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彼の微笑み
しおりを挟むというか、きっかけや理由をあまり深堀りしてほしくなさそうな様子なのは、もしかして相当幼い俺を見初めたという事実をベリル様自体が積極的に認めたくないからなんだろうか。
幼い子供にのみ欲情する変態もいると聞くし、ベリル様はもしかしてその気が……? いやでも今の俺は、華奢ではあるものの特別小柄というわけではないし、幼い子供好きからすれば食指は動かない体格のはずだ。
少しばかり思考に耽っていた俺の意識を戻すかのように、ベリル様の右手が胸から腰をゆっくりとなぞった。そのまま下穿きを剥ぎ取ろうとする手を、俺は慌てて止めにかかる。
「ベリル様! そんなところ、おやめください!」
「閨の教育は受けただろう?」
男同士が繋がる箇所は知っているはずだ、と暗に反論され、一瞬口ごもる。そりゃ知っている。知っているが、そうではなくて。
「し、白い結婚だと思っていたのです! ですから、私はこんなこと、覚悟してなくて……っ」
正直に白状した途端、ベリル様の動きが止まった。ようやく聞く耳を持ってくれただろうか、と期待して見つめた俺に、彼はひとつ頷いてみせる。
「知っている。お前が私を利用したことも」
「……っ、利用、なんて」
突きつけられた言葉に、俺はみっともなく動揺した。指先が冷えていくのがわかる。
利用。その言葉だけ聞くと、自分の行いがとても酷いもののように感じる。けれど、そんなつもりはなくて、とは言えない己の動機に俺は唇を噛み締めた。
俺は、ベリル様がこの結婚を、己の仕事を邪魔しないための措置として使ったのだと思い込んでいた。だから、ここに至るまで罪悪感を抱いたことはなかったのだ。
けれど、そうではなく、彼は俺だから求婚し、結婚した。
その事実が明かされたことにより、己の行動の浅はかさや視野の狭さに思い至り、一気に血の気が引く。ベリル様からすれば、ようやく伴侶になれた相手との初夜だ。体の繋がりを求めるのも当たり前のこと。
ここにきてようやく自分の身勝手さに気づき青褪める俺に、ベリル様は気にした様子もなく言葉を続けた。
「気にすることはない。私もお前の思惑を利用したからな」
そうだ。ベリル様は知っている、と答えたのだ。俺が、白い結婚を望んでいたことを。契約結婚だと完全に思い込んでいた俺のことを知っていて、それでも誤解を解くこともせずそのまま婚姻を結んだ。なぜ?
──俺を、自分のものにするためだ。
「だ、騙したんですか?」
「嘘をついていないだけだ。私も、お前もな」
確かに結婚前、お互いの希望を俺もベリル様もあえて口にはしていなかった。俺が、取り巻く状況を見て勝手に判断しただけのことではある。そして、ベリル様が俺の思惑を読み切ったうえで、己の欲求が通るように振る舞っていただけでもある。……そうだけれども!
