召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

72話

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 二泊三日イグドラシル攻略の旅は無事?に終わり、目標の50層を突破し終えた。
 30層からが本番と言う遥香と柊だったが、日々鍛えて来た高い身体能力を持つ二人には大したこと無い様子である。細かい所にもよく気が付き、トラップが無意味だった事も大きい。
 柊が言うには、アリスはそれにことごとく引っ掛かってしまい、見ていて辛い程だったそうだ。諦めるのも頷ける…

 ボスも完全に二人の影移動に翻弄される状況が多く、相性の良さがよく分かった。
 しかし、発狂したボスが三人を無視してこちらに来た時は死ぬかと思った。主に、柊の打撃の反動で。
 本人の体は上手く反動を逃がしているようだが、オレにはダイレクトでそれが伝わってしまい、内蔵がぐちゃぐちゃになったかと思った程だ…
 流石に全員にとって想定外の事態だったようで、誰かを責めるようなことはなかった。
 とは言え、トラブルもそれくらいだったので疲れた様子はない。

「いやー、トラブルはありやしたが楽しかったですぜ。」
「そうですね。程好い緊張感で、良い息抜きになりそうです。」
「聞いたらアリスが泣きそうだ…」

 純粋な魔導師だからなのか、身体能力の伸びの悪さが悩みと言っていたからな…

「やっぱり、二番目はあたしの」
「ユキ。」
「…いえ、なんでもありやせん。」

 遥香の瞬間的な威圧を受けたのか震え声だ。

「あまり繰り返すなら私は認めないからね。」
「…すいやせん。」

 これが無ければ、という感じなので、これで懲りてもらいたいものだ。

「もう言いやせん…ハルカお嬢様に怒られるのはホントこたえやすので…」
「呼び捨てで良いよ。ね、お姉ちゃん。」
「そうだね。もうユキは母さんだからね。」
「お二人とも…ありがとうごぜいやす!」

 二人に抱きつくユキ。
 白いアッシュと言うのもなんとなく分かる。
 白い耳と尻尾が見える気がした。

「この先はビフレスト到達後かな。」
「そうなると思います。私たちはそれまでトレーニングですね。」
「そうですね。あたしもカトリーナさんに負けないようにしないと…」
「得物を長めにしてみますか?
 あなた、元々は片手長剣だったのでしょう?」
「えっ、そうだったの?
 でも、そうか。うちの学校の生徒だったもんね。」
「元々という訳じゃありやせんけどね。短いと不都合もありそうなんで、カトリーナさんのヤツみたいな変わり種じゃなく、直剣タイプのをお願いしてみやしょうか。」

 そうこう話をしてると家に到着する。

「ただいまー」
 『お帰りなさいませ!旦那様!お嬢様!』

 今日はちゃんとメイド達が迎えてくれたようだ。しかし声が何か…

「アリス、姉さん…」

 柊だけでなく、カトリーナとユキも唖然とした様子で出迎えを見ているが、オレからは見えない。

「お姉ちゃん、お父さん見えてない。」
「あ、ああ、そうだった。」

 向きを変えるとそこにはメイド服姿のアリスとバニラが居た。
 デザインは高級メイド服と同じだが、素材は違うようだ。

「か、形から入らないと。」

 緊張した様子で上擦った声のアリス。

「一度、メイド服って着てみたかったんだ。似合うかな?」

 嬉しそうに見せてくるバニラ。

「二人とも似合ってるじゃないか。」

 誉めると恥ずかしそうに笑みを浮かべるアリスと、良い笑顔になるバニラ。

「料理はお二人のおかげでなんとか…」

 なんだかんだで人数が多く、料理と洗濯は大変な仕事だろう。

「服はいつ用意したんだ?」
「完成したのはあなたたちが出発した日よ。以前から少しずつ作ってたけど、料理の出来そうな服が無いから急いだけど、普段の作業着にも良さそうね。」
「持ち掛けたのはわたしだ。エプロンだけでも良かったが、自分用に一着欲しかったからな。」

