精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第431話 ウンディーネおかあさんは悔んでいた

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 こうしてわたしは、周囲に勧められたこともあり、ルーナちゃんの家で二十日ほど静養させてもらうことになったの。
 王都に帰る時にはもう夏休みは終わりになる。
 本当に今年の夏休みはもう帝国へ行くことは出来ないみたい。

 あの西部地区の広大な荒地、もう少し再生しておきたかったのだけどしょうがないか。
 自業自得だものね、こんなことなら妙な好奇心を出すんじゃなかった……。

 今日は朝からアルムートの中央広場で臨時診療所を開くということで、ミルトさんがフローラちゃんとミーナちゃんを連れて出かけてしまった。もちろん、精霊三人娘もね。

 私も付いて行こうかと思ったのだけど、ミーナちゃんに先回りして言われてしまったの。

「ターニャちゃんは昨日までの旅で疲れが溜まっているだろうから今日はここで大人しくしてね。」

 そうですか…、一緒に行くとわたしも診療活動に加わると思っているのね、イマイチ信用されてないみたい。

 何をしようとしても止められそうで、いっそのこと寝ていようかと思っていたら、

「ターニャちゃん、退屈なら海を見に行きましょうか。」

とウンディーネおかあさんが誘ってくれた。

 わたしの隣に座っていたハンナちゃんがウンディーネおかあさんの言葉を聞いて、

「お船、見に行くの?」

と期待に満ちた目で尋ねたの。本当に船が好きだね、ハンナちゃん…。

「ごめんね。昨日の場所でのんびり海でも見ながらお話しでもしようかと思って。
 ハンナちゃんは行くのイヤ?」

「うんうん、そんなことないよ。
 ターニャお姉ちゃんが行くのならハンナも行く!」

 ウンディーネおかあさんの答えに気落ちする様子も見せずハンナちゃんはわたしと一緒にいると言う。先日来、ハンナちゃんは片時もわたしの傍を離れようとしないの。
 まるで、目を離すとわたしが消えてしまうとでも思っているかのようにみえる。

 
     **********


 そしてやってきた昨日と同じ海岸、今日も海は波が静かだった。
 波打ち際の砂浜に敷物を敷いて、ハンナちゃんを真ん中に挟んで三人並んで腰掛けた。


 ウンディーネおかあさんは穏やかな海のはるか遠くを見つめて言ったの。

「こうやって、何をするでもなくまったりと過ごすのも良いでしょう。
 ターニャちゃんにはこういう時間が必要なの。」

 わたしの気の焦りをウンディーネおかあさんはお見通しらしい。
 少しのんびりしろとここへ連れてきたみたいね。

 ウンディーネおかあさんは海を見つめたまま続けたの。

「昔ね、ヴァイスハイトが歩き疲れると、何にもない荒野のど真ん中でこうして二人で座り込んだわ。
 そして、何にもない光景を見つめてボーっとしてたの。他愛のない話もしたわ。
 でもね、今思うとそれが凄く楽しい時間だったのよ、何故か今でも思い出すの。」

 ヴァイスハイトさんの頃は魔導車はおろか馬車だってなかったから、生涯海を見る機会はなかったそうだ。
 ヴァイスハイトさんがまだ小さい頃、荒野の中で座り込んだときに海の話を聞かせたことがあったみたい。
 好奇心旺盛だったヴァイスハイトさんは目を輝かせていつか海を見に行くと言ってたのだって。

「あの子にもこの美しい海を見せてあげたかった。」

 ウンディーネおかあさんはしみじみと言ったの。
 ヴァイスハイトさんがウンディーネおかあさんと森を出たのは、わたしと同じ八つの頃だと言う。
 やっぱり、人の社会に戻してあげるつもりだったみたい。 

 その頃、オストマルク王国のある辺りは辺境部もいいところで、支配する国はなく村すら疎らな荒野だったそうだ。
 そんな中を人里を探して旅をして、ウンディーネおかあさんが泉を作り、ヴァイスハイトさんがおチビちゃんの力を借りて畑を作って回ったらしい。丁度、今のわたしのように。

 元々の目的は、ヴァイスハイトさんを受け入れてくれる定住の地を探すことだったみたいだけど、中々住み着こうと思う村はなかったらしい。
 ちょうど、今の帝国のような感じで年中食べ物が不足していて、口減らしに子供を捨てることも多かったみたい。

 そんな口減らしに捨てられた子供を拾いながらヴァイスハイトさんとウンディーネおかあさんは旅を続けたそうだ。
 今のように町のスラムがあるわけでもなく、捨てられた子供は早晩餓死するのだけど、運よくヴァイスハイトさんとおかあさんが見つけた子は食べ物を分け与えて一緒に旅をすることになったのだって。

