ディストピア系アイドルゲームの指揮官に転生したので、クズを演じながら推し活することにした

西嶽 冬司

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2章【楽園、あるいは独裁国家】

第13話【来訪、あるいは首輪の締め方】

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三区からの定期便が到着する日。
第九部隊の発着場には、いつになく緊張感のない空気が流れていた。

原因は輸送班のリーダー。

厳つい顔面にサングラス。 腕には歴戦の傷跡。
誰がどう見てもカタギではない。
第九地区きっての強面男——轟。



「でへへ……」

そんな彼がスマホの画面を凝視し、だらしなく頬を緩ませていた。

——ひぃ……なんか見ちゃいけないもの見ちゃった——

美咲は思わず目を逸らす。
笑っているのに目が笑っていないとか、そういう次元ではない。
鬼が金棒を撫で回しているような。
こう、なんというか——生理的にキツい。

「よぉ轟。キモい顔になってんぞ」

響が呆れたように声をかける。
轟はサングラスをずらし、響を睨みつけた。

「……鏡を見て言え。 お前も同じ顔で自分のガキのオムツを替えてただろうが」

「うぐっ……」

痛恨の一撃。響が言葉を詰まらせる。
轟はフンと鼻を鳴らすと、愛おしそうにスマホを懐へしまった。

「えっ、轟さんってご結婚されてたんですか!?」

美咲が驚くと、轟は少しバツが悪そうに——けれど誇らしげに口を開いた。

「……俺みたいなノイズ崩れでも、人並みの幸せを掴めるなんてな。
 全部、こいつのおかげだ」

轟の太い腕が響の背中をバシッと叩く。
鈍い音。響が「ぐえっ」とカエルのような声を上げて前のめりになった。
肺、潰れてない? いや、そっちの方が静かになるかしら。

「轟の奥さんはな、元・『オーグリー』の事務員だったんだよ」

響が背中をさすりながら、呻くように解説する。

「侵食が進みかけて、俺の『退役支援制度』を使って退役させた。
 今は専業主婦として、幸せに暮らしてるよ」

「へぇ……!」

美咲は感嘆の声を上げた。
響の作った制度は、カレンのような戦闘員だけではない。
裏方で支えるスタッフたちや——

彼女たちを愛する男たちの希望にもなっていたのだ。

「だからよ、コンダクター」

轟の表情が、一瞬で『仕事』の顔に戻る。
周囲の温度が数度下がったような、鋭い眼光。

「俺のメトロを乱し、残業させるようなヤツは——56す」

——膝に来る目つきよねぇ……怖ぁい——

美咲は震え上がった。
この男にとって、定時退社は家族への愛そのものなのだ。
それを阻害する者は、たとえ災害であっても許さない。
鋼の意志がガチで鋼すぎる。

その時——定期便のハッチがプシューと開いた。

「到着だ。 遅れはない」

轟が時計を確認し、満足げに頷く。
タラップが降り、数名の人間が姿を現した。

先頭は、仕立ての良いスーツを着た神経質そうな男。
その少し後ろに、秘書のような佇まいの少女が続く。

男はタラップを降りるなり、ハンカチで口元を覆った。

「……ッ、臭い。 なんだこのドブのような臭気は」

第一声が、それだった。

「こんなゴミ溜めで暮らせるか!
 空気が腐っている。 これだから辺境は……」

わかりやすいヘイト役の登場に、美咲は遠い目をした。
響が「うわぁ」という顔をしているのが、視界の端に見える。
あからさま過ぎて逆に怪しいわね。

「ようこそ第九地区へ。 俺がコンダクターの——」

響が愛想笑いで歩み寄る。
男はそれを手で制した。汚物を払うように。

「君か。 一般人の指揮官というのは」

男は響を上から下まで値踏みし、鼻で笑った。

「君のような『不純物』がコンダクターとはね。
 第九部隊の質が知れるというものだ」

「……はぁ、どうも」

「私は『高宮 セイジ』。
 第三地区より派遣されたレゾナントであり——貴様らの監査官だ」

高宮と名乗った男は、胸元のバッジを見せつける。
三区のエリートを示す紋章。
そうなんですねー、知らなかったー、すごーい、さすがですねー、関心しちゃうなー。

「第九は規律がなっていないと聞いている。
 今日から私が、このゴミ溜めを管理してやる」

高宮は基地を見回し、吐き捨てた。

「まず、物資の管理は私が担当する。
 貴様らのような蛮族に、貴重な資源を任せてはおけんからな」

「……あ?」

後ろで控えていた真凜の眉がピクリと跳ねる。
カレンがいない今、沸点の低いメンバーを抑えるのは至難の業だ。
湊がギターケースを握りしめ、万里が指をポキポキと鳴らし始めている。
見てくださいよ、千紗さんなんて、瞳孔がカッ開いてますよ。
お願いだから! この野犬狂犬893の群れを、これ以上刺激しないで!

