冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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 それから3日後、バイトに行っていた斗希くんからメッセージが届いた。

『黒髪ツインテールの女ってこいつ?』

 つい先日うちのインターホンを鳴らした例の女の子らしき人を見つけたらしく、写真まで添付されてた。
 斜め後ろからの隠し撮りだから若干分かりにくくはあるけど、間違いなくあの子で僕は肯定の返事を送る。少しして『分かった』ってきたけど、何が分かったんだろう。
 そのあとは特になく、斗希くんが帰って来たのは22時手前だった。

「おかえりなさい」
「ただいま。悪ぃ、先に風呂入る」
「あ、うん。行ってらっしゃい」

 何だかずいぶん疲れた様子だったけど、そんなに忙しかったのかな。
 そういえば、人手が足りないプラス、スタジオを良く使ってたインディーズバンドがメジャーデビューするから、その前にお世話になったスタジオでライブするとかなんとか言ってたような。
 それもあって忙しいのかも。
 荷物を僕に預け、洗面所に入っていった斗希くんからふわりと甘い匂いが舞う。

「?」

 斗希くんの家で嗅いだようなお花の匂いじゃなくて、バニラのような甘さのある香り。でも斗希くんはムスクで、こんな匂い今まで1度もした事ない。
 不思議には思いつつ、定位置に荷物を置いた僕は夕飯を温める為キッチンに立った。
 何度か斗希くんの帰りに合わせて一緒に食べるようにしてたら、お腹空かせてるのに待たせたくないからって言われて今は先に食事を済ませてて、帰って来たらこうして温め直したりしてる。
 美味しいって食べてくれる斗希くんの顔が見られるだけで僕は大満足なんだけど。
 おおよそ10分過ぎたくらいに上がってきた斗希くんは、眉を顰めてスマホを見ながらテーブルにつき頬杖をつく。
 夕飯を並べ、斜め向かいに座って首を傾げると隣をトントンされた。
 膝をついたまま移動し、目を閉じると唇が重なる。そのまま抱き締められて、斗希くんが深い溜め息をついた。

「うちのスタジオメインで使ってるバンドで、近々メジャーデビューする奴らがいるって話したろ?」
「うん」
「あの女、そのバンドの追っ掛けだったらしいんだが⋯俺に推し変したとか言って最近付き纏って来てんだよ」
「え」
「俺のあとを付けて、この部屋も特定したんだと」

 何という行動力。
 でもそれって1歩間違えればストーカー⋯⋯斗希くんも同じような事したけど、声かけ損ねてズルズルって感じだから違う⋯よね?
 知ろうと思ってついて行くのと、知るつもりはなくてついて行くのとは別なはず。

「陽依の事はまだ知らねぇみてぇだけど、このままだと時間の問題だな」
「知られたら?」
「あの女はタチ悪ぃタイプで、自分の気に食わねぇ事には容赦がねぇ」
「⋯何かあったの?」

 人に対して基本的には興味のない斗希くんなのに妙に詳しくて、何となく嫌な予感がしつつも問い掛けてみた。
 斗希くんは苦々しい顔をして黙り込んだあと、言いにくそうに口を開く。

「⋯受付に立ってる俺に、連絡先を渡そうとした女の髪を掴んで外に引き摺り出した」
「⋯⋯⋯」

 思った以上に衝撃的過ぎて何も言えなくなってしまった。
 思わず頭を押さえたら斗希くんがふっと表情を緩め、宥めるように撫でてくれる。

「そのあとどうなったのかは分かんねぇけど、黒髪の方はスタジオにいたな」
「⋯斗希くんは、嫌な事されてない?」
「纏わり付いてくるくらいか? まぁ正直、何かされそうになっても勝てっから。それよりお前だよ。お前は優しいから、殴られても蹴られてもぜってぇ反撃しねぇだろ。たぶんあの女の方が体幹強ぇぞ」
「ち、力なら⋯」
「無理だろ。お前小せぇし細ぇし」

 斗希くんに比べたら、平均的な男子はみんな小さいし細身だと思う。斗希くん、バイト先で重たい機材とか運んだりもするからそれなりに筋肉ついてるし。
 甘いって言われるかもしれないけど、なるべくなら女の子を傷付けたくないな。
 自分の手の平をじっと見下ろしてたら、斗希くんがコツンと額を合わせてきた。

「頼むから、何よりもまず自分を優先してくれ。お前に何もねぇ事が1番だからな」
「う、うん」
「⋯本当に分かってんのか?」
「わ、分かってます⋯!」

 斗希くんが僕を凄く心配してくれてる事も、思う以上に大切にしてくれてる事も、今の僕は充分過ぎるくらい分かってる。もしあの子が僕に何かをしたら、斗希くんは絶対許さないだろうなって自惚れるくらいには自覚もしてるから。
 こくこくと頷く僕をしばらくジト目で見た斗希くんは、ふうと息を吐いて手を離すとご飯を食べるべく箸を手にした。

「温めてくれたのに悪ぃな」
「ううん。冷たいならもう1回温めてくるけど」
「いや、いい。そこまで冷めてる訳じゃねぇし」
「そう? じゃあ僕、歯磨き済ませちゃうね」
「ん」

 短く返事をして食べ始める斗希くんに笑みを零し、立ち上がった僕は洗面所へ向かう。
 それにしても斗希くんは本当にモテるなぁ。イケメンだし、背も高いし、スタイルもいいもんね。あと、何があっても守ってくれそうな安心感がある。
 同じ男なのに、僕には少しも安心させてあげられる要因がない。

「⋯⋯鍛えてみる?」

 一朝一夕とはいかないだろうけど、毎日コツコツ頑張ればいつかはムキムキになれるかもしれない。そうしたら、斗希くんに言い寄る女の子の前に立ちはだかれるかも?
 試しに腕を上げた僕は、袖を捲ってぐっと腕に力を入れてみた。
 ⋯⋯うん、元からある筋肉がちょびっと動いただけだ。

「ここから〝もこっ〟てなるのかな」

 力を入れたまま触っても柔らかいのに、鍛えたら本当に硬くなる?
 歯を磨くのも忘れてしばらく力んだり抜いたりしてたんだけど、その様子を斗希くんが黙って見ていた事に気付かなくて、不意に見た鏡に映った瞬間声も出ないほど驚いた。
 人の変なところを盗み見るのは恥ずかしいからやめて欲しい。
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