 そうこうする内に、拾った子供が増えて移動をするのが難しくなったそうだ。
 それで、定住できる村がないのならば、いっそのこと自分達で村を作ってしまえという事になったみたい。
 それで、もといた精霊の泉の傍に戻ってきて、村を起こしたらしい。
 現在の王都ヴィーナバルトはここから始まったそうだ。


「それがヴァイスハイトが十五の年ね。
 ヴァイスハイトが本当の意味で自由だったのはそこまでだったの。
 村を作ったからには、村人となった孤児達を飢えさせる訳にはいかないでしょう。
 それこそ、最初のうちは休む間もなく働いたわ。
 そのうち、拾ってきた子供の中に精霊が見える子がいることがわかって術の扱いを教えたの。
 それからは、徐々に仕事を分担していくことで負担を減らしたのよ。」

 孤児達が大きくなって、村の働き手となると作物の作付けが増えて、村の生活が安定して来たそうだ。
 そのうち、村人の中から夫婦になり子をなして、村の規模は徐々に大きくなっていったみたい。
 その先は歴史で習ったとおり、村から町、町から国になってヴァイスハイトさんは王となったの。

 王となって治世が安定してくると国を巡って、食料不足の村に精霊の力で畑を増やし、また孤児達を保護して歩いたのだけど、十五の時迄みたいに自由に旅することはできなかったみたい。
 歴史ではヴァイスハイトさんが全部自分で巡回したかのように言われているけど、実際には初期に精霊の力を借りられることが分かった人達と分担して回ったそうだ。
 ミルトさんのご先祖様もその一人みたい。

 まあ、一国の王なのだから自由気ままには行かなくなるよね。

「あの子はね、十五の時からずっと自分のためではなく、村人のため、国民のために自分の時間を費やしてきたの。
 こんな風にのんびり出来る時間もなくなったわ。
 私は後悔したの、もう少し大人になるまでのんびりさせてあげたかったって。」

 ウンディーネおかあさんは余り大きくなるまで精霊の森に閉じ込めてしまうと人の社会に適応できなくなるのではと心配して、八歳で精霊の森を出したのだそうだ。
 そして、自らヴァイスハイトさんに同行して、ヴァイスハイトさんを守りながら人の社会への適応を促したのだけど、十五歳という若さで自由な時間が無くなってしまうとは思いもしなかったみたい、

 もう数年、精霊の森で自由にさせてあげればよかったと後悔しているそうだ。

「私ね、ターニャちゃんを八歳で森から出すと聞いたとき反対したの。
 ヴァイスハイトの時のことを後悔していたから。
 でもね、最初は学園に入れると聞いたので、のんびり出来るだろうと思って渋々同意したのよ。」

 ウンディーネおかあさんの反対に対してエーオースおかあさんは、人の子供は人の子供同士で仲良くなって、ゆっくり大人になれば良いと言ったそうだ。
 そのためには、学園に入学する八歳の春に森を出したほうが良いと主張したみたい。

 まさか、学園に入ったその年からヴァイスハイトも顔負けな活動をするとは思わなかったと、ウンディーネおかあさんは渋い顔で言った。

「ねえ、ターニャちゃん、あなたが学園を卒業したら森に帰ってくるつもりなのか、人の社会で生涯を過ごすつもりなのかはまだ決めなくてもいいわ。
 でもね、もし、人の社会で生きるのであれば、大人になるとイヤでも働かないといけないの。
 そうなると自由な時間は本当に少なくなるの。
 こうして、のんびり過ごせるのも、自由に行動できるのも学園にいるうちだけよ。
 ハンナちゃんなんかこんなにあなたを慕っているのですもの、もう少し遊んであげる時間をとっても良いんじゃないの。」

 何日か前に、ハンナちゃんが言っていた。
 ポルト公爵が同じようなことを孤児達に言ったって、たしか、『慌てて大人になる必要はない、子供のうちに良く遊びよく学ぶのだよ』だっけ。

 きっと、大人たちは過ぎ去りし日々を振り返ってそう言っているんだろう。
 みんなが同じようなことを言うのだから、それが正しいのだろうね…。
 でも、……。


「ヴァイスハイトが晩年言っていたの。
 結局、海を見に行くことは叶わなかったって。」

 精霊は涙を零さないという、でもこの呟きを発した時、ウンディーネおかあさんの頬を涙が流れた気がした……。 
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