美咲が冷や汗をかいていると、高宮が一歩下がり、後ろの少女を前に出した。

「紹介しよう。 私の補佐官であり——」

一呼吸。 勿体ぶった口調。

「『兵藤 総裁』のご令嬢、『兵藤 ナギ』様だ」

「「「えええええっ!?」」」

驚愕の声が重なった。美咲の目が点になる。

兵藤 総裁——シントニア頂点の、兵藤一成。
その孫娘が、こんな最前線に?

「兵藤 ナギです。未熟者ですが、よろしくお願いいたします」

少女——兵藤 ナギは、優雅に一礼した。
長い黒髪、意志の強そうな瞳。清楚で、どこか浮世離れした美しさ。

——うわぁ、一番めんどくさいところの『お姫様』が来ちゃった——

響が頭を抱えるのが見えた。
カレンの離脱で手一杯なところに、監査官と総裁の孫娘。
胃薬のストックがマッハで消える未来しか見えない。

「では、早速だが視察を始める。
 案内したまえ、不純物」

響は「はいはい」と力なく返事をし、歩き出した。

嵐の予感どころではない。

すでに暴風域に突入していた。



***



高宮の管理は、到着直後から苛烈を極めた。

「土壌改良プラントへの立ち入りを禁止する」

執務室に入って早々、高宮が発した最初の命令がそれだった。

「はぁ!? なんでだよ!」

響が食い下がる。
あのプラントは、響が心血を注いで作り上げた野菜作りの要だ。

「辺境の技術で汚染土壌をいじくり回すなど、正気の沙汰ではない。
 万が一、変異ウイルスや細菌が発生したらどうする?
 リスク管理もできんのか、無能め」

高宮は聞く耳を持たない。
正論の皮を被った、ただの嫌がらせだ。

「ちゃんミサキもそうだったけど、ひょっとして三区の奴らって……」

チラリ、と響が美咲へ視線を向ける。
確かに美咲も、最初は響の野菜を拒否した過去がある。
でもあれと同類扱いはさすがにやめてほしい。

「おい、そこのデザイナーの性癖のようなデカ女。
 今すぐ食材の廃棄だ。 規定量を超えている」

「……食べるなと言うのか」

万里がスティックをダンッ!とデスクに突き立てる。
バキバキと亀裂が入り、デスクがガラクタに変わる。
書類の山が崩壊し、まるで花吹雪のように宙を舞った。

その仕分け作業を想像し、響が青ざめる。もちろん美咲も青ざめる。
高宮もビクッと肩を震わせるが、すぐに虚勢を張って怒鳴り散らした。



——嫌がらせは、それだけでは終わらなかった。

「通信室の電力使用量が規定を超過している。
 今日から使用時間を1日2時間に制限する」

『はぁ!?  ふざけんな!』

リリィの怒号がスピーカーから響く。
その声は、対人恐怖症の彼女らしくない圧を放っていた。

無理もない。 彼女にとって通信設備は手足そのもの。
それを奪うのは、鳥から翼をもぎ取るに等しい。

「娯楽目的の私物は全て没収だ。
 そこの陰気な女、その騒音発生装置を寄越せ」

「……殺す」

湊の目から、完全に光が消えた。
ギターケースを抱きしめ、射殺すような視線を高宮に向ける。
マジでやばい。 『56す』じゃなく、『殺す』になってる。
彼女にとってギターは命より重い。 冗談では済まない領域だ。

「貴様、なんだその目は! 上官に対する態度か!」

「やめろ湊。 今は堪えろ」

響が湊の肩を掴み、なんとか制止する。
湊は舌打ちをして、高宮を睨みつけたまま一歩下がった。

「あと、そこの銀髪。 コンダクターとの私的な接触は禁止だ。
 公私混同は規律の乱れに繋がる」

「……え?」

千紗の瞳孔が、カッと開いた。 うわ、千紗ちゃん目こわっ。

「義兄さんに関わるなって、こと?」

「そうだ。 上官と部下の適切な距離を——」

「ふぅん」

千紗の声が、一段低くなる。 笑顔のまま、彼女の周囲の空気が歪む。
美咲の本能が、全力で警報を鳴らしている。

——やばいやばいやばい、千紗さんがデストロイモードに入りかけてる——

「千紗、落ち着け。 な? 後でいくらでもナデナデするから」

響が慌てて千紗を宥める。
千紗は不満そうに唇を尖らせたが、なんとか矛を収めた。
危なかった。 あと一歩で監査官が物理的に『処理』されるところだった。
血に染まる銀色の天使の幻影に、美咲は震えた。
因みに湊は、どさくさに紛れてギターを持ち帰っていた。



