232 / 307
第2部
61話
しおりを挟む
魔性の椅子で迎える事となった新年。夜中に無邪気にペシペシ叩かれた気がするが、夢だった気もする。
いつも通りの時間に目を覚まし、訓練場の除雪作業を兼ねて魔法の訓練をしていると続々と皆がやって来る。
「あけましておめでとう。みんな、今年もよろしくな。」
『あけましておめでとうございます!』
寝坊助もいるようだが、ほぼ全員が寒い訓練場に集まって様々な挨拶をし合った。それが済むと、軽く体を動かしてから家に戻る者、更に訓練に熱が入る者とに分かれる。
遥香の目にも熱が戻っているが、魔力が不安定なのは変わらない。やはり、そう簡単には解決しそうにないようだ。
ジュリアの時はわりと力業で解決した所があったが、遥香にはそれを待てない事情もある。荒療治という方法もあるが、失敗したら目も当てられないし、それをカトリーナは許さないだろう。
体の動きはとても良く、その辺の戦士や冒険者じゃ捉えられそうにない。サボってた分だけ、ソニアや柊から遅れを取った感じはあるが、問題視するレベルじゃなかった。
「遥香、初日だし魔法もやってみよう。」
「…うん。」
「厳しい事を言うが、今の状態は失敗して当たり前だ。それを踏まえておけ。」
「うん。」
【ライト】
魔力さえ流せば発動する、が売りのバニラの魔法にも関わらず非常に不安定。という事は、魔力の供給元である遥香自身の問題か。
ゲームではまず起こらない症状だが、通っていた子供たちでたまに似たような症状を起こす者はいた。そのまま心が折れて立ち直れなかった子もいたが、特殊な事例だったのでカウントはしない。
ちゃんと治せるし、元に戻る。遥香はそういう症状だが、時間の制限がなんとも厳しい。最悪を想定して、バニラやサクラ達には動いてもらった方が良いだろう。
「自分の状態は分かるか?」
「ううん。いつも通りにやってるはずだけど、いつも通りにならない…」
自覚症状が無い、というよりも、自身と向き合うのを恐れているようにも思える。
デリケートな話をするので、訓練場の隅に岩の壁を作り、そこにベンチを用意して二人きりになる事にした。
「遥香、何が怖い?いや、違うな。何が怖かった?」
そう尋ねると、俯いて歯を食い縛る。
認めるのも、打ち明けるのも怖いのかも知れない。だが、1からやり直す以上、心の整理はしておかないと、同じことの繰り返しになると判断した。
「…必要とされない事が怖かった。私抜きでも事態を解決されるのが怖かった…」
体を強張らせ、手を力一杯握っている。
あの、瀕死と言っても良い状態で数歩も歩いてみせたのだ。その思いは並々ならぬ物だったのだろう。
「私が一番前に居たはずなのに、気が付くと一番後ろにいるのがすごく怖かった…
あの一撃は、それを思い知らされた一撃のような気がして…」
5年の旅で確かに色々と得て戻ってきたが、犠牲にしたものもあった、という事だろう。
己を、周囲を高める事に費やしたソニアの5年と、各地で騒動を起こしたり、鎮めたりだった遥香の5年は全く違ったようだ。
どっちが良かったか、と問われると、オレには答えられそうにもない。遥香の旅は同行したリリ経由で伝わってきた事も多く、一家として、特にリリにとっては有意義なものだったからだ。ただ、遥香にしてみれば思ったものと違い、得るものが乏しかった可能性が高い。
それはそうだろう。最初の冒険が難関のはずのイグドラシルだったのだ。そこを突破した遥香にとって、安定したエルディー国内は退屈だったに違いない。
ただの散歩と変わらない5年は、遥香を停滞させてしまったようである。
「家の外はもっと刺激的で、冒険と挑戦に溢れていると思ったけどそんな事はなかった。
エルディーは英雄を必要としていなかったんだね…」
「そうだな。」
オレが肯定するのもどうかと思うが、それが亜人連合の現実だ。英雄の称号も大袈裟すぎると思うくらいである。
「本当に必要とされているのはお姉ちゃんやアクア、メイプルのような人達で、私みたいなのじゃないって認める事が出来なかった…」
「そうか。」
背中を丸め、下がってきた頭を撫でる。
カトリーナを目標に、常に凛としていた遥香はそこに居なかった。
「遥香、お前はまだ決め付ける歳じゃない。まだ、いくらでも道を選び直せる。あらゆる道を選べるだけの知識、経験を積ませてきたつもりだ。」
両手で濡れる目尻を、頬を撫でる。
まだまだ、立ち直るにも時間が掛かりそうだな…
柔らかい頬を撫でたり摘まんだりする。
「それに、その力が必要になる場所はまだある。この世界はお前が思っている程、平穏じゃないからな。」
「…うん。」
「あと、お前の魔力、とてもよく磨かれていて好きなんだ。そんな状態にしておくのは勿体無いよ。」
「お父さん…」
照れた様子でオレを見る遥香。ふと、視線を感じて左を向くと。
【鬼神化】【暗殺の極致】
般若のような形相のカトリーナがいた!
