298 / 307
間章 1000年前の記憶
11話
しおりを挟む
〈※※※※※〉
防御魔法に攻撃魔法を当てて飛ぶ荒業で、〈南部伯爵〉の城のある最前線の町へやって来ると、ルエ―リヴのように一部だけが破壊されていた。
上空からでも分かっていたが、兵が護衛する形で住民の退避が始まっており、既に町は閑散としている。
「伯爵、すまない。オレの落ち度だ。」
「いえ、我々も陛下不在の状況で襲ってくるとは考えておりませんでしたので、死者は出ておりませんが対応が遅れてしまいました。」
ルエーリヴより狭く小さな町ではあるが、それを考慮しても被害はかなり抑えられていた。
「〈勇者〉の動向は把握しておりますので、動かない間に少しずつ退避させています。」
「良い判断だ。ヤツは何処にいる?」
テーブルの上に広げられた地図はあまり精度は高くないが、それでも空から見た様子と大差ない事に感心する〈魔国覇王〉。
「南の丘の向こうの砦を寝床にしているようです。
〈勇者〉がルエーリヴへ襲撃をする前から集結を始めていたようですね。」
「足並みが揃わないのは幸いだったな。」
仮に同時だったら伯爵親子は良くて籠城真っ只中。最悪、既に討ち取られてしまっていたかもしれないと思うと、再生産出来ない魔導具頼みの脆弱さに〈魔国覇王〉は感謝したくなった。
「伯爵、〈魔国創士〉が設計した新兵器が完成した。配置をするから人が欲しい。」
「おお!そうですか!きっと創士殿も」
そこまで言って口籠る。
事情を知らない〈魔国覇王〉達は首を傾げた。
「申し訳ございません、きっと創士殿もお喜びになると思いますよ。」
あれだけ木簡に孫の誕生を待ち遠しい事を記していたとは思えない様子に、〈魔国覇王〉も懸念を抱く。
「創士はどうした?」
問い詰めるように尋ねる〈魔国覇王〉。
場合によっては、数少ない協力者である伯爵だろうと容赦する気はなかった。
「南東の隔離塔に入れております。
呪われた事で忌避する者ばかりですので…」
「…そうか。」
「息子との婚姻も無かった事としました。
我々も血を繋がねばなりません。」
「…そうか。」
幻滅はしたが、孫の誕生が近い事に浮かれていた木簡と、目の前の表情と声の落差から苦渋の決断だったと察し、しかたがないと飲み込む。
この地を治めるのはこの血族以外の他になく、感染しない呪いを忌避する事に文句の一つも言いたかったが、女を忌避して来た己にそれを言う資格は無いように思えていた。
(つくづく、自分は善き王たる器ではない。もっと良く出来ると思って魔王となったのは自惚れだった。)
胃が痛むのを誤魔化すように、深く息を吐きながら腕組みをする〈魔国覇王〉。
自分が魔王にならなければ、ここまで事態も悪くならなかったのではないか?とさえ考えていた。
「陛下が現れねば、ここまでディモスも結束出来なかった事をお忘れなきよう。
陛下のおかげで膿を出せ、種族が一つの国として纏まれそうなのです。その偉業に誇りをお持ち下さい。」
「ありがとう、伯爵。」
それは〈魔国覇王〉ではなく、『タクミ』としての感謝の言葉だったのかもしれない。
珍しく威厳のない、心からの感謝の言葉に皆が一つの覚悟をする。
『なんとしても陛下の大望を成し遂げる。』
それがこの場に居た、一同の共通の目標となった。
「では、作業に移る。砦に配置する分の手順は木板に記してあるから従ってくれ。」
