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第2部
77話
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〈魔国創士バニラ〉
一家は1ヶ月に及ぶ自由時間を得る事となった。季節柄、これは完全に夏休みである。心踊る夏休みである!
残念ながら、ここは青空と無縁な坑道都市だが。
宿泊先は居心地が良く、掃除も行き届いており、食事もエルディー寄りの味付けで申し分ない。ジッとしていられない母さんも手伝っているからかもしれないが。
環境が良いおかげで、作業に集中出来ているのは大変ありがたい。女将さんには毎日お礼を言っているくらいである。
わたしたちは【ホープフェザー】の再現の為の作業所を借り、各々が準備を始めていた。
アクアがオリジナルを元に再度デザインし、わたしが解読した刻印を描き足していく。これだけで3日掛かったが、3日で済んで良かったと言わざるを得ない。
ジャンプ処理や、層になっているとかだったら完全にお手上げだった。
「バニラ、とりあえず頼まれた物を作ってみましたよ。」
「ありがたい。」
刻印による枠の拡張が何処まで増やせるか、というもの。
理論上は12までエンチャントを封入できるはずだ。
「サクラ、頼むよ。」
『部屋の向こうをダンジョンにしておいたわ。安心して爆発させてきなさい。』
物騒なことを言うダンジョンマスターである。
だが、その通りなので言い返せない。
「一日分の苦労が水の泡になるのですね…」
受け取ろうとリリの持ってきた棒を掴むが、離そうとせずに抵抗される。
気持ちは分かるがこちらの事情も分かって欲しい。
「まあまあ、その分、本番のクオリティが上がると思えば良いと思うよー」
職人頭の梓さんの言葉を受け、ようやく離してくれた。
「命懸けの部分はわたしがやるから許してくれ。遥香には内緒だぞ?」
「分かってますよ。あの子、そういうすると凄く怒りますからね。」
「じゃ、行ってくる。」
わたし一人でダンジョンに入り、少し歩いた所でエンチャントの封入を始める。
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
ここまではいつも通り。
イグドラシルの枝という事もあり、元から容量が大きめの素材だ。
ここに次は魔力制御の強化を入れていく。単純にインクリース・マジックを追加すると、父さんでも扱えないじゃじゃ馬になってしまうからな。
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
「よし!」
『あっさり入ったわね。』
見ていたサクラがそんな感想を言う。
通常なら、6つ目を入れる段階でかなり慎重になるのだが、失敗する気配がない。封入作業の難易度を下げるという意味でも非常に優秀な刻印のようだ。
「さあ、ここからだ。
サクラ、隠れていた方が良いぞ。わたしも隠れる。」
出した台の上に棒を置いて固定し、わたしはピラーの後ろに隠れる。作って良かった攻防移動に大活躍のアサルト・ピラー。
【バリア・オール】
わたしとピラーに掛けてから作業を再開。
死んでも大丈夫、と言っても痛いのは嫌だからな。
サクラもこの場から消え、恐らく奥の方へと移動する。
心配する事は何もない!さあ、やるぞ!
【インストール・インクリース・オール】
【インストール・インクリース・オール】
2つ追加したところで魔力の過負荷反応が起こる。封入した魔法が非常に不安定になり始め、内部で魔力の衝突、融合が起き始めたのだ。
よくある、というかいつもの事象なので様子を見る。だいたい6つ目で起きる反応が10個目でようやく起きた。これだけでも大発明と言っても過言ではないのだが、後世にちゃんと伝わってこなかったのが実に惜しい。職人達は何をしていたんだ?
