隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第十四話 名付け親として、責任を双肩に担う

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 緊張した面持ちの子供達だったが、朝食を食べ始めると、その相貌はすぐに崩れて、年相応の幸せそうな表情になっていった。その顔を見ている料理を作った彼女も、子供達と同じ表情になっていた。久々にあそこまで嬉しそうな彼女を見た気がする。
 普段は簡素な朝食なのだが、今朝は彼女が子供達のため腕によりをかけて作った料理が、テーブルいっぱいに広がっていた。
 食べ盛りな子供達と、沢山の豪勢な朝食を見ているだけで満腹になった気分の私は、軽くスープを口に運びながら、子供達が食べ終わるのを待った。
 
 「美味しかった?」

 料理のほとんどを小さな体の内に収めた子供達に、にやけ顔の彼女が感想を求める。

 「美味しかった」

 「旨かった」

 子供達からの素直な言葉に、彼女は益々嬉しそうに微笑んだ。
 こんな雰囲気の中で、真面目な話の口火を切るのは心苦しいが、このままではいつまで経っても話を始められそうにないので、意を決して切り出す。
 
 「君達に話したいことがある」

 子供達は反射的に背筋がピンと伸び、こちらを向いて固まった。話を聴く姿勢というのを叩き込まれているのだろう。

 「私から君達に、名前を授けようと思うんだ」
 
 名前、という言葉を知ってはいるのだろう。だが、名前を持つことに何の意味があるのかを知っているようには見えない。 

 「名前とは本来、親が付けるものだ。子供の健やかな成長と、幸福な人生を願ってな」

 少し恥ずかしくなり、呼吸を整える。

 「私は君達の親代わりになるつもりだ。子供として当たり前のように与えられるべきものを、出来る限り与えてやりたいと思っている。その第一歩として、君達に名前を与えたい。私なりに熟考して考えた名前なので、ぜひ受け取って欲しい」

 ここまで言った私は、席から立ち、まずは男の子の方へと近づいて、目線を合わせるために膝をつく。

 「今日から、君の名はウィルだ。ウィルとは、成し遂げようとする心を表す。君にはこの言葉のように、常に何かを成し遂げようとする心を持つ、向上心溢れる人間になって欲しい」

 男の子ウィルが静かに頷いたのを見た私は、次は女の子の方へと近づき、膝をついて目を合わせる。

 「今日から、君の名はラルーチェだ。ラルーチェとは、暗き場所にて輝く光を表す。君にはこの言葉のように、周りの者の心をも照らす、明るさと勇気を持つ人間になって欲しい」

 女の子ラルーチェは、私の言ったことの大半が分からなかったらしく、首を傾げていたが、私が話し終えたのに気づくと、急いで頷いた。
 私はウィルとラルーチェの間で膝をつき、二人を交互に見る。

 「私の名は、レキム・グラント。レキムとは、親に付けて貰った名で、歴史上比類なき存在になれという願いが込められており、グラントとは、親から引き継いだ名で、当然のように他者へ何かを与えられるような人間になろうとした先祖が、自ら名乗り始めたと聞いている」

 我ながら遅すぎる自己紹介だったが、子供達の私を見る目が若干柔らかいものになった気がして(気がしただけかもしれないが)、私の気持ちもほぐれてきた。
 
 「ちなみに私のアイラって名前も、君達と一緒でこのレキムお爺さんに付けて貰ったの。アイラとは空気って意味で、空気みたいに、いつも身近にいる無くてはならない存在になって欲しいから、そう付けたんだって。何だか雑だと思わない?この人、あなた達の名前を決める時には結構な時間をかけて悩んでいたのに、私の名前は一瞬で決めちゃったのよ」

 黙って宙に浮いていた彼女が、真面目な会話の輪に入ってきた。後半は、いや前半から私への文句にしか聞こえないが、話をしているのは子供達の方へなので、文句というよりは愚痴に近いか。
 戸籍上はお祖父さんではなく、お父さんなのだが……と言いたかったが、客観的に見た私が完全に爺なのは自覚していたので、訂正するのは止めておく。
 それよりも私には、まだまだ他に言うべきことがある。

 「さて、今日から君達には勉学に励んでもらう」

 具体的には、この子達のこれからについて。
 私はウィルとラルーチェに学校へ行ってもらいたいと思っているので、そのための教養を身に着けてもらうつもりだ。教養は精神的な財産であり、一度得れば、時の奔流以外に奪い取られることは無いのだから、幼少期の大切な時間を費やす価値が充分にある。

 「まずは、最低限の基礎学力を付けることから始めるが……君達は文字が書けるかね?」

 そのためにはまず、文字の読み書きを覚えなければならない。
 我々は共通の文字があって初めて、他者と意見交換することが出来、より多くの知識を文献から得ることが出来る。つまり文字とは知識の媒介であり、具体的には、個人の知を共有するためのツールなのだ。
 この子達は、見た目の年齢的には文字が書けても何ら不思議はないが、昨日まで奴隷だった身だったことを踏まえると、満足に文字が書けない可能性が高い。
 しかし――

 「はい。難しい文字は書けませんが、『平文字』なら書けます」

 ウィルの回答は、良い意味で私の期待を裏切ってくれた。
 何処で覚えたのかは訊くまでもない。繁殖奴隷を育てた者達が、最低限の読み書きを教えていたのだろう。
 読み書きが出来る奴隷の方が、出来ない奴隷より高く売れるのは自明であり、教育にかかる費用が、教育したことにより発生する付加価値よりも安く済むならば、彼らは迷うことなく知識を付与するに違いない。商人とはそういう生き物だ。
   
 「そうか。ならば、基礎学力の定着は後回しにして、学ぶ目的を学んでいくことにしよう」

 それならば、初めにすべきなのは学習目的を得るための学びだ。
 ある程度の一般常識を得るための学びを除いて、漠然と学ぶことの意義は薄い。なぜなら、人の一生は、この世に存在している全ての知を吸収するにはあまりにも短いからだ。それゆえ、学びとは目的へと続く道筋を照らす灯としての知を得るためにすべきものだというのが、私の信条だ。
 なので、これからウィルとラルーチェには、学ぶ目的を探し得てもらう。
 
   

 
---------------

造語解説
『平文字』:この世界での基本的な文字のこと。平文字でも全ての事柄を記述することは可能だが、よく使われる用語等には、『貴文字』という文字で著される場合がある。
 昔は『平文字』だけで文章が構成されていたが、活版印刷の業者が1ページに多くの情報を書き込むために『貴文字』を発明した。
 
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