精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第391話 この人は相変わらず無茶苦茶なことを言う…

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 首尾よく大臣を味方に引き入れることが出来たときのこと、部屋の外がにわかに騒がしくなった。

「困ります、現在皇太子様は王国の高官と大切な会合の最中でございます。
 王国の高官の方がおりますので、今部屋に入られるのは困るのです。」

「ええい、えるさい。余に指図するではない。
 余の用件が何事にも優先するのは当然だろう、そこをどくのだ。」

 そんなやり取りがあったかと思えば、乱暴に部屋の扉が開け放たれた。
 そこには、ザイヒト皇子がそのまま歳くった様な容貌の中年親父、この国の現皇帝の姿があった。

 皇帝は如何にも不機嫌そうな顔つきでドカドカと部屋に入ってきて怒鳴り声を上げた。
 おいおい、今来客中だよ、しかも他国の外交官。

「ケントニス、貴様、『黒の使徒』の司祭様を罪人として捕縛したそうだな。
 しかも、余の子飼いの魔導部隊の隊員まで捕らえたと言うではないか。
 一体何を考えているのだ。」

 どうやら、皇宮警護の騎士からの情報がこんなに早く皇帝の耳にまで届いたらしい。
 あの騎士が直接皇帝と話しが出来る訳ないので、随分と迅速に上へ上へと伝わったんだね。

「陛下、今私は外国の高官のお相手をしているのです。
 幾ら陛下と言えども外国の高官に対して失礼ではないですか。」

 ケントニスさんは、非常識な皇帝の言動を戒めるが、それが皇帝の癇に障ったらしく一層激昂して言ったの。

「どこに他国の高官がいるというのか。
 おまえの目の前には小娘が一人いるだけではないか。
 そうやって、余が聞き質した事をはぐらかそうと言うのか。」

「陛下、僭越ながら申し上げます。
 今のお言葉はいささか不穏当でございます。
 こちらにおられる方は、オストマルク王国の公使リタ・シューネフェルト卿にございます。
 シューネフェルト卿は、国王の全権代理として見えられております。
 その方を小娘などと愚弄しますと国際問題にもなりますぞ。」

 さすがに、皇帝の言が拙いと感じたのか大臣が二人の会話に割り込み、皇帝を諌めたの。
 すると、皇帝は再びリタさんの顔を見て、小さな声で「ちっ、あの国は男女同権などと言いおって女の外交官までおるのか、まったくやりずらい。」と溢した。
 そのうえで、怒りを押し殺して努めて平静を保つようにして言ったの。

「おお、そうであったか、公使殿、失礼したな。
 いささか、急を要する用件だった故、赦してくれ。」

 皇帝は絶対に頭は下げないとは言え、全く誠意の感じられない謝罪だったの。女だからって馬鹿にしているのがよく分かる態度だったよ。

 ケントニスさんは皇帝の態度に呆れつつも、皇帝に席を勧めリタさんに対して言った。

「シューネフェルト卿、先程の陛下の不適切な発言は聞かなかったことにしてもらえば有り難い。
 それで申し訳ないが、陛下よりのご下問があってたので先にそちらを片付けさてもらいたい。
 よろしいだろうか。」

 ケントニスさんの問い掛けにリタさんが頷くと、ケントニスさんは皇帝の質問に答え始めたの。

「何を考えてやったかと申されてても、私は法に基づいて適正に処理したに過ぎません。
 衛兵が市中で騒ぎを起こした罪人どもを引っ立ててまいりました。
 衛兵に対して罪状に間違いはないかと質したところ、犯罪の証拠が提示されたため私の権限で罪人を拘留したまでです。
 あと、魔導部隊の者共は重大な命令違反で軍法会議モノですね。」