 バニラが、くるりと見せびらかすように一回転してみせる。

「おおー。良いなぁ。私も欲しいかも…」
「作っても良いけど、着る機会が無いかもしれないわよ?二日の休養後に高層攻略だし。」
「ああ…そっかー…」

 しょんぼりする遥香。本当に無念そうだ。

「作っておいて上げるわよ。また採寸が必要そうだし、ついでにね。」
「気が付くと末の妹を見上げていそうな件。」
「複雑な気分ですね…」
「あたしも抜かされてやすね…」

 低身長組が低い声と恨むような眼差しを遥香に送る。

「気が付くと私もそっち側だったのね…」

 身長はバニラ、ココアが最も低く、次はアリス、ユキという感じだが差はそれほど無い。ノラはこの組より少し高いくらいで、今の遥香はそのノラよりも高い。
 アクアが意外と高く、比較的高身長な柊と同じくらいで、ジュリア、フィオナもこのくらいの高さ。
 梓がそこより少し高く、一番背の高いカトリーナがオレとそう変わらない。
 最終的に遥香がどの程度まで伸びるのか、今から楽しみである。



「遥香様はなんというか、理想的なスタイルですよねぇ…
 いや、フィオナ様もそうなのですが、体の成長の余地がより大きいだけに…」

 出迎えの儀式が終わり、鎧を外した遥香の姿を見ながらアクアが言う。
 夏なので薄着だからか体型がよく分かる。

「鍛練の成果もあるだろうが、それだけでは説明がつかないな…」

 角の生えてない方の背の高いメイドと小さいメイドモドキが揃ってタメ息を吐く。

「顔も小さいですが、手足が長い…腰の位置が高くてこれは…」
「親の顔が見てみたい!」
「どうされました?」
『なんでもありません…』

 母親に不審がられるメイド二人。もう少し小声で話しなさい。

「…今の母親もそんな感じだったな。」
「そうですねぇ…成長期を共にしてるからというのもありそうですね。
 あたしはフェルナンド様にようになるのでしょうか…」
「既にムキムキじゃないか。」
「えっ…えぇ!?」

 オレの指摘に驚いて自分の腕を確認する。

「だ、旦那様…驚かさないで下さい…」
「健康的で良いじゃないか。エルフや獣人には受けが良いと思うぞ。」
「知ってるエルフの女性がムキムキと無縁なのですが…」

 ジュリアとフィオナを見る。
 ジュリアは相変わらずのふくよかさだが、フィオナは遥香と同じくらいバランスの取れた体型である。

「あれがフェルナンドさんの娘って言うんだから分からないもんだ。安心して鍛えてもらえ。」
「そ、そうでしたね。…あぁ、ビックリした。」

 胸を撫で下ろすアクア。
 心なしか全体的に体格が良くなって来てるのは気のせいじゃないと思うが、元が奴隷で栄養失調気味だったから、というのもあるのかもしれない。

「アクアのは見越して作ってあるから大丈夫よ。半年したら分からないけど。」
「背が伸びて、なら嬉しいんですけどね…」
「それだけじゃないでしょ?」

 アリスに肘で突かれて、飛び上がりそうになるアクア。

「そ、そうですけど…」
「その時はちゃんと言ってね。しっかり対応するから。」
「わ、私は奴隷ですから…」
「そんなの関係ないわ。成長期に成長できないのは重大な損失なんだから。それに、私たちと違ってその期間が短いんだし、遠慮してる時間は無いわよ。」
「…はい。」

 完全にアクアの方が見下ろす感じなのだが、やはりアリスの方が年上の貫禄があった。

「…娘になるつもりがあってもなくても、一家の母親予定にもう少し甘えてくれても良いのよ。私、あなたの事は気に入ってるしね。白いのと比べても。」
「嬉しいですがその比較は恐縮です…」
「良いの良いの。ヒガンと話してる時のあなた、良い顔してるからね。こっちも安心して任せられるもの。」
「そ、そうですか。」
「その日を楽しみにしてるからね。」

 そう言って、アリスは素材確認に向かっていった。

「はぁ…期待されちゃってますね。」
「そうだな。アクアが魔法や調薬をできるようになると助かるからな。」
「えー…そういう理由ですか…?」

 思っていたのと違ったのか、背を丸めて不満そうにこちらを見る。

「それもあるって事だよ。魔法の使える世界で、大剣振り回すだけじゃ勿体無い。
 もしかしたら絵で何かできるスキルが生えてくるかもしれない。」
「ありますよ。」
「なん…だと…!?」