などと考えていると、魔力の融合が終わり、非常に安定した状態になっていた。
この杖を持てば誰でも父さんになれる、とは言い過ぎだが、少なくとも何も装備していないわたしに匹敵出来るのは確かだろう。ただ、間違いなく杖に振り回される事になるが。
「理論上、あと2つ増やせるはずだ…」
手が汗ばむのを感じる。
いつもの事だが、実験のこのヒリヒリ感は既に癖になってしまっている。遥香に言ってしまえば、蔑んだ眼差しで、『変態。』と言われること間違いなし。流石に心が折れてしまいそうなので死ぬまで隠し続けるしかない。
【インストール・リィンフォース】
杖自体の強度を上げる魔法を掛ける。
再び不安定になるが、さっきより早く落ち着く。もう汗は手どころじゃない。緊張と恐怖と高揚感でどうにかなりそうだ。
【インストール・オートリペア】
最後に自動修復機能を入れる。
刻印の欠落や軽微な破損なら、これで十分な魔法。修復ポイントまで時間を戻す魔法だ。わりと一般的に広まっているが、わたしのは修復ポイントの再設定も出来る。
服などは新品まで戻すと、着心地が悪くなる事があるからな。
内部の魔力が荒れ狂うが、3度目の平穏が訪れる。
『成功?』
「いや、まだだ。」
ピラー越しに棒を掴んだ瞬間、大爆発が起きる。
溜め込んだ魔力とわたしの魔力が反応してしまったようだ。
一瞬で消し飛ぶわたしの右腕。ピラーとわたしの防御魔法に魔力を注いでいると遅れて痛みが現れ、魔法が安定しなくなる。
だが、ここで崩れるわけにはいかないと言い聞かせ、魔法の維持に専念する。
激痛に耐えながら、ピラーの後ろで現れたサクラを庇いつつ吹き飛ばされないようにすること30秒。
永遠に続くかと思った魔力の暴風は消え去った。
【リザレクション】
消し飛んだ右腕を再生させ、ポーションを飲む。我が魔力ながらとんでもない事になってしまった…
『大丈夫?』
「ああ、大丈夫。大丈夫だ…」
指が吹っ飛ぶくらいは慣れたつもりだが、腕がとなると流石に血の気が引く。
『ハルカの大丈夫は大丈夫じゃないって言ってるけど、あんたの大丈夫もダメそうね。また髪の色が薄くなってるわよ。』
「ああ…マジかぁ…」
せっかくの夏休みが台無しである。
『死んでも大丈夫なんだから、素直に死ねば良かったのに。』
「それが出来ないんだよ。特に最初の一回目はな…」
『まあ、そうよね。』
立ち上がり、ピラーの状態を確認すると、半分ほど溶けており、内部のリレーも機能しない状態になっていた。これはもう廃棄だな…
「だが、損失に似合う成果は得た。戻ろうか…」
『ちょっと再調整してから戻るわ。あの爆発であちこちに影響が出てるみたいだから。』
「そうか。済まなかった。」
『良いのよ。良いもの見せてもらったし。』
「じゃあ、また後でな。」
疲労困憊でダンジョンから出ると、わたしは光のない崖を滑り落ちていた。
「なっ!?おぉぉぁぁああっ!!」
慌ててジャック・イン・ザ・ボックスを出し、掴まってから無事なピラーに乗り換える。
ビックリ箱を灯りに周囲を見回すがここが何処なのか全く見当がつかない。
慌ててサクラの元へ戻ると、こちらを見て首を傾げた。
『どうしたの?』
「…外が崖だった。」
『は?』
「崖だった!」
『えっ?うそ?』
慌てて外に出て、即戻ってくるサクラ。顔が青ざめていた。
『さっきので座標がおかしくなったみたい…
ああ、こんなこと起きたことないから訳が分からないわ…』
「サクラ、一緒に付いてきてくれ。」
『手分けしましょう。私はダンジョンのチェックをするから』
「頼む、付いてきてくれ。」
『…分担した方が合理的よ?』
「…一人じゃ気が狂いそうなんだ。もし、サクラまでいなくなったらわたしは…」
我ながらとても情けない理由だ。
父さんを除けば最強の魔導師だという自負はある。でも、それとこれとは違う。
この何処か分からない暗闇が、堪らなく恐ろしかった…
『そうね。あんたはいつも誰か近くにいないとダメなヤツだったわね。
…何をしでかすか分かったもんじゃないもの。』
酷い理由だが、それでも良い。
一人であんな所をさ迷うよりずっとマシだ。
「ごめんな。」
『良いのよ。あんたを一人放り出す方がよっぽど問題だもの。
じゃあ、行きましょう。ダンジョンの調整はいつでも出来るしね。』
「助かるよ。」
無力だが心強い話し相手を得て、わたしの心は少し落ち着く。
冒険用の服に着替え、装備もしっかり整える。ボックス、ピラー、ライトクラフトだけでなく、指輪などアクセサリーも自重しない。ソロの時は過剰なくらいがちょうど良いと、父さんから教わったからな。
わたしの肩に乗り、角に掴まるサクラを連れ、この何処か分からない暗闇を調べることにした。
『まずどこを目指すのかしら?』
「上へ向かおう。西の山の放棄された地下坑道の可能性もある。」
『確かにそうね。通話器は常に有効化しておきなさい。』
「ああ、そうだな。」
こうして、一人と一匹による、何処か分からない地下探索が始まったのであった。
生き物の気配のない空間を上へ上へと進み、休憩をした所で手持ちを確認する。
「色々としまっておいて良かった。ガスマスクも試作だがあるし、ランタンもある。
食事も3食3ヶ月くらいいけそうだ。」
