召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

5話

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〈※※※※※〉

 魔王は急激な強化を遂げた〈勇者〉の力に思いを巡らせていた。
 タマモ、ギンも近くには居たが、一瞬だった為かよく分からず、戦闘は他にも起きていた事もあり考えを求める事を諦める。

 ガントレットの状態は良好で、小型の盾を取り付けたり、魔石やアクセサリーを追加したりといった拡張性も備えていた。
 魔石の変成は得意な錬金術の領分なので、いつか来る日の為に取っておいた物を利用し、アクセサリーは鍛治師がオマケしてくれたリングに刻印を施した物を利用する。
 鍛治師はというと、〈魔国創士〉がおめでただと教えられると、翌日にはそちらへとすっ飛んでいた。カレンにはお世話になった人だからと理由を告げていたが、魔王達には挨拶一つない。

「気にするな。それがあいつらしさなんだから。」

 鍛治師の事になるとよく笑みを浮かべるなと周りの者は思うが、貴重な光景を茶化す者は誰も居なかった。

「覚悟はしていたが、粛清の弊害が大きいな。」

 報告を一通り聞き終え、思考を今後の事へと切り替える魔王。
 強力なトップダウン体制を敷いているが故に迂闊な事は出来ず、言えない。その重圧が魔王には少し心地良くも感じられていたが、思い通りにいかないストレスも多分に抱えていた。

「南部は元々低くしてあるから良いとして、東部と西部も税率を下げる。交易路の整備も後押ししろ。」
「かしこまりました。」

 政務官が返事をすると、移動して部下と細かい話を始めた。

「軍務官、例の物の進捗はどうだ?」
「要求されているものが技術的に難しく、想定の半分しか…」
「半分だと?」

 あまりの進捗の遅さに思わず声に怒気が籠もり、一同が戦慄する。
 技術力が低い事、優秀な職人が他の仕事に駆り出されてる事を思い出し、魔王は顔に手を当て、しわの寄った眉間をほぐすように動かした。

(しかたない。しかたないことなんだ…)

 都市として成立してまだ10年足らず。何もかもが発展途上で、何もかもが危うい。才覚が無いのに独裁なんてやっているせいもあるだろうと魔王は考える。
 だが、早めに取り除かねばならない膿があり、予防せねばならない悪事があった。それはこの立場だから出来た事で、魔王はそこに後悔は抱いていない。

「いや、今の調子で進めてくれ。無理に急いで故障が増えては意味がない。」
「か、かしこまりました。」

 胸を撫で下ろす軍務官。だが、内心は穏やかではなく、仕事を急がせるよう部下に小さな声で指示を出す。
 大規模な粛清がこんな所にも影響してしまっている事を魔王は知る由もなく、両者の焦りが悪い方へと作用してしまっていた。

「文化の振興もしたいが、余力がないな…」

 メイプルの話を思い出し、何か出来ないかと思案するが、人も予算もギリギリで何か新規に行う余裕がない。
 5桁の観客を動員する施設など、夢のまた夢だという事は魔王自身がよく分かっていた。

「今は戦時ですからな。落ち着くまで歌はお預けでござるよ。」
「もう少し森に滞在すべきだったか。」
「いやー、そうされると拙者もボブも殿と出会えてなさそうでござるな…」
「ままならんな。」

 そう言って腕を組み、魔王は大きなタメ息を吐く。
 大きく発展し、他種族領からは上手く行っているように思われている現魔王の治世だが、問題や悩みが尽きる事は無かった。

「勇者が羨ましいよ。あれくらい組織に縛られず、目標に対して一途になりたいくらいだ。」
「いや、あれは完全に取り憑かれておりますぞ。
 殿と決着しない限りは、老いても狙い続ける眼をしていたでござる。」
「得物が持てなくなった事で、心が折れてくれるなら良いんだがな。
 そうすれば、創士やタケノコ、タマモ辺りを使って説得を試みても良い。」
「うーむ…」

 魔王の案に話をしていたギンが腕を組んで唸る。

「それなら良いのでござるが…」
「タケノコのあの技術なら、落とした左腕もなんとかなるだろう?」
「その線で説得してみても良いかもしれぬでござるな。
 ただ、ここのヒュマスは変な装備を多く持っております故、もう対処してるかも知れませぬぞ?」

 ギンの懸念に魔王はより苦々しい表情になる。
 それが一番の問題であり、これまで悩ませて来た原因でもあった。
 今の所、〈勇者〉はおかしな装備は持たず、自らの力のみで戦っている事はよく分かっている。だが、腕を失くした事で真っ当な装備を諦め、変な装備に頼る事が魔王にとって最も忌むべき事だった。

 変な装備は強力だが、依存心を生む。
 ゲームでさえそうなのに、現実となればその呪縛は無視できるものでは無かった。

「…吹っ飛ばす方向を間違ったか?」
「かもしれないでござるな。はっはっは…」

 頭を抱える魔王の肩を、ギンは珍しく弱々しく笑いながら慰めるように軽く叩く。

 各担当官との打ち合わせが終わると、それぞれが担当部所へと戻って行き、魔王とギンも執務室へと移る事にした。




「兵器開発部が大慌てじゃったぞ。どんな命令を下したのじゃ?」

 城内を散歩するのが日課のタマモが、魔王に見てきた事を伝える。
 驚いた魔王は木のスプーンを起き、昼食の途中にも関わらず立ち上がった。
 ただ事ではないと察したタマモは食事を流し込み、慌てて魔王の後へついていく。

