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25話 クラリスの秘密
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「ただいま、クラリス」
「おかえりなさいませ」
仕事を終えて帰宅した私は、クラリスに今日あった事を報告した。
「と、言う訳で週末に殿下がここに遊びにくるからね」
「な、な、な……」
クラリスは絶句している。その横で私は着替えを終えて、食堂に向かって歩き出した。もうお腹ぺこぺこ。
「ちょっと、真白様……! フレデリック殿下がいらっしゃるってどういう事ですか」
「どう、って……日頃のお礼に手料理を振る舞うだけよ」
「ええ……?」
さて、今日のメニューは豚の香草焼きね。これに使われているこちらの香草はほんのり甘い風味で豚肉に良くあう。
「うん。美味しい。私、これ大好き」
「ありがとうございます。……あの……クラリスから聞いたのですが殿下がお見えになるとか……」
「そうよ。でも大丈夫。料理は私が作るから」
「いえ……!! 真白様は殿下のお相手をしてくれませんと」
「でも、私の国の料理を作りたいのよ」
「そ、それなら私も料理人のはしくれ。作り方を教えてくれさえすれば作りますので」
コックさんはもはや半泣きになりながら私に訴えかけてきた。そうか……1DKのマンションじゃないだから厨房と台所の距離もあるものね。その間殿下をほったらかしにしておく訳にもいかないか……。
「分かりました。一品は私が前もって作るけど、あとはお願いしていい?」
「はい……!」
コックさんはほっと胸を撫で降ろした。すみません……なんか勢いで強引に決めてしまって。
「それで何を作るつもりなんです? 仕入れもありますので」
「ええっと……今から言うものを揃えられるかしら」
私は当日だそうと考えていたメニューに必要な材料を彼に伝えていった。
そして来たる週末。クラリス達メイドは普段の倍は気合いを入れて掃除をしている。
「いい? 窓硝子に拭き筋の一本でも残っていたらゆるしませんからね!」
「はいっ!」
クラリスが熱血監督みたいになっている。殿下が来るのは夕方なのに早すぎないかしら、とそれをぼーっと見ているとクラリスは今度はこっちに向かってきた。
「真白様! またそんな農家みたいな格好して!」
「……いつもこの格好だけど」
「今日はおもてなしですよ! お召し替えを……」
「いやいや、料理の仕込みもありますからそれはまたあとで!」
私はクラリスに捕まる前に厨房へと逃げ込んだ。
「あ、真白様。ご要望の材料が先程そろいましたが……」
「あ、ありがとう。ちょっと見せて……うんうん……」
私が頼んだのはいくつかの魚介類や野菜だ。
「あの、つかぬ事を聞きますけどこちらでは生の魚は食べないのかしら」
「港町では生のものもあると聞きますが……あまりなじみはないですね」
「やっぱりね……」
届いたものは冷蔵されていたとはいえ、ちょっと鮮度が足りない感じがした。今朝届いたのだから昨日のものだろうし、もしかして生食前提で仕入れていないと思ったのだ。やっぱり正解。
「今日作ろうとしていた料理は本当はね、生の魚と米で作るの」
「そうなんですか」
「でももっと昔は火を入れた材料で作っていたというし……ま、いいんじゃないかしら。こちらの人が食べやすい方がいいと思うし」
私が今日作ろうとしていたのは寿司だ。あとは前回作ったてんぷら。寿司は醤油も昆布も海苔もないし、元々アレンジするつもりだったから……ま、問題ないでしょ。
「よし! じゃあ仕込んじゃいましょう」
「お手伝いします」
「お願いします!」
私はエプロンを身につけるとお寿司作りに取りかかった。まずは鰯を三枚に下ろして軽く炙ったら酢と塩に漬ける。たこといかもゆででからスライス。そして出汁なしで砂糖多めにした卵は薄焼きにして細く切り、錦糸たまごにする。
「本当はね、この料理は専門の職人さんがいるのよ。そういうのはさすがに作れないから今回は押し寿司っていうやつを作るの」
「で、それにこれがいるのですか……」
「そう」
コックさんの手にあるのはケーキ型。そう、これがちょうどいいなって思ったのよね。
「ご飯も炊きあがりました」
すっかりごはんの炊き方をマスターしたコックさん。ちょっとだけ固めに炊いたそれに酢と塩と砂糖を加えて酢飯を作る。これも塩味はきつめに。お醤油つけて食べないからね。