第九メンバーの不満は、着実に——そして急速に高まっていった。



そんな中——

「……あの、篠崎コンダクター」

廊下の陰で、響と美咲に声をかけてくる人物がいた。
兵藤 ナギだ。

彼女は周囲を警戒するように見回してから、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。 上官……高宮 監査官が、大変な失礼を」

「えっ……?」

美咲は驚いて顔を見合わせる。
あんな傲慢な男の補佐官が、まさか謝罪してくるとは。

「彼は……悪気はないのです。
 ただ、少し理想が高すぎて、周りが見えなくなってしまうところがありまして……」

ナギは困ったように眉を下げ、儚げに微笑んだ。

「私からも、できるだけ諌めるようにします。
 皆さんの活動を、阻害するつもりはありませんから」

その真摯な態度に、美咲の中で「あれ?」という感情が芽生える。

——もしかして、ナギさんはまともな人かも?——

あの高宮とは違う。 話が通じる相手かもしれない。
あわよくば、味方になってくれるのでは?
総裁の孫娘に覚えがめでたいとか、出世のチャンスなのでは?

ナギが去った後、響は無言だった。 彼は腕を組み、ナギが消えた角を、冷たい目で見つめ続けている。

「……篠崎さん? あの人、すごく親切な方でしたね。高宮監査官とは全然違う……話せば理解してくれるかも」

美咲の言葉には、総裁の孫娘という立場に期待する、わずかな希望が滲んでいた。

「いや……ありゃ相当おかしい」

響の目が、フッと細められた。 その瞳には、いつもの嘲笑の色がない。

「あの娘、心の音が見えない。 鏡みたいにツルンとしてた」

「え……?」

響の発言で、美咲の胸に真っ先に去来したのは、困惑だった。
彼は以前、心の音が見えると主張していた。 それが転生特典だと。

——それはただ、狂人が言ってる電波な妄言だからでは?——

カレンにもアッサリ騙されてたし。
美咲の中で不審の種が育つ。
そんな事はお構いなしに、響が指で自分のこめかみをトントンと叩く。

「俺のチートは、相手を視界に捉えていれば発動する。
 それが見えないってことは、隠したいことがある裏返しだ」

響はニヤリと笑い、ナギが消えた角を睨む。

「でも慢心してたんだろうな。 『目』までは隠しきれてなかった。
 ありゃ俺たちを『値踏み』してる目だ」

心を鉄壁に守るあまり、物理的な視線の演技がおろそかになっていた。
それを決して見逃さない響の洞察力。

「……篠崎さん、無法すぎません?」

プライバシーもへったくれもない。
絶対に私生活では一緒にいたくない人間だ。
まぁ彼の電波発言が、全て真実だと仮定するならの話だが。

「そりゃチートだからね。 チートってのはそういうもんだ」

響は軽口を叩きながらも、その目は笑っていなかった。

「ま、向こうがその気なら、こっちも付き合ってやるまでよ」

響はひらひらと手を振り、執務室へ戻っていった。



***



執務室に戻った響は、表向き従順な態度を崩していなかった。
高宮からの理不尽な要求書類を、黙々と処理している。

だが——

「……ノイズを処理したブタも、感染体になるのかな……」

響が独り言を呟き始めた。
その目が、あさっての方向を向いている。
ん? 今なんて言った?

「母子間でのノイズ遺伝はないし、ノイズを経口摂取しても問題ないのでは?
 つまり餌——高宮を食わせても、豚は汚染されない? 
 お、なんだか俄然やる気が湧いてきたぞ⭐︎」