『準備の良さが恐ろしいわよ…』
「色々とやっているが、わたしたちは冒険者だからな。いつ何が起きても良いように準備は怠らない事にしている。」
それがようやく活きたとも言える。
水筒をきれいにしてから魔法で水を入れておいた。
サクラがお猪口のような木製カップを差し出したので水を注いでやると、ごくごくと一気に飲み干す。
飲食は基本必要ないのだが、わたしたちが魔法で作った水は喜んで飲む。遥香のモンスターたちも同様だ。
まあ、アッシュはなんでも喜んで食べていた気がするが。
「魔力を飛ばせば無理やり連絡をつける事も出来るが、ここが何処か分からない上にあれで消耗してしまったのが痛いな…」
『やっぱりあんたは戦闘とか、実験とかしない方が良いわよ。簡単に限界越えちゃうのホント良くないから。』
「分かっているが、わたしにしかやれない事が多くてな…」
評価される事は嬉しいが、任せられる人物がいないのは辛い。
『あんたは色々と広げすぎなのよ。少し減らしなさい。』
「ゲームの時は、何年も椅子に座って式を描くだけの人生だったからな。それが現実になればわたしみたいになるよ。」
『あたしくらい転生を繰り返すとそういう気持ちすらなくなるけどね。』
「他のわたしの枯れ具合はそういう事か。」
もう主婦と言っても良いココアと、子供たちと遊ぶので満足しているショコラ。
機械の体となったことで、色々遊べて便利だと言っているくらいだ。
『でしょうね。二人とも満たされてしまったんじゃないの?』
ジェリーという実子まで生んでしまったのだ。そうなってしまうのは当然だろう。
「まあ、あいつらの事は良い。
とりあえず、ここにマーカーとなる物を設置しておいて、周囲を調べてみよう。この広さなら十分ソロキャンプも出来る。」
『異論はないわ。行動するのはあんただしね。』
方針、拠点が定まった事で、わたしたちは一先ず落ち着く事が出来る。
一人だったら泣いて気が狂ってそうなこの果ての見えない暗闇も、お喋りな相棒と一緒なら越えられそうな気がしていた。
一家は1ヶ月に及ぶ自由時間を得る事となった。季節柄、これは完全に夏休みである。心踊る夏休みである!
残念ながら、ここは青空と無縁な坑道都市だが。
宿泊先は居心地が良く、掃除も行き届いており、食事もエルディー寄りの味付けで申し分ない。ジッとしていられない母さんも手伝っているからかもしれないが。
環境が良いおかげで、作業に集中出来ているのは大変ありがたい。女将さんには毎日お礼を言っているくらいである。
わたしたちは【ホープフェザー】の再現の為の作業所を借り、各々が準備を始めていた。
アクアがオリジナルを元に再度デザインし、わたしが解読した刻印を描き足していく。これだけで3日掛かったが、3日で済んで良かったと言わざるを得ない。
ジャンプ処理や、層になっているとかだったら完全にお手上げだった。
「バニラ、とりあえず頼まれた物を作ってみましたよ。」
「ありがたい。」
刻印による枠の拡張が何処まで増やせるか、というもの。
理論上は12までエンチャントを封入できるはずだ。
「サクラ、頼むよ。」
『部屋の向こうをダンジョンにしておいたわ。安心して爆発させてきなさい。』
物騒なことを言うダンジョンマスターである。
だが、その通りなので言い返せない。
「一日分の苦労が水の泡になるのですね…」
受け取ろうとリリの持ってきた棒を掴むが、離そうとせずに抵抗される。
気持ちは分かるがこちらの事情も分かって欲しい。
「まあまあ、その分、本番のクオリティが上がると思えば良いと思うよー」
職人頭の梓さんの言葉を受け、ようやく離してくれた。
「命懸けの部分はわたしがやるから許してくれ。遥香には内緒だぞ?」
「分かってますよ。あの子、そういうすると凄く怒りますからね。」
「じゃ、行ってくる。」
わたし一人でダンジョンに入り、少し歩いた所でエンチャントの封入を始める。
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
【インストール・インクリース・マジック】
ここまではいつも通り。
イグドラシルの枝という事もあり、元から容量が大きめの素材だ。
ここに次は魔力制御の強化を入れていく。単純にインクリース・マジックを追加すると、父さんでも扱えないじゃじゃ馬になってしまうからな。
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
【インストール・コントロール・マジック】
「よし!」
『あっさり入ったわね。』
見ていたサクラがそんな感想を言う。
通常なら、6つ目を入れる段階でかなり慎重になるのだが、失敗する気配がない。封入作業の難易度を下げるという意味でも非常に優秀な刻印のようだ。
「さあ、ここからだ。
サクラ、隠れていた方が良いぞ。わたしも隠れる。」
出した台の上に棒を置いて固定し、わたしはピラーの後ろに隠れる。作って良かった攻防移動に大活躍のアサルト・ピラー。
【バリア・オール】
わたしとピラーに掛けてから作業を再開。
死んでも大丈夫、と言っても痛いのは嫌だからな。
サクラもこの場から消え、恐らく奥の方へと移動する。
心配する事は何もない!さあ、やるぞ!
【インストール・インクリース・オール】
【インストール・インクリース・オール】
2つ追加したところで魔力の過負荷反応が起こる。封入した魔法が非常に不安定になり始め、内部で魔力の衝突、融合が起き始めたのだ。
よくある、というかいつもの事象なので様子を見る。だいたい6つ目で起きる反応が10個目でようやく起きた。これだけでも大発明と言っても過言ではないのだが、後世にちゃんと伝わってこなかったのが実に惜しい。職人達は何をしていたんだ?
などと考えていると、魔力の融合が終わり、非常に安定した状態になっていた。
この杖を持てば誰でも父さんになれる、とは言い過ぎだが、少なくとも何も装備していないわたしに匹敵出来るのは確かだろう。ただ、間違いなく杖に振り回される事になるが。
「理論上、あと2つ増やせるはずだ…」
手が汗ばむのを感じる。
いつもの事だが、実験のこのヒリヒリ感は既に癖になってしまっている。遥香に言ってしまえば、蔑んだ眼差しで、『変態。』と言われること間違いなし。流石に心が折れてしまいそうなので死ぬまで隠し続けるしかない。
【インストール・リィンフォース】
杖自体の強度を上げる魔法を掛ける。
再び不安定になるが、さっきより早く落ち着く。もう汗は手どころじゃない。緊張と恐怖と高揚感でどうにかなりそうだ。
【インストール・オートリペア】
最後に自動修復機能を入れる。
刻印の欠落や軽微な破損なら、これで十分な魔法。修復ポイントまで時間を戻す魔法だ。わりと一般的に広まっているが、わたしのは修復ポイントの再設定も出来る。
服などは新品まで戻すと、着心地が悪くなる事があるからな。
内部の魔力が荒れ狂うが、3度目の平穏が訪れる。
『成功?』
「いや、まだだ。」
ピラー越しに棒を掴んだ瞬間、大爆発が起きる。
溜め込んだ魔力とわたしの魔力が反応してしまったようだ。
一瞬で消し飛ぶわたしの右腕。ピラーとわたしの防御魔法に魔力を注いでいると遅れて痛みが現れ、魔法が安定しなくなる。
だが、ここで崩れるわけにはいかないと言い聞かせ、魔法の維持に専念する。
激痛に耐えながら、ピラーの後ろで現れたサクラを庇いつつ吹き飛ばされないようにすること30秒。
永遠に続くかと思った魔力の暴風は消え去った。
【リザレクション】
消し飛んだ右腕を再生させ、ポーションを飲む。我が魔力ながらとんでもない事になってしまった…
『大丈夫?』
「ああ、大丈夫。大丈夫だ…」
指が吹っ飛ぶくらいは慣れたつもりだが、腕がとなると流石に血の気が引く。
『ハルカの大丈夫は大丈夫じゃないって言ってるけど、あんたの大丈夫もダメそうね。また髪の色が薄くなってるわよ。』
「ああ…マジかぁ…」
せっかくの夏休みが台無しである。
『死んでも大丈夫なんだから、素直に死ねば良かったのに。』
「それが出来ないんだよ。特に最初の一回目はな…」
『まあ、そうよね。』
立ち上がり、ピラーの状態を確認すると、半分ほど溶けており、内部のリレーも機能しない状態になっていた。これはもう廃棄だな…
「だが、損失に似合う成果は得た。戻ろうか…」
『ちょっと再調整してから戻るわ。あの爆発であちこちに影響が出てるみたいだから。』
「そうか。済まなかった。」
『良いのよ。良いもの見せてもらったし。』
「じゃあ、また後でな。」
疲労困憊でダンジョンから出ると、わたしは光のない崖を滑り落ちていた。
「なっ!?おぉぉぁぁああっ!!」
慌ててジャック・イン・ザ・ボックスを出し、掴まってから無事なピラーに乗り換える。
ビックリ箱を灯りに周囲を見回すがここが何処なのか全く見当がつかない。
慌ててサクラの元へ戻ると、こちらを見て首を傾げた。
『どうしたの?』
「…外が崖だった。」
『は?』
「崖だった!」
『えっ?うそ?』
慌てて外に出て、即戻ってくるサクラ。顔が青ざめていた。
『さっきので座標がおかしくなったみたい…