そうして出来上がった酢飯には刻んだ紫蘇とごまを混ぜる。あとは具を重ねて重しをしたらいつでもお出しできる。
「え、具を先に入れるんですか」
「ほら、くるっとして型から出したら、こう……模様みたいになるの」
「ほうほう」
コックさんはなにやらメモをしだした。他の料理のアレンジにも使うつもりかな。
「では……てんぷらは私めにお任せください」
「はい!」
コックさんの目がきらりと光る。この厨房のコンロの癖とかを知り尽くしている彼は私が作り方を教えるとあっという間にてんぷらの作り方を習得した。やっぱりプロにはかなわない。
あつあつの揚げたてを食べて貰うためにてんぷらとあら汁は彼に全面的に任せている。
「それとご相談のデザートですが……こちらです」
「わあ……」
美味しそう。夕食が楽しみね。きっとフレデリック殿下も驚くと思うわ。さて、あらかた準備も終えたことだし、私はちょっとそわそわしながらも適当に厨房でコックさんとサンドイッチをお昼ごはんにつまみながら料理トークを弾ませていた。
「いつまで厨房に籠もっているつもりですかっ!」
そこに飛び込んで来たのはクラリスだ。
「あ、クラリス。ごはん食べた!?」
「それどころじゃありません。もう午後ですよ?」
「まだ午後じゃない」
私があっけらかんと答えると、クラリスはぶんぶんと首を振った。
「入浴してオイルマッサージをしてパックしてヘアセットとメイクと着付けをしませんと……!」
「あのねぇ……殿下とは仕事中もわりとしょっちゅう会うし、別にそこまでしなくても……」
「今日は真白様がお招きする主なのですよ? 私の真白様にはいっとう綺麗でらっしゃらないと……」
「ちょっと……? クラリス……?」
クラリスのテンションが圧倒的におかしい。今からこの調子で大丈夫?
「分かったわ。これ食べたら部屋に戻るから」
「本当ですね? 絶対ですよ……!」
クラリスはぷりぷり怒りながら去っていった。私がちらりとコックさんを見ると彼はため息まじりに笑みを浮かべた。
「クラリスはフレデリック殿下の熱心な信望者ですから……ちょっと大目にみてあげてください」
「ええ……?」
私は驚いて食べかけのサンドイッチを喉に詰まらせそうになった。
「おかえりなさいませ」
仕事を終えて帰宅した私は、クラリスに今日あった事を報告した。
「と、言う訳で週末に殿下がここに遊びにくるからね」
「な、な、な……」
クラリスは絶句している。その横で私は着替えを終えて、食堂に向かって歩き出した。もうお腹ぺこぺこ。
「ちょっと、真白様……! フレデリック殿下がいらっしゃるってどういう事ですか」
「どう、って……日頃のお礼に手料理を振る舞うだけよ」
「ええ……?」
さて、今日のメニューは豚の香草焼きね。これに使われているこちらの香草はほんのり甘い風味で豚肉に良くあう。
「うん。美味しい。私、これ大好き」
「ありがとうございます。……あの……クラリスから聞いたのですが殿下がお見えになるとか……」
「そうよ。でも大丈夫。料理は私が作るから」
「いえ……!! 真白様は殿下のお相手をしてくれませんと」
「でも、私の国の料理を作りたいのよ」
「そ、それなら私も料理人のはしくれ。作り方を教えてくれさえすれば作りますので」
コックさんはもはや半泣きになりながら私に訴えかけてきた。そうか……1DKのマンションじゃないだから厨房と台所の距離もあるものね。その間殿下をほったらかしにしておく訳にもいかないか……。
「分かりました。一品は私が前もって作るけど、あとはお願いしていい?」
「はい……!」
コックさんはほっと胸を撫で降ろした。すみません……なんか勢いで強引に決めてしまって。
「それで何を作るつもりなんです? 仕入れもありますので」
「ええっと……今から言うものを揃えられるかしら」
私は当日だそうと考えていたメニューに必要な材料を彼に伝えていった。
そして来たる週末。クラリス達メイドは普段の倍は気合いを入れて掃除をしている。
「いい? 窓硝子に拭き筋の一本でも残っていたらゆるしませんからね!」
「はいっ!」
クラリスが熱血監督みたいになっている。殿下が来るのは夕方なのに早すぎないかしら、とそれをぼーっと見ているとクラリスは今度はこっちに向かってきた。
「真白様! またそんな農家みたいな格好して!」