息をするように発動されたそのスキルはヤバい。ヤバすぎる!
「旦那様、少しお話が。」
「ヒッ」
音も立てずに砕け散る掴まれた岩壁。まるで砂のブロックを崩すかのようである。
カトリーナの物理攻撃がオレの魔法制御を越えて思わず変な声が出た。
「待て、これはそういう事じゃなくてだな?
もう少し、もう少しだけ話をさせて欲しい。」
「見張らせていただきます。」
「お、おう。せめて鬼神化は解除してくれ…」
強烈なプレッシャーが消え、命の危機を感じる事が…いや待て、それを感じないのはむしろまずいスキルも起動していたな?
…我慢しよう。
「どうするのが良いかは、タマモに聞いた通りで良いと思う。」
「うん。」
1からやり直す。
4ヶ月という時間の中で何処まで出来るか、というところだが、アッシュを救うレベルに到達するのは余裕だろう。
ただし、戦闘となると魔法に頼る部分が多く危うい。生産は出来るだろうが…
「タマモの補給は日に2回、朝と晩だ。」
「うん。」
「やる魔法訓練は瞑想だけ。今日から一週間はそれだけにする。その後は様子を見てだな。」
「うん。」
「体を動かすのは今まで通りで良い。そっちはオレよりもカトリーナや柊、調子が悪いならバニラと相談だ。」
「うん。」
オレに頬を弄られ続けているので、視線だけカトリーナに向けた。怖くてそちらは見れません。
「しっかり、一歩ずつだ。今度は無理せずに鍛えていこう。あの頃よりもしっかり時間は作れるからな。」
「うん…」
最後にぐにぐにと頬を揉んで、顔に洗浄を掛けてやってから立ち上がり、壁を崩すと皆が雪崩れ込んできた。
「遥香が心配なのは皆一緒だ。
その不安は皆も抱いている不安だよ。」
「みんな…ごめん…」
その様子に驚きながらも頭を下げる遥香。
「こんな事で謝る必要はありませんよ。あなたが迷惑を掛けるのは5年、いえ、もっと前からでしたからね。謝るならその事から謝ってください。」
と、照れ臭そうに言う一番上のリリ。
「ライバルがその調子では私も足踏みしてしまいますわ。早く元に戻して下さいませ。」
と、その横のソニア。
やはり、この二人の存在は大変ありがたいものとなってくれたようだ。
「それより…どいてくれ…潰れたクリームパンになってしまう…」
一番下のバニラの声を聞き、皆が慌てて立ち上がる。
「お姉ちゃん。」
「ふう…なんだ?」
「ありがとう。」
「今夜はもっと話をしよう。言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるんだ。」
「うん。」
「一晩じゃ足りない。5年は長いからな。」
「毎晩は困るかな…」
流石に困惑する遥香。
「眠れないんだろ?わたしにも覚えがあるからよく分かる。だから抱き枕になってやろうじゃないか。」
「お姉ちゃん、痩せすぎてるから…」
「うぐっ…もう太るまいと誓ったのに…!」
不憫な長女である。
「では、リリも付けよう!」
「ま、巻き込まないで下さい。というか、その手つきはなんですか!姉妹揃って止めてください!」
もう大丈夫そうなので、オレは自分の訓練に戻ることにする。
「遥香、続きは昼からだ。タマモの補給も忘れずにな。」
「うん。」
柊が遥香と話し始めるのを眺めていると、不意にカトリーナに引っ張られてダンジョンの中まで連れてこられた。
「旦那様、ダメです。ダメですからね。バニラ様は仕方ありませんが、ハルカ様は絶対にダメです!」
「待て待て。オレもそんなつもりはない。」
「絶対、絶対ですからね。そんな事になったら旦那様を殺してしまうかもシレマセン…」
とんでもない殺気を感じ、身が竦み上がる。色々と強大な敵と対峙してきたが、ここはそのどれよりも恐ろしいモノの即死攻撃範囲内だ…