ああ、こんなこと起きたことないから訳が分からないわ…』
「サクラ、一緒に付いてきてくれ。」
『手分けしましょう。私はダンジョンのチェックをするから』
「頼む、付いてきてくれ。」
『…分担した方が合理的よ?』
「…一人じゃ気が狂いそうなんだ。もし、サクラまでいなくなったらわたしは…」
我ながらとても情けない理由だ。
父さんを除けば最強の魔導師だという自負はある。でも、それとこれとは違う。
この何処か分からない暗闇が、堪らなく恐ろしかった…
『そうね。あんたはいつも誰か近くにいないとダメなヤツだったわね。
…何をしでかすか分かったもんじゃないもの。』
酷い理由だが、それでも良い。
一人であんな所をさ迷うよりずっとマシだ。
「ごめんな。」
『良いのよ。あんたを一人放り出す方がよっぽど問題だもの。
じゃあ、行きましょう。ダンジョンの調整はいつでも出来るしね。』
「助かるよ。」
無力だが心強い話し相手を得て、わたしの心は少し落ち着く。
冒険用の服に着替え、装備もしっかり整える。ボックス、ピラー、ライトクラフトだけでなく、指輪などアクセサリーも自重しない。ソロの時は過剰なくらいがちょうど良いと、父さんから教わったからな。
わたしの肩に乗り、角に掴まるサクラを連れ、この何処か分からない暗闇を調べることにした。
『まずどこを目指すのかしら?』
「上へ向かおう。西の山の放棄された地下坑道の可能性もある。」
『確かにそうね。通話器は常に有効化しておきなさい。』
「ああ、そうだな。」
こうして、一人と一匹による、何処か分からない地下探索が始まったのであった。
生き物の気配のない空間を上へ上へと進み、休憩をした所で手持ちを確認する。
「色々としまっておいて良かった。ガスマスクも試作だがあるし、ランタンもある。
食事も3食3ヶ月くらいいけそうだ。」
『準備の良さが恐ろしいわよ…』
「色々とやっているが、わたしたちは冒険者だからな。いつ何が起きても良いように準備は怠らない事にしている。」
それがようやく活きたとも言える。
水筒をきれいにしてから魔法で水を入れておいた。
サクラがお猪口のような木製カップを差し出したので水を注いでやると、ごくごくと一気に飲み干す。
飲食は基本必要ないのだが、わたしたちが魔法で作った水は喜んで飲む。遥香のモンスターたちも同様だ。
まあ、アッシュはなんでも喜んで食べていた気がするが。
「魔力を飛ばせば無理やり連絡をつける事も出来るが、ここが何処か分からない上にあれで消耗してしまったのが痛いな…」
『やっぱりあんたは戦闘とか、実験とかしない方が良いわよ。簡単に限界越えちゃうのホント良くないから。』
「分かっているが、わたしにしかやれない事が多くてな…」
評価される事は嬉しいが、任せられる人物がいないのは辛い。
『あんたは色々と広げすぎなのよ。少し減らしなさい。』
「ゲームの時は、何年も椅子に座って式を描くだけの人生だったからな。それが現実になればわたしみたいになるよ。」
『あたしくらい転生を繰り返すとそういう気持ちすらなくなるけどね。』
「他のわたしの枯れ具合はそういう事か。」
もう主婦と言っても良いココアと、子供たちと遊ぶので満足しているショコラ。
機械の体となったことで、色々遊べて便利だと言っているくらいだ。
『でしょうね。二人とも満たされてしまったんじゃないの?』
ジェリーという実子まで生んでしまったのだ。そうなってしまうのは当然だろう。
「まあ、あいつらの事は良い。
とりあえず、ここにマーカーとなる物を設置しておいて、周囲を調べてみよう。この広さなら十分ソロキャンプも出来る。」
『異論はないわ。行動するのはあんただしね。』
方針、拠点が定まった事で、わたしたちは一先ず落ち着く事が出来る。
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