「かしこまりました。」
こうして、ヒュマスとの決戦に向けた準備が始まり、同時に〈魔国覇王〉は〈勇者〉への対策も準備をする事にした。
次は逃さない。
そう強く思うと、自分の中に良くないものが生まれるのを感じる。
怒りと憎しみのあまり同類になってしまっていた事に気付いてしまい、震える手で鳩尾を強く押さえ、深く長い息を吐いた。
ボブはカレンと共に〈魔国創士〉の元へ訪れていた。
何度か会ってはいるが、明らかに調子が悪く、眠れていないのか大きなクマまで作っている。
塔内では誰ともすれ違わなかったので、〈魔国創士〉とタマモ以外にいないのは分かっていた。
「お久しぶりです。〈魔国創士〉様。」
「ああ、魔王の…えっと…」
「ボブです。こちらは内政官のローブですが商人のカレン。今回は助手として手伝ってくれています。」
「そうか…〈魔国創士〉のアリスだ。」
〈魔国創士〉が名乗ると、カレンは右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。
「そこまでしないでくれ。いや、わたしが提案した礼が浸透しているのは嬉しい事だが。」
「創士様が由来だったのですね。」
カレンも魔導具を扱う商売をやっている以上、そちらでの功績はよく知っている。だが、まさかこんな礼まで提案しているとは思いもしなかった。
「ほぼ元の世界にあるものだよ。
わたし自身が考え付いた物なんて『リレーポイント』くらいしかない。いや、その根底のものも借り物だからな。」
「そんなに卑下しないでください。
欲しいから作る、それが出来る程の魔導具技師は数える程しかおりません。
多くの技師は誰かの模倣で精一杯なのですから。」
カレンが近寄ると〈魔国創士〉は身を強張らせたが、すぐにそれが本音だと分かると穏やかな表情になった。
「ありがとう。そう言ってもらえると報われる。」
ぎこちないが良い笑顔をする御夫人。それがカレンの今の〈魔国創士〉に対する評価だった。
置いてある山積みの木簡へ視線を移すと、〈魔国創士〉は得意気に途中の物も寝床のテーブルの上に並べた。
「わたしの知る限りの理論を記している。魔法だけでなく、物理、化学、技術、数学…
まあ、あちらでは大して難しい内容ではないんだが…」
そうは言うが、どれもカレンには見たことも聞いたこともない理屈で興味深い物ばかり。
『梃子の原理』も昔から普通に利用してはいるが、理論としてしっかりと理解しているかと言われればそんな事はない。
こうすれば楽、そう教えられた知識ばかりである。
「凄い!普段利用してるものから応用例まで!」
素直に楽しんでくれる反応がとても嬉しく、〈魔国創士〉はタマモの方を見て頷いた。
「カレン、〈魔国創士〉が書いたものを、向こうに戻ったらお前に託したい。使い方は任せよう。」
タマモはそう言うと、積んであった木簡や図の記された木板を虚空へと片付けた。
「わ、私に!?」
「魔王が見込んだ商人なんだろう?
上手く活用してくれると信じてるよ。」
驚くカレンに対し、〈魔国創士〉は精一杯の笑顔と信頼を託す。
「もう、人を探す時間もないからな。
魔王がこうして信頼出来る人を寄越してくれたのは感謝するよ。」
「顔くらい出せと言うておるのにあの石頭!」
「魔王の事情も分かるから。」
苦笑いしながら、新たに書き終えた木簡をタマモに渡す。
「魔王にその事、伝えてくれないか?
