召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

56話

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 いつも通りに目が覚める朝。
 時々、変ないびきをする親分と、まだ静かに眠るカトリーナ。
 起こさないように起きるのは至難の技なので、そこは諦めていつも通りの朝を過ごすことにする。
 外はまだ暗く、日の出まで時間がありそうだ。

『もう起きてる?』
「ああ。起きてるよ。」

 トイレ、訓練を済まし、朝食をどうしようかと厩舎での仕事を眺めながら考えていると、アリスが通話して来た。

『商会と協力者に対して動きがあるみたい。
 大変だろうけど、動けるようにしておいた方が良いわよ。』
「分かった。」
『ホワイト・ガーデンの人達はもう発ったわ。ユキが言うには、既に痕跡しか無かったみたい。』
「良い部隊だな。こんな数合わせでよく連中の襲撃を凌げたと感心するよ。」
『準備もしたし、バニラとリリとあなたの、空からの攻撃は想定していなかったんでしょうね。まだ、ビースト相手なら使えそうな手ね。』

 ディモス、エルフ相手だと、集団戦じゃ魔法の的になるだけだしな。一撃離脱なら分からんが、難しいだろう。

「そっちは変わりないか?」
『やっぱり、人が減ると寂しく感じるわね。子供たちはそれが隠せないみたい。』
「そうか…」
『あ、いってらっしゃい。頑張ってきてね。
 …今、フィオナがそっちに向かったわ。』
「心強い。…遥香は返すか。家の方が心配だし。」
『納得させられる?』
「…難しいな。まあ、状況を説明して納得してもらおう。」
『それが一番よ。あの子は頑固だけど頭は悪くないもの。』
「そうだな。…ここまでにしておこう。何かあったらまた頼む。」
『分かったわ。気を付けてね。』

 話を切り上げると、警備部の連中が眠っている方から反応が一つ。遥香のようだ。
 話をしておきたいので、そちらへ向かうことにする。
 気付いたようで、動きに躊躇いが見える。このまま歩くべきか、戻るべきか。
 …遥香は立ち止まることを選択したようだ。

「おはよう、遥香。」
「…おはよう。」

 決まりの悪そうな表情で、俯きながら挨拶を返してくれる。

「先ずは顔を洗え。酷い顔だ。」
「うん…」

 洗浄で頭を洗ってやる。この分だと、昨日は体も洗ってなさそうだな。

「昨日の連中、もう引き上げたらしい。痕跡しか残ってないそうだ。」
「勝ち逃げされた…」
「あちらにとっては負けだけどな。
 あの後、戦死者の返還に行ってきた。とても気の良い連中だったよ。」
「…そうなんだ。」

 ため息を吐き、放牧地の柵に寄り掛かる。
 散々煽ったらしいからな。そう言われても心の整理がつくまい。

「ねえ、私はどう戦えば良かったのかな?」
「あの距離でオレに答えを求めるのが間違ってる。だが、オレには最善の行動だったと思えるよ。
 オレは盾より魔法が先に出る性格だからな。あの一撃を防ぎ切れずに死んでいた可能性もある。梓を信じ、盾で防いだ遥香の判断は正しかったはずだ。」
「でも、一発で意識を失ってた。それじゃ、いくら防いでも意味がないよ。」

 それでも立って、数歩だが歩いてみせたのだ。戦う、守る意志を最後まで失わなかったのは分かっている。

「そこは経験や技術の差だろう。より近接戦闘の技術を磨いたあちらが上手だったって事だ。」
「極致持ちはズルいよ…使われたらレベル差があっても勝てないもん…」

 極致は称号のようなスキルではなく、より最適化された状態に高めるスキルだ。
 魔法剣士でありたいオレに、魔導の極致が生えてしまったのは何とも言えないが…

「それは違う。極致はその道を極めた者にしか得られないスキルだ。ズルいと言うのは努力の否定だよ。ソニアはズルいのか?」
「…ごめん。失言だった。」

 柵の支柱を背に、しゃがみ込む遥香。
 オレも椅子と、台代わりの箱を出して遥香と向かい合うように座った。
 お茶は用意していないので、予備のマグカップにお湯を入れて差し出す。

「…お湯。」
「オレにお茶は用意できないよ。」

 文句を言うかと思いきや、マグカップを手放さずにもう一口飲んだ。

「力が抜けちゃった。
 今日までたくさん努力して、たくさん実戦も乗り越えてきたのに、たった2発で退場は悔しいよ…」
「…分かるよ。多分、それはバニラも実感したはずだ。
 手持ちのカードを全部切って、その結果が自爆、腕を貫かれて危うく心臓を一突きされそうな一撃。」

 正直、恐ろしい光景だった。
 今でも鮮明に思い起こせる。もっと箱を、ピラーを近くに展開すべきだったのか、と後悔は尽きない。

「うん…」
「オレも後悔しているよ。もっと上手くやれば、バニラに傷を負わせなかったのにって。」
「そっか…」

 ジッとマグカップを見つめたままもう一口。

「私、人間が魔獣よりずっと怖い。
 欲望に忠実で知性の低い魔獣が可愛く見える…
 理性で死の恐怖を越えて、時間稼ぎの為に命を棄てられる覚悟が怖い…」
「…そうだな。人との争いはそういうものだよ。これまでは、良くも悪くも敵対して来たヤツはそういう魔獣みたいな連中ばかりだ。
 だが、今回の相手は違う。個の能力が低くても、オレたちの上を行ける連携と知恵があった。それは認めなくちゃいけない。」
「うん。」
「…もし、次があるとするならば、今回のように敵も味方も活かすような戦いは無理だ。互いの強さを知ってしまったからな。」
「うん…」
「覚悟はあるか?よく知らない相手を、家族の飢えを凌ぐために食料を奪いに来た相手を、一人残らず殺し尽くす覚悟があるか?」

 眉間にシワを寄せ、目を潤ます遥香。ギュッとマグカップを両手で押さえ、体を丸めた。
 そんな事は望んでいないことは分かっている。
 ただ、撃退するだけでも良い。だが、それが間接的に相手を殺す可能性もある。
 積極的に首を突っ込もうとするならば、そこまでの覚悟は持っていないとこの厳しい大地ではもう戦えないだろう。

「そっか。相手にはその覚悟があったんだね…」
「そうだな。
 余所者のオレたちと違い、連中は土地を棄てるのが難しい。生存競争と言っても良いだろう。小さい頃から育んできた覚悟が違うんだ。
 この凍てついた大地で生き、朽ちる。その覚悟の有無の違いは大きいよ。」

 遥香の頭に積もっていた雪を払う。
 背中に入ったのか、少しだけ体がビクッとなった。

「…遥香、フィオナがこっちに来ている。これから役所と面倒なやり取りが始まるはずだ。
 代わりに家の方を守ってくれるか?」
「無理だよ…」

 無理、と来たか。
 想像以上に今回のは堪えているようだ。

「戦いのことを考えると震えが止まらない。
 魔法が制御できない。立ち上がれない…
 今度はお姉ちゃんを、弟と妹を死なせてしまうかもしれない…怖い…怖いよ…」
「…そうか。」

 オレの外套を着せ、フードも被せる。
 ただ、体を丸めてすすり泣く遥香。
 ロドニーが深く考えずに放った一撃は、遥香の心までへし折ってしまったようだ。

「ユキ。」
「…へぇ。」
「話は聞いていたか?」
「申し訳ございやせん。あたしも心配でしたので…」
「じゃあ、遥香を頼む。ゆっくり休ませてやってくれ。」
「かしこまりやした。」

