あやかし夫(予定)の溺愛~真夏の雪

澤谷弥(さわたに わたる)

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 私にとって、夏哉は初めての彼氏。

 自慢ではないが、学生時代は合コンなどに参加したことはない。そして、彼氏と呼べるような異性の存在がいたこともない。つまり喪女。

 では、つまらない学生生活を送っていたのかと問われるとそうでもない。

 大好きな数学を学び、統計学に興味を持ってそこからパターン認識へと発展させた研究は、非常に充実していた。それらは人工知能の基礎となるべき分野であり、それを生かした仕事をしたいなと思っていたあの頃。
 愛とか恋とかに現を抜かさず、ひたすら研究に没頭し書き続けた論文。

 その結果、企業推薦をもらってこの会社に就職できた。配属先は、数学を生かせる品質管理部。

 そんな私に彼氏と呼べる男ができたわけだ。浮かれないわけがない。

 初めてのデートは水族館だった。その次は映画館へ行き、秋の連休には地方の温泉宿に宿泊した。
 数学一筋だった私に訪れた、新しい世界。
 夏哉がもたらす心地よさは、どんどんと私を蝕んでいった。

 夏哉は、私のアパートに入り浸るようになった。というのも、夏哉が借りている部屋よりも、私が住んでいる部屋のほうが会社に近いからだ。
 近い分、通勤は楽になる。

 仕事を終え、アパートに戻ってくると二人分の夕食を準備する。残業がなければ、同じような時間に帰ってくる。つきあっていることは、隠しているつもりも自慢しているつもりもなかった。それでも、それとなく職場には伝わっていく。
 まして、定時退社日に二人で同じ方向に帰るとなれば、察する者もいるだろう。

 仕事中は同じフロアに、仕事がないときは同じ部屋で過ごす。
 私の生活は、どんどんと夏哉色に染められていく。

 あまりにも近くにいることに慣れ過ぎて、彼がいなくなったらどうなるのだろうと、不安に思うときもあった。

 それでも、そんな日は絶対にこないと、変な自信があった。

 夏哉の様子がおかしいと思い始めたのは、付き合い始めて二か月経った頃、入社して半年が過ぎたころ。

 例の試作機は量産試作機へとステージを移行し、私も夏哉もそれに振りまわされるようになった。
 さらに量産試作機を量産へと移行させるには、デザインレビューを実施しなければならない。そのためには、とにかく、評価、評価、評価――。

 生産性の向上とか調達性とか、そういったものも評価項目の一つとなる。
 製品の検査にかかわる項目は品質管理の仕事、製品の品質の確認は品質保証部の仕事。
 さらに迫りくる納期に、無茶な残業や休日出勤も多々あった。

 今までのように会えない時間が増えていく。

 私の部屋に入り浸っていた夏哉も、自分の部屋に帰るようになった。というのも、顔を合わせると、互いの仕事の文句を言うようになったからだ。

 あの評価方法はあり得ない――。
 あの測定はなんのために行っているんだ――。
 もっと効率的に作業しろ――。
 予算を考えろ、工数が足りない――。

 それでも私は彼の側にいたかった。

 アパートに帰ってくるとすぐに夏哉に電話をする。電話越しに話をすると、冷静に話せるから不思議だった。仕事の愚痴すら出てこない。

 だが、それも数日で終わる。

 電話をしても彼が出ない日が続く。となれば、次の連絡手段はメッセージアプリを用いてメッセージを送る。
『既読』と表示されるものの、夏哉からの返事はなかった。

 ――次の休み、どこかお出かけしようよ。
 ――会いたいよ。
 ――なんで返事してくれないの?

 会社では普通に仕事の話を口にするのに、帰ってくると無視をされる。

 街中に赤と緑のイルミネーションが飾られるようになったとき、夏哉からはっきりと言われた。

 お前、重いんだよ――。

 そして私は、夏哉と別れた。
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