私は少し休みたい…」
そう言うと、大きな息を吐いて横になる〈魔国創士〉。
腹の大きさがよく分かり、出産が近い事も二人には分かっていた。
「石頭と少し話してくる。『アリス』を頼むぞ。」
「はい。」
タマモから世話を託されたボブは、木製の丸椅子を亜空間収納から出し、自分用として使う事にする。
「ねぇ、ボブ。」
哀しそうに、だが、愛しそうにアリスを見るカレン。
「私、『アリス』様って、もっと大きくて力強くて悩みもなくてただ真っ直ぐな人だと思ってた。
でも、実際は全然違ったんだね。私たちと同じで、ううん、もっと小さくて弱くて不器用で、それでも真っ直ぐ前を向いて、みんなを巻き込んで歩こうとしてたのね。」
カレンの言葉に無言で頷くボブ。
そんな人物である事はよく知っている。何度も会って、拒絶を伝えているからよく知っている。
期待と自信に満ちた顔も、泣きそうな絶望しそうな顔もよく知っている。
だから、カレンには言わなくてはならない事があった。
「きっと、こうなってしまった事の半分は僕にもある。
ちゃんと陛下を説得出来ていれば、こうはならなかったはずなんだ…」
その機会は幾度もあった。
だが、全て逃した。その結果が目の前にいる命の尽き欠けている妊婦である。
ボブには己の短慮と無力を嘆く事しか出来なかった。
「…だったら、後は悔いの無いようにしましょう。」
「うん…」
目を閉じながらも話を聞いていたアリスだったが、特に何も言わずそのまま眠る事にする。
タマモでもこの二人でも魔王でもなく、今は元恋人に労ってもらいたかった。
「扱いはカレンに任せて良いが、〈魔国創士〉には会う暇がない。」
城の謁見の間の椅子に座り、魔力を練りながら〈魔国覇王〉は答えた。
「こんな近くにいるのに何故じゃ!?」
どうしても会わせようと躍起になるタマモ。
だが、目を開く事もなく、そこから動こうともしなかった。
「時間が足りない。あの自称〈勇者〉が動き出したら全力で戦わないと終わらないからな。」
タマモも従魔である事から、〈魔国覇王〉の不調は伝わってきて分かっている。それでも、顔を合わせて少し会話する時間もあったはずと食い下がった。
「タマモ殿、陛下は事件以来眠ったのはこちらへ来る間くらいで、移ってきてからも会議、復旧、リレーポイントの設置で全く休んでいないのでござるよ…」
「御主、死ぬ気か!?どうして人を使おうとせぬのじゃ!」
目を開こうともしない〈魔国覇王〉に詰め寄り、襟元を掴むが驚きも困惑も見せない。
「時間がないからだよ。分からない人間を使うよりずっと早い。
事実、都市内に設置させる時間と、オレ一人で倍の数を外に設置する時間が同じだったからな。」
「それでも…!その魔導具を設計したのは誰だと!」
「既に感謝状は送った。謝礼も付けた。」
「そんな物が御主ら召喚者の流儀だとでも言うのか!?」
そこまで言われては答えるしかない、とばかりに長くゆっくりと息を吐く〈魔国覇王〉。
この場には他にギンと伯爵しか居ないから、本音を漏らしても構わないと判断する。
「…心の内を全部読んでいるかのような言動が気に入らないんだよ。
言ってない事、言わないでおこうと思った事まで的確に言及する。それが気に入らないんだ。」
「それは…」
アリスの先天スキルの事はタマモも知っており、それが理由で煙たがられた事も分かっている。
言ってもいない事を『話が早い』と受け入れていたのは、アズサくらいしか居なかったことも。
「言わないでおきたい事だらけのオレが一番会いたくないのが、そんな〈魔国創士〉だ。」
「…もう弱って先は長くないぞ。」
「それでもだ。王である以上、もっと多くの人の事情を優先する。」
決意であり、覚悟であると受け取ったタマモは手を離し、深い、深いタメ息を吐いた。そして、
「こんのっ!ワカラズヤ!」
渾身の頭突きが〈魔国覇王〉の頭頂部に叩き付けられた。
「んぐっ!?」
想定外の一撃に、目を開け、頭に手を乗せる〈魔国覇王〉。
頭突きを放ったタマモも額を押さえ、涙目になっていた。
「出会った時から石頭、石頭と思っておったが救いようのない石頭じゃ!もう好きにするが良い!妾も好きにさせてもらうからな!」
そう言うと、大股で足音を鳴らしながら去って行った。
「大丈夫でござるか?」
「…大丈夫だ。魔力は維持できてる。」
「いや、そうではなくて…」
頭頂部を少し気にしていると、強い力が迫っているのを感じる。
「クソッ!もう動き始めたか!ギン、伯爵、迎え討つぞ!」
「かしこまったでござる。」
