召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

61話

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 魔性の椅子で迎える事となった新年。夜中に無邪気にペシペシ叩かれた気がするが、夢だった気もする。
 いつも通りの時間に目を覚まし、訓練場の除雪作業を兼ねて魔法の訓練をしていると続々と皆がやって来る。

「あけましておめでとう。みんな、今年もよろしくな。」
『あけましておめでとうございます!』

 寝坊助もいるようだが、ほぼ全員が寒い訓練場に集まって様々な挨拶をし合った。それが済むと、軽く体を動かしてから家に戻る者、更に訓練に熱が入る者とに分かれる。

 遥香の目にも熱が戻っているが、魔力が不安定なのは変わらない。やはり、そう簡単には解決しそうにないようだ。
 ジュリアの時はわりと力業で解決した所があったが、遥香にはそれを待てない事情もある。荒療治という方法もあるが、失敗したら目も当てられないし、それをカトリーナは許さないだろう。
 体の動きはとても良く、その辺の戦士や冒険者じゃ捉えられそうにない。サボってた分だけ、ソニアや柊から遅れを取った感じはあるが、問題視するレベルじゃなかった。

「遥香、初日だし魔法もやってみよう。」
「…うん。」
「厳しい事を言うが、今の状態は失敗して当たり前だ。それを踏まえておけ。」
「うん。」

【ライト】

 魔力さえ流せば発動する、が売りのバニラの魔法にも関わらず非常に不安定。という事は、魔力の供給元である遥香自身の問題か。
 ゲームではまず起こらない症状だが、通っていた子供たちでたまに似たような症状を起こす者はいた。そのまま心が折れて立ち直れなかった子もいたが、特殊な事例だったのでカウントはしない。
 ちゃんと治せるし、元に戻る。遥香はそういう症状だが、時間の制限がなんとも厳しい。最悪を想定して、バニラやサクラ達には動いてもらった方が良いだろう。

「自分の状態は分かるか?」
「ううん。いつも通りにやってるはずだけど、いつも通りにならない…」

 自覚症状が無い、というよりも、自身と向き合うのを恐れているようにも思える。
 デリケートな話をするので、訓練場の隅に岩の壁を作り、そこにベンチを用意して二人きりになる事にした。

「遥香、何が怖い?いや、違うな。何が怖かった?」

 そう尋ねると、俯いて歯を食い縛る。
 認めるのも、打ち明けるのも怖いのかも知れない。だが、1からやり直す以上、心の整理はしておかないと、同じことの繰り返しになると判断した。

「…必要とされない事が怖かった。私抜きでも事態を解決されるのが怖かった…」

 体を強張らせ、手を力一杯握っている。
 あの、瀕死と言っても良い状態で数歩も歩いてみせたのだ。その思いは並々ならぬ物だったのだろう。

「私が一番前に居たはずなのに、気が付くと一番後ろにいるのがすごく怖かった…
 あの一撃は、それを思い知らされた一撃のような気がして…」

 5年の旅で確かに色々と得て戻ってきたが、犠牲にしたものもあった、という事だろう。
 己を、周囲を高める事に費やしたソニアの5年と、各地で騒動を起こしたり、鎮めたりだった遥香の5年は全く違ったようだ。
 どっちが良かったか、と問われると、オレには答えられそうにもない。遥香の旅は同行したリリ経由で伝わってきた事も多く、一家として、特にリリにとっては有意義なものだったからだ。ただ、遥香にしてみれば思ったものと違い、得るものが乏しかった可能性が高い。
 それはそうだろう。最初の冒険が難関のはずのイグドラシルだったのだ。そこを突破した遥香にとって、安定したエルディー国内は退屈だったに違いない。
 ただの散歩と変わらない5年は、遥香を停滞させてしまったようである。

「家の外はもっと刺激的で、冒険と挑戦に溢れていると思ったけどそんな事はなかった。
 エルディーは英雄を必要としていなかったんだね…」
「そうだな。」

 オレが肯定するのもどうかと思うが、それが亜人連合の現実だ。英雄の称号も大袈裟すぎると思うくらいである。

「本当に必要とされているのはお姉ちゃんやアクア、メイプルのような人達で、私みたいなのじゃないって認める事が出来なかった…」
「そうか。」

 背中を丸め、下がってきた頭を撫でる。
 カトリーナを目標に、常に凛としていた遥香はそこに居なかった。

「遥香、お前はまだ決め付ける歳じゃない。まだ、いくらでも道を選び直せる。あらゆる道を選べるだけの知識、経験を積ませてきたつもりだ。」

 両手で濡れる目尻を、頬を撫でる。
 まだまだ、立ち直るにも時間が掛かりそうだな…
 柔らかい頬を撫でたり摘まんだりする。

「それに、その力が必要になる場所はまだある。この世界はお前が思っている程、平穏じゃないからな。」
「…うん。」
「あと、お前の魔力、とてもよく磨かれていて好きなんだ。そんな状態にしておくのは勿体無いよ。」
「お父さん…」

 照れた様子でオレを見る遥香。ふと、視線を感じて左を向くと。

【鬼神化】【暗殺の極致】

 般若のような形相のカトリーナがいた!
 息をするように発動されたそのスキルはヤバい。ヤバすぎる!

「旦那様、少しお話が。」
「ヒッ」

 音も立てずに砕け散る掴まれた岩壁。まるで砂のブロックを崩すかのようである。
 カトリーナの物理攻撃がオレの魔法制御を越えて思わず変な声が出た。

「待て、これはそういう事じゃなくてだな?
 もう少し、もう少しだけ話をさせて欲しい。」
「見張らせていただきます。」
「お、おう。せめて鬼神化は解除してくれ…」

 強烈なプレッシャーが消え、命の危機を感じる事が…いや待て、それを感じないのはむしろまずいスキルも起動していたな?
 …我慢しよう。

「どうするのが良いかは、タマモに聞いた通りで良いと思う。」
「うん。」

 1からやり直す。
 4ヶ月という時間の中で何処まで出来るか、というところだが、アッシュを救うレベルに到達するのは余裕だろう。
 ただし、戦闘となると魔法に頼る部分が多く危うい。生産は出来るだろうが…

「タマモの補給は日に2回、朝と晩だ。」
「うん。」
「やる魔法訓練は瞑想だけ。今日から一週間はそれだけにする。その後は様子を見てだな。」
「うん。」
「体を動かすのは今まで通りで良い。そっちはオレよりもカトリーナや柊、調子が悪いならバニラと相談だ。」
「うん。」

 オレに頬を弄られ続けているので、視線だけカトリーナに向けた。怖くてそちらは見れません。

「しっかり、一歩ずつだ。今度は無理せずに鍛えていこう。あの頃よりもしっかり時間は作れるからな。」
「うん…」

 最後にぐにぐにと頬を揉んで、顔に洗浄を掛けてやってから立ち上がり、壁を崩すと皆が雪崩れ込んできた。

「遥香が心配なのは皆一緒だ。
 その不安は皆も抱いている不安だよ。」
「みんな…ごめん…」

 その様子に驚きながらも頭を下げる遥香。

「こんな事で謝る必要はありませんよ。あなたが迷惑を掛けるのは5年、いえ、もっと前からでしたからね。謝るならその事から謝ってください。」

 と、照れ臭そうに言う一番上のリリ。

「ライバルがその調子では私も足踏みしてしまいますわ。早く元に戻して下さいませ。」

 と、その横のソニア。
 やはり、この二人の存在は大変ありがたいものとなってくれたようだ。

「それより…どいてくれ…潰れたクリームパンになってしまう…」

 一番下のバニラの声を聞き、皆が慌てて立ち上がる。

「お姉ちゃん。」
「ふう…なんだ?」
「ありがとう。」
「今夜はもっと話をしよう。言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるんだ。」
「うん。」
「一晩じゃ足りない。5年は長いからな。」
「毎晩は困るかな…」

