運命の糸の先に

hayama_25

文字の大きさ
51 / 66

第51話

しおりを挟む
 あの事は、梨華には知られたくなかった。

 言ってしまえば、あいつのとこだから、変な罪悪感を抱くに決まってる。

 そういうやつだって、昔から分かってる。

 誰かが困ってたら、放っておけない。

 自分が傷ついても、誰かの痛みを引き受けようとする。

 だからこそ、言えなかった。
 言わなかった。

 …正直なところ、お前は一生、俺に助けられてたらいいんだよ。

 俺が勝手に守って、勝手に隠して、勝手に背負って。

 お前は知らないままでいてくれたら、それでいい。

 事の発端は今から10年前。
 高校三年の春。

 教室の窓から差し込む光が、妙に眩しかったのを覚えてる。

 季節の変わり目で、制服のシャツが少しだけ肌に張りついて、朝の空気が重たく感じた。

 そんな何でもない朝だった。

 机に突っ伏していた腕の下から、誰かの足音が近づいてくる。

「瑞稀!」

 あいつの声が、教室の喧騒を突き抜けて響いた。

 振り返る前から、誰か分かってた。
 あの調子で呼んでくるのは、いつも決まってる。

 面倒くさいと思いながらも、顔を上げた。

「なんだよ…朝からうるさいな」

 眉をひそめながら、椅子に深く座り直す。

 朝は基本機嫌が悪い。

 それを梨華は知っているからか、そんなこと気にせず、ずかずかと話を続けた。

「いつから付き合ってたの!?」

 ……は?
 何の話だ。

 頭が追いつかない。

 誰かと話した記憶もないし、特別なことがあったわけでもない。

 ただ、いつも通りの朝だったはずなのに。

「は?誰とだよ」

「一年の佳代って子!」

 その名前を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 どこの誰だよ。

 顔も浮かばない。
 クラスも分からない。

 記憶のどこにも引っかからない。

「誰だよそいつ」

 本気で分からない。
 名前だけで、何かを思い出せるほどの接点もない。

「とぼけちゃって~。いやー、まさか瑞稀に彼女ができるなんて。先越されたー!」

 笑いながら言われても、笑えなかった。

 何がどうなってるのか、まるで分からない。

 誰かが勝手に話を作って、それが広まっただけだろう。

 でも、周囲の空気が妙に確信めいていて、違和感がじわじわと広がっていく。

「まじで、さっきからなんの話ししてんのか、全く分かんないんだけど」

 声が少しだけ硬くなる。
 本当に分からない。

 ただ、妙に気持ち悪かった。

「はいはい、この学校の全員が知ってる事だから。そうやってとぼけていられるのも今のうちだよ!」

 その言葉が、冗談に聞こえなかった。

 知らないのは自分だけ。
 そう言われているようで、居心地が悪くなった。

 何かが始まってしまった気がした。

 梨華は俺が嘘ついてるって思ってたみたいだったけど、ほんとに何も知らなかった。

 名前を聞いても顔すら思い浮かばない、そんな奴が俺の彼女なわけないだろ。

 それに、昔からずっと梨華のことが好きだったから、そんな事ありえるわけなかったんだ。

 誰かと付き合うなんて、考えたこともなかった。
 好きなやつが、ずっと目の前にいたから。

 どっかの誰かがふざけて言ったんだろう。
 こんな噂なんて、すぐに消えていく。

 そう思って、深く考えてなかった。最初は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

処理中です...