「…それはそうと。」
スッと恐怖が消える。こんな切り替えが出来るのが、なお恐ろしい。
「実際、どうなのですか?体の方は全く問題ないと私は見ていますが…」
「サクラ、出入り出来ないようにしてくれ。」
『したわよ。』
サクラが現れ、興味深そうにオレを見る。
「完全に元通りは恐らく無理だろう。元通りのコントロールを得ても、魔力の性質…魔法の向き、不向きが変わってしまうはずだ。
そこでまた悩むかもしれないが、自分が選んできた結果だと納得してもらうしかない。
問題はテイムした連中、特にアッシュだが…」
『あの子達次第よ。テイマーと魔獣の関係は何処まで行ってもそう。何か変化が起きたとすれば、それはテイマーが変わってしまったという事だから。
魔獣が変化を受け入れるかどうかだけど…アッシュなら大丈夫よ。あの子は何処までもハルカについていくわ。』
「そうか。」
サクラのお墨付きがあれば大丈夫だろう。
遥香は立ち直れるし、アッシュは助かる。その確信を得る事が出来た。
『だから、あんたの責任は重大よ。ちゃんと、小生意気な娘の事を導いてあげなさい。』
「ああ。そのつもりだ。」
そう答えると、サクラがふーっとタメ息を吐く。
心配をしているのは人だけじゃない。サクラも、タマモも、遥香の魔獣たちもだ。
「旦那様、そろそろ朝食にしましょう。」
「そうだな。」
『午後からはここを使うんでしょ?準備しておくわね。』
「ああ、頼んだ。」
遥香との訓練用の部屋の準備を頼み、オレたちはダンジョンを出た。
まだ隅っこでワイワイしているのを眺めながら家に戻ると、子供たちもメイドたちと窓越しでその様子を眺めていたのが目に入る。
「お父様、遥香お姉様はもう大丈夫なのですか?」
心配そうに尋ねてくる悠里。
息子たちとノエミもこちらを見るが、ジェリーだけはジッと遥香を見ていた。
「どう見えている?」
「お体は元気そうですが、魔力の方がおかしく見えますわ…」
子供たち全員が頷いた事に驚く。レオンとジェリーには見えないのではないかと思っていたが、そんな事もないようだ。
「まだ時間が掛かる。気付いた事があれば、オレやお姉ちゃん達に教えてやってくれ。」
「分かりました。私も、私たちも、もっと元気なお姉様に戻っていただきたいですから。」
悠里の力強い言葉を聞き、頷く。
「さあ、朝食の準備をしますよ。皆様もお手伝いしてくださいね。」
『はーい。』
アクアがそう言うと、子供達が揃って返事をする。
慌ただしい新年の朝となったが、そこに悲嘆は微塵もなく、先に進む覚悟や、先にあるものへの期待に満ちていたのであった。
いつも通りの時間に目を覚まし、訓練場の除雪作業を兼ねて魔法の訓練をしていると続々と皆がやって来る。
「あけましておめでとう。みんな、今年もよろしくな。」
『あけましておめでとうございます!』
寝坊助もいるようだが、ほぼ全員が寒い訓練場に集まって様々な挨拶をし合った。それが済むと、軽く体を動かしてから家に戻る者、更に訓練に熱が入る者とに分かれる。
遥香の目にも熱が戻っているが、魔力が不安定なのは変わらない。やはり、そう簡単には解決しそうにないようだ。
ジュリアの時はわりと力業で解決した所があったが、遥香にはそれを待てない事情もある。荒療治という方法もあるが、失敗したら目も当てられないし、それをカトリーナは許さないだろう。
体の動きはとても良く、その辺の戦士や冒険者じゃ捉えられそうにない。サボってた分だけ、ソニアや柊から遅れを取った感じはあるが、問題視するレベルじゃなかった。
「遥香、初日だし魔法もやってみよう。」
「…うん。」
