精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第14章 四度目の春、帝国は

第381話【閑話】この孤児院は普通ではなかった…

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 国が孤児を無償で保護してくれる場所と説明を聞かされていたので、粗末な施設だと思っていたわ。
 それでも、屋根があるところでご飯を食べさせてもらえるのなら、生き延びることが出来る。
 それで十分と思って、お世話になることを決めたのだけど……。

「お城?」

 孤児院だと言われて連れてこられた建物、私が生まれ育った港町の領主様のお城より立派なのではと思う建物が目の前にあったの。

「ちがう、ちがう、これは精霊神殿と言うの、孤児院はこの神殿の裏に併設されているのよ。
 お城って言うのは、ああいうのを言うのよ。ポルトの領主館よ。」

 そう言ってターニャちゃんは孤児院と言われた場所の隣の敷地にある建物を指差したわ。
 そこには、桁外れに巨大な建物がそびえていたの、確かにあれがお城の基準ならこの建物はお城とは言えないわね。
 でもね、ターニャちゃん、私の生まれた港町ではこの神殿より小さな領主様の館をお城って呼んでいたのよ。

 ターニャちゃんは、今見えている建物は王家が祀っている神殿だから立派なのであって、裏の孤児院はそれ程じゃないから緊張しないで良いと言ったの。
 たしかに、孤児院は表にある神殿ほど立派ではなかった、でも神殿に併設されている建物がそんなにみすぼらしい訳がなかったの。
 ハンデルスハーフェンでこんな立派な建物に住んでいる平民は大商人くらいだわ。

 でも、物心付いたときにはスラムにいて、屋根のある部屋で寝たことのない子供たちはそんなこと知らないから、ちゃんとした家に住めるというだけで大はしゃぎ。
 萎縮している私が馬鹿みたいだったので、私も努めて気にしないことにした。

 そこでステラさんという優しそうな院長さんが私達を迎えてくれた。
 ステラさんの説明はターニャちゃんから聞かされていた通りで、私達は三食の食事に、年間数着の衣服、それと一人に一台のベッドが与えられるそうだ。
 当面私達がするべきとことは、先に孤児院に住んでいる子達と仲良くなることと王国の言葉を覚えることだと言われたわ。

 ここでの生活に慣れてきたら、孤児院のお手伝いや孤児院の前の掃除をして欲しいって。
 先に住んでいる子供達もそうしてきたとステラさんは言っていた。
 
 そして、ターニャちゃんから聞いていたけど信じられなかったこと、私達は全員学校に通わせてもらえて読み書きや計算を習うことができるとステラさんから改めて言われたの。

 帝国で文字の読み書きができる平民は半分にも満たないと、両親に教えられた。
 父さんは大工の仕事をしていて図面を読めないといけないので、仕事で使う最低限の文字と数字は読めたけど、母さんは数字しか読むことが出来なかった。
 市場でモノの値段が分からないと損をするから、数字と簡単な足し算引き算は頑張って覚えたんだと母さんは言っていたっけ。

 この国ではここに限らず、全ての孤児院で孤児を学校に通わせてくれるらしい。
 帝国との子供の扱いに驚くばかりだった、この国の子供は全員が読み書きが出来るのだそうだ。
 故郷に住んでいれば例え孤児にならなくても学校なんか通うことが出来なかったはずなの。
 帝国では学校というのは一部のお金持ちの子弟が通うものだったから。
 帝国では読み書き計算が出来るだけで良い働き口があると言われるくらいなのだから。

 私はそのことに感激していたが小さな子達にはその有り難味は分からないようだった。

 それよりもみんなが大喜びしたのは衣服が支給された時だったわ。
 服とは名ばかりのボロ布しか着たことがない子供たちは新品の服に大はしゃぎだった。

 孤児院に入ったときに支給されたのは、夏服として下着が上下五枚ずつに、ワンピースの上着が三枚、秋の終わりには冬服が同じ枚数支給されるそうだ。
 たしかにあまり良い生地とは言えないけど、ボロ布みたいな服しか着たことのない孤児たちにとってはとっても素敵な贈り物だった。みんな目を輝かせていたもの。
 私も逃げ出したときに持ってきた数枚の服はスラムでの生活であちこちが擦り切れており、新品の服を支給してもらえるのはすごく嬉しかったわ。
 これだけの衣服が毎年支給してもらえるなんて信じられなかった。