 アクアの答えに近くにいたバニラが目を見開く。
 こっちも想定していない答えだったようだ。

「【絵画召喚】とかいうスキルが出てきましたね。」
「…検証してみたいなぁ。」
「刻印で制限を受けてる【絵画】と連動してるようでして、封印されたスキルですって出てダメでしたね…」
「おのれおのれぇ…
 でも、頑張る理由が出来たんじゃないか?」

 呻くような声が、一気に優しそうなものに変わる。

「…そうですね。この世界は、ちゃんと努力に報いてくれるんだ、って分かりました。」
「それはシステムだけじゃない。」
「そうですね。お姉ちゃん。」
「そう呼ばれる日が待ち遠しいよ。」

 そう言うと、バニラは素材を抱えて戻ってきたアリスと作業室に戻っていった。

「迷ってるみたいだな。」
「…旦那様にも分かっちゃいますか。」
「まあ、流石にな。」

 オレの近くの椅子に座り、大きなタメ息を吐く。

「このままメイド業だけでも良いかなと思っちゃいまして…」
「どうしてだ?」
「絵は描かせていただけますし、訓練も受けさせていただけています。それだけでも恵まれてる気がしまして…」
「そうか?」
「…一緒に召喚された他の方々の現状を聞きました。
 心が潰れてしまった娘、使い潰された人、脱走してそのまま殺された人も居るそうです。」
「脱走?」
「はい。何か隷属化に抜け穴があったそうです。」

 オレはその場に居たココアを見る。頷いて駆け足で移動して行った。

「…そういう話を聞くと、なんだか求めすぎの様な気がしちゃいまして。これ以上は私の器から溢れそうで。」
「そんな事はない。」
「…私と彼ら、彼女らの違いが分からないのです。むしろ、劣っている気がします。
 一番何も出来なかった私が、一番幸福になれているのが怖くて…」

 青ざめた顔で言う。
 よくこれで仕事をこなせて居たな 、とオレは感心した。

「…何かを成せる。そう思われて拾われたんじゃないか?
 そうでなければ、オレはとっくに死んでるよ。」
「だ、旦那様は既に英雄ではございませんか!
 偉業を成した旦那様とじゃ」

 慌ててオレの言葉を否定しようとするが、右手を上げて制止する。

「過去の話は良い。もう良いんだ。正直、今のオレにとって英雄の呼び名は呪いだよ。何一つ満足に出来ないからな。風呂だって一度も入ったことがない。大変な手順を踏まずに洗浄一発で済むからな。
 そんなオレが幸福を享受できて、あんな凄い絵の描けるアクアが、幸せになったらダメなのはおかしいよ。」
「旦那様…」
「完成して、ちゃんと額にいれて、飾ってもらうのが楽しみなんだ。毎朝、アクアの絵が見れるだけで、少し得した気分になれるからな。」

 アクアは俯き、エプロンをグッと掴む。
 表情は…よく分からない。少し、互いに無言の時間が生まれた。

「みんながズルいと言う気持ちが少しだけ分かっちゃいました…」
「その気になって貰う為なら、どんな恥ずかしい本音もオレは言う。
  アクアも一家の一員だ。だから、幸せになってもらわなくちゃ困る。他がどうとかは関係ない。」

 右手を差し出しアクアの顔を見る。
 期待を掛けられた事と、自分で答えを見つけ出せない事が不安なのか、手を上げたまま視線があっちこっちに向かう。

「…幸福が怖い、なんて物語の中だけだと思っていましたが、本当にそう感じるものなのですね。」
「…分かるよ。何度も感じてきた恐怖だ。」
「奴隷の私は皆様と違う、と思っていましたが、そんな事なか」
『違うのよ。違うから。奴隷は何処まで行っても奴隷。』
「!?」