——こえぇぇ!!——

美咲は心で絶叫した。 なんで餌から言い替えたの? 隠してよ。
ストレスが限界突破して、思考がマッドネスに振り切れている。

「やめてください! そんな実験は禁止です!」

「チッ、冗談だよ冗談。



 まだな」

「まだって言った!?」

響は危ない妄想で殺意を中和しているようだった。
このままでは、いつか本当に実行しかねない。
というか第九大王(仮)以外にも、第九ベラ豚ナ(仮)まで飼ってるのか。

『先にあなたが死にたいようね』

なぜか、テロリストからの殺害予告の幻聴が。 ひょえ……。 

「リリィ」

響がインカムに向かって短く呼ぶ。

『なんですか、変態コンダクター

即座に返答がある。 ルビ元がひどい。

『お嬢様の通信を監視しろ。 一言一句、漏らすな」

『了解です。 ポンコツな能力のコンダクターに代わり、しっかり監視します。
 あのお姫様、裏でコソコソしてる気配がプンプンだと、リリィも思います』

響はヘラヘラとした態度を崩さないまま、裏で着々と迎撃準備を進めていた。

首輪を締めに来たつもりが、逆に絡め取られるのはどちらか。
狸と狐の化かし合いが、静かに幕を開けていた。



***



深夜。

美咲は、ふと目が覚めた。

喉が渇いている。
ベッドから身を起こし、廊下へ出る。

静まり返った基地。
昼間の喧騒が嘘のように、音という音が消えている。

——こんなに静かだったっけ——

美咲は小さな違和感を覚えながら、廊下を歩いた。
非常灯の青白い光だけが、コンクリートの壁を照らしている。

自分の足音が、やけに大きく響く。

コツ、コツ、コツ。

規則正しいリズム。
それだけが、この空間に音を与えていた。

ふと——前方に、人影が見えた。

長い髪の女性。
作業着のような服を着ている。
壁に手をつき、ゆっくりと歩いている。

——スタッフかな?——

美咲は首を傾げた。
基地の人間は、ほとんど顔を覚えている。

でも、あの後ろ姿には——見覚えがない。

「あの、すいません」

美咲は、ためらわず声をかけた。



声をかけてしまった。



女性の肩が、ビクリと震えた。

振り返らない。
ただ、歩く速度が上がった。

壁を伝うように、角を曲がり——消えた。

「え、ちょっと……」

美咲は困惑しながら、後を追おうとして——

足が、止まった。

廊下の突き当たり。
響の執務室の前。

扉が、半開きになっている。
中から、微かな明かりが漏れていた。

——篠崎さん、まだ起きてる?——

覗き込む。

誰もいない。

デスクの上には、いつもの書類の山。
その隙間から、非常灯の光が差し込んでいる。
部屋全体が、青白く染まっていた。

静寂。

風の音も、虫の声も、何も聞こえない。
まるで、世界から「音」だけが抜き取られたような——

あの日、響から聞いた話が蘇る。

『ホスピス』。
退役者を収容する、真っ白な施設。
そこでは全てが遮断されている。

光も、音も、刺激も。

『緩やかに、優しく、自我を「沈殿」させていくのです』

美咲は、ゴクリと唾を飲んだ。

——なんで、今、それを思い出したの——

足元に、何かがある。
散乱した書類の下に、古いファイルが落ちていた。

美咲は何気なく——いや、何かに導かれるように、それを拾い上げた。
第九の人事ファイルだ。
あの日のもののように、表紙は色褪せ、角が折れている。

衝撃で開いてしまったページ。
一枚の写真が、貼り付けられていた。

女性の顔。

美咲は息を呑んだ。

——さっきの人——

廊下で見かけた、あの女性に、よく似ている。

でも、写真の中の彼女は——

今にも死にそうなほど、病んだ目をしていた。

生気がない。何も見ていない。
あのホスピスの写真と、同じ目だ。

名前の欄には——

『マエストロ 多々良 弥生』

そして、その写真には。

無慈悲な赤いスタンプが、押されていた。



処理済Disposed



美咲の指先が、冷たくなっていく。

『処理済』
つまり——もう、この世にいないはずの人間。

じゃあ、さっき見たあの女性は——



誰?



背後で、何かが動いた気がした。

美咲は振り返れなかった。 振り返ってはいけない気がした。

廊下の奥から、微かに——足音が聞こえる。

コツ、コツ、コツ。

規則正しいリズム。 ゆっくりと、近づいてくる。

美咲の足が動かない。 息が詰まる。
心臓が、痛いほど脈打っている。

足音が——止まった。

すぐ、後ろで。



「——佐倉さん?」



「ひっ……!」

悲鳴を噛み殺し、振り返る。

そこに立っていたのは——


真凜だった。

「こんな時間に、どうされました?」

いつもの無表情。 いつもの冷たい声。
真凜は不審そうに美咲を見つめている。

「あ、いや、その……喉が渇いて……」

「寝ぼけてるんですか? その部屋にウォーターサーバーはありませんよ」

真凜は何事もなかったかのように通り過ぎていった。

美咲は、荒い呼吸を整えながら、もう一度ファイルに目を落とす。

『処理済』の赤いスタンプ。
病んだ目をした女性の写真。

——気のせい、よね——

そう思いたかった。

でも、どうしても——

あの廊下で見た女性の後ろ姿が、頭から離れない。

美咲はファイルをそっとデスクに戻し、逃げるようにその場を後にした。

背中に、誰かの視線を感じながら。



第九部隊の闇は——想像以上に深いのかもしれない——
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