「厳しい事を言うが、今の状態は失敗して当たり前だ。それを踏まえておけ。」
「うん。」
【ライト】
魔力さえ流せば発動する、が売りのバニラの魔法にも関わらず非常に不安定。という事は、魔力の供給元である遥香自身の問題か。
ゲームではまず起こらない症状だが、通っていた子供たちでたまに似たような症状を起こす者はいた。そのまま心が折れて立ち直れなかった子もいたが、特殊な事例だったのでカウントはしない。
ちゃんと治せるし、元に戻る。遥香はそういう症状だが、時間の制限がなんとも厳しい。最悪を想定して、バニラやサクラ達には動いてもらった方が良いだろう。
「自分の状態は分かるか?」
「ううん。いつも通りにやってるはずだけど、いつも通りにならない…」
自覚症状が無い、というよりも、自身と向き合うのを恐れているようにも思える。
デリケートな話をするので、訓練場の隅に岩の壁を作り、そこにベンチを用意して二人きりになる事にした。
「遥香、何が怖い?いや、違うな。何が怖かった?」
そう尋ねると、俯いて歯を食い縛る。
認めるのも、打ち明けるのも怖いのかも知れない。だが、1からやり直す以上、心の整理はしておかないと、同じことの繰り返しになると判断した。
「…必要とされない事が怖かった。私抜きでも事態を解決されるのが怖かった…」
体を強張らせ、手を力一杯握っている。
あの、瀕死と言っても良い状態で数歩も歩いてみせたのだ。その思いは並々ならぬ物だったのだろう。
「私が一番前に居たはずなのに、気が付くと一番後ろにいるのがすごく怖かった…
あの一撃は、それを思い知らされた一撃のような気がして…」
5年の旅で確かに色々と得て戻ってきたが、犠牲にしたものもあった、という事だろう。
己を、周囲を高める事に費やしたソニアの5年と、各地で騒動を起こしたり、鎮めたりだった遥香の5年は全く違ったようだ。
どっちが良かったか、と問われると、オレには答えられそうにもない。遥香の旅は同行したリリ経由で伝わってきた事も多く、一家として、特にリリにとっては有意義なものだったからだ。ただ、遥香にしてみれば思ったものと違い、得るものが乏しかった可能性が高い。
それはそうだろう。最初の冒険が難関のはずのイグドラシルだったのだ。そこを突破した遥香にとって、安定したエルディー国内は退屈だったに違いない。
ただの散歩と変わらない5年は、遥香を停滞させてしまったようである。
「家の外はもっと刺激的で、冒険と挑戦に溢れていると思ったけどそんな事はなかった。
エルディーは英雄を必要としていなかったんだね…」
「そうだな。」
オレが肯定するのもどうかと思うが、それが亜人連合の現実だ。英雄の称号も大袈裟すぎると思うくらいである。
「本当に必要とされているのはお姉ちゃんやアクア、メイプルのような人達で、私みたいなのじゃないって認める事が出来なかった…」
「そうか。」
背中を丸め、下がってきた頭を撫でる。
カトリーナを目標に、常に凛としていた遥香はそこに居なかった。
「遥香、お前はまだ決め付ける歳じゃない。まだ、いくらでも道を選び直せる。あらゆる道を選べるだけの知識、経験を積ませてきたつもりだ。」
両手で濡れる目尻を、頬を撫でる。
まだまだ、立ち直るにも時間が掛かりそうだな…
柔らかい頬を撫でたり摘まんだりする。
「それに、その力が必要になる場所はまだある。この世界はお前が思っている程、平穏じゃないからな。」
「…うん。」
「あと、お前の魔力、とてもよく磨かれていて好きなんだ。そんな状態にしておくのは勿体無いよ。」
「お父さん…」
照れた様子でオレを見る遥香。ふと、視線を感じて左を向くと。
【鬼神化】【暗殺の極致】
般若のような形相のカトリーナがいた!