 服の支給が済んだら、受け取った服を持って各自に割り当てられた寝室へ案内されたの。
 孤児院は全て六人部屋で丁度二部屋空きがあったそうだ。
 おかげで、ハンデルスハーフェンから来た十二人はバラバラにならずに済んだの、もちろん私の傍を離れない二人は一緒の部屋にしてもらったわ。

 立派な造りの広い部屋は、日当たりも風通しも良く、なにより、とても清潔だった。
 そこにフカフカなベッドが六台置いてある。支給された服はベッドの下の物入れに入れて置くように言われた。

 ここでも、子供たちはベッドの上に乗って大はしゃぎだった。今まで路上生活だったものね…。
 屋根があるところで寝れるだけでも有り難いと思っていたのに、こんな良い部屋とベッドを与えてもらえるとは正直予想もしていなかったわ。

 一通り施設の案内が済んだら、私達より先にここに住んでいる子達との対面式があり、それぞれの自己紹介の後そのまま私達の歓迎会に移行した。
 歓迎会に饗された料理はあらかじめターニャちゃんが多額の寄付をしてくれたそうで、すごいご馳走だった。いったい、ターニャちゃんって何者なんだろうかと思ったけど、目の前の料理に夢中でいつの間にかそんなことは頭に中から消えてしまったの。
 だって、こんな豪華料理食べるの初めてだし、まともな食事をするのも久し振りだったのだもの。

 ステラさんは歓迎会の前に今日は特別で、普段はこんなご馳走は出ないからと言っていた。
 それはそうだろうと思ったの、でも、実際は普段の食事も私達には十分なご馳走だった。
 だって今までは、浜辺で獲った貝や小エビが主食でお腹いっぱいなんてとても無理だった。
 パンや具だくさんのスープをお替り自由というだけでご馳走なのに、毎食必ずお肉かお魚の料理が一品付くなんて夢のようよ。 

 そんな感じでお世話になった孤児院は当初の予想をはるかに上回る待遇の良い施設だったの。

 でもね、この孤児院のぶっ飛んだところは、そんな上辺のことではなかったの……。
 お世話になって、そう間をおかず私はそのことを知ることになったの。


     **********


 それは孤児院にお世話になって数日目のこと、私はお世話になってばかりでは気が引けたため先に住んでいた子達に交じって前庭の掃除をしていたの。
 その方が先住の子達と早く打ち解けれられるんじゃないかと思ったから。

 すると立派な馬車とそれに続いて荷馬車が精霊神殿に入ってきた。
 馬車は神殿の正面につけると中からとても立派な服装の老紳士が降りてきたの。

 老紳士は丁度近くのはき掃除をしていた私に向かって尋ねてこられた。

「失礼、ステラ院長はおられるかな?」

「はい、ステラ院長は院長室にいらっしゃいます。」

 私が返答すると、老紳士は私の顔を見て言われたの。

「ふむ、君は初めて見る顔だね、もしかして、ハンデルスハーフェンから来たという新しい子かな。
 私は、ここの港町の領主をしているギューテという。
 ようこそ、ポルテへ。
 まあ、今まで大変な思いをしたのだろうから、ここでのんびりとすれば良い。
 慌てて大人になろうとする必要なないぞ、子供のうちに良く遊び、よく学ぶのだよ。」

 そういって、老紳士は孤児院の中に入って行かれた。
 私は耳を疑ったわ、こんな大きな街の領主様が一介の孤児にあんなに優しくお声掛けしてくれるなんて思わなかった。
 それより驚いたのは、どうやら領主様は先にここに住んでいた四十人以上の孤児の顔を全員覚えているらしいということだった。それに、私がハンデルスハーフェンから来たことも知っていた。
 後から聞いた話では、領主様は子供が増えると読む本が足りなくなるだろうといって、追加の本を寄贈しに来てくださったのだそうだ。
 領主様がこれほど孤児院に気を配ってくださるなんてとても信じられなかった。

 私がそのまま庭の掃除を続けていると用事を終えた領主様が帰ろうとしていた。
 そこに、別場所の掃除をしていた小さな子が走り寄って行った。

「領主様、おはようございます。
 もしかして、またご本を持ってきてくれたの?」

「おおそうじゃよ、たくさん持ってきたからね。」

「わーい!領主様、大好き!」

「本当にネルちゃんは本が好きだね。本をたくさん読むのは良いことじゃ。
 いっぱい読んでおくれ。」

 領主様はまるで自分の孫でも見るかのように相好を崩してネルちゃんという女の子と話をしている。
 えっ、これって、この孤児院では普通のことなの。帝国では平民が領主様に気軽に声を掛けるなんて許されないのだけど…。