 流石に困惑する遥香。

「眠れないんだろ?わたしにも覚えがあるからよく分かる。だから抱き枕になってやろうじゃないか。」
「お姉ちゃん、痩せすぎてるから…」
「うぐっ…もう太るまいと誓ったのに…!」

 不憫な長女である。

「では、リリも付けよう!」
「ま、巻き込まないで下さい。というか、その手つきはなんですか!姉妹揃って止めてください!」

 もう大丈夫そうなので、オレは自分の訓練に戻ることにする。

「遥香、続きは昼からだ。タマモの補給も忘れずにな。」
「うん。」

 柊が遥香と話し始めるのを眺めていると、不意にカトリーナに引っ張られてダンジョンの中まで連れてこられた。

「旦那様、ダメです。ダメですからね。バニラ様は仕方ありませんが、ハルカ様は絶対にダメです!」
「待て待て。オレもそんなつもりはない。」
「絶対、絶対ですからね。そんな事になったら旦那様を殺してしまうかもシレマセン…」

 とんでもない殺気を感じ、身が竦み上がる。色々と強大な敵と対峙してきたが、ここはそのどれよりも恐ろしいモノの即死攻撃範囲内だ…

「…それはそうと。」

 スッと恐怖が消える。こんな切り替えが出来るのが、なお恐ろしい。

「実際、どうなのですか?体の方は全く問題ないと私は見ていますが…」
「サクラ、出入り出来ないようにしてくれ。」
『したわよ。』

 サクラが現れ、興味深そうにオレを見る。

「完全に元通りは恐らく無理だろう。元通りのコントロールを得ても、魔力の性質…魔法の向き、不向きが変わってしまうはずだ。
 そこでまた悩むかもしれないが、自分が選んできた結果だと納得してもらうしかない。
 問題はテイムした連中、特にアッシュだが…」
『あの子達次第よ。テイマーと魔獣の関係は何処まで行ってもそう。何か変化が起きたとすれば、それはテイマーが変わってしまったという事だから。
 魔獣が変化を受け入れるかどうかだけど…アッシュなら大丈夫よ。あの子は何処までもハルカについていくわ。』
「そうか。」

 サクラのお墨付きがあれば大丈夫だろう。
 遥香は立ち直れるし、アッシュは助かる。その確信を得る事が出来た。

『だから、あんたの責任は重大よ。ちゃんと、小生意気な娘の事を導いてあげなさい。』
「ああ。そのつもりだ。」

 そう答えると、サクラがふーっとタメ息を吐く。
 心配をしているのは人だけじゃない。サクラも、タマモも、遥香の魔獣たちもだ。

「旦那様、そろそろ朝食にしましょう。」
「そうだな。」
『午後からはここを使うんでしょ?準備しておくわね。』
「ああ、頼んだ。」

 遥香との訓練用の部屋の準備を頼み、オレたちはダンジョンを出た。
 まだ隅っこでワイワイしているのを眺めながら家に戻ると、子供たちもメイドたちと窓越しでその様子を眺めていたのが目に入る。

「お父様、遥香お姉様はもう大丈夫なのですか?」

 心配そうに尋ねてくる悠里。
 息子たちとノエミもこちらを見るが、ジェリーだけはジッと遥香を見ていた。

「どう見えている?」
「お体は元気そうですが、魔力の方がおかしく見えますわ…」

 子供たち全員が頷いた事に驚く。レオンとジェリーには見えないのではないかと思っていたが、そんな事もないようだ。

「まだ時間が掛かる。気付いた事があれば、オレやお姉ちゃん達に教えてやってくれ。」
「分かりました。私も、私たちも、もっと元気なお姉様に戻っていただきたいですから。」

 悠里の力強い言葉を聞き、頷く。

「さあ、朝食の準備をしますよ。皆様もお手伝いしてくださいね。」
『はーい。』

 アクアがそう言うと、子供達が揃って返事をする。
 慌ただしい新年の朝となったが、そこに悲嘆は微塵もなく、先に進む覚悟や、先にあるものへの期待に満ちていたのであった。
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