息をするように発動されたそのスキルはヤバい。ヤバすぎる!
「旦那様、少しお話が。」
「ヒッ」
音も立てずに砕け散る掴まれた岩壁。まるで砂のブロックを崩すかのようである。
カトリーナの物理攻撃がオレの魔法制御を越えて思わず変な声が出た。
「待て、これはそういう事じゃなくてだな?
もう少し、もう少しだけ話をさせて欲しい。」
「見張らせていただきます。」
「お、おう。せめて鬼神化は解除してくれ…」
強烈なプレッシャーが消え、命の危機を感じる事が…いや待て、それを感じないのはむしろまずいスキルも起動していたな?
…我慢しよう。
「どうするのが良いかは、タマモに聞いた通りで良いと思う。」
「うん。」
1からやり直す。
4ヶ月という時間の中で何処まで出来るか、というところだが、アッシュを救うレベルに到達するのは余裕だろう。
ただし、戦闘となると魔法に頼る部分が多く危うい。生産は出来るだろうが…
「タマモの補給は日に2回、朝と晩だ。」
「うん。」
「やる魔法訓練は瞑想だけ。今日から一週間はそれだけにする。その後は様子を見てだな。」
「うん。」
「体を動かすのは今まで通りで良い。そっちはオレよりもカトリーナや柊、調子が悪いならバニラと相談だ。」
「うん。」
オレに頬を弄られ続けているので、視線だけカトリーナに向けた。怖くてそちらは見れません。
「しっかり、一歩ずつだ。今度は無理せずに鍛えていこう。あの頃よりもしっかり時間は作れるからな。」
「うん…」
最後にぐにぐにと頬を揉んで、顔に洗浄を掛けてやってから立ち上がり、壁を崩すと皆が雪崩れ込んできた。
「遥香が心配なのは皆一緒だ。
その不安は皆も抱いている不安だよ。」
「みんな…ごめん…」
その様子に驚きながらも頭を下げる遥香。
「こんな事で謝る必要はありませんよ。あなたが迷惑を掛けるのは5年、いえ、もっと前からでしたからね。謝るならその事から謝ってください。」
と、照れ臭そうに言う一番上のリリ。
「ライバルがその調子では私も足踏みしてしまいますわ。早く元に戻して下さいませ。」
と、その横のソニア。
やはり、この二人の存在は大変ありがたいものとなってくれたようだ。
「それより…どいてくれ…潰れたクリームパンになってしまう…」
一番下のバニラの声を聞き、皆が慌てて立ち上がる。
「お姉ちゃん。」
「ふう…なんだ?」
「ありがとう。」
「今夜はもっと話をしよう。言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるんだ。」
「うん。」
「一晩じゃ足りない。5年は長いからな。」
「毎晩は困るかな…」
流石に困惑する遥香。
「眠れないんだろ?わたしにも覚えがあるからよく分かる。だから抱き枕になってやろうじゃないか。」
「お姉ちゃん、痩せすぎてるから…」
「うぐっ…もう太るまいと誓ったのに…!」
不憫な長女である。
「では、リリも付けよう!」
「ま、巻き込まないで下さい。というか、その手つきはなんですか!姉妹揃って止めてください!」
もう大丈夫そうなので、オレは自分の訓練に戻ることにする。
「遥香、続きは昼からだ。タマモの補給も忘れずにな。」
「うん。」
柊が遥香と話し始めるのを眺めていると、不意にカトリーナに引っ張られてダンジョンの中まで連れてこられた。
「旦那様、ダメです。ダメですからね。バニラ様は仕方ありませんが、ハルカ様は絶対にダメです!」
「待て待て。オレもそんなつもりはない。」
「絶対、絶対ですからね。そんな事になったら旦那様を殺してしまうかもシレマセン…」
とんでもない殺気を感じ、身が竦み上がる。色々と強大な敵と対峙してきたが、ここはそのどれよりも恐ろしいモノの即死攻撃範囲内だ…
「…それはそうと。」
スッと恐怖が消える。こんな切り替えが出来るのが、なお恐ろしい。
「実際、どうなのですか?体の方は全く問題ないと私は見ていますが…」
「サクラ、出入り出来ないようにしてくれ。」
『したわよ。』
サクラが現れ、興味深そうにオレを見る。