     **********


 そして、つい先日のこと、私が談話室でいつもの二人をあやしているとターニャちゃんが初めて見る人を連れて部屋に入ってきた。

 貴族様のようだけど私の母さんより年上そうな女性が二人と私と同じ年頃の男の子が一人。
 それとは別に、孤児院の服を着た小さな女の子二人が後から入ってきて、先住の子達と遊び始めた。
 わたしと同年代の男の子は、『色の黒い人』で私は嫌悪感を覚えたが、『黒の使徒』を潰そうとしているターニャちゃんが連れてきたのだ。悪い人ではないのだろう。

 私がその男の子に警戒していると、ネルちゃんがその子に走り寄っていって、

「ザイヒトお兄ちゃん、いらっしゃい!」

と満面の笑顔で抱きついたの。

 えっ、それ大丈夫なのと思ったが男の子は気を悪くするでもなく、ニコニコとネルちゃんの頭を撫でている。
 いったい、あの男の子は誰なんだろうと思っていたら、目が合った。
 男の子は私の顔を見て呆けている、時々あるんだ…。

 私は母親似の容姿をしていて傍から見ると美人という部類に入るらしい。
 周りの人からは美人に生まれて良かったねと言われたが、この容姿のせいで父さんが殺され、母さんが酷い目にあったことを考えると素直に喜ぶことは出来ないの。
 それはともかく、以前から私の容姿に見惚れる男性は年齢を問わず珍しくないの。
 あの男の子もその部類だと思う。そう思っていたときのことだった。

「ザイヒトお兄ちゃん、鼻の下が伸びている!みっともない!」

 ネルちゃんはそう言いながら男の子の腕を抓り、それから何処かへ引っ張っていってしまった。
 あれれ、あの歳でヤキモチですか…、ませてるわね…。


 ターナちゃんと大人の女性二人はその様子を微笑ましげに見ていたが、やがてターニャちゃんが言った。

「ハンデルスハーフェンから来た子は一寸集まってくれる紹介したい人がいるの。」

 私達が集まるとターニャちゃんが二人を紹介してくれた。

「わたしの隣にいるのがこの国の皇太子妃のミルトさん、その隣にいるのがみんなが生まれた帝国の皇后のヴィクトーリアさんです。
 この二人は日頃からこの孤児院を支援してくださっています、時々こうして様子を見に来てくださるので覚えておいてください。
 今日も、夕食の食材をたくさん提供していただきましたので、晩はご馳走ですよ。」

 ご馳走と聞いたみんなからは歓声が上がった。
 その中で、私は一人混乱していた、ポルト領主といい、このお二方といい、そんな雲の上の方が孤児院にちょくちょく顔を出すものなのかと。

 その後、ミルト様からは歓迎の言葉を頂き、ヴィクトーリア様からは恐れ多くも、帝国の行政が行き届かず辛い思いをさせて申し訳なかったと、謝罪の言葉を頂戴した。

 私はこっそりターニャちゃんに聞いてみた、孤児院にはこんなに王侯貴族の方が顔を出すのかと。

「そんなわけないじゃない。ここは特別よ。
 ここは帝国で保護した孤児を集めた孤児院なのは説明したよね。
 ポルト公爵とミルトさんはここの子供達にすごく期待しているの。
 将来、この国の交易を担うことが出来る人材に育つのを。
 みんなには無理強いはしないけど、出来れば外交官か貿易商を目指して欲しいと思っているの。
 だから、この孤児院の支援に力を入れているの。
 ヴィクトーリアさんはさっき自分でも言ったように贖罪の意識が強いわ。
 でも、それだけじゃなくて近い将来ケントニスさんと一緒に帝国の社会制度を改革しようと考えているの。
 その一つが孤児の救済、この孤児院はそのための勉強の場所なのね。
 そうそう、ソフィちゃんが帝国に孤児院を作ることに協力したいと言っていたことヴィクトーリアさんに伝えたら喜んでいたよ。」

 と、ターニャちゃんから返ってきたの。やっぱり、そうよね、ここは特別なのよね。

 私が、この孤児院がぶっ飛んでいると思ったのは施設そのものではなく、施設を巡る人間関係だったの。孤児の私が王侯貴族の人と話す機会があるとは思わなかったわ。

 

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