「オレはそのままの調子で進めろと伝えた。急ぐように命じたのは誰だ…?」
「妾に聞かれても分からぬぞ?」
「分かっている!」

 珍しくタマモに怒鳴る魔王。

「いや、悪い…」
「妾もすまぬ…これは遊びでは無いのじゃからな…」

 ただの八つ当たりだと思い、魔王はすぐに謝った。
 タマモにも作らせているものは分かっているし、その使う目的も分かっている。真剣な魔王に対し、迂闊な軽口を謝罪する。

 行政棟から離れた所に設けてある広い敷地を有する兵器開発部に揃ってやってくると、昼食時にも関わらず、魔導具作りに励んでいる者が10名程いた。

「誰の命で動いている!?」

 魔王の声に全員が竦み上がり、作業の手を止めた。

「ぐ、軍務官様が、陛下が作業が遅れて焦ってらっしゃると仰りまして…」
「あの時のか…」

 気を利かせたつもりなのかも知れないが、魔王にとっては余計なお世話としか言いようがなかった。

「急ぐ必要はない。通常通りに作業をせよ。
 昼休憩だけでなく、なか休憩も、多重確認も忘れるな。これは急造の信頼性の低い物を数揃えるより、しっかり動く事の方が重要なのだからな。」
『は、はい!』

 ディモスだけでなく、エルフやドワーフもいる開発部。雇われの末端に過ぎないと思っていた自分達に、直接魔王から声を掛けられ感激していた。
 開発員が仕事を中断し、昼休憩に向かうのを見送ってから魔王も自室へ戻ることにする。
 振り返ると、人集りが出来ており、軍務官の姿もあった。

「軍務官、こういう気の利かせ方は無しだ。
 数が用意出来ないなら、出来ないなりのプランがある。」
「は…はっ!申し訳ございません!」
「軍部としての面子を気にするのも分かる。オレの力が信用出来ないと言うなら、いくらでも示してみせるが?
 …それとも、ヒュマスから横槍を入れるよう頼まれたか?」

 その言葉を聞いた軍務官はみるみると顔が青くなり、汗を吹き出しながら何か言おうと口をパクパクさせるが言葉にならず、ついのは口元を押さえる。
 軍務官はそれは処刑だと理解しており、全力で身の潔癖を説明したいが恐怖がそれを妨げる。

「連れて行け。ただし、牢じゃなくて医務室にな。」
「はっ!」

 兵に両脇を抱えられ、軍務官は医務室へと運ばれていった。

「これで何人目かの?」
「6人だ。そろそろ一人目には復職してもらいたい。」
「あれは一番無理じゃろ。御主を潰したがっておったし。」
「ここまで証明すれば考えも変化していると思うが。」
「骨格が元に戻ってるかどうかの心配をせい。」
「…あれはたしかにやりすぎた。」

 力を認めないというから、全力で示してみせた魔王。
 直撃は外したが、魔法の爆発で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたせいで骨という骨が損傷し、治療院から戻って来れずにいた。
 ヒールでも、用意できるポーションでも治せない大怪我は、流石に魔王も反省している。

「次の軍務官の選定もしなきゃならんのか…」

 書類仕事に訓練に視察にと午後からも予定が詰まっており、落ち着けるのは昼食時と移動時間くらいしかなかった。

「しかし、開発部がこのザマだとカレンの方も不安だ。」

 開発部とカレンへの外注という形で〈魔国創士〉発明の新兵器の生産を進めているが、こういう形で問題が明らかになった以上、査察をする必要性を感じる。
 民間まで顔を出すのは野暮だと魔王も分かってはいるが、決戦の要となる物だけにしっかりと確認しておきたい。

「ギンがボブを連れて行ったようじゃの。」
「…そうか。」

 あの剣客は妙に手回しが良く、重臣より小回りも利き、察しもいいので非常に頼れる人材であった。
 ボブも頼れるが、視野の狭さと卑屈さが邪魔をして、そこまで活躍は期待していない。魔王にとっては絶対に手放せない人材ではあるが。

「そっちは任せるか。」

 話している間に執務室へと辿り着き、自らの手でお茶を淹れ、自分とタマモの分を用意する。

「相変わらず妙な香りのお茶じゃが、妾はやっぱりこれが一番かの。」
「光栄だよ。」

 魔王はタマモがあちこちでお茶を飲んでいることは知っており、酷い時は機嫌が極めて悪くなっているのも理解している。
 心の底から落ち着いた様子のタマモを見て、魔王も思わず表情が綻んでいた。

「…もっとこういう時間があれば良いのじゃがの?」
「戦いが終わるまでだよ。終われば状況が全部変わる。その為の苦労だと思えば何てことは無いさ。」
「そうじゃな。皆、その為に頑張っておるよ。」
「食い違いはあれども、目指すのは一緒だ。
 何としても万事上手く済ませる。」
「御主も程々にせよ。魔王が倒れては話にならぬ。」
「毎日、ポーション飲んでるから乗り越えられるさ。」
「…それも、程々にの。」

 最後の一言に不安が増すタマモだが、止めることは出来ない。
 タクミという器にはあまりにも不釣り合いな魔王という大仕事に、最初から不安しか感じていなかった。
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