 そう話を切り出したケントニスさんは、今朝からのシュバーツアポステル商会に纏わる事件のあらましを皇帝に説明した。
 そして、

「そもそも、今回市中に騒ぎが起こった原因は、衛兵のシュバーツアポステル商会を摘発する行動を『黒の使徒』の者共が妨害したことから始まったのです。
 市中で、両者が睨み合いを始めたため、野次馬が寄ってきてしまったのです。
 そして、騒ぎに発展したのも全て『黒の使徒』の責任です。
 彼等は、シュバーツアポステル商会が殺人事件や小麦の不正取引を行っていたことを認めた上で、自らもそれに関与していたことを民衆に目の前で公言し、あまつさえ、それの何処が悪いと民衆の悪感情を煽ったのです。民衆が怒りを覚え、暴動に発展しそうになるのも当たり前です。
 殺人の証拠があり、自らの関与を公言しているのだから捕縛するのは当然でしょう。」

と、シュバーツアポステル商会の数々の犯罪に『黒の使徒』も関与していることから今回の捕縛に及んだことに言及したの。
 
 当然、『黒の使徒』に傾倒している皇帝は激怒するわけで……。

「ケントニス、お前は何を言っているのだ。
 そんな些細なことで『黒の使徒』の司祭様まで捕縛したと言うのか、何と言う罰当たりな!
 『黒の使徒』に楯突こうなどと言う不遜な奴らは殺されても文句言えないだろうが。
 シュバーツアポステル商会は『黒の使徒』が活動資金を得るための商会で、余も出資しておるのだ。その営業の障害になる者は全て悪、どんな手を持って排除しようともかまわんではないか。」

 そこまで言ったところで、口を挟んだのは大臣だった。

「陛下、その発言はシューネフェルト卿の前では非常に不適切です。
 それでは、我が国の法が歪められており、公正な運用がなされてないと公言しているようなモノですぞ。
 そもそも、本日、シューネフェルト卿がこちらにお越しになられたのも、そのシュバーツアポステル商会の件で抗議に見えられたのです。」



「なんだ、大臣、余の申すことに誤りがあると言うのか。」

「陛下、本気でそのようなことを言っているのだとしたら、見識が疑われますぞ。
 そもそも、我が国においても殺人は重罪です、何人においてもこれは適用されるものです。
 たとえ、陛下と言えども、無礼打ち以外で人の命は奪うことが出来ないのです。
 いわんや、シュバーツアポステル商会は一商人です、商売敵を殺害して良いなどという道理はございません。
 私は以前から申し上げているはずです、『黒の使徒』やシュバーツアポステル商会といった、無法者共とお付き合いされるのは止めた方が良いですぞと。」

  大臣が、『黒の使徒』一味を無法者と言うと、今まで努めて平静を装っていた皇帝が顔を真っ赤にして怒鳴ったの。

「大臣、貴様、『黒の使徒』の方々を無法者と申すか、皇太子派に寝返ったのではあるまいな。
 『黒の使徒』の方々の言葉は神の言葉、『黒の使徒』の方々の行いは神の代行である、それを矮小な人に法に当てはめて無法者とは不遜に過ぎるぞ。」

 すごい、言っている事が無茶苦茶なのに本気でそう思っている目だよ、狂信者って怖い…。

「陛下、私は若き時より、陛下と共にあり忠義を尽くして来たではありませんか。
 皇太子派などという派閥が出来上がる前から、私は『黒の使徒』の連中は胡散臭いので余り馴れ合わないようにとお諌めしてきたつもりです。
 覚えてはおられませんか。
 あの輩は無法者以外の何者でもないのです、何故それがお分かりにならない。
 私は皇太子派に組するつもりはございませんが、ことここに至っては『黒の使徒』を放置しておく訳には参りません。
 『黒の使徒』及びシュバーツアポステル商会は国を揺るがす一大事を引き起こしたのですぞ。」

 大臣の言葉を不機嫌な表情で聞いていた皇帝は、国を揺るがす一大事と言うところには注意が向いたらしい。

「国を揺るがす一大事だと? それはどういうことだ?」

 皇帝に問われた大臣は、リタさんがここにいる理由を明らかにした。
 そして、オストマルク王国から帝国に提示された要求についても説明したの。

「オストマルク王国が我が国に販売してくださる小麦の単価は市中の相場より大分安いのです。
 それは、帝都迄の運送費を入れても国民が手頃な値段でパンが買えるようにとの配慮なのです。 この点については再三、陛下のお耳にも入れているではないですか。
 決して、シュバーツアポステル商会や『黒の使徒』の懐を肥やすためではないのです。
 今回の不祥事についてはオストマルク王国のお怒りはもっともだと思います。
 私の見解としては、今回シューネフェルト卿が出された要求は何一つとして理不尽なものではないかと。」