 聞きなれない声が部屋の中に木霊する。
 なんだこれは?嫌な感じが心に渦巻く。

『私たちはこんなに不幸なのに、どうして何も出来ない不能者や役立たずのあなたが幸福になれるの?』
「お父さん!アクア!」

 遥香が勢い良く現れ、オレたちの周囲に結界を展開する。

『ふふ。不能者と役立たずにはお似合いの姿。強者に守られるだけの役立たずは死…あがっ!もぐぁっ!?』

 急に声の主が苦しみだし、声はそれっきり聞こえなくなった。

「…うう。」

 アクアが青い顔で、自分の体を抱き締めるように踞る。
 それを見た遥香は首を横に振る。自分ではどうにもできない。そういう事だろう。
 自力で立ち上がり、なんとかアクアの後ろに回り込んで床に座り、背中を撫でる。
 触れた瞬間、体が強張り震えた。

「大丈夫。あれはただの『まじない』だ。お前やオレを引きずり込もうとするただの『まじない』。」

 オレは言われ慣れたし、自分にも言い聞かせ慣れた言葉。
 遥香がオレたちに浄化を掛けると、心地好い何かのおかげで少し気持ちが楽になる。
 だが、アクアはまだ震えていた。

「ゆっくりで良い。少しずつ呼吸を整えろ。前を向き、胸を張るように。」

 無言でアクアはオレの言葉に従い呼吸をする。
 そのままでは十分に胸が張れないのか、立ち上がり呼吸をする。

「ラジオ体操の深呼吸をしてみようか。」

 遥香に言われ、腕を振りながら深呼吸をする。
 ようやく落ち着いた様子で、照れた顔でこちらを向いた。

「大丈夫。アクアは大丈夫だ。オレの手が無くても立てたじゃないか。」
「旦那様…」

 オレは苦笑いをしながら手を差し出す。
 その手を掴み、引き上げてくれる。とても力強く、今までの控え目な感じはない。

「いえ、背中を押してくださいました…」
「押してない。撫でただけだよ。」
「…あはは。そうですね。」

 苦笑いするアクアの背を遥香が撫でる。

「胸を張って前を見よう。足元ばかり見てちゃ良い景色は見えないよ。イグドラシル高層まで登った私が言うんだから信じてよ。」
「はい。そうですね。」
「アクア、いつか一緒にビフレストを見に行こうね。凄いんだから。」
「はい。その日を楽しみにしています。」

 カトリーナとユキの姿が見え、遥香がアクアを連れていこうとするが、

「声の子はどうなりましたか?」

 アクアは自分の意志でその結末を聞くことを選んだ。

「黙らせる為に口に泥団子突っ込んで、ふん縛ってフェルナンド様に突き出しておきやした。」
「うわぁ…口は災いの元とはよく言ったものだね…」
「アクア、ただの一言が呪いになるのはよく分かっているでしょう?」

 カトリーナがアクアの元へ行き、その手を握る。しっかりと、両手で、互いに視線を合わせながら。

「ですが、それを跳ね退けるのに言葉すら不要な時もあります。覚えておいて下さいね。」

 そのアクアに対し初めてではないかと思えるくらい優しい声色の言葉を聞き、手を、顔を見てから力強く頷く。

「…はい!しっかり心に刻みます。」
「よろしい。留守の間、よく頑張りましたね。今日は休んでも良いですよ。」
「いえ、お二人もお疲れだと思います。今日はまだ休めませんよ!」
「そうですか。休憩したらまた旦那様のお世話をお願いしますね。」
「はい!」

 遥香と一緒に自室へ行くアクア。カトリーナとユキは残り、ココアも戻ってきた。
 オレを椅子に座らせ、カトリーナが顛末を語り始める。

「…逃亡奴隷としてその場で処刑されました。素行もかなり悪かったようで、逃亡のために誘惑、盗み、暴行を繰り返していたようです。魔導具もいくつか持っていました。」
「声はスキルに依るものだそうですぜ。黒髪で背丈もあるアクアはここじゃ目立ちやすからね。居場所も簡単に突き止められたと見ていやす。」
「そのまま逃げ出しておけば良いものを…」
「見つけちまったのでしょう。衝動的な行動だと思いやす。許せなかったのだと思いやす…」
「そうか…そうだろうな…」

 同じ境遇で、劣っていると思っていたヤツが幸せに暮らしているのだ。胸中穏やかで居られなかったのだろう。

「これで終わりだと良いが…」

 同胞たちの関わる問題はまだ終わりじゃない。確信はないが、そんな気がしていた。
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