前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

文字の大きさ
13 / 36
1

13 公園の、その後に おまけ

しおりを挟む
……最悪だ。近づいてはいけないと分かっているのに、色々心が追いつかない。
顔を上げられない俺は、ベッドの隅で三角座りをし壁に頭を押し付けて固まっていた。
 
「良かったな、体調が悪かっただけで」
「はい……」

そう言ってベッド隣に立つのは雪久であり、この場所は雪久の部屋である。
遊びに行った帰り、気持ち悪くなった俺は公園のベンチで一休みしたから帰ろうと思っていたら寝ていたようで、公園に来た雪久に背負われここまで来た流れだ。
 
なぜ、事情を知らないはずの雪久が公園に来たのかというと、自宅に帰った陽菜が兄に見てきて欲しいと頼んだから。いらない事をしたな、と思ったのは内緒だ。
 
公園で、雪久と会話をしたのをなんとなく覚えているが内容を全く覚えておらず。
俺の意識が戻ったのは、雪久に運ばれている最中に一度吐いたことによって目が覚めた。
雪久に背負われ運ばれ介抱されている事実に、まだ覚めない頭のまま手を離せば「落ちる」と怒られた。
再び焦って肩を掴むが、雪久の肩あたりに自身のもので濡れているのを見て、一気に頭から血の気が引いていくのを感じ、悲鳴を上げ騒いだ。

「気持ち悪さ、もうないか」
「はい、無いです。汚して、騒いで申し訳ないです」
「服は変えれば良いから気にして無い。それより、親には連絡したか」
「はい、しました。回復次第すぐに帰ります」
「焦らなくても、明日の朝までいてもいいけどな」

雪久はそう言いながら汚れた服を脱ぎ、タンスから綺麗な服を取り出して着替えていく。

「いや、それはちょっと、迷惑なので」
「俺の親には許可はとってあるから、気にするな」

いっそうのこと土に埋めてくれと、汚れ一つない無地の壁を見つめていたら前髪は押し上げられ視界が明るく開けた。
視線を上げれば雪久の手が額に当てられていた、黒い瞳がこちらを見ていた。
その瞳に息が詰まって勝手に壁の隅に体が寄っていく。

「っ……」
「熱は、引いているな」

特に表情は変わることなく雪久の手が離れていく。ずっとその間、目が離せないでいた。

「で、何があったんだ。公園で一人泣くぐらいのことはあったんだろ」
「別に泣いてないです」
「ここまで、連れてきたんだ。何も無いとか、無しだ」
「あの、俺……変なこと言っていませんよね」
「…………言ってない」

溜めてから言わないで欲しい。ベッドの端に腰掛ける雪久、会話を終える気はないようだ。

「何も言ってないから、ここで話せ」
「いや、本当に何もなくて。ただ、飲んだジュースが良くなくて、気持ち悪くなっただけで」
「はっ? ジュースってなんだ。酒でも飲んだのか」
「それが分からなくて。飲んだジュースに何か入っていたぽくって……」
「盛られたのか」

徐々に目を細めていく雪久は、俺を疑っている。

「ちっ、違うから、置いてあった物を間違えて口にしただけで、そういう集まりじゃないから」
「でも、居たわけだな」
「そうだけど。ほら、もう元気だし、こういうことも一つや二つあっても、おかしくない訳で」
「二つもあったら困るんだが」

ベッドに手をついて体を俺に向けては、雪久が睨んでくるから体を小さくする。

「な、なに」
「次から、そこに行くのは禁止だ」
「―――何故。別に迷惑……かけたけど、今度は迷惑かけないから」
「そういう問題じゃない。顔も分からないほどに交友関係が広いのだろ。だとしたら、同じ奴か、それ以上が、いつ紛れてもおかしくないって事だろ」
「それはそうかもしれないけど……、俺の勝手で関係ないじゃないですか」

前にも言ったように、俺の交友関係に雪久は一切関係ない。だから、雪久に恋人がいようと婚約者がいようと、妻でもない俺に言う権利はない。
なのに、この男は

「ある。言う権利はある」

訳がわからないこと吐いては距離を詰めてきた。

「ない。俺がどうしていようがいいでしょ」
「気になるから公園まで行った。お前はどうなんだ。好きな人出来たからって、連絡を断つほど嫌いになったか」

どうなんだと、詰められても困る。

「嫌いというか……だって……好きでもないのにぐちゃぐちゃうるさい……と思う」
「……返事する前に、振ったのはお前のほうだろ」

端に逃げていたら、いつの間に電灯の光は遮られ周りは影を作っていた。
冷や汗を流しながらゆっくりと顔を上に向ければ、これでもかと眉の皺を溜めた雪久が俺を見下げる。

「もう一度言う。今後一切、そういう遊びに参加するな。俺を嫌いになろうが連絡も絶ってもいいが、これだけは守れ」

本気で怒っている。一段と低い声に背筋がザワザワと騒ぎ、身体が石のように固まる。
前世の記憶に引きずられて忘れていた。鼠と猫の関係のように、この人が生物として上位の存在だった事を。

「あんたに、恋人を作っても、誰を好きになっても関係っ」

それでも勇気を出して反論しようとしたが、雪久に鼻を摘まれた。
 
「それ以上、喋ると塞ぐぞ。ここからは言い訳はなしだ。俺はいまさら起きた事を無かったことに出来ないし、お前のことを見て見る振りも出来ない。次はその遊びとやらに行くなら、本気で着いて行くからな。いいか、分かったか」

助けてくれた人間だと思えない捕食者の顔に、避けることも逃げるも阻まれ。頭を振る人形のように、ただ、ただ頷くことしか出来ない。

「兄さん。赤橋くんの体調良くなった? 救急車とか呼ばなくて大丈夫かな」
「ああ、大丈夫だ。休んでから帰るらしい」

部屋の扉を叩く音と共に、妹の声がしてきて兄はすぐに返事をする。
膝を立てベッドから離れていく雪久。やっと腕の囲いから解放され、汚れた服を持って雪久は部屋から出て行く。
そして、抗う戦意を根こそぎ削がれた俺は思考を停止。

ーーー駄目だ。牙という、牙を抜かれた。

歩く気力もなく、次の朝に帰ることになるのだった。













おまけ


タンタンと一定リズムが、子守唄みたいで心地良くなって、喉から何かが迫り上がっきては一気に気持ち悪くなって「うっぷ」と喉が鳴る。

「おい、まさかここで吐くじゃないだろうな。吐いたら、ここで置いていくからな」

先ほどと真逆のことを言ってくる雪久に、俺は肩に回した手にさらに力を込めた。
雪久がなんとも言えない表情を向けてくるから、平気だと肩を軽く叩いて安心させる。

「なんか、楽しそうだな」
「えへへ、内緒」

そう言われて思わず、口角が上がり含んだ笑い声が口から漏れる。
それでも気持ち悪いことは変わりないので……、再び騒がしくなったのは数分後のことである。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...