「ふざけるな!
 シュバーツアポステル商会を払い下げの対象から外す等という要求が受け入れられるか!
 あれは、『黒の使徒』の方々の大事な収入源なのだぞ!」

 案の定、穀物取引からシュバーツアポステル商会を排除するといったら、皇帝は更に怒りを強めたよ。
 この時点では、大臣は帝国政府との取引を打ち切ったら、帝都の商業組合に直接穀物を流すと言う計画は漏らしていないの。

「では、陛下は帝都の民に飢えろと言うのですね。
 言っておきますが、王国から穀物が入ってこなくなれば、我々王侯貴族とてパンを食べることが出来なくなるやもしれませんぞ。
 それだけ、帝国の農業生産力は落ちているのです。
 シュバーツアポステル商会などを庇いだてして、みなに飢えろと申しますか。」

 王侯貴族にもパンが手に入らなくなるかもしれないと脅されて、皇帝は初めて真面目に考えるそぶりをした。

 そして、

「勝手にせい!」

と吐き捨てるように言ったの。


     **********

 
 そこに、今まで黙っていたリタさんが初めて口を開いた。

「お二方の会話に口を挟むご無礼をお許しください。
 皇帝陛下、私のお役目としてシュバーツアポステル商会の排除を確約していただかないと困るのです。
 『勝手にせい!』で、大臣が勝手にやったことだと主張されては困るのです。
 皇帝陛下のご判断をこの場でお聞かせ願えますか。」

 リタさんにシュバーツアポステル商会排除の確約を迫られた皇帝は、「うぐっ」っと歯噛みをしたが、忌々しげに言った。

「分かった、穀物一切についてはシュバーツアポステル商会には払い下げせず、またその流通にも関与させないことを約束しよう。」

 西の大陸とか、国内から集めた穀物はその限りではないのね。
 その言葉を聞いたリタさんは膝に抱えていた鞄から一枚の紙を取り出して言った。

「では、その旨を記した念証です。
 僅か数行のモノで、先程要求したことしか書いてありませんので検討の必要もないともいます。
 一度目を通していただいて、宜しければこの場でご署名をお願いします。」

 やっぱり、口先だけの約束とは行かないよね、ちゃんと書面は用意してあったんだね。
 手渡された大臣はその内容を確認して皇帝に差し出した。

「こちらの念証、先程より王国から要求があったことが正確に記載されており、また、それ以外に余分な要求が書き込まれていないことを確認したしました。
 一読の上、ご署名をお願いします。」

 差し出された皇帝は苦々しい顔で、念証を受け取ると軽く目を通し、渋々署名を行った。

 皇帝が署名した念証が大臣の手を経てリタさんに手渡されるのを確認したケントニスさんが言った。

「では、シューネフェルト卿の信頼を裏切らないように、私の配下の者を貴国から輸入した穀物の払い下げ及び流通過程の担当者として就ける事にしよう。
 今までの者では、何処で不正が起こるかわからないからな。」

 その言葉を耳にした大臣が、

「おお、それは助かります。
 先日来、不正に関与した者の洗い出しをしているのですが、正直捗っているとは言い難いものがございまして。
 現在の担当者を一掃して皇太子殿下の方から派遣してくださるのでしたら助かります。」

と言うと、リタさんが相槌を入れた。

「そうですか、お役人の綱紀粛正を掲げてらっしゃる皇太子殿下の配下の方であれば信頼出来ますね。」

 さすがに、そのような流れになるとは予想していなかったようで、皇帝は絶句したが反論することは出来なかったようだ。
 どうせ、払い下げ業者から除外しても役人に手を回して、横流しでもさせれば良いと思っていたのだろう。

 この日を境にシュバーツアポステル商会は小麦を中心とする穀物の市場から姿を消していくことになるの。 

  

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