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第14章 四度目の春、帝国は
第376話 ハンデルスハーフェンのスラムに行ってみた
しおりを挟むあれから一夜が明けた、ハンデルスハーフェンの町は昨日の騒動が嘘のように落ち着きを取り戻している。
『黒の使徒』の一味が処刑されてからの処理はスムーズだったそうだ。
『黒の使徒』の資産が勝手に持ち出されないように、衛兵さん達が施設を閉鎖し資産の凍結を行ったんだって。
『黒の使徒』一味の処刑後すぐに領主と町の顔役の間で話し合いが持たれたみたい。
そこで、『黒の使徒』の資産は全て換金され、営業妨害等連中の被害にあった人達に対する損害賠償金に充てられることが決まったらしい。
また、余剰金が出た場合には港の整備に充てる基金となるそうだ。
とにかく、小悪党の領主が着服しないようにするのに気を使ったみたいね。
シュバーツアポステル商会が抱えていた大量の穀物在庫は、デニスさんが王国からの仕入れと同じ単価で全量を買い上げることになり、デニスさんの倉庫に移されているところみたい。
シュバーツアポステル商会が支店として使っていた土地建物もあっという間に換金できたそうだ。
買収したのはテーテュスさん、帝国西部最大の港町であるこの町に支店を置くのだって。
「ルーイヒハーフェンのときもそうだったが、あいつらの支店って必ず一等地にあるんだよな。
今回、おまえがあいつらの支店を潰す計画だと聞いて、土地建物が売りに出ると思ってたんだ。
それで金を用意してきたんだが、思ったより大きな物件だったので金が足りてホッとしたぜ。」
なんて言っている。
最初から奴らの支店の土地建物が売りに出ることを見越して、お金を用意している当たりちゃっかりしているね。
成り行きから『黒の使徒』を裏切ることになってしまった領主は、まだ『黒の使徒』のことを恐れているみたいなの。
皇太子に対して恭順する代わりに『黒の使徒』による報復から守って欲しいと認めた書状を届けて欲しいとリタさんに託したそうだ。
まあ、そんな風に事後処理は進んでいるの。
*********
そして、わたしはスラム街に向かって歩いている。なんか、帝国で新しい町にくるとスラムに行くのが恒例になりつつあるね。
「ふーん、表通りから一本裏路地に入るとこんなに薄暗くなるんだ。
なんかジメジメしているね、それに少し臭うね。」
ルーナちゃんが周囲を見回しながら興味深げに言った。
わたしがスラムの様子を見に行くと言ったらついて来てしまったの。
わたしは今日は別行動になると言ったつもりなのに、まさかついて来るとは思わなかった。
貴族のお嬢様の行くところじゃないよと言ったのだけど、スラムは王国にはないから社会勉強のために行くといって聞かなかったの。
ということで、昨日と同じ商人の見習いの服装でスラム街の入り口までやってきた。
因みに保護者として、テーテュスさん、リタさん、ソールさんに付いて来てもらっている。
わたしは光のおチビちゃんにお願いして進行方向に向かって周囲を浄化してもらったの。
臭いも酷いけど、何か疫病でも拾っていったら大変だから。
「それ、光の精霊の術でしょう。
いつもながら、凄いね。周りの汚れや臭いがなくなっちゃたよ。」
ルーナちゃんが感心しているとおり、道端の汚物がなくなり、臭いも全く感じられなくなったの。
そして、スラムの奥へ入っていくと、走ってきた男の子がドンとテーテュスさんにぶつかった。
男の子はそのまま走り過ぎようとするが、テーテュスさんが男のこの腕を掴んで言ったの。
「手癖の悪い奴だな、その歳でスリなんかやっているとロクな大人にならないぞ。」
手をつかまれた男の子は振りほどこうともがいている。
「放せよ!言いがかりだ、俺はスリなんかやってねえよ!」
テーテュスさんは拘束した男の子の服のポケットから財布を取上げたの。
「返せよ!それは俺んだ!こら盗人!返しやがれ!」
喚き散らす男の子に財布の口を開け逆さまにして振るって見せたテーテュスさんが、
「空の財布をスッても腹は膨れないぞ、スラム街に来るのにスリを警戒しない訳ないだろう。」
と言うと男の子が尚も喚き散らしたの。
「ずるいぞ!騙したな!」
いや、騙したわけではないと思うよ。人のものをスッておいてそれはないんじゃないかな。
「ええい、少し黙れ、大人しく言う事を聞けば腹いっぱいにメシを食わせてやるぞ。」
テーテュスさんがそう言った途端、あれだけ喚いていた男の子はぴたっと黙ったの。
「本当に飯を食わせてくれるのか?」
「ああ、このスラムにいる子供、全員に腹いっぱい飯を食わせてやるから子供達を集めてくれ。」
テーテュスさんは男の子に子供達を集めるように指示したの。
お腹いっぱいに食べさせてくれるというのがよっぽど魅力的だったのだろう。
すぐさま、男の子はスラムの奥へ走っていったよ。
**********
わたし達がスラムの奥まった場所にある小さな四角い空き地で待っていると、さっきの男の子が子供達を連れてやってきた。
全部で二十人くらいか、十四、五歳くらいの歳の子が多いね。
小さな子は八人しかいない、しかもみんな女の子みたい。
「これで全員か?もっとたくさんでも大丈夫だぞ、幾らでも腹いっぱい食わせてやるから。」
テーテュスさんは、さっきの男の子が自分の分け前が減るのを恐れて全員に声を掛けていないのではと疑っているみたい。
でも、返ってきたのは……。
「これで全員よ。今年の冬は、雪が多くて凄く寒かったの。
冬を乗り越えられたのはここにいる子供達だけ。」
一番年上に見える女の子が辛そうに言ったの。
この辺りまで来ると、冬を乗り越えられない孤児が多いんだ……。
「そうか、それは悪い事を聞いてしまったな。
約束通り全員に腹いっぱい飯を食わせてやる。
だが、その前に少し話を聞いてくれ。
私は、テーテュスといって貿易商を営んでいる。
今日は、おまえらの中から見習いを雇いたいと思ってきたんだ。
真面目に働く気がある奴で、人に乱暴をしない、人の物を盗まない、弱い者虐めをしないと言う三つさえ守れるなら、誰でも雇ってやる。
十年後には一端の貿易商か船乗りにしてやるぞ。」
テーテュスさんがそう言うとさっき答えた女の子が尋ねた。
「それは、私のような女の子でも良いのかい?」
テーテュスさんはわたしの方を見て言ったの。
「悪いな、さっき誰でもって言ってしまったが、言い方が悪かった。
うちの商会は男所帯で、現状じゃあ女の子を雇う環境が整っていないんだ。
女の子と小さな子供はこっちのお嬢ちゃんから別口で話があるから聞いてくれ。」
それじゃあ、ここまで来た目的を果たしますかね。
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