孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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守るために(鷹臣視点)

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 少しずつ、本当に少しずつだけど遥斗くんとの距離は縮まって、ここ最近は目を合わせて会話をしてくれるようになった。それだけでも充分嬉しいのに、可愛らしい笑顔まで向けてくれるものだから今は毎日が幸せで⋯送った帰りなんかは特に寂しさを感じるようになってしまった。
 もっとあの子と一緒にいたいのに、自分の立場が恨めしい。


「社長、ずいぶんとご機嫌ですね」
「ん? ああ、町田くんか。おはよう」
「おはようございます」

 朝の社長室。SNSアプリでの昨日のやりとりを見ていたら、秘書室から出てきた女性に呆れたように声をかけられた。
 彼女は私の秘書である町田 由利まちだ ゆりさん。
 歯に衣着せない物言いとさっぱりした性格の綺麗な人で、他の部署の女性陣から姉のように慕われている。本来なら言い過ぎだろうと窘められる言葉も、彼女の有能さを鑑みれば誰も何も言えなくなるのだから面白い。

「本日のスケジュールをお伝えします。午後一で会議があるので、申し訳ありませんが〝彼〟のお店へ行くのは諦めて下さいね」
「⋯⋯何回目?」
「新事業進行中ですので、仕方ありません」
「いい加減、遥斗くん不足でパフォーマンスが落ちそうだ」
「そんな情けない事を言っていると、遥斗さんに呆れられますよ」
「遥斗くんならむしろ心配してくれそうだけどね」

 何といっても優しい子だから、呆れるよりもまず心配が勝つだろう。
 控えめで朗らかに笑う中性的で可愛らしい顔を思い浮かべて微笑むと、町田くんがやれやれと首を振りスケジュールの読み上げを始めた。
 いつになったら、遥斗くんとデートが出来るのやら。



 なんて思っていたらその翌週末、唐突に組み込まれていた休みに町田くんの有能っぷりを思い知る。
 すぐに遥斗くんとの約束を取り付け、繁華街にデートへ出掛けここぞとばかりに遥斗くんに貢ごうと思ったのに、遠慮がちな彼は差し出すもの全てに首を振って買わせてはくれなかった。
 幸いケーキや夕飯などは申し訳なさそうにしながらも出させてくれたが、恋人なのだからもっと甘えてくれたらいいのにと思う。まだ俺と同じ気持ちではなくとも、して貰う事を申し訳なく思わなくてもいいのにと。
 一日遥斗くんを独占し、いつものように送り届けた俺はこれまたいつものように遥斗くんがエレベーターに乗るまで彼の姿を見ていたのだが、この時ばかりはエレベーター側から人が出てきて珍しいと思った。
 だけどその人が遥斗の肩を掴んだのを見た瞬間、スマホを手に車から降りた俺はカメラを起動しながら駆け寄る。
 恐怖からか、首を竦めて固まっている遥斗くんに一方的に捲し立てる男の顔が入るようシャッターを切りつつ、遥斗くんの視界を遮るようにして自分の方へ寄せた。

「⋯っお前⋯! 遥斗に触るな! 離れろ! 俺のだぞ!」
「こんなに怯えてるのに? そもそも、君はここの住人なのか?」
「うるさい! お前のせいで遥斗がおかしくなったんだ! 俺だけの遥斗だったのに、俺の事を好きだって言ってくれたのに、あんな手紙を書いたのもお前が唆したからだろ!」
「遥斗くん、彼は知り合い?」

 俺の質問にも答えないで訳の分からない事を言う男には眉間が寄る。
 怒鳴り声にビクリと身体を震わせる遥斗くんの肩を宥めるように撫でつつ問い掛けると、小刻みに首を振り否定した。
 遥斗くんは嘘をつける子ではないから、この男は妄想と虚言で遥斗くんに近付く不届き者という事だ。俺はあとワンタップで〝110番〟に繋がる状態にしたスマホの画面を見せ、睨み付けながら首を傾げる。

「知らないそうだよ。ここでこのまま騒ぎ立てるなら警察を呼ぶけど、どうする?」
「⋯っ⋯こ、これで終わったと思うなよ! 遥斗も、俺を裏切った事を思い知らせてやるからな!」
「脅迫かな」
「⋯⋯っ、くそ⋯!」

 警察を呼んだところで相手は逃げるし、今事情聴取で時間を取られるのは遥斗くんの精神衛生上良くない。顔は撮れているから、俺自身が動いた方が早いまである。
 男はそう吐き捨てると、俺の横を足早に通り過ぎエントランスから出て行った。
 見えなくなってから遥斗くんから手を離すと泣きそうな顔をしていて、追い掛けて殴りたい衝動に駆られたけれど我慢だ。

「大丈夫?」
「⋯あ、ありがとう⋯ございます⋯」
「何もなくて本当に良かった」

 頬を撫で安堵の息を吐くと遥斗くんも小さく頷く。
 結果として何もなかったが、もしあの男がエレベーターの中にいたとしたら、俺は気付かずに帰宅して助けられなかったかもしれない。そう考えたらやはり今度からは部屋の前まで送る方が安全なのだろう。
 だが、もうすでにここは危険だという事が証明されてしまった。
 あの男はきっとまた来るだろうし、もしそれが遥斗くんが一人で家にいる時だったら俺にはどうにも出来ない。

「遥斗くん」
「はい?」
「俺の家は部屋が余っていてね」
「?」

 素性の分からない相手から一方的に、病的にも似た気持ちを向けられて遥斗くんは相当怖い思いをしている。ここで別れて部屋に戻ったとしてもきっとこの恐怖心はなくならないし、俺も放ってはおきたくはない。
 このままここで怯えて暮らすよりも、少しでも落ち着ける場所で安心して眠って欲しかった。
 まぁ、俺の家が安心出来る場所になるかは分からないけど、また待ち伏せされる恐れのあるここよりはマシだろう。
 だから俺は、彼を守る為にも思い切って提案してみる事にした。

「遥斗くんさえ良ければ、うちにおいで」
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