冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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一件落着

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 美結さんのすすり泣く声と、風で木の葉が揺れる音と、周りの喧騒が少しだけ遠くに聞こえてる。さっきまで何事って見てくる人たちがいたけど、今は一瞥くれるくらいで立ち止まる人はいなかった。
 状況を見たら僕が泣かせたって思われても仕方ない。
 立場的に僕が何かを言うのは憚られて黙ってたら、不意にさやかさんが僕の方を向いて口を開こうとした。でも言葉が出ないのかもごもごさせる事数秒、勢い良く頭を下げるから僕はギョッとしてしまう。

「え⋯な、何⋯?」
「あの時は本当にごめんなさい。斗希からの誕生日プレゼントって聞いて、頭の中が真っ白になりました。私は貰った事ないのに、どうしてってこの人がって⋯」
「⋯うん」
「斗希が誰かに本気になるなんて今までなかったから、もしかしたら騙されてんじゃないかって思ったら止まらなかった⋯⋯みんなに怒られて、いつもは優しい裕兄にも散々言われて、自分がどれだけひどい事したかって気付いたの⋯⋯許して貰おうなんて思ってません。でもせめて謝りたかったんです。ごめんなさい」

 さやかさんが本気で斗希くんを好きだって分かってるからこそ、さやかさんには憎まれたままでも良かった。今までそんな気配さえなかったのに、突然僕が現れたんだから頭が混乱したって仕方ない。
 それこそ、お兄さんに言った〝誰だってカッとなってやっちゃう事がある〟に繋がるんだから。
 でもどんな謝罪であれ、ごめんなさいって気持ちがあるなら僕はそれを受け入れる以外の選択肢はない。
 何も言わずに笑って頷いたらさやかさんはホッとした顔になり、次に鼻をすすってる美結さんを振り返った。

「ほら、あんたも謝りなさい」
「⋯でも⋯美結は⋯」
「でもじゃないの。手が出てる時点で100パーあんたが悪いのよ」
「⋯⋯⋯」
「ほら」

 黙り込む美結さんの手を握り、僕の前へと連れてきたさやかさんは俯く美結さんを覗き込み再度促す。
 美結さんは口を開いては閉じを何度か繰り返したあと、さやかさんの手をぎゅっと握り返して「ごめんなさい」と言ってくれた。周りの音に掻き消されそうなほど小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた僕は「うん」って返す。
 小柄で見た感じ高校生になるかならないくらいみたいだし、まだ性格的にも幼い部分があるのかもしれない。
 ポロポロと涙を流す美結さんの頭を、まるで褒めるように撫でるさやかさんを見て姉妹みたいだって微笑ましく見てたら離れたところからさやかさんを呼ぶ声が聞こえ、呼ばれた本人はしまったって顔をして視線を泳がせ始めた。
 足音を立てて駆け寄って来たのはさやかさんのお兄さんとその従兄くんで、僕がいる事に気付くと途端に焦り始める。

「ちょ、何で陽依さんと一緒に⋯っ」
「さやか、お前また⋯」
「ち、違うよ。さやかさんは助けてくれたの」
「助けた?」

 あらぬ疑いがかけられそうで慌てて間に入ると、2人は怪訝そうな顔をしさやかさんとその隣にいる美結さんを見る。
 あんまり言いたくはないけど、さやかさんの無実を証明する為になるべく簡潔に話したら、お兄さんは安心したのか笑顔になった。

「そっか⋯偉いぞ、さやか」
「同い年なんだから子供扱いしないで」
「俺からしたら子供だよ」
「そんな訳ないでしょ⋯⋯」
「お姉様、この人は誰?」
「「「「⋯⋯⋯⋯ん?」」」」

 仲睦まじい兄妹のやり取りに笑っていた時、不意に聞こえてきた言葉に同じタイミングでみんなが動きを止める。
 さやかさんが困惑混じりに美結さんを見下ろし首を傾げた。

「え? い、今、なんて言った?」
「〝お姉様、この人は誰〟?」
「お、お姉様⋯?」
「うん。お姉様優しいから⋯美結、好きになっちゃった」
「はい?」
「美結のお姉様になってくれるよね?」

 もしかして美結さんって、物凄く惚れっぽい? これは恋愛とは違うだろうけど。
 すっかり懐かれたさやかさんは口端を引き攣らせ、それでもちゃんと聞かれた事には答えてあげる。
 さやかさんがお姉様なら、お兄さんの事はお兄様って呼ぶのかなと思ったけど、美結さんは「ふーん」と返しただけでさやかさんの腕へと抱き着いた。どうやら1人に真っ直ぐ気持ちを向けるタイプらしい。
 でも、これで斗希くんへのストーカー行為も終わるし、さやかさんなら美結さんにダメな事は教えてあげるだろうからひとまずは落ち着いたかな。
 色んな意味で疲れたなって息を吐いた時、唐突に後ろから抱き締められビクリと肩が跳ねた。
 気付いたみんながあわあわし始めたのと、ムスクの香りで誰か分かって苦笑する。

「何でお前らが陽依といんの?」
「と、斗希⋯」
「偶然会ったんだよ」
「偶然? が偶然とは思えねぇんだけど」

 そう言って睨まれた美結さんはまた泣きそうになって、僕は慌てて腕の中で反転し事情を説明する。斗希くんの眉間にどんどんシワが寄るから美結さんの事はだいぶ柔らかく話したんだけどそれでも怒ってて、2度と僕たちの周りやお店に来ないよう約束させてた。
 美結さんは渋ってたもののさやかさんに諭されて受け入れ、美結さんはみんなと帰って行った。

「そういえば、斗希くんはどうしてここに? まだバイト中じゃ⋯」

 ここが帰り道なのは知ってるけど、聞いてた時間よりも全然早くてそう聞けば、斗希くんは腕を離して肩を竦めた。

「機材のトラブル。ライブも日を改める事になったから、もうする事もねぇしって帰る途中でお前を見つけた」
「そうだったんだ。大変だね」
「まぁしゃーねぇ。っつかお前、この量の荷物を1人で持って帰るつもりだったのか?」

 ライブする予定だった人も観る予定だった人も残念だろうな。そう思ってたら、斗希くが僕の傍にあるベンチに置かれた荷物を見て眉を顰める。
 量だけ見れば確かにそう言いたくなるかもしれないけど、持てない事はないから頷けば「馬鹿だろ」って言われた。

「こういう買いもんは、俺がいる時にするんだよ」
「何か、今年の年末年始は斗希くんといられるんだなーって思ったら、食材とかいろいろ増えちゃって」
「⋯⋯⋯」
「食べたいものあったら早めに教えてね」

 お店が開いてるうちなら買えるしとそう言えば、斗希くんは黙って僕を見下ろしたあと荷物を肩や腕にかけると、僕の手を握って歩き出した。
 荷物、全部持って貰っちゃった。

「とりあえず、帰って風呂入るか」
「? 分かった」

 どうしていきなりお風呂の話をしたんだろうって思ったけど、その理由は帰ってすぐ知る事になる。
 斗希くんとお風呂に入るのは慣れたけど、上がる時には斗希くんのお世話になるのが申し訳なくて仕方ない。
 ⋯斗希くんのせいではあるんだけどね。
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