「完全に元通りは恐らく無理だろう。元通りのコントロールを得ても、魔力の性質…魔法の向き、不向きが変わってしまうはずだ。
そこでまた悩むかもしれないが、自分が選んできた結果だと納得してもらうしかない。
問題はテイムした連中、特にアッシュだが…」
『あの子達次第よ。テイマーと魔獣の関係は何処まで行ってもそう。何か変化が起きたとすれば、それはテイマーが変わってしまったという事だから。
魔獣が変化を受け入れるかどうかだけど…アッシュなら大丈夫よ。あの子は何処までもハルカについていくわ。』
「そうか。」
サクラのお墨付きがあれば大丈夫だろう。
遥香は立ち直れるし、アッシュは助かる。その確信を得る事が出来た。
『だから、あんたの責任は重大よ。ちゃんと、小生意気な娘の事を導いてあげなさい。』
「ああ。そのつもりだ。」
そう答えると、サクラがふーっとタメ息を吐く。
心配をしているのは人だけじゃない。サクラも、タマモも、遥香の魔獣たちもだ。
「旦那様、そろそろ朝食にしましょう。」
「そうだな。」
『午後からはここを使うんでしょ?準備しておくわね。』
「ああ、頼んだ。」
遥香との訓練用の部屋の準備を頼み、オレたちはダンジョンを出た。
まだ隅っこでワイワイしているのを眺めながら家に戻ると、子供たちもメイドたちと窓越しでその様子を眺めていたのが目に入る。
「お父様、遥香お姉様はもう大丈夫なのですか?」
心配そうに尋ねてくる悠里。
息子たちとノエミもこちらを見るが、ジェリーだけはジッと遥香を見ていた。
「どう見えている?」
「お体は元気そうですが、魔力の方がおかしく見えますわ…」
子供たち全員が頷いた事に驚く。レオンとジェリーには見えないのではないかと思っていたが、そんな事もないようだ。
「まだ時間が掛かる。気付いた事があれば、オレやお姉ちゃん達に教えてやってくれ。」
「分かりました。私も、私たちも、もっと元気なお姉様に戻っていただきたいですから。」
悠里の力強い言葉を聞き、頷く。
「さあ、朝食の準備をしますよ。皆様もお手伝いしてくださいね。」
『はーい。』
アクアがそう言うと、子供達が揃って返事をする。
慌ただしい新年の朝となったが、そこに悲嘆は微塵もなく、先に進む覚悟や、先にあるものへの期待に満ちていたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
不死身のボッカ
暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。
小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。
逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。
割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。
※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。
※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。
※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。
※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜
九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます!
って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。
ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。
転移初日からゴブリンの群れが襲来する。
和也はどうやって生き残るのだろうか。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる