召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

4話

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〈※※※※※〉

 肘から先が失われた左腕を見て、深いタメ息を吐く少女がいた。
 召喚者の中でも全体的に色が薄めで、その見目から王女に気に入られた少女だが、ちやほやされた訳ではない。むしろ、その見た目から対ディモスの象徴として祀り上げられた事で、その事が気に入らない召喚者に襲われ返り討ちにした事もある。召喚者同士のいざこざだった為、ヒュマスは全く関わることはなかったが。
 それどころか王女は、

『殺めた分、強くなれたでしょう?その分、働きを期待しますよ。』

 と、殺し合いを称賛するようなことを言い出した事で、召喚者の間にも疑心暗鬼が生まれていた。

(このままでは次は私の番…)

 その思いが少女に強い焦りを生んでいた。

(どうする?どうすればいい?何か使えるものは?)

 最低限の物しかない、狭い石造りの牢獄のような個室。嫌でも目に付くのは能力を強化してくれる『黒い』金属鎧。
 頼れる物がそれしかない事に愕然とし、頭を掻いて舌打ちをするが、生き延びる為には手段を選んでいる暇はない。
 鎧の左腕部分を自らに装着し、魔力を意識する。

(やっぱり、いつも以上の力を感じる。不愉快だ。)

 自分の力を底上げしてくれるこの防具は、今日までの努力を否定しているようで少女は気に入らなかった。
 だが、失われたはずの左肘から先が、何もなかったかのように動いた事には心底ホッとする。
 愛用の大剣も問題無く掴め、軽々と持ち上げられた事で失い欠けた自信が戻って来た。

(でも、戦える。私の価値をまだ示せる。)

 立ち上がり、訓練の為に大剣を背負って部屋を出ると、下卑た笑みを浮かべるヒュマス兵達が待ち構えていた。

「勇者、お前は用済みだ。次の勇者も用意してある。」
「だが、最後に最高のオモチャになってもらうぞ。生まれを呪うんだな。」

 何度目かは分からない。
 その度に返り討ちにしてきたが、こういう輩が減る気配がない事で少女は一つの結論に至る。

「男はみんなどうしようもなく愚かでクズだ。」
「あぁ?」

 その吐き捨てるように呟いた言葉が瞳を濁らせ、心を曇らせる。
 だが、それこそが今の彼女の力の源で、これまでの危険な局面を乗り切り、魔王にも届く要因だった。

(私は間違っていない。どの行動も。何一つとして!)

 自分にそう言い聞かせてからの少女の行動は早い。
 一瞬で一人を地面へ叩き付けるように殴り潰したかと思うと、一人は蹴り飛ばして木窓を破る程の勢いで外へと飛び出し、一人は鞘のままの大剣で突き飛ばされると壁で血と肉片と化し、最後の一人はで首を掴まれ床に叩きつけられた。

「ハッ…ハァ…」
「ヒッ…グッ…ぁぁ…っ!」

 まるで獲物を狩る猛獣のような息遣いと大きく眼を見開いたの少女に恐怖するヒュマス兵。
 素早すぎる動きは把握出来ず、ただ己の死と、目の前の猛獣に恐怖する。
 だが、全てが遅く、それが兵士の最後に見た光景となった。




 素行の悪い兵が返り討ちにされた。
 騒動はそう片付けられ、勇者は特に罪に問われる事はなく事態は片付けられる。血と肉片で汚れた廊下掃除と、壊れた窓を直すハメにはなってしまったが。

 西棟には魔獣が棲む、悪霊が兵を殺して回っている等、怪談話程度で収まって少女は内心ではホッとしている。
 強い力が『壊したい』衝動を煽った。
 終わった後はそんな感覚だけが残る。
 だが、この魔王にも届いた力を彼女は否定するつもりはなく、この力が何よりも頼もしく感じていた。

(そう。否定だ。否定こそが私を支える。否定を肯定し、拒み、走り続けられればあいつの首だって…)

「は、ハルカちゃん…?」

 後ろから声を掛けられ、思わず全身が戦闘態勢になる。が、相手に敵意は全く無く、怯えの色だけが伝わってきたのですぐに解除した。

「なんでしょうか?」

 冷静に、何事も無かったかのように答える。

「て、手伝える事があればと思って…」

 背が高く華奢な黒髪の女性が、惨状と立ち込める臭い、威圧的な少女の言葉で怯えながら言う。バケツとタワシとボロを持って来ているのを見て、魔法があるのにそんなものが必要なのか?と少女は不思議に思った。
 女性がバケツに魔石を入れると中から湯気が立ち昇る。

「こういう汚れって、お湯の方がよく落ちるみたいなんだよ。」
「…そうですか。」

 それだけ言って、木窓の修理を再開する少女。
 そのぶっきらぼうな一言は拒絶ではないと判断し、汚れた廊下の掃除を始める。
 二人には慣れない仕事で時間は掛かったが、両方とも何事もなかったかのように元通りなっていた。

「助かりました。えっと…」
瑞花みずかだよ。」

 そう言って、手を差し出す瑞花。握手を求められた少女がその手を握り返すと、

(っ!?)

 強烈な力が流れ込み、思わず手を払う。

「あっ…ご、ごめんね。馴れ馴れしいよね…」
「えっ?」

 全く違う理由で手を払われたと思われた事に困惑する少女。とんでもない力を感じたのに、この女はその事で謝っているのではないという事に理解が及ばない。

「よ、余計なお世話だったかな…ご、ごめっ!?」

 この女を遠ざける訳にはいかない。手放す訳にはいかない。
 そう思い、ひたすら力を追い求める少女は、弱気な瑞花を抱き締めた。背の高さのわりに見た目通りの華奢さで、力を入れれば簡単にへし折れそうにも思える。
 だが、この異常と言える力を全身で浴びると、思わず口元が綻んでしまった。

(そうか。こういう方法もあるのか。)

 力を追い求めるのが最優先の彼女には、瑞花の高鳴る鼓動も、荒くなる鼻息もどうでも良かった。

「こっちの方が伝わるかな?」
「お、おぉう…」

 顔を赤くし、震えながら少女を抱き締め返す瑞花。
 受け入れてもらえた。そう確信した少女の顔には可愛げなど全く無く、この力を受け入れ、根源を読み解く事に意識を割く。


 既に少女は、自らの意志では後戻り出来ない領域に踏み込んでしまっていた。




 これまでの瑞花の身の上話を聞くと、少女は誰を信じれば良いのか分からなくなってきた。
 同胞である召喚者から受けた強姦などの仕打ち、ヒュマス兵からは食事にゴミを盛られる等、悪行の数々からここで信じられる者は限られているという事を教えてくれた。

「私はそんな事無かったけど。」

 少女の狭い私室のベッドとは名ばかりの木の板の上で、抱きしめ合うように横たわり、起伏のない胸に顔を当てながら少女は言う。
 久し振りに感じる人の温もりに、お互いに秘めておきたい事まで喋ってしまっていた。
 元の世界での失敗や恨み言、こちらに来てからの失敗や驚いた事。
 一つ話すごとに張り詰めていたものが緩んでいくような感覚は、実親からも管理されていたと言う少女にとって新鮮なものだった。

「『ハルカちゃん』は容赦がないからね。一緒にいると、ここの人も元の世界の人も寄ってこなくなっちゃったし…」
「じゃあ、一人の時は?」

 少女がそう問うと、瑞花は一瞬だけ体が強張り、大きなタメ息を吐く。

「…色々される。でも、前みたいに本当に酷い事はされないからマシかな。」

 諦めた様子の瑞花の体を少女が抱き締める。
 これ程の力を持ちながら、何故ここまで弱気なのか理解出来なかったが、色々と話をする内にその理由が分かっていく。
 この女性は好戦性が欠落していると言っても良い程に戦えない性格だった。
 どんな酷い事をされても殺されない。最低限の衣食住は保証される。戦う勇気のない彼女は、そこに甘んじる事しか出来なかった。

「ダメだよそれじゃ。
 前よりマシじゃダメ。何もされないようにさせる。私が何もさせない。だってお姉ちゃんは私が戦う理由だから。」
「ハルカちゃん…ありがとう…」

 ずっと一人で苦しみ、耐え抜いてきた瑞花にとって少女は間違いなく本物の勇者だった。
 非力な自分の為に立ち、行動してくれるずっと年下の少女の温もりを手放したくない気持ちに心が支配される。

「これからはいつも一緒だよ。
 だって私はお姉ちゃんの事、大好きだから。」
「うん…!うん…!ずっと一緒に居よう!」

 瑞花も少女の体を抱き締め、頭に頬擦りする。
 その瞬間、瑞花の中の力が強く、温かく、大きいものへと変質するのを感じた。

 だが、それは少女の望む力ではない。少女が望むのはもっと昏く、危うい、全てを飲み込もうとする力。

(こっちに堕ちてもらわなきゃ困る。)

 少女には瑞花の力を受け入れ、理解していく中でどうすれば思い通りに出来るか解ってしまっていた。
 残った右手で膨らみの乏しい乳房を撫で、瑞花の顔を見る。
 一瞬、体が強張るが、少女に見つめられたまま拒まずにいる内にしかたないという気持ちに変わり、持ち前の想像力がこの先の好奇心を生み、全てを受け入れる心構えまでする。

(こんな美少女に求められたら拒めないよ…)

 自己評価の低い瑞花にとって少女はあまりにも魅力的で、従いたくなる存在。好奇心と快楽に身も心も委ね、瑞花の意志で唇も重ねてしまう。

(男とはもう嫌だけど、ハルカちゃんとなら…)

 思いも行動も一線を越えてしまい、変質しようとした力は元に戻ってしまう。
 少女は内心で強い力を持つ人間が、思うままに操られ、自身に依存してしまっている事に歓喜する。人を手玉に取る事がこれ程に気分のいい事だとは思ってもみなかった。
 そして、少女は最後の一押しをする。

「お姉ちゃん…」
「ハルカちゃん…」

 少女に全てを曝け出し、委ねてしまった瑞花の力は昏く、重く、強い、全てを飲み込み、束縛しようとする力へと変質してしまった。
 ついに力が瑞花の身体を蝕み始めると、自らが思い描いた理想の肢体へと変化させ、その晩は少女から一瞬たりとも離れる事はなかった。




(この力、凄い!間違ってない!間違ってなかったんだ!)

 朝になり、力尽きて元通りとなった瑞花の寝顔を愛しげに撫でる。
 全くの別人と言っても良い程の変化を遂げた姿は元に戻っており、少女には貧相な頼りない肢体からは微塵も魅力を感じ取れない。

(これを強姦とか男は本当に獣と変わらない。いや、獣の方がまだ節操がある。)

 とはいえ、この危なっかしいを放っておく事も出来ず、少女も得た力の制御訓練をしてから瑞花を抱き締めて一眠りする。

 力が剣を、篭手を大きく変化させられるようになった事で、これなら憎たらしい魔王を越えられそうな手応えを感じていた。

(次は…次は負けないから…)

 少女は眠るの貧相な胸に顔を付けると、心の中で強く誓った。
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