメージはクールって感じの人」
「嗚呼」

雪久か。
目をキラキラさせて、頬を赤く染めながら女は話す。

「ごめん、俺も連絡先は知らないんだ。この前、ちょっと縁があっただけで、それから会ってないんだ」
「そっ、そうなんだ。残念」

肩を落とし、目に見えるぐらい落ち込む彼女。嘘は言っていない。連絡先を知っていても、教える気は毛ほどないけれど。

「はぁ、カッコよかったのに」
「ダヨネ。オレモキイトケバヨカッタ」
「何そのカタコト。男の嫉妬は醜いよ」
「ソウ、オモウ」
「何その声っ」

彼女は吹き出すように笑うと

「君って、見た目より面白いんだね」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だけど。ねぇ、ねぇ、連絡先を交換しよう」

彼女はポケットからスマホを取り出し始めた。
まさかの展開だったが、チャンスだと思った俺は急いで鞄からスマホを取り出す。

「じゃあ、よろしく」
「よっ、よろしく」

緊張で手間取ったが無事、お互いの連絡先を交換することが出来た。
「また、遊ぼうよ」と彼女はニコニコと手を振っては、友人と去っていく。
小さくなっていく背中を見つめながら、俺はスマホを天に掲げた。

れっ、連絡先を手に入れてしまった。
 
これは大きな一歩なのではと、知らない名前が入ったスマホを持つ手が震える。
そうだ、やればできる。前世とか、運命に、囚われる必要はない。私は、俺を変えられる。

心の中で大きくガッツポーズをする俺だった。



 








「どうした? 雪久、ボーっと立って」
「……いや、なんでもない」

無表情を張り付けた雪久は、誰が見ても静かで冷たい人だと思わせる。だが、手元からバキッと何かが欠ける音が聞こえた。

「雪久っ、スマホの画面が」
「あっ……」
「あっ、じゃねよ。何やってるんだ」

海北が言われて雪久が目線を送れば、スマホの画面が稲妻の形に割れていた。

そして、俺が女の子と連絡先を交換しているところを、遠くから雪久が見ていた事を知る由もなかった。
 



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...