さっき申し訳なく思った気持ちはどこかへ飛んでいき、駆け引きに負けた悔しさが胸に去来した。ベリル様のてのひらで踊らされていた事実に、白い結婚やったー! と喜んでいた婚前の自分をはっ倒したくなる。
「ついでに言っておくが、私には特殊な性癖や嗜好はない。安心するといい」
付け加えられた情報は、更に俺を驚かせた。
俺に届いていた数多の変態趣味たちの求婚も知っているということだ。ということはこの男、下調べに下調べを重ねて、ここぞというタイミングで婚約の申し入れをしてきたわけで。
ベリル様の執着ぶりに、ぞわり、と背筋に震えが走った。本気で、俺を手中にする機会を狙っていたのだ。それも、長年。
そこまでの熱量を今の今まで隠しきっていたこともすごいが、一体俺の何がそこまでベリル様の心を攫ったのか全くわからない。突然ぶつけられた執着に呆然としていた俺に、彼は淡々した声で話をまとめてきた。
「私は望んでお前を伴侶とした。だからこそ、白い結婚だと思われ続けるのは困る。今夜お前を抱く理由としては以上だ」
言い聞かせるような説明ののち、ベリル様は素早く俺の下穿きを下ろしてしまった。ぎゃー! という叫びをなんとかギリギリ押し込め、俺は必死で足を閉じる。
会話だ。俺たちには会話が足りていない。まずは、ちゃんと擦り合わせをさせてほしい。俺ばかりが右往左往していて、あちらは全部把握している状態なんて、さすがに不公平だろう。
せめて、抱かれる前にいろいろ納得させてほしい。このままなし崩しに関係を持ってしまうのは、なんか嫌だ。
「ベリル様。一度ちゃんと話をしましょう……っ」
「話は先程ので全てだ」
そう言って俺の両足を持ち上げてくる相手に、俺は足をばたつかせて必死で抵抗を試みる。なのに、ベリル様はこちらの動きを封じて、俺の股間に指を這わせた。
「まっ、待って、っ、もう! だから待てってば! ……あ」
「口調が崩れてきたな」
性器に触れられ思わず漏れた俺の素に近い乱暴な言葉遣いを、ベリル様はあっさりと許した。それどころか、どこか喜んでいるように見える。そもそも、驚きもしないことが不思議で呆然と見つめれば、彼はひとつ息を吐いた。
「取り繕ったお前が欲しいわけではない」
「……なんで」
俺の天使としての振る舞いは完璧だったはずだ。家の外で、作り上げた仮面を外したことはない。
ぽかん、と口を開けている俺を見て、ベリル様はひどく楽しそうに微笑んだ。
「そうやって、たくさんの顔を私に見せてくれ」
初めて彼が見せた感情がはっきりと伝わる表情に、俺は瞬きを忘れた。これまで崩れることのなかった相好が柔らかく綻ぶ様は、こんなにも人の心を動かすのか。感動すら覚える美しい笑みを間近で浴びて、それまでの思考が一瞬どこかに飛んでしまった。
愛おしい、と言葉にされるよりも直に心に伝わってくるような、そんな微笑みをベリル様は浮かべている。心臓が、ばくばくと音を立てていた。
見惚れる、とは多分こういうことを言うのだろう。
「ベリル様……」
無意識に名を呼んだ俺に、ベリル様は軽く頷きを返す。いつもの無表情に戻るのをぼんやりと眺めていると、彼はこの隙に、とばかりに遠慮なく俺の陰茎を握ってきた。はっ、と我に返るも止める間もなく上下に擦られ、他人に触れられるのが初めての俺は呆気なくそれを昂らせてしまう。巧みな手淫と一緒に胸への責めも再開されてしまい、限界はすぐに訪れた。
「だ、駄目、もうで、る、……っ」
「ああ。……出せ」
ベリル様に促されるまま、精を吐き出す。自分で処理をするときとは比べ物にならない快楽に、俺はぜぇぜぇと荒い息を繰り返した。
脱力している俺の頬に、ベリル様がくちづけを落とす。しかし、彼はこちらに休む暇も与えず、いつの間にか手にしていた香油を使って今度は後ろの孔をこれでもかといわんばかりに解し始めた。
その間、俺にできたことといえば、やだやだ待って、と喘ぐばかりだった。元々、男と結婚する立場だ。知識としては叩き込まれている。だが、実際に触られるのは初めてのことで、身も心もついていけずにただ翻弄されていた。
「あ、んゃ、っ、だめ……っ」
先程から同じところばかりを、指の腹でぐりぐりと押されている。その度にびりびりとした快感が生まれ、俺は腰が跳ねそうになるのを必死で我慢していた。
「そこ、嫌だ……っ」
「ここを押す度、こんなに感じ入っているのにか?」
「ちがっ、やァ、っ、んぅ……ッ」
噛みつくように口づけられ、息すらも奪われる。その間も彼の指は的確に俺の弱い箇所をいじめ続けた。快楽をどこにも逃がすことができず、俺はただ体をびくびくと震わせることしかできない。
散々、中を拡げ遊んでいた指たちが引き抜かれ、勝手にひくつく縁に別の熱を押し当てられる。それが何か気づき、俺は慌てて言い募った。
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