「兵を防衛に回します。」
〈勇者〉を討つべく立ち上がる〈魔国覇王〉は、離れてもリレーポイントに魔力を溜め込まれているのか確認する。
〈魔国創士〉の設計と職人達の仕事が上手くいった事を誇らしく思うと同時に、なんとしても〈勇者〉を討ち取るという決意を固めていた。
防御魔法に攻撃魔法を当てて飛ぶ荒業で、〈南部伯爵〉の城のある最前線の町へやって来ると、ルエ―リヴのように一部だけが破壊されていた。
上空からでも分かっていたが、兵が護衛する形で住民の退避が始まっており、既に町は閑散としている。
「伯爵、すまない。オレの落ち度だ。」
「いえ、我々も陛下不在の状況で襲ってくるとは考えておりませんでしたので、死者は出ておりませんが対応が遅れてしまいました。」
ルエーリヴより狭く小さな町ではあるが、それを考慮しても被害はかなり抑えられていた。
「〈勇者〉の動向は把握しておりますので、動かない間に少しずつ退避させています。」
「良い判断だ。ヤツは何処にいる?」
テーブルの上に広げられた地図はあまり精度は高くないが、それでも空から見た様子と大差ない事に感心する〈魔国覇王〉。
「南の丘の向こうの砦を寝床にしているようです。
〈勇者〉がルエーリヴへ襲撃をする前から集結を始めていたようですね。」
「足並みが揃わないのは幸いだったな。」
仮に同時だったら伯爵親子は良くて籠城真っ只中。最悪、既に討ち取られてしまっていたかもしれないと思うと、再生産出来ない魔導具頼みの脆弱さに〈魔国覇王〉は感謝したくなった。
「伯爵、〈魔国創士〉が設計した新兵器が完成した。配置をするから人が欲しい。」
「おお!そうですか!きっと創士殿も」
そこまで言って口籠る。
事情を知らない〈魔国覇王〉達は首を傾げた。
「申し訳ございません、きっと創士殿もお喜びになると思いますよ。」
あれだけ木簡に孫の誕生を待ち遠しい事を記していたとは思えない様子に、〈魔国覇王〉も懸念を抱く。
「創士はどうした?」
問い詰めるように尋ねる〈魔国覇王〉。
場合によっては、数少ない協力者である伯爵だろうと容赦する気はなかった。
「南東の隔離塔に入れております。
呪われた事で忌避する者ばかりですので…」
「…そうか。」
「息子との婚姻も無かった事としました。
我々も血を繋がねばなりません。」
「…そうか。」
幻滅はしたが、孫の誕生が近い事に浮かれていた木簡と、目の前の表情と声の落差から苦渋の決断だったと察し、しかたがないと飲み込む。
この地を治めるのはこの血族以外の他になく、感染しない呪いを忌避する事に文句の一つも言いたかったが、女を忌避して来た己にそれを言う資格は無いように思えていた。
(つくづく、自分は善き王たる器ではない。もっと良く出来ると思って魔王となったのは自惚れだった。)
胃が痛むのを誤魔化すように、深く息を吐きながら腕組みをする〈魔国覇王〉。
自分が魔王にならなければ、ここまで事態も悪くならなかったのではないか?とさえ考えていた。
「陛下が現れねば、ここまでディモスも結束出来なかった事をお忘れなきよう。
陛下のおかげで膿を出せ、種族が一つの国として纏まれそうなのです。その偉業に誇りをお持ち下さい。」
「ありがとう、伯爵。」
それは〈魔国覇王〉ではなく、『タクミ』としての感謝の言葉だったのかもしれない。
珍しく威厳のない、心からの感謝の言葉に皆が一つの覚悟をする。
『なんとしても陛下の大望を成し遂げる。』
それがこの場に居た、一同の共通の目標となった。
「では、作業に移る。砦に配置する分の手順は木板に記してあるから従ってくれ。」
「かしこまりました。」
こうして、ヒュマスとの決戦に向けた準備が始まり、同時に〈魔国覇王〉は〈勇者〉への対策も準備をする事にした。
次は逃さない。
そう強く思うと、自分の中に良くないものが生まれるのを感じる。
怒りと憎しみのあまり同類になってしまっていた事に気付いてしまい、震える手で鳩尾を強く押さえ、深く長い息を吐いた。
ボブはカレンと共に〈魔国創士〉の元へ訪れていた。
何度か会ってはいるが、明らかに調子が悪く、眠れていないのか大きなクマまで作っている。
塔内では誰ともすれ違わなかったので、〈魔国創士〉とタマモ以外にいないのは分かっていた。
「お久しぶりです。〈魔国創士〉様。」
「ああ、魔王の…えっと…」
「ボブです。こちらは内政官のローブですが商人のカレン。今回は助手として手伝ってくれています。」
「そうか…〈魔国創士〉のアリスだ。」
