冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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1人きりの夜

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 季節は巡り、肌寒さを感じる時期になってきた。
 その間にも学校行事や夏休みがあり、今年はちゃんと2人で花火を見に行けたんだ。
 冬香さんが僕と斗希くんに浴衣を誂えてくれて着付けまでしてくれたんだけど、斗希くんがあまりにもかっこよくて直視出来なかった。案の定、注目されてたしナンパされてたし。彼氏連れの子まで斗希くんに声をかけてきた時はヒヤヒヤしたよ。
 そんなこんなで一昨年とも去年とも違う夏休みを過ごし、斗希くんの学校ではもうすぐ修学旅行が始まる。
 4泊5日。場所は北海道だそう。
 5日後には帰ってくるとはいえ、1日も斗希くんに会えないのは寂しくて堪らない。

「土産、何がいい?」
「斗希くんの話」
「何でだよ」

 せっかくの楽しい修学旅行、僕の事は考えずに楽しんで欲しい。
 お土産だって冬香さんや田端さんにも選ぶだろうし、僕は斗希くんがうちに帰って来てくれるだけでいいんだ。それに、口数の多くない斗希くんの思い出話の方が圧倒的に贅沢だと思う。
 そう言って笑ったら斗希くんは呆れて溜め息をついたけど、片手で僕を抱き寄せると髪へと頬を寄せてきた。

「行きたくねぇな」
「行ったら行ったで楽しいよ、きっと」
「お前いねぇのに楽しめるかよ」
「じゃあ斗希くんが楽しいって思った場所は、いつか一緒に行って僕に教えて」

 斗希くんが大学生になったら旅行の計画とかも立てようと思ってたし、斗希くんが気に入ったところがあるならそれはそれでちょうどいいと提案したら、斗希くんは意外そうな顔で片方の眉尻を上げ僕の頬を摘んできた。

「なるほど。なら行く価値はあるか」
「北海道は僕も行った事ないし、写真とかも待ってるね」
「ん」

 僕とどこかに出かけても写真を撮ってるところは見た事ないけど、せっかくの旅行なんだし残したくなった思い出を僕にも見せてくれると嬉しい。
 でも1番の願いは、斗希くんが無事に帰ってきてくれる事。
 怪我も体調不良もなく、いつも通りに「ただいま」って言ってくれるならそれでいい。

「あ、ねぇ斗希くん。行く前にデートしようよ」
「どこ行きてぇの」
「水族館」
「魚なんか眺めて何が楽しいんだか」
「斗希くんと一緒だから楽しいんだよ」

 確かに眺めるだけではあるけど、デートってなると特別だし、何より好きな人と並んで同じものを見て話したりする事に意味がある。それは別に水族館じゃなくても、遊園地だって一緒。
 今回は斗希くんと水族館に行きたかっただけだ。
 斗希くんの肩に頭を寄りかからせて言うと、斗希くんは肩を竦めて僕の頭をポンポンと叩いた。

「そうか」
「うん」

 きっと斗希くん的には何を言っても水族館への印象は変わらないんだろうけど、それでも優しい声で返してくれる斗希くんに口元を緩めた僕は顔を上げて薄い唇へと口付けた。
 帰ってきたら、今度は動物園に誘ってみようかな。



 それから数日後、斗希くんは大きな荷物を抱えていつもより早い時間に家を出た。
 前日⋯というか、日付が変わるまで組み敷かれてた僕はベッドからは起き上がれなくて寝転んだまま見送る羽目になったんだけど、玄関の鍵が閉まる音を聞いた瞬間にはまた意識は落ちてて気付いたらお昼も過ぎてたのは驚いた。
 夜中の数時間と合わせたらもはや寝過ぎなレベル。
 4日分だからって気が狂いそうなくらいイかされて、寝たとは言えまだ腰やら股関節やらが痛む中ゆっくりと家の事をして落ち着いた頃、スマホがピコンと通知音を鳴らした。
 見ると斗希くんからで、何の気なしに開いた僕は目を瞬く。

『悪い。間違えて、お前のペンケース持って来てた』
『全然大丈夫だよ』

 写真も添付されていて確かに僕のだったけど、今はほとんど使ってないからなくても差し支えはない。
 親指を立てた猫のスタンプを返せば、少しして斗希くんから棒人間が敬礼してるスタンプが返ってきた。文字以外の返事は初めて⋯というかスタンプを持ってる事が意外でちょっと驚いたけど、このチョイスは可愛いかも。
 使ってくれるなら、今度斗希くんに面白スタンプをプレゼントしよう。


 その日の夜、久し振りに1人分の夕飯を作って食べた僕は、お風呂に入っていつも斗希くんが腰を落ち着けてる場所に膝を抱えて座り、何となく静かなのが嫌で点けたテレビを見るともなしに見てた。
 この時間は僕が仕事に行ってるか、休みの日なら斗希くんの膝の上で他愛ない話をしてるから無言でいるのに慣れない。
 斗希くんがうちに来る前は、この部屋には1人が当たり前だったのに。
 今頃斗希くんは、宿泊先で夕飯を食べてみんなと楽しくお話してるのかな。

「⋯⋯ダメだなぁ⋯」

 今日出発したばかりなのに、もう寂しくて堪らない。
 膝に顔を埋めて息を吐いた僕はしばらくそのままぼーっとし、テレビに映された番組がCMにいったタイミングで立ち上がると洗面所へと向かった。
 時間的には早いけど、する事もないしもう寝ちゃおう。
 歯磨きをしてベッドに入り、スマホのアラームを仕掛けて目を閉じたはいいものの、なかなか眠れなくて何度も寝返りを打つ。
 どれだけ求めても、今日の朝までは隣にあった温もりも匂いもなくて、閉じていた目を開けて起き上がった僕は、最近、斗希くん用として買った細めのワードローブを開き斗希くんの服を1枚引っ張り出した。
 途端にふわりと香ったムスクの匂いに胸がぎゅっとなる。
 こんなんで僕、大丈夫かな。あと4日耐えられる?

「⋯斗希くん⋯」

 もう会いたい、声が聞きたいよ。
 一時は別れまで考えてたのに、いつの間にかこんなにも弱くなってる。2つも年上なのになんて情けない。
 それもこれも、斗希くんが僕を甘やかすからだ。
 なんて責任転嫁したところで斗希くんには痛くも痒くもないんだろうなって思いながら手にした服を抱き締め、再びベッドに入った僕は鼻先を寄せて目を閉じた。
 せめて匂いにさえ包まれれば、いつかは眠れる気がする。
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