「……いつもこの格好だけど」
「今日はおもてなしですよ! お召し替えを……」
「いやいや、料理の仕込みもありますからそれはまたあとで!」
私はクラリスに捕まる前に厨房へと逃げ込んだ。
「あ、真白様。ご要望の材料が先程そろいましたが……」
「あ、ありがとう。ちょっと見せて……うんうん……」
私が頼んだのはいくつかの魚介類や野菜だ。
「あの、つかぬ事を聞きますけどこちらでは生の魚は食べないのかしら」
「港町では生のものもあると聞きますが……あまりなじみはないですね」
「やっぱりね……」
届いたものは冷蔵されていたとはいえ、ちょっと鮮度が足りない感じがした。今朝届いたのだから昨日のものだろうし、もしかして生食前提で仕入れていないと思ったのだ。やっぱり正解。
「今日作ろうとしていた料理は本当はね、生の魚と米で作るの」
「そうなんですか」
「でももっと昔は火を入れた材料で作っていたというし……ま、いいんじゃないかしら。こちらの人が食べやすい方がいいと思うし」
私が今日作ろうとしていたのは寿司だ。あとは前回作ったてんぷら。寿司は醤油も昆布も海苔もないし、元々アレンジするつもりだったから……ま、問題ないでしょ。
「よし! じゃあ仕込んじゃいましょう」
「お手伝いします」
「お願いします!」
私はエプロンを身につけるとお寿司作りに取りかかった。まずは鰯を三枚に下ろして軽く炙ったら酢と塩に漬ける。たこといかもゆででからスライス。そして出汁なしで砂糖多めにした卵は薄焼きにして細く切り、錦糸たまごにする。
「本当はね、この料理は専門の職人さんがいるのよ。そういうのはさすがに作れないから今回は押し寿司っていうやつを作るの」
「で、それにこれがいるのですか……」
「そう」
コックさんの手にあるのはケーキ型。そう、これがちょうどいいなって思ったのよね。
「ご飯も炊きあがりました」
すっかりごはんの炊き方をマスターしたコックさん。ちょっとだけ固めに炊いたそれに酢と塩と砂糖を加えて酢飯を作る。これも塩味はきつめに。お醤油つけて食べないからね。
そうして出来上がった酢飯には刻んだ紫蘇とごまを混ぜる。あとは具を重ねて重しをしたらいつでもお出しできる。
「え、具を先に入れるんですか」
「ほら、くるっとして型から出したら、こう……模様みたいになるの」
「ほうほう」
コックさんはなにやらメモをしだした。他の料理のアレンジにも使うつもりかな。
「では……てんぷらは私めにお任せください」
「はい!」
コックさんの目がきらりと光る。この厨房のコンロの癖とかを知り尽くしている彼は私が作り方を教えるとあっという間にてんぷらの作り方を習得した。やっぱりプロにはかなわない。
あつあつの揚げたてを食べて貰うためにてんぷらとあら汁は彼に全面的に任せている。
「それとご相談のデザートですが……こちらです」
「わあ……」
美味しそう。夕食が楽しみね。きっとフレデリック殿下も驚くと思うわ。さて、あらかた準備も終えたことだし、私はちょっとそわそわしながらも適当に厨房でコックさんとサンドイッチをお昼ごはんにつまみながら料理トークを弾ませていた。
「いつまで厨房に籠もっているつもりですかっ!」
そこに飛び込んで来たのはクラリスだ。
「あ、クラリス。ごはん食べた!?」
「それどころじゃありません。もう午後ですよ?」
「まだ午後じゃない」
私があっけらかんと答えると、クラリスはぶんぶんと首を振った。
「入浴してオイルマッサージをしてパックしてヘアセットとメイクと着付けをしませんと……!」
「あのねぇ……殿下とは仕事中もわりとしょっちゅう会うし、別にそこまでしなくても……」
「今日は真白様がお招きする主なのですよ? 私の真白様にはいっとう綺麗でらっしゃらないと……」
「ちょっと……? クラリス……?」
クラリスのテンションが圧倒的におかしい。今からこの調子で大丈夫?
「分かったわ。これ食べたら部屋に戻るから」
「本当ですね? 絶対ですよ……!」
クラリスはぷりぷり怒りながら去っていった。私がちらりとコックさんを見ると彼はため息まじりに笑みを浮かべた。
「クラリスはフレデリック殿下の熱心な信望者ですから……ちょっと大目にみてあげてください」
「ええ……?」
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