〈魔国創士〉が名乗ると、カレンは右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。
「そこまでしないでくれ。いや、わたしが提案した礼が浸透しているのは嬉しい事だが。」
「創士様が由来だったのですね。」
カレンも魔導具を扱う商売をやっている以上、そちらでの功績はよく知っている。だが、まさかこんな礼まで提案しているとは思いもしなかった。
「ほぼ元の世界にあるものだよ。
わたし自身が考え付いた物なんて『リレーポイント』くらいしかない。いや、その根底のものも借り物だからな。」
「そんなに卑下しないでください。
欲しいから作る、それが出来る程の魔導具技師は数える程しかおりません。
多くの技師は誰かの模倣で精一杯なのですから。」
カレンが近寄ると〈魔国創士〉は身を強張らせたが、すぐにそれが本音だと分かると穏やかな表情になった。
「ありがとう。そう言ってもらえると報われる。」
ぎこちないが良い笑顔をする御夫人。それがカレンの今の〈魔国創士〉に対する評価だった。
置いてある山積みの木簡へ視線を移すと、〈魔国創士〉は得意気に途中の物も寝床のテーブルの上に並べた。
「わたしの知る限りの理論を記している。魔法だけでなく、物理、化学、技術、数学…
まあ、あちらでは大して難しい内容ではないんだが…」
そうは言うが、どれもカレンには見たことも聞いたこともない理屈で興味深い物ばかり。
『梃子の原理』も昔から普通に利用してはいるが、理論としてしっかりと理解しているかと言われればそんな事はない。
こうすれば楽、そう教えられた知識ばかりである。
「凄い!普段利用してるものから応用例まで!」
素直に楽しんでくれる反応がとても嬉しく、〈魔国創士〉はタマモの方を見て頷いた。
「カレン、〈魔国創士〉が書いたものを、向こうに戻ったらお前に託したい。使い方は任せよう。」
タマモはそう言うと、積んであった木簡や図の記された木板を虚空へと片付けた。
「わ、私に!?」
「魔王が見込んだ商人なんだろう?
上手く活用してくれると信じてるよ。」
驚くカレンに対し、〈魔国創士〉は精一杯の笑顔と信頼を託す。
「もう、人を探す時間もないからな。
魔王がこうして信頼出来る人を寄越してくれたのは感謝するよ。」
「顔くらい出せと言うておるのにあの石頭!」
「魔王の事情も分かるから。」
苦笑いしながら、新たに書き終えた木簡をタマモに渡す。
「魔王にその事、伝えてくれないか?
私は少し休みたい…」
そう言うと、大きな息を吐いて横になる〈魔国創士〉。
腹の大きさがよく分かり、出産が近い事も二人には分かっていた。
「石頭と少し話してくる。『アリス』を頼むぞ。」
「はい。」
タマモから世話を託されたボブは、木製の丸椅子を亜空間収納から出し、自分用として使う事にする。
「ねぇ、ボブ。」
哀しそうに、だが、愛しそうにアリスを見るカレン。
「私、『アリス』様って、もっと大きくて力強くて悩みもなくてただ真っ直ぐな人だと思ってた。
でも、実際は全然違ったんだね。私たちと同じで、ううん、もっと小さくて弱くて不器用で、それでも真っ直ぐ前を向いて、みんなを巻き込んで歩こうとしてたのね。」
カレンの言葉に無言で頷くボブ。
そんな人物である事はよく知っている。何度も会って、拒絶を伝えているからよく知っている。
期待と自信に満ちた顔も、泣きそうな絶望しそうな顔もよく知っている。
だから、カレンには言わなくてはならない事があった。
「きっと、こうなってしまった事の半分は僕にもある。
ちゃんと陛下を説得出来ていれば、こうはならなかったはずなんだ…」
その機会は幾度もあった。
だが、全て逃した。その結果が目の前にいる命の尽き欠けている妊婦である。
ボブには己の短慮と無力を嘆く事しか出来なかった。
「…だったら、後は悔いの無いようにしましょう。」
「うん…」
目を閉じながらも話を聞いていたアリスだったが、特に何も言わずそのまま眠る事にする。
タマモでもこの二人でも魔王でもなく、今は元恋人に労ってもらいたかった。
「扱いはカレンに任せて良いが、〈魔国創士〉には会う暇がない。」
城の謁見の間の椅子に座り、魔力を練りながら〈魔国覇王〉は答えた。
「こんな近くにいるのに何故じゃ!?」
どうしても会わせようと躍起になるタマモ。
だが、目を開く事もなく、そこから動こうともしなかった。
「時間が足りない。あの自称〈勇者〉が動き出したら全力で戦わないと終わらないからな。」
