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結婚に至るまで
しおりを挟む婚約さえ決まってしまえば、あとは早い。
俺は学校に通っていないため、成人の歳を迎えた現在、卒業を待つことなく結婚まで進めることができる。ベリル様も、新人の選抜さえ終えてしまえば実際に入団してくる春までは少し猶予があるとのことで、俺達の結婚式は春前に行われることが決まった。
騎士団への入団当初は他の団員たちと同じく寮暮らしをされていたベリル様だが、副団長に昇進したと同時に寮を出て、現在は騎士団本部にほど近い屋敷に住まわれているそうだ。こじんまりした屋敷に最低限の使用人しか置いておらず、そこに住み続けるか新居を構えるかどうかが結婚前の一番の争点となった。
俺は、俺用の寝室と従者であるティムの部屋を用意してくれるなら今のところでも構わないと伝えておいた。男同士、これから子供が増えるわけでもなし、ベリル様にとって立地が良いのであればわざわざ新居を用意する必要もないだろう、と思ったからだ。
うちの家族が警備の心配をしていたようだが、王国騎士団副団長の館に忍び込もうとする猛者が果たしているのか、という話だし、そもそも王弟が住むお屋敷なのだ。その辺りは抜かりないはず。
うちの家族とあちらの家族──主に国王陛下が、広くて立派な新居を用意したらどうだ、と口を出していたようだが、結局ベリル様の希望と俺の要求が一致したため、ひとまず現屋敷に住むことで話は纏まった。新居は、手狭になったときにでも考えれば良いだろう。
また、結婚式についても、身内だけで粛々と行うことに決まった。式後の祝宴は、王弟及び副団長というベリル様の立場にふさわしい規模で開かれることにはなったが。
こうして、俺とベリル様は春を迎える少し前に伴侶となった。
◆
晴れやかな青空が広がる下、王宮礼拝堂で俺達の結婚式は行われた。
身内だけの式とはいえ国王陛下が参列されるため、警備の面でも王宮礼拝堂が最適だろうと判断されたからだ。正直、俺としては場違い感が強くて居た堪れない。王弟殿下──王族と結婚するという実感が今更ながらに湧いてきて、少しだけ緊張していた。
俺の心境がどうであれ、式は粛々と進行していく。
この日のために両親が用意してくれた婚礼衣装は、金糸を贅沢に織り込んだ白地のものだった。金糸と銀糸がふんだんに使われている刺繍模様が衣装に華やかさを与えている。鮮やかな色彩の衣装も良いがモーリスには白が一番似合う、と家族全員の意見が一致してこうなったらしい。
対してベリル様は、一目で高級だとわかる銀糸を織り込んだ白生地を金糸の刺繍で飾り立てた婚礼衣装を身に纏っていた。右の肩章からかけられている青色のサッシュが鮮やかで美しい。いつもようにひとつに結い上げた銀髪の結び目にも、今日は品のある髪飾りがつけられていた。
自分で言うのもなんだが、今の俺とベリル様が並んでいるのは美の暴力だと思う。これは後から聞いた話だが、俺たち二人が司祭の前に立って誓いのくちづけを贈り合う場面はまるで絵画のようだったらしい。母上が大興奮しながら教えてくれた。
ちなみに、この国では互いの薬指にくちづけと指輪を贈り合うのが結婚の誓いの儀式となっている。
指輪はベリル様が用意してくれたのだが、俺がつける指輪には水色の宝石が埋め込まれていた。このように邪魔にならない程度の宝石を飾りとして使うのが一般的であり、選ぶ石については人の数だけ理由がある。
俺は、自分の指に贈られたアクアマリンのついた指輪を見つめてから、至近距離にいるベリル様にだけ届くくらいの小声で尋ねた。
「ベリル様の瞳の色ですね。そちらは、エメラルドでしょうか」
「ああ」
なるほど、それぞれの瞳の色にしたのか、と納得する。よく考えたら俺たち、相手の好きな色すら知らないんだよな。そんな体たらくなのだから、わかりやすく目に見える色を使うのも納得というものだ。
しかし、本当に熱のない人だな、としみじみ思う。何をしていても表情は変わらないし、感情の動きも感じられない。氷の騎士とはよく言ったものだ。
なにはともあれ、指輪とくちづけをそれぞれの薬指に贈り合った俺とベリル様は、これにて伴侶と相成った。
「どうか、末永くよろしくお願いいたします」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
国王陛下を筆頭に参列者から拍手が湧き起こる。俺は晴れやかな気持ちで、彼らに極上の笑みを返した。
白い結婚を手に入れた、という喜びを噛み締めながら。
結婚式後の祝宴は、盛大なものだった。
王族方や騎士団長、他国の王子様まで揃っている場に自分が主役のひとりとして存在いるのがどうにも不思議だ。だが、ここぞとばかりに積極的に交流している長兄を見かけ、家族の役に立てて良かったなぁ、と俺は少しだけ安堵した。
家族はみんな口にも態度にも出さなかったけれど、きっと俺のことでいらぬ心配と迷惑をかけていたはずだから。俺のこの結婚が少しでも家族のためになっていたらいいなぁ、と緊張した面持ちで国王陛下に挨拶している父上と母上を眺める。
そういえば、今日初めて国王陛下と言葉を交わしたのだが、驚くほど気さくな方だった。我が国の太陽、と謳われる現国王は、愛妻家で家族思いで愛情深く、国民のための政治を行う行動力の化身のような人だと言われている。お話ししたときもまさにそのイメージのままではあったのだが、それでいて、どこにも油断がない人にも見えた。
ベリルのことをよろしく頼む、と口にしてきた笑顔も朗らかなのにこちらを見定めているような表情にも見えて、俺は少しだけ居心地の悪さを感じていた。圧が強いとでも言えばいいのか。
国王陛下が末弟のベリル様のことを心底可愛がっているのは、少ししか二人のやり取りを見ていない俺でも十二分に感じられた。きっと、可愛い弟に幸せになってもらいたいのだろう。弟の危うい立場を慮って助言したものの、本当ならこんな政治色の強い繋がりではなく、ベリル様が本心から好ましいと思う相手と結婚してほしかったのかもしれない。そう考えると、俺だけのせいではないにしろ、どうにも申し訳ない気持ちになってきた。
まぁ、国王陛下に可愛がられている本人は、ひんやりとした空気を纏った無表情のまま集まった者の挨拶を次々と捌いているのだが。
俺は、そんな彼の隣でにこにことした笑みを絶やさず立っている。こういった場では、人形になるのが一番楽だ。微笑みさえ浮かべておけば、相手が勝手にべらべら喋り、勝手に満足して去っていく。そもそも、この祝宴の来賓はほとんどベリル様関係の方々なのだ。俺は彼の伴侶としてそばで付き従っていればいい。
そのとき、見知った顔が視界の隅に映り込んだ。
「……ベリル様、少しだけおそばを離れてもよろしいでしょうか。それと、ひとつご許可をいただきたいことがあるのですが」
俺の突然の申し出に、ベリル様はちらりとこちらに視線を向けた。お願いしたい内容を伝えると、構わない、と端的な許可が返ってくる。
手短に礼を述べ、俺は先程見つけた相手のところに足を運んだ。
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