 外套を遥香に預けたまま、影の中に沈む二人を見送る。
 最後に見せた、すがるような眼差しが忘れられそうにない。 

「…お兄様、風邪を引いてしまいますわ。」

 しばらくその場で、誰も、何もない雪に覆われた放牧地を眺めていると、ソニアが声を掛けてくる。

「もう役割がないから大丈夫だよ。」
「ハルカさんに引っ張られないでくださいませ。」

 気丈な義妹に、両方の頬を引っ張られた。

「いたいいたい。」
「痛いなら立ち上がってください。朝食を取り、仕事を手伝ってください。農業指導部はいつだって人手不足なのですから。」
「疲れはないか?」
「ありますわよ。一人で決死の30人を蹴散らしたのですから。」
「MVPじゃないか。」
「でも、バニラ様とお兄様のようには出来ませんでした。30人も延べ数ですので…」

 折れない相手が何人も居たという事か。

「正直、10年の経験が無ければ、私もハルカさんと同じになっていました。必死に戦う強さ、怖さを受け止めて来たおかげですよ。」

 色々な子供がいた。
 優秀な子が多かったが、戦闘になると豹変する子、殺意を隠そうとしない子、殺しに躊躇いがない子。本当に色々で大変な10年だった…

「そうだな。訓練とはいえ、子供じゃ本気にならないとオレたちの技術は盗めない、自分を高められない。その為に、殺意を向けられたのは数え切れないもんな。」
「龍王様との戦いも良い経験でした。
 あの方はしっかり私と向き合ってくれましたので。」

 正直、オレはソニアにも勝てる気がしない。
 極致云々以前に、対人戦闘技術は遥か上になってしまっている。対抗できるのは柊、カトリーナくらいだろう。
 遥香にもあまり勝てていないのだが、極致抜きという条件が付く。極致がズルいと言いたくなるのは、そういう事の積み重ねなのかもしれない。
 ただ、カトリーナも真っ向勝負向けの極致は持っていないのだが…

「みんなこの旅で何か得ている。
 遥香の挫折も何か得る切っ掛けになると信じよう。」

 ソニアの手を借りて立ち上がり、出した物を片付ける。
 そこに遥香に渡したマグカップが無いことに、今になって気が付いた。
 朝食までの時間、ソニアと改めて戦いの反省会をしながら時間を潰したのであった。




 役所との交渉は結論ありきで進んだらしく、小売店の無期限休業、それに伴い生産開発部も仕事が出来なくなってしまった。
 夕方になり、ようやく戻ってきて内容を伝えてくれたフィオナと親分は、怒りを露にしている。

「頭にきますわ。守る気もなかった癖に、集団による私闘禁止の法に反したとか何様ですか。」

 フィオナが靴をコツコツ鳴らす度に床に霜が広がる。色々な怒り方があるのだなと、この娘さんが怒る度に思い知らされる。
 霜が広がる度に魔力に干渉して消すのもそれはそれで楽しい。

「設計図、仕様書の提出を求められたが断った。そんなものは存在していないって。」

 強気に出た親分。だが、すぐに長耳が萎れてしまった。

「…今日中に去れと命じられたよ。
 腕っぷしなら自信はあるが、政治となると私はあまりにも無力だ。」
「支店も解散ですわ。全員、私物をまとめて出ていくようにと。」
「そうか。」

 それを聞き、ニヤリと笑う2名。
 バニラとリリである。
 開戦前から色々と仕込みをしていたようであり、この状況は願ったり叶ったりという所のようだ。

「では、堂々と退去しよう。その準備はリリに頼んでしておいた。もちろん、わたしもな。」

 バニラが指を鳴ら…鳴らす仕草をすると、亜空間収納から一枚の大きな巻き紙が落ちてくる。
 鳴らなかったからか、恥ずかしそうにリリと広げ、少し顔を赤くしながらドヤってみせた。

「支店、大脱走計画だ!」

 農業指導部中心に、ここから撤収するためのフローが細かく描かれている。
 ソニアたち農業指導部は、それを見て決意を固めたのか、親分に「やりましょう。」と告げた。

「ああ、もう自棄だ!どうとでもなれ!」

 親分の許可も得た事で、バニラとリリによって準備されていた脱走計画は、こうして実行に移されるのであった。
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