タマモも従魔である事から、〈魔国覇王〉の不調は伝わってきて分かっている。それでも、顔を合わせて少し会話する時間もあったはずと食い下がった。
「タマモ殿、陛下は事件以来眠ったのはこちらへ来る間くらいで、移ってきてからも会議、復旧、リレーポイントの設置で全く休んでいないのでござるよ…」
「御主、死ぬ気か!?どうして人を使おうとせぬのじゃ!」
目を開こうともしない〈魔国覇王〉に詰め寄り、襟元を掴むが驚きも困惑も見せない。
「時間がないからだよ。分からない人間を使うよりずっと早い。
事実、都市内に設置させる時間と、オレ一人で倍の数を外に設置する時間が同じだったからな。」
「それでも…!その魔導具を設計したのは誰だと!」
「既に感謝状は送った。謝礼も付けた。」
「そんな物が御主ら召喚者の流儀だとでも言うのか!?」
そこまで言われては答えるしかない、とばかりに長くゆっくりと息を吐く〈魔国覇王〉。
この場には他にギンと伯爵しか居ないから、本音を漏らしても構わないと判断する。
「…心の内を全部読んでいるかのような言動が気に入らないんだよ。
言ってない事、言わないでおこうと思った事まで的確に言及する。それが気に入らないんだ。」
「それは…」
アリスの先天スキルの事はタマモも知っており、それが理由で煙たがられた事も分かっている。
言ってもいない事を『話が早い』と受け入れていたのは、アズサくらいしか居なかったことも。
「言わないでおきたい事だらけのオレが一番会いたくないのが、そんな〈魔国創士〉だ。」
「…もう弱って先は長くないぞ。」
「それでもだ。王である以上、もっと多くの人の事情を優先する。」
決意であり、覚悟であると受け取ったタマモは手を離し、深い、深いタメ息を吐いた。そして、
「こんのっ!ワカラズヤ!」
渾身の頭突きが〈魔国覇王〉の頭頂部に叩き付けられた。
「んぐっ!?」
想定外の一撃に、目を開け、頭に手を乗せる〈魔国覇王〉。
頭突きを放ったタマモも額を押さえ、涙目になっていた。
「出会った時から石頭、石頭と思っておったが救いようのない石頭じゃ!もう好きにするが良い!妾も好きにさせてもらうからな!」
そう言うと、大股で足音を鳴らしながら去って行った。
「大丈夫でござるか?」
「…大丈夫だ。魔力は維持できてる。」
「いや、そうではなくて…」
頭頂部を少し気にしていると、強い力が迫っているのを感じる。
「クソッ!もう動き始めたか!ギン、伯爵、迎え討つぞ!」
「かしこまったでござる。」
「兵を防衛に回します。」
〈勇者〉を討つべく立ち上がる〈魔国覇王〉は、離れてもリレーポイントに魔力を溜め込まれているのか確認する。
〈魔国創士〉の設計と職人達の仕事が上手くいった事を誇らしく思うと同時に、なんとしても〈勇者〉を討ち取るという決意を固めていた。
0
あなたにおすすめの小説
不死身のボッカ
暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。
小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。
逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。
割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。
※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。
※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。
※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。
※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜
九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます!
って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。
ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。
転移初日からゴブリンの群れが襲来する。
和也はどうやって生き残るのだろうか。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる