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第14章 四度目の春、帝国は
第360話 こんなところにいるとは……
しおりを挟むわたし達は村長に教えて貰った通り村の前の道を山の方角へ進んでみた。
さほどの時間も掛からず村長の言っていた分岐に着いたのだけど…。
山の奥に入り込むように分岐した道はキレイな石畳が敷かれていて、馬車が二台すれ違えるだけの道幅があったの。街道が粗末な田舎道なので、立派過ぎて違和感が半端じゃないよ。
さて、この道を進んで『黒の使徒』の施設を確認したいところだけど、この道幅では折り返すことが出来ない。
途中に回転できるような広い場所があればよいが、山道でそれは無理だと思うの。
であれば、この道の終点、『黒の使徒』の施設まで行ってしまうことになる。
さすがに、いきなりそれは無謀だろうということになったの。
やっぱりここはおチビちゃん達の出番だね。
わたしはおチビちゃん達にこの先の様子を探って、オストエンデ近くの拠点で報告して欲しいとお願いした。
おチビちゃん達を送り出したわたし達は一旦引き返すことにした。
ここにいて、『黒の使徒』の連中に出くわしたらいけないものね。
**********
そして、今、わたし達はオストエンデの町にいる。
丁度お昼時なので、オストエンデの町で何か食べて帰ろうということになったの。
ハイジさんがオストエンデの近くまでは頻繁に来ているのに街の中を見て回ったことがないと言う。
三年前にこの町に泊まった時はヴィクトーリアさんと二人でホテルの中から出なかったものね。
なので、一度オストエンデの町を見てみたいと言ったこともあり、立ち寄ってみたの。
昼食を済ませて、わたし達はオストエンデの街中を目的もなくフラフラと散策していた。
ハイジさんは初めて見る街の様子を興味深そうに見ている。
そして、街の人の台所、中央広場近くの市場まで来たときのことなの。
丁度三年前にハンナちゃんを保護したあたりに、蹲っている人がいたの。
具合が悪いのかと思い近付こうとしたところで、露天で野菜を売っている男に声をかけられたの。
「そいつは、ついこの間からこの町のスラムに住み着いている流れ者だ。
おおかた、空腹で動くことも出来ないんだろう。
関わりにならん方がいいぞ。」
なんか、そのセリフも三年前に聞いた気がする……。
「あなた、大丈夫ですか?」
わたしは男に声をかけるが返事はなく、力なく蹲るだけだった。
病気ではないようだが非常に汚れていたので、いつものように『浄化』と『癒し』をセットで施した。
「あなた、大丈夫ですか?」
蹲る男に再び声をかけてみた。
「腹が減った……。」
顔を上げた男がたった一言呟いた。そこには見覚えのある顔があった。
**********
目の前で、大の大人が屋台の串焼きを両手に持って無我夢中で頬張っている。
まるで欠食児童を見ているようだ、ハイジさんも呆れているよ。
「ターニャちゃん、よろしいのですか、見ず知らずの浮浪者に食事など施して?」
ああ、ハイジさんはこの人のことを知らなかったのか。
「ああ、大丈夫ですよ、一応面識のある人ですから。」
わたしは目の前の男が一息つくのを待って声をかけた。
「それで、今までどこで何をやっていたのですか、トレナール王子?」
そう目の前の男の人は西の大陸にあるノルヌーヴォ王国の第三王子のトレナール王子。
一年ほど前に、いきなりわたしに求婚してきた変り者の王子だ。
「おお、誰かと思いきや、本家の姫君ではないか。
余に施しを与えてくれたこと、心より感謝するぞ。」
イヤ、浮浪者のような身なりで『余』とか言われても……。
確かに着ている服は一級品のようで、『浄化』で汚れを消し去ったら光沢にある絹で出来ていることがわかったよ。ただ、あちこち擦り切れているのはいかがなものだろうか。
光沢のある金髪も、変な巻き毛はなくなって、ボサボサのまま無造作に伸ばしている。
どこから見ても、立派な浮浪者だよ、その格好じゃ。
「いやぁ、帝国は広いな!十分な路銀は持ったつもりだったのだ。
ただ、随分と遠回りをするうちに路銀が尽きてな、仕事をしながら先般やっとここまで辿り着いたのだ。」
王子が聞かせてくれた話では、なんとか船から逃げ出した港がこの帝国東部から遠い港町だったそうだ。
おまけに、その港町から直接帝国東部へ向かう駅馬車がなかったため、一旦帝都まで出てから東部地方へ来たらしい。
帝都を経由したため想定外に時間を要してしまい、帝都に着いたときには路銀が心許ない状態だったみたい。
そのため、帝都の商会に住み込みで一時雇いの仕事をして路銀の補充をしたそうだ。
この人、やんごとなき生まれの割には生活力有るな……。
「でもな、つい先日までは、こんな酷いありさまではなかったのだ。
探し物をしていて、うっかりと野盗の巣に立ち入ってしまって、野盗が襲ってきたのだ。
命からがら逃げてきたのだが、荷物も金も失ってしまってな。
しかたなく、この町で働いて路銀を得ようかと思ったのだ。
でもな、何故かこの町では魔法が使えないと言うだけで門前払いされるのだよ。」
魔法が使えないから門前払いか。見た目が『色なし』でなくても関係ないのだね。
元々は魔法が使えないことが忌避されていたのだからその方が正しいのだろうけど。
でも、この町では魔法が使えない人にそんなに厳しい対応をするのか。知らなかったよ。
路銀を失い、仕事を見つけることが出来なかったトレナール王子はここで行き倒れていたらしい。
しかし、野盗の巣って、いったいどこへ何を探しに行ったのだろうか、この王子?
「ねえ、王子は何のために船を抜け出したの?
そして、何を探してわざわざ帝国東部の辺境までやってきたの?」
「良くぞ聞いてくれた、本家の姫よ。
余は姫に求婚を断られたからといって、魔導王国の再興を諦めた訳ではないのだ。
余は、かつて三国の祖先が領主を務めた町に王家の指輪の秘密が隠されていると思うのだ。
その秘密を探るためにここまでやってきたのだ。」
相変わらず、無駄に行動力は有るな……。
しかし、トレナール王子の目的がリタさんの想像通りなのが笑える。
トレナール王子は言う。
東部の辺境を調べて回るために、帝都で馬を買い、馬に乗ってこの町まで来たそうだ。
途中の町や村で祖先の治めた町についての記録がないかを調べたが、有力な手がかりもなくこの町まで来たらしい。
リタさんの推測どおり、ここオストエンデがスタインブルグだと思ったようで、祖先の領地が判明しなければ最終的にはここに来るつもりだったようだ。
「それで、この町に着いたのは良いが、この町には古い遺構が全くないのだ。
おかしいと思い、役場の資料室に忍び込んで調べたのだ。
そこで、この町は帝国の領土となった後に移転してきたものだと分かったのだ。
そして、元の場所が向こうに見える山の中であると言うことも。」
資料室に忍び込んだって……、他の国に来てもやることは変わらないのね……。
えっ、じゃあ、野盗の巣というのは……。
ちょっと待って、こんな人がいっぱいいるところで、その話は拙い。
わたしはトレナール王子の話を途